カール・トリスタンはクラシック音楽を好んで聴く。
 ひきかえ、最近の音楽はあまり聴こうとしない。
 「アルガオラ・ヘルメボラモンゴスバリアットの新曲を聴きましたか?」
 「は?なんですか今のは。歌手の名前ですか?」
 聞き慣れない呪文のような文字列に眉をひそめるトリスタンを、総務部部長が「おやおや〜」と大げさに笑った。
 「最近流行っている女性歌手ですよ。クラシックをロック風にアレンジして、歌詞をつけて歌っているんですけど、それがうけてヒットしてるんです。おや御存知ない?新曲は、ハラウェニーの『アレルヤ―愛の目覚め―』のカバーですけど、トリスタン部長、確か忘年会の席でこの曲を好きだと語っておられませんでしたっけ」
 「……あの名曲がロックにアレンジされているのですか。いや、知りませんでした。最近仕事がとにかく多くて世間の情報を仕入れる暇すらないものですから」
 総務部部長は太鼓腹で汗っかきの中年男だったので、トリスタンは、一方的に始められた世間話をさっさと切り上げると、秘書兼護衛のアルカミルを伴って、会議室を後にした。
 「不快なことというのは立て続けにくるものですね」
 「イェス・マスター。予算案の件、ミンチー部長から会議後に世間話を強要された件……」
 「それからハラウェニーの名曲がロックにアレンジされた件、そしてそのことをミンチー部長から教えられたということ、です」
 もしもミンチーが美しいと形容される外見の持ち主だったなら、不快の素は一つ減ったのだろうかと、紅茶色の髪のアンドロイドは思考回路を忙しく働かせたが、そんなことを知る由も無く、トリスタンは「完成された曲をアレンジ?ふふ、面白い」と独り言をぶつぶつ呟く。
 正面玄関につけられた車に乗り込むと、トリスタンは運転席に座ったアルカミルに、ラジオの音楽チャンネルをつけるように指示した。
 不快に感じたものの、そこは好きな曲なので、どんなものか興味を抱いたらしく、ついでに、どんな曲が最近流行っているのかチェックしてやろうと考えたようだ。

 普段、ラジオなど聞かないトリスタンが、今日、この時間に、よりにもよって某音楽チャンネルをつけてしまったのが、不幸の始まりだった。
 
 備え付けのスピーカーから陽気なDJの声が流れ出す。

 『……いのちがけでぶつかってみよう!そしたらマルチーズさんの思いもきっと彼に届くんじゃないかな?きっとそうだよ、うん!マルチーズさん頑張れ!というわけで少しはお役に立てたでしょうか?マルチーズさんにはスペースチャンネルM特製ステッカーとTシャツをプレゼントします!……さてさて、今夜はもう一枚、悩み相談をするとしましょうか。えーとこれは、ラジオネーム、<美形植物スキーしのぶくん>!パーキーさんこんばんわ!こんばんはっ。俺の悩みを聞いてください。はい、えーなになに?俺はとある有名企業に勤めていますが、仕事内容も労働環境もなにもかもがイケてません。公休は無いも同然、毎日毎日酷使されています。ついでにここだけの話ですが、上司のTは超最悪です。胡散臭いほど爽やかな笑みをいつも顔に貼り付けて何を考えてるのかわからず不気味な上、男なのに俺にやたらとセクハラじみたことをします。最低だー!やめたいー!パーキーさん、どうしたらいいでしょうか!……うーん、しのぶくんも大変な会社に入っちゃったねー。会社に入る前にちゃんと下調べしておかなくちゃー。ってセクハラ上司がいるかなんてわからないよな、うん。でも男なのにセクハラされるのかー。最低な上司だなそいつはっ!しかも休みが無い?労働基準法に違反してるって訴えたらどう?ていうかどこの会社なのか気になるよねー。これはねー、はっきり言うしかないよ!セクハラされたら『訴えますよ!』って。休みくれなくちゃ『訴えますよ!』って!大変だねー、うん、頑張ってねー。美形植物スキーしのぶくんにも、番組特製ステッカーとTシャツをプレゼントします…………』

 車内は恐ろしいほど静まり返っていた。



スペースチャンネルM




 翌朝、寮の玄関に至急赴くよう寮内アナウンスで連絡を受けた笛吹は、デザートのオレンジを頬張ると、朝食の席を立った。
 玄関では、忠実な護衛アンドロイドを傍に従えたトリスタンが、朝の光を身にまとい立っていた。
 「笛吹さん、おはようございます、いい朝ですね」
 「さっきまではいい朝でしたが、つい今しがた最悪な朝になりました」と言えるほど笛吹は勇気も無ければ愚かでもなかった。無表情に軽く頭を下げると、儀礼的な挨拶を返す。
 「……おはようございます。お呼びですか」
 「ええ。朝早くすみません。至急貴方に確認したい事ができたものですから」
 「……何事ですか」
 部長という役職に就く者が、朝も早くから自ら寮まで赴き一社員に話を聞こうとするなんて、何かやらかしたか……と、笛吹は少し不安になった。勿論、良識家の自分が、ではなく、己が率いる隊の隊員たちが、である。それでも、呼び出された場所が尋問室などではなく、誰でも立ち聞きできる寮の玄関だったので、そんな大事ではないだろうと、笛吹は高をくくっていた。
 そんな笛吹の一瞬の計算は、この後すぐ、哀れなまでに粉砕される事になる。
 「昨日の夜、ラジオの悩み相談室を偶々聞いていたのですが……まぁ笛吹さんも聞いてみてください。アルカミル」
 トリスタンは爽やかに笑んだまま、指をぱちんと鳴らした。深々とアルカミルはお辞儀をした。
 「イェス、マスター。『……さてさて、今夜はもう一枚、悩み相談をするとしましょうか』」
 アルカミルの口から、スペースチャンネルMのDJの軽そうな声が流れ出した。昨夜の悩み相談室を丸々記憶していたアルカミルが、地球人の誇る最先端科学でもって完全再現し始めたのである。

 そして数分後。

 「お、俺じゃない……言っておきますけど俺じゃないです」
 色白の顔を青くしながら、笛吹は首と手を横に振っていた。無表情だが、動作が彼の動揺ぶりを如実に物語っている。
 「美形で、植物スキーで、しのぶくん、だなんて火星広しといえど貴方しかいないでしょう」
 「いや、そんなキーワードの奴はごろごろいますよ」
 「いませんよー。アルカミルに火星の全住民データを検索させましたけど、『美形で、植物スキーで、しのぶくん』の全部の条件にヒットしたのは笛吹さんだけでしたよ。ね、アルカミル」
 「イェス、マスター」
 「ちょ、ちょっと待て」
 あんた高性能アンドロイドに何させてるんだとつっこみを入れる余裕も無く、笛吹は自分の弁護に必死になっていた。笛吹には本当に身に覚えが無く、こんなことでトリスタンに苛めるネタを見つけたと喜ばれたりしたら堪らなかった。既に笛吹は部長に、人生最大の弱味を握られているのだし。
 「ラジオネームなんだから、本当の名前を使ってないかもしれないじゃないですか。美形で植物スキーな誰それさんが、しのぶという名前を語ってみたくなった可能性もあるかと……!」
 「美形で植物スキーな人間では、ヒットしたのは3人だけでした」
 アルカミルがにっこりと即答した。
 「え、そんなに少ないのか」
 「私の審美機能は、マスターの感性を基準としておりますので」
 部下の声に、トリスタンは白い歯をきらめかせた。
 「ははは、私の辛口審美眼に適う者はそうそういません。61α人の容貌を標準としてますから、ちょっと地球人にとっては酷かな?」
 「かな?じゃない。それでは検索にヒットしなかった普通の美形もいるはずです。もっと幅を広げたら、ヒットする人も多くなりますよ」
 「それはそうなのですが、しかしですね」
 反撃のジャブを繰り出そうと目を光らせた笛吹だったが、トリスタンが爽やかに機先を制する。
 「ヒットした中に『シノブ』という名前の人がいたのは偶然にしては出来すぎていると思いませんか?そもそもシノブという名前は、火星には貴方ともう一人しかいません」
 「なっ」
 「ちなみにもう一人は、Ma12地区でたこ焼き屋『しのぶ』を営んでいる45歳の主婦です。念のためアルカミルに突撃インタビューをさせたところ、植物は愛でるものではなく食べるものだとの回答を得ました。容貌も『美』を想起させる部分はありませんでしたし、有名企業でもありませんし、上司もいませんし、この方がラジオにセクハラ相談を投稿するとは思えません。第一ラジオネームも『くん』付けしているくらいですから、投稿者は男性と考えたほうがいいでしょう。となると、ほら、もう一人のシノブさん、貴方が一番怪しい。しかも植物スキーで美形だなんて」
 「そ、そんな……」
 「ラジオのDJにしか相談できないなんて哀れすぎます。私に相談してくれれば良かったのに。上司Tとは誰ですか?即刻クビを斬ってやりましょう」
 「だから俺じゃないですって!絶対誰かが俺の名を騙って面白がってラジオに投稿したんだ!それにあんな条件の上司のTっていったら」
 「Tといったら?」
 俺の上司で胡散臭いほど爽やかな笑みをいつも顔に貼り付けて何を考えてるのかわからず不気味な男でイニシャルがTといえばあんたしかいないだろう!と咽喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、笛吹は心を落ち着けると、「とにかく俺じゃありません」と言った。
 「本当です。やるなら俺だとわからないように投稿しますし」
 「それもそうですね。物的証拠もないことですし、即断は禁物ですね」
 残念そうに首を傾げるトリスタン。
 「そうですよ。推測だけで物事を判断しては駄目だ」
 笛吹は何度も頷いた。
 と、そのとき火星一の運送会社、マルス宅急便の車が、門前に停めてあったトリスタンの車の隣に停車した。
 「ちわーす、郵便ですー」
 宅配人の声に、玄関脇の小さな管理人室から一人の親父が出てきた。
 「はいはいどうもー」
 郵便屋から郵便物を受け取った寮の管理人は、じろじろと受取人名を確認していたが、茶色の小包に目を留めると、笛吹に「あんたのだよ」と手渡した。
 茶色の小包には、「スペース・チャンネルM」と書いてあった。
 嫌な予感と上司の視線を感じながら包みを開けると、中からキラキラ輝くホログラムで「スペースチャンネルM」と書かれたTシャツとステッカーが出てきた。
 「……番組特製ですね」
 「こ、こんなの俺知らな……」
 「アルカミル、証拠品です。速やかに押収しなさい」
 「イェス、マスター」
 アルカミルが笛吹からTシャツとステッカーを奪おうとしたが、これを渡してしまったら自分の罪は確定してしまう、とばかりに、笛吹は胸に抱き締めて、放すまいという意思表示をした。
 「ちがっ、冤罪だ、俺じゃない、違う!そうだ、シェダルに俺の心の中を見てもらえばいい、俺が嘘をついていないことがわかるから!」
 「シェダルさんは笛吹さんをかばって嘘をつくかもしれませんから却下です。さぁ、そろそろ観念したらどうです?上司Tとは誰ですか」
 胡散臭いほど爽やかな笑みを顔に貼り付けて何を考えてるのかわからず不気味な上司トリスタンが、笛吹にずずいと迫った。
 容赦ない追求に遭い、笛吹は自分が無実だと判っていながらも混乱した。
 ラジオネームといい、相談内容といい(セクハラ被害は知らないが、その他の点は笛吹の抱く不満として事実である)、番組特製のプレゼントといい、全てが笛吹を投稿者であると指差しているようであった。
 「ふっふっふ、吐けば楽になりますよ。今、自白すれば、簡単なお仕置きだけにしておいてあげましょう」
 トリスタンの声が追い討ちを掛ける。
 お仕置きとは何なのか。
 笛吹、絶体絶命の大ピンチ!……と漫画雑誌であれば次回予告が入るシーンである。
 しかし、この時割って入ってきたのは元気な子供の声であった。

 「あ、美形植物スキーしのぶ隊長、おはよう!T部長もおはようございます!」
 「おはようございますなのー!」

 だだだっと廊下を走って現われたのは、笛吹の隊に所属する少年と小動物。挨拶したかと思うと、笛吹が胸に抱きしめている証拠品を指差し、「あーっ!」と声を上げて駆け寄る。
 「もうTシャツとステッカー届いたんだ!こんなのかー、へー、思ってたより地味だな」
 「じみねー」
 「まぁいいや!これ欲しかったんだ!あのね、僕さ、笛吹さんの心の代弁をしてあげたんだよっ、スッキリした?」
 「うすいさんがラジオを聞いていなかったらイミなっしんぐよ、ブレイズ」
 「それもそうだね、あはははは!今の無し無し!それにしてもこんな朝早くから部長と仕事の話?ご苦労様です!それじゃぁ失礼しましたー!」
 「しつれいしましたなのー!」
 
 ブレイズは笛吹からTシャツとステッカーを取り上げると、どんぐり眼をバチッとウィンクし、リーを従えて嵐のように走り去って行った。

 「……言ったでしょう。俺じゃないって」
 ぼそっと笛吹は呟いた。
 「ええ、疑ってすみませんでした。しかし笛吹さんの心の代弁というのがどうも引っかかって……」
 「いやいやいや、ブレイズの妄想ですから」
 「そうですか。そういうことにしておきましょう」
 「ブレイズにお仕置きするんですか?」
 「お仕置きというのは、されて嫌がる人にするのが楽しいのです。あの少年はきっと堪えませんし、したところで反省もしないでしょう。だから別にいいです。もう十分楽しみました」
 トリスタンは、ふっと大人の笑みを浮かべた。笛吹は全然楽しくなかったが、もう余計な事は何も言うまいと考え、さっさとこの場から去ることにした。

 「用件は済みましたよね。それではそろそろ教科も始まることだし、失礼します」
 早くも背を向けた笛吹だが、「笛吹さん」とトリスタンが待ったをかけた。
 「アルガオラ・ヘルメボラモンゴスバリアットを知っていますか?」
 「は?何ですかそれ」
 植物の名前ではないことは確かだ。
 少し考え込む笛吹に、トリスタンは眩い笑みを向けると、「結構結構!」と言って朝の光の中へ去って行ったのだった。
 




---fin---






追いつめられたということで、「追」。
笛吹は本気でトリスタンのこと嫌ってますけど、傍目にはそうは見えないかもしれないですね。
セガの「スペースチャンネル5」は面白いヨ!
(2005.3.6)

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