太陽系連邦政府が治める星は数多あるが、その中でも木星第7衛星ガニメデは、ちょくちょく犯罪が起こるものの、戦争も紛争も無く、比較的平和な星だ。
 最近起きた大事件といえば、1年程前に、テロ組織「ヴァヴェル」の幹部が、15ある行政区の一つのドール地区で、学生を使って怪しげな薬物を広めようとしたり、学生を拉致しようとしたことがあった。
 「犯罪ゼロのモデル都市」が売り物のドール地区にとって、これは言語道断の事件であり、PTAから激しい突き上げを食らった、区の青少年健全教育推奨委員会の会長、及びテロ組織の侵入を許したドール地区警察の幹部数名が辞任するまでになった。
 しかし、警察が公表したのは、事件の概要でしかなく、詳細は語られることはついに最後まで無かったのである。
 ある新聞社が独自に入手した情報の一つには、「薬物使用者の中に、連邦政府の要人の息子がいたためだ」というのがある。
 これは、ドール地区にある名門進学校ゾフィエルスクールの生徒に、連邦政府議会の議員エディアルド・ホワイトマンの息子がおり、調度この事件の直後、衛星エウロパの学校へ転校したことから推測されたものなのだが、あながち嘘ではない。
 公表されていないが、確かにホワイトマン議員の息子は、この事件の加害者側の人間に分類されるのだから。
 しかし、推測の結論・・・・・・ホワイトマン議員が身内の不祥事を隠すために、情報の公開規制をしたというのは間違いだ。
 それは、ホワイトマン議員が行動を起こすよりも早く、警察に対して働きかけた機関があったからだ。
 その機関は、もちろん議員やその息子のために動いたわけではない。
 彼らが動いた目的は・・・・・・。



やさしいあなた



 「どうしたの?」

 おはようの挨拶もそこそこに、色白の少年は軽く首を傾げてみせた。
 と同時に、少年の傍らに浮かぶ丸い物体もクリっと20度ほど右回転する。

 「具合悪い?やっぱり昨日の肉じゃがが拙かったかなー。ジャガイモの芽をとるの忘れてたって、お前が帰った後でお袋が言ってたんだ。オレはジャガイモ嫌いだから食べなかったけど、ウスイ、ばくばく食べてたもんねー、あはは」

 繊細そうな顔に似合わず、あっけらかんとした笑いをする少年。
 それに対し、公園の中央にある、象の形を模倣した滑り台機能付きの遊具の内部の暗がりに蹲っていた学生服の少年が、腕にうずめていた顔を微かに上げた。
 鬱陶しく伸ばした黒髪の隙間から、怯えた青い瞳と、汗の滲む白皙の額が覗く。

 「シェダル・・・・・・」

 縋るような声に、金髪の少年は切れ長の瞳をさらに細めた。

 「んー、大丈夫。誰も見てないよ」
 「本当か?」
 「オレの能力、信用できない?」
 「まさか」

 黒髪の少年はふっと息をつくと、ようやく完全に面を上げて友人の顔を見た。

 「気のせいか・・・。ここ最近、感じる視線の数が尋常じゃない気がして」
 「・・・・・・・今でも?」
 「・・・・・・あぁ。今朝なんて家を出たときからずっとだ。・・・・・・気のせいだ、って自分に言い聞かせようとしたけれど、・・・・・・ここまでくるのが限界だった」

 ぽつぽつ語るウスイを見ながら、「いいカンしてるなー」とシェダルは口には出さず、感心していた。
 誰も見てない、と安心させるためにウスイに言ったものの、実は彼らはたくさんの視線に囲まれていたのだ。
 桃色の象のどてっぱらの穴を覗き込むようにして立っていたシェダルは、少し考えてから、よいしょと遊具をくぐり、中に足を踏み入れた。
 朝日の届かない象の中は薄暗く、薄手のブレザーがひんやり冷たい空気を通し、腕に微かに鳥肌が立つのを感じた。

 「ここ、じめっとしてない?」

 シェダルの発した声が、象の腹の中でぼんやりと反響する。

 「暗いなー・・・暗いねー。・・・・・・ウスイ、こういうとこ好きだよね」
 「・・・・・・」

 応えず、黒髪の少年はまた俯いた。
 シェダルは気付かれないよう、こっそり笑みを浮かべると、ウスイの向かいに腰をおろした。
 砂の冷たく柔らかな感触が、ズボンを通してじんわり伝わる。

 「まぁ、ジャガイモのせいじゃないんだよね?オレのお袋の料理、殺人的なまでに下手だからさ、お前がお腹壊してないかとか、下手したらひっくり返ってぴくぴくしてるんじゃないかとか、色々心配したわけ」
 「・・・・・・」
 「でもさ、とり忘れた芽、どうなったんだろうな。お袋が偶然全部食べたのかな。多分そうだろうな、胃腸めちゃくちゃ強いから」
 「・・・・・・」
 「この間なんて、腐った牛乳を気付かずにごくごく飲んでんの。大雑把というか鈍感というか・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・まぁ、たしかに、お前、見られてるよ」
 「やっぱりそうか!!」

 青ざめた顔を勢いよく上げたウスイに、シェダルが苦笑する。

 「でも、お前が心配してるような種の視線じゃない。お前への憧れだったり、愛だったり、モエ〜だったり」
 「なんだよ、モエ〜って」
 「『ちょこっとラブ?』という感じらしいよ。アスティが教えてくれたんだ」
 「俺に『ちょこっとラブ?』だと?・・・・・・はっ!俺みたいな根暗に愛を感じる奴の気が知れない」
 「いやいやいや、これは本当なんだって!いい加減信じなよ!」

 シェダルは、自嘲の笑みを薄く浮かべる友人の鼻先に、白く細ばった指を力いっぱい突きつけた。

 「いーか、何度でも言うよ?お前は他の人間の感性をビビッと刺激して思考を麻痺させるくらいの美形なんだ。みんなお前の外見しか見ていない。その根暗でビビリでうじうじした性格も、なにやらわけありな過去も、シノブ・ウスイの外見に隠れて見えていないんだ。だから安心しなよ」

 性格面については安心できない分析だったが、シェダルの迫力に押され、ウスイはこくこくと頷いた。

 「わ、わかってる。俺の容姿は完璧で異常なんだろ?もう自覚したから・・・・・・でも」
 「でもじゃない。ウスイに関してだけじゃなくて、他の地球人にも一般的に言えることだけど、みんなさ、他人のことなんてほんとわかっちゃいないんだ。表面で判断してしまう。オレなんかまさしく表面だけで判断されてる典型だなー」
 「・・・・・・お前のいいこぶりっ子は尊敬に値する」
 「誉めてもらって嬉しいよ。オレなりに模索したんだぜー、どうすれば地球人社会でやっていけるかってさ」

 シェダルはそう言うと、小首をかしげてふふっと儚げに微笑んだ。

 「儚げで優しげで人畜無害の『生物』。安心感と保護欲をかきたてる『僕』だったら、例え耳がやたら長くても、騙された周囲は温かく迎えてくれる。そうやって植え付けたイメージも、テレパスに対するマイナスイメージの前には吹き飛んでしまうわけだけどね・・・・・・。あぁ、悲しいよウスイ、慰めて、しくしく」
 「・・・・・・俺の前でセイラン・モードはやめろって言ってるだろう」
 「てへ、可愛くない?」
 「きもい」
 「うっはー、即答!」

 しばし作っていた儚げな表情を脱ぎ捨て、あっけらかんと笑うシェダル。
 ウスイは、友人のこの笑い方が一番好きだった。
 息子と外見がそっくりのシェダルの母親も、やはりそっくりで、より豪快な笑い方をする。
 受けた迫害は自分よりもはるかに多く、傷つき方も半端じゃなかったはずなのに、どうしてこんなにも強く笑えるのだろうか。

 「さぁ?オレはシェダル人とのハーフだし?それにあのお袋の子供だからなぁ。お袋の強さは生まれついてのものっぽいけど?」
 「・・・・・・心の声に答えるなよ」
 「え、あ、ゴメンゴメン!」

 知らず心に踏み入っていたことにシェダルは慌てたが、ツッコミを入れたウスイ本人は、別段気にした風も無く、うっとうしくかかる前髪の隙間から、ぼんやりと友人を見つめていた。

 「・・・・・・でも、やっぱり気になる」
 「視線?まぁ視線恐怖症とかって一朝一夕で治るもんじゃないだろうし」
 「いや、その、お前を疑ってるわけじゃないけど、みんなが『俺の外見』だけを見ているって、おかしなことじゃないか?」

 ウスイは、顔を埋めた腕に、軽く頬をこすりつけた。

 「あの事件があったころ、このドール地区に住んでたエイリアンハーフは俺しかいなかったんだ。しかも思春期に差し掛かったところで、能力が不安定になる時期だということは、誰でもわかることだろう。それなのに、2,3回事情聴取をしただけで、俺への嫌疑は晴れた。俺が混血児だってことを知ってるご近所さんや、学校のみんなも、俺の事を少しも疑っていない。これも俺の外見のせいなのか?普通俺の事を疑わないか?」

 ウスイの言うことは至極まっとうだったが、シェダルは少し考えた後であっさり答えた。

 「そりゃヴァヴェルの犯行に違いないって、警察が公式発表したからじゃないの?」
 「・・・・・・真っ先に疑うべき混血児が、犯行現場の近所に住んでいたとしても?」
 「だってその頃のお前、今からじゃ考えられないくらい人当たりよくて明るくて利発で優しくて可愛らしくて天使のようなお子さんだと評判だったんだろ?事件後もしばらくは、そういう風に振舞ってたんだろ?周囲の人間はみんな、お前に対するイメージを壊すよりは、ヴァヴェルを憎む方が容易かったんだよ。それを警察の発表が後押したんだ」

 数日前、テロリストグループ『ヴァヴェル』によって拉致された少年は断言する。

 少年は、数週間前に、地球からガニメデへと引っ越してきた。
 調度その頃、偶々テレパス能力者を仲間に欲しがっていたヴァヴェルが、ハガジ研究所へのハッキングによりシェダルの事を知り、仲間に引き入れようと拉致を目論んだのである。
 結局、白馬の王子の如く、エアバイクに乗って現われたウスイによって、シェダルは颯爽と救出されたわけだが、通報を受けた警察が、ヴァヴェルがアジトにしていた廃病院に足を踏み入れた時には、すでにもぬけの殻だった。
 シェダルが索敵すれば、テロリスト達を一網打尽にできたのだろうが、救出後、警察に保護されるや否や少年は意識を失い、三日三晩熱を出して目を覚まさなかった。
 薄着でエアバイクに長時間乗ったので、貧弱虚弱な少年は風邪を引いてしまったのだ。
 意識を取り戻した後、シェダルはハガジを通した警察からの依頼で、ヴァヴェルの索敵にかかったが、すでにガニメデを発った後のようだった。
 そのヴァヴェルが、ウスイが初めて重力制御能力を発動したころ頃、ガニメデを中心にテロ活動を行っていたのである。
 少女失踪事件について、犯行現場と思われる空き地のあまりにも不自然な跡から、地球人ではない何者かの犯行に間違いないこと、そして、ドール地区周辺で、ヴァヴェルが6件もの爆破事件を起こしていたことから、彼らテロリスト集団が真っ先に疑われることになった。

 「だけど、空き地の状況が、他の爆破現場と明らかに違ってたのに・・・・・・」
 「ガニメデ以外じゃ爆弾以外のテロもあっただろ」
 「要人でもない女の子を殺すか?」
 「あいつらのターゲットは地球人全員なの。地球での奴らの活動はもっと酷かったしえぐかったよ。白昼堂々、民間人を手当たり次第殺したりさー」
 「・・・・・・そうなのか?」
 「そうそう、あまり他の星の事件のニュースって入ってきにくいだろうけど、そういう奴等なんだ」
 「・・・・・・俺たち、よく無事だったな」

 神妙な顔で呟くウスイに、金髪の少年は意地悪い表情を作ってみせた。

 「でもさ、数年前には濡れ衣着せられるは、今回はテレパシストを仲間にしよう作戦潰されるはで、ヴァヴェルはお前に色々と喧嘩売られてるよね。バレたらお前、速攻ターゲットじゃない?」
 「お、恐ろしいこと言うなよ」
 「じゃぁさ、逆にスカウトされたらどうする?」
 「断るに決まってる。・・・・・・人殺しの手伝いなんて・・・・・・」

 声のトーンを落とし、また俯いてしまった友人を見て、シェダルはしまったと心の中で舌打ちした。
 せっかく浮上しかけていた心を、また水底深く沈めてしまったようだ。

 しかし、あの時ウスイが助けに来なければ、自分は今ごろヴァヴェルの一員となっていたのだろうか・・・・・・ふと、シェダルは思った。
 従わなければ母親を殺す、などと脅されれば、シェダルは人殺しの手伝いとわかっていても、ヴァヴェルの指示どおりに動くだろう。
 一歩間違えていれば、こうして公園の遊具の中で友人と喋ったりすることなど無く、地球で見えない血に手を染めていたかもしれない。

 根暗な友人と向かい合ってる今の状況は、とても幸せだった。
 長い苦節の時を経て、ようやく手に入れた平穏なのだ。
 そしてこの平穏が長く続かないことを知っているだけに、シェダルは、より、感じるものが多かった。
 彼は、ハガジ研究所のスポンサーである、巨大企業の幹部と直接話したことがある。
 そのとき、近い将来、彼らによるエイリアンハーフの強制徴収が行われることを聞いた。
 ウスイも自分も、徴収リストに加わっているだろう、と、シェダルは確信している。

 「シェダル?」

 急に黙りこくってしまった友人に不安を覚えたのか、ウスイが声をかけた。
 呼ばれて、金髪の少年は繊細そうな顔をウスイに向けた。

 ウスイは、殺すための訓練を受けることになる。

 そう思ったとき、シェダルはものすごく悲しくなった。
 自分がそうなることよりも、ウスイがそうなることのほうが、酷く悲しかった。
 また、そうなったとき、ウスイの傍に自分がいてやれるだろうことを、嬉しくも思った。

 「・・・・・・シェダル?」

 何か不味いことを言っただろうかなどと悶々と考え始めているウスイに、シェダルはにかっと笑ってみせた。
 シェダルは強制スカウトのことを、ウスイにも、母親にも、誰にも言っていない。

 「いやさー、オレも視線が気になっちゃって、あはは」
 「っ!?そんなに俺たち見られてるのか!?」
 「ちょこっと外、覗いてみたら?」
 「え・・・・・・嫌だ・・・・・・」
 「嫌だじゃない。怖くないから。ほら」

 急かされたウスイは、しばらくもじもじしていたが、やがて意を決したように大きく一つ息を吐くと、遊具の中からこっそり外を覗いた。

 「あ」

 興味津々といった態の小さな子供達、そしてその母親と思しき女性たちの視線と、ウスイの視線が交錯した。
 ウスイの表情が緊張で強張り、お母様方は奇跡の美を目の当たりにして呆け、子供達は一瞬固まったあと、「わー」だの「きゃー」だの楽しそうに叫びながらそれぞれの母親の下へと駆けていく。

 「お、俺、やっぱり見られてた・・・!」

 慌てて引っ込み、再び暗がりに蹲ろうとするウスイを、シェダルは押しとどめた。

 「当たり前だろー、ピンクの象の腹の中でゾフィエル生のお兄さんが二人も朝っぱらから何してんだって感じじゃん。ここ、ちびっこたちの遊び場だよ?そろそろ学校行こうよ。今からだったら2時間目には間に合うよ」
 「2時間目・・・・・・生物だな」

 黒髪の少年の青い目に、少しやる気が灯った。
 一番好きな科目だからだ。
 ウスイの夢は、植物学者になることだ。
 しかしその夢が叶うことは無いだろう。
 才能もやる気もあるのに。
 シェダルは唇を噛み締めると、友人の背中をぐいぐいと押した。

 「ほら、出た出た!早く学校行かなくちゃ、宿題写す時間が無くなる!」
 「はっ!?ちゃんと自分でやってこいよ!そんなことじゃ身につかないぞ!」
 「うっはー、優等生的発言!でもさー、オレ、エウロパピクシーサボテンの遺伝なんてわけわかんないし、理解しようと脳みそ働かせたら眠くなるんだ」
 「お前、寝すぎ。授業中も寝てばかりいるから理解できなくなるんだ」
 「オレは睡眠時間がお前や地球人よりも多く必要なんだってば」


 象から外に出ると、ウスイは空を見上げた。
 最近よく見かける大きな鳥が、遥か高い頭上を旋回していた。
 公園の西側の入り口付近には、やはりよく見かける大きな黒い犬がいた。
 シェダルには認識できない護衛たちだ。
 そして、ウスイが認識できない護衛の目は、シェダルがキャッチしている・・・・・・護衛なんだか監視なんだかということもあって、お互い、気遣ってか、そのことを話さないのだが。
 なにはともあれ、メディフ社は、いつかくるそのときまで、二人を護ることには間違いない。
 テロリスト達に、優秀な人材を奪われないように。
 必要以上に衆目に晒し、ヴァヴェル以外のテロリストに気付かれないように。
 ほんの2、3年の平穏だが、二人の少年には約束されていた。




---fin---






二人のほのぼのとした掛け合いを目指したはずが・・・・・・はずがぁ・・・・・・。
(2004.3.14)

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