白の来訪者


「うへへ……もう腹いっぱいだ」
 ベタな寝言をむにゃむにゃ言いながら、田晶は布団に包まっている。
 昨日はたまたまあった盗賊たちをなぎ払ったところ、街から恩賞が出たのである。
 田晶の年齢的に、高額金こそくれなかったものの、宿でたっぷりのごちそうをふるまってもらったのだ。
 どうやら、夢でその続きをしているらしい。
 ぽん。
「ぐは!?」
 軽い音とは裏腹に、鳩尾に衝撃が走った。
「こぉら、花。また足投げ出して……」
 ぼんやりしている頭を、横に向ける。
 横では花子が寝ていたはずだ。
 窓からは淡い光が差し込んで、部屋はほのかに明るかった。
 しかし、照らされたシーツに花子の姿はなかった。
「花!?」
 布団を投げ捨て、慌てて飛び起きる。
 その時、小さく、何か少女のような声が聞こえた。
「誰だ!」
 鳩尾あたりをさすって、構える。
 うん?
 布団がもぞもぞ動いている。
 田晶はそっと、布団を取り払うことにした。
「苦しかったのね!」
 ぴょん、と、小さな毛玉みたいな生き物が飛び出して来た。
 ふわふわした白い毛がなんとも気持ちよさそうだ。
 なんだろう?
 田晶は、目を丸くして白い生き物を見た。
 翠玉のようなくりくりとした愛らしい目だ。
 頭には、猫に似た耳がついており、しゃわしゃわした尻尾が見えた。
 かわいい。
 思わず田晶の口元が緩んだ。
 いかんいかん!
 頭を振って、考えを振り払おうとする。
 花がいなくなって、代わりにいるこの白いもの。
 だから、えっと……どういうことだろう?
 もともとあまり使うようにはできていない(田晶の父談)頭を回転させる。
 が、いい考えは浮かんでこない。
 いや、こんなにかわいいんだ。
 きっといい生き物に違いない。
 田晶のいる大陸『崚泰』では、化生の者が少なからずいる。
 朝の早くからやってくるようなものではないが。
 考えていてもしかたがないので、田晶は尋ねてみた。
「なあ、ここに寝てた花って女の子知らないか?」
 白い生き物は、何度か目をしばたくと、ふるふると全身で否定した。
 その姿がまた田晶のつぼに入ってしまう。
 が、ばしばしと寝台を叩きたい気分は腹に収め、冷静な面持ちで顎に手をあてた。
「ここ、どこ?」
 可愛らしい口を動かした。
 くるりと目が動く。あたりを見渡しているらしい。
「え? 崚泰の根衣の街だけど?」
「りょうたいのねいのまち??」
 不思議そうに首をかしげるようなしぐさをすると、ぴょんと飛び上がった。
 寝台から机、窓辺の棚へと飛びうつる。
「きゃー!!」
 外を見て叫んでいる。
「きゃー!!」
 まだ叫んでいる。
 慌てて田晶はその白い生き物の口をふさいだ。
 そっと掴み、棚から下ろして、自分の目の前に持ってくる。
 害のなさそうな顔だなぁ。
 じっくりと見る。
 手触りが、上等の毛布のように、非常によかった。
 ばたばたという足音が聞こえ、続いて扉を叩く音が聞こえた。
「お客さん!」
 宿屋の主人の声だ。
「はい!」
「何かあったんですか!? まさか盗賊が仕返しを!?」
 勝手に扉を開けて、主人が入ってくる。
 ちょっと腹に集中的して脂肪がついてしまっているが、人のよさそうな男である。
「あ、いえ。ちょっと虫が出たんでびっくりしただけです」
 白い生き物を後ろ手に隠し、へらへらと田晶は笑みを浮かべた。
「虫!? うちは虫なんか」
「ああ。いや、窓から入ってきたんですよ」
「そうですか。おや、ところで花ちゃんは?」
「ああ、びっくりして隠れちゃって。おーい、花、出てきていいぞー」
 しばらく主人はその場にいたが、仕事を思い出したらしく、いそいそと出て行った。
「はぁ〜」
 溜め息をついて、その白い生き物を寝台に置いた。
 田晶の手がやっとのことで離れて、生き物はぷはぁと息を吐いた。
「あ、ごめん。苦しかった?」
 まだ声が出ないのか、体で否定する。
「ええと、俺、姓が勠、名が田晶。勠田晶っていうんだ」
 そっちは? と指で示す。
 すると、ふわふわとした毛並みをそよがせて近寄ってきた。
「私、リーといいます」
「り?」
「リー」
 のばすことを強調する。
「リーか、知り合いには「り」っての多いんだけどね。ほら、張三李四っていうだろう? 犬も歩けば、3回は張さん、4回は李さんにぶつかるっていうくらしだしな」
 微妙に違うが、田晶本人はそうだと思い込んでいる。
 リーと名乗った、不思議な生き物はきょとんとしている。
「どこから迷い込んだんだ?」
 田晶が問う。
「この世の生き物じゃないだろう? 何かの変化? 妖怪?」
「ひどーい、私、妖怪じゃないわ」
 ぴょんと飛び上がってきて、ぽすんと肩に当たった。
「じゃ、精霊?」
 飛び上がってきた、彼女を掴む。
「まあ、なんでもいいや」
 返事をしようと口を動かしたリーよりも先に、田晶が言った。
「花もいないしなぁ」
 きょろきょろと見渡す。
「あ!」
 ひらめいたらしい。
 リーとばっちり目を合わせた。
「入れ替わった!?」
「入れ替わった?」
「世界ごと!」
「世界ごと……?」
 思いついたことをそのまま叫んでいるので、リーには理解しずらしだろう。
 田晶は、花子とリーがそっくり入れ替わって、それぞれの世界へ行ってしまったに違いない、と言いたかったらしい。
「そっかあ……いいなぁ。きっと迦陵頻伽とかがいて、美味い桃の木とかあるんだろうなぁ」
 どこか遠くをうっとりと見つめている。
「違うと思うの」
 可愛らしい声で、私がいたところに行ったなら、とリーが付け加える。
「ブレイズ……」
 誰かの名前なのだろうか、小さくつぶやくと、目を伏せてしまった。
「早く帰らなくっちゃ!」
 胸を張るように彼女は叫び、田晶の手の中でもぞもぞと動いた。
 くすぐったくなって、田晶は思わず手を離してしまう。
 そのままリーは、田晶の肩にぴょんと乗った。
「え? 乗るの? 乗るの?」
 心底嬉しそうに、田晶は肩の上のリーに丸い目を向けた。

「きゃー。すごーい。ブレイズのやってたゲームにね、こんなところがあったわ」
「げぇむ?」
 って、西域の物かな……?
 リーはどこか違う世界から来たようだった。
 時折、西域のような言葉が混じる。
 宇宙がどうの、という話になったとき、ついに田晶は理解するのをあきらめた。
 とりあえず、星の向こうの、すごいところから来たらしい。
「空の向こう、星の向こう、天界でもないのか」
 空を見上げる。
 朝の光はまぶしくて、目を細めた。
「ぶれいずってのはリーの友達か?」
「ええ。とっても大切な人よ」
 晴れやかな声が返ってくる。
 本当の気持ちが、肩に乗っているリーの温かさから伝わってくる。
「田晶の探している花っていう人は?」
「花は、花だ!」
 目を丸くしているリーに、田晶はにっこりと説明した。
「本当は、花子っていうんだけどな。いっつもどこかふらふらしてさ。すぐどっか行くんだよな〜」
「ブレイズも、私がいないとだめなのよ」
 少しだけ得意げに、お姉さんぶった声でリーが胸を張るような姿勢をした。
 そんなリーを見て、田晶が軽く笑った。
「ここの人はみんな髪が黒いのね」
 肩で、リーがさえずる。
 最初はなんとなくなれなかったが、次第に気にならなくなった。
 田晶は自分の髪を掴んで、見る。
「そうだなあ、基本的にこの辺りの奴らはそうだな。もっと西とか北とか行けば、また違うけど」
 あまり人前でしゃべらないほうがいいかな、とも思ったが、ついつい返事をしてしまう。
 なにせ、精霊やら化生の者というと、何かの薬になるとかで捕まえようとする奴らもいるのだ。
 そして、案の定、目をつけられていた。

「白い生き物だな」
「おっ! そのようですね」
「そのようですねもなにもそのマンマだろ!」
 ごんっと握りこぶしで、横に控える貧相な小男を殴りつけた。
「張さん、痛いです」
「張さんではなぁい! 華麗にシャルルさんと呼べ!」
「へえ、しゃるるる」
 小男は舌をかんでしまった。
 シャルルといった男は、黒髪黒目黒ひげで、どうみても崚泰の人間のようだ。
 眉毛が妙に、黒々と長く伸びていた。
「あれはな、この書によると猫の変化の一種らしいな」
「猫の変化?」
「人々の猫に対するなんともいえねぇ恐怖が具現化したものだ」
「猫ってかわいいですけどねぇ。……いてえ!」
「だまってろい。続きにはな、奴の肝を食せば万年生き、目を食せば一日に千里走ることができるとある! その他の部分も、酢漬けにすると美味だそうだ」
「で、皮は三味になるんで?」
「そりゃ東の話だ!」
 再び男が小男を殴りつけた。
「よし、あれは高く売れる」
 にやりと笑う。
「行くぞ! ベルソワージュ!」
「張さん、あっしの名前は李荘ですってば」
 小男は再び殴りつけられながら、男の後を追った。

「しっかし、花、本当にどこ行ったんだろう?」
 一人で大丈夫かな?
 でも鐘のあるところへなら飛んでこれるんだから、帰ってこれる、よな?
「リーも帰れないと困るよな?」
「そうなの」
 こくりと頷いた。
「どっちかが帰ってくれば、片方も帰れると思うけど」
 じいちゃんに聞いた方が早いかな。
 田晶に術を教えた師匠は、この一つ前の街にいる。
 戻ってもいいが、どうしたものか。
 考えながら歩いていたら、後ろからぶつかってこられた。
「どわ!?」
「田晶! 久しぶり!」
 ぶつかった拍子に前に飛び出したリーを手のひらで受け止めると、田晶は後ろを向いた。
「キソノスケさん!」
「キサだってば☆」
「痛えっ!」
 笑顔で田晶のほっぺたを、ねじりの運動を指先にいれつつひっぱっているのは、キソノスケだ。
 れっきとした西域生まれの成人男性だが、キソノスケという東洋かぶれの名前である。
 本人はその名が嫌いで、周囲にはキサと呼ばせているが、女性名なのはただの彼の趣味だろう。
 今日も派手派手な、蜜柑色のワンピースとかいう西域の服を着ている。
「あれ? じっちゃんとこにいたんじゃないの?」
「今日はここまで買出しにきたのよ。なんだかここにしか売ってない葉っぱが食べたいって」
「葉っぱ?」
「そ」
「菜っ葉?」
「そうよ。青くてにっがぁ〜〜い奴」
「やっぱ?」
「お野菜だけであんなにいろんな料理があるなんて知らなかったわ」
 キソノスケは、ほう、と溜め息をついた。
 それにつられて頭の髪飾りが揺れる。
「きゃ」
「あら?」
 髪飾りの先端がリーに当たったらしく、小さな悲鳴をあげた。
 何? とキソノスケが視線を上にする。
「まあ! 何何何? 何、このかわいいの!」
 リーを見るや否や、キソノスケは掴んで引き寄せた。
「や〜〜」
「やーん、これしゃべるの?」
 キソノスケはほお擦りまでしている。
 長い金髪がさらさらと落ち、リーはくすぐったそうだ。
「俺、まだ、ほお擦りしたことないのに」
 微妙にずれたところから、田晶はうらやましそうにキソノスケを見上げた。
「あ、フュリアさんは? 今日は一緒じゃないの?」
「姉様ならあっちで買い物中よ。すぐに来ると思うわ。ほら」
 と、片手でリーを掴んだまま、3軒ほど後ろの店先に立つ金の髪の女性に向かって手を振った。
「姉様ー」
 キソノスケに姉様と呼ばれた女性は、田晶の姿をとらえると、ほんの少し微笑み、ゆっくりと歩いてきた。
「久しぶりだな、田晶」
 キソノスケに良く似た顔の女性が、田晶に軽く手を上げた。
 こちらは長い金の髪を軽く後ろでまとめた、シンプルな袴姿である。
 とはいっても、西域生まれのため、靴だけはブーツを履いていた。
「久しぶりです」
 田晶が手を差し出すと、フュリアも右手を差し出し、握り合う。
「姉様、見て」
 キソノスケが、手に持っていたリーをフュリアに差し出す。
 それまで呼吸が困難だったのか、リーはぷはぁ、と息をついた。
「苦しかったのね!」
「あ、ごめんなさい」
「しゃべるのか!?」
 田晶以外の三人の声が重なった。
 とにもかくにも、フュリアは未知の生物を見て、目を丸くしていた。
 田晶はキソノスケの手からリーを救い出すと、肩に乗せた。
「この子は、リーって言うんだ。どっか遠い天の向こうの宇宙って国から来たんだって」
 説明がずれてはいるが、リーは特に説明を加えなかった。
「リーといいます」
 それから、軽く会釈した。
「やーん、かわいー」
 キソノスケがなおも、リーの頭を撫ぜまわした。
 いかんせん男なので、力が強い。
 リーのふわふわ毛並みが少しよれてしまった。
 それをなおすように撫ぜて、青い目をなごませたフュリアが言った。
「私はフュリアだ。横にいるのは私の弟のキソノスケという」
 キソノスケは自分の名前を呼ばれると、むぅと難しい顔をした。
 姉の前ではキサと名乗りにくいらしい。
 眉をしかめているキソノスケを横目に、田晶はリーにこっそり耳打ちした。
「あのキソノスケさんはキサっていっててお姉さんみたいだけど、お兄さんなんだ。いわゆるオカマだと俺は思うだけど、本人に言うと怒られるから……」
「まあ! あなたがあのオカマなのね! 私こんなに近くで見るの初めて!!」
 田晶の言葉を最後まで聞かず、リーは飛び上がった。
 心底心から嬉しそうな笑顔を振り撒くリーに、キソノスケは困ったように笑みを返した。
 いつもならば怒る場面だが、そんなにも全開の笑顔で、自分の肩周りを飛ばれると、できないものである。
「田晶ってば、余計なこと言うんじゃないのっ」
 明るい声だが、語尾が震えている。
「事実じゃろう?」
 姉がすらっと言ったが、それは無視をして。
「痛え!」
 田晶の足を思い切り踏んだ。
 フュリアは、たしなめるような視線を弟へ送ったが、視線をすっとかわされる。
 涙目になってぴょこぴょこと飛び上がっている田晶の周りを見渡し、フュリアが異点を見取って尋ねた。
「花はどうしたのじゃ?」
「そうなんだよ!」
 びっと指をさして、田晶が叫ぶ。
 どうやら足の痛いのは治ったようだ。
「どうやらこのリーと花が入れ替わったらしい!」
 どういうこと? とキソノスケとフュリアは目を丸くした。
 田晶の説明を聞いているうちに、難しい顔になる。
「そういう例って聞いたことないわ」
「そうじゃの。まあ、花は瞬間移動の術使いじゃが、それがどこかで間違ったのかの?」
「うーん。大いにありうる」
「でも私のところに行ってるなら、大丈夫よ」
 みんないい人ばかりだもの、と、リーが付け加えた。
「そうだな。迦陵頻伽はいないらしいけど」
 リーのような生き物がいっぱいいる様を想像して、田晶は思わず身を振るわせた。
 きゃわきゃわと可愛らしく、集団で動くリー達。
「ああ、俺も行ってみたい!!」
 田晶は、リーを、ここぞとばかりにほお擦りした。
「フュリアさんたちはこの後、じっちゃんとこに帰るんだよね?」
「そうじゃ」
 現在はフュリア、キソノスケともども、田晶の術の師匠にあたる老人の住む寺に厄介になっていた。
 実は、フュリアもおくれながら、田晶と同じ術の師匠に弟子入りした身分である。
 うるさい並びで言えば、田晶の妹弟子に当たるのだが、お互いそのあたりはあまり気にしていない。
「じゃあ、俺たちも一緒に行っていい? じっちゃんにリーのこととか、花がどこいった、とか聞きたいんだ」
「ふむ。では一緒に行こう」

 土の上に、野菜の入った網籠や、野菜の漬物の入ったつぼが並んでいる。
 どの店の主人たちも、自分達の野菜がいかに優れているか、新鮮かを、声を張り上げて競い合っていた。
 リーは興味深そうに、道に並ぶ野菜たちを見ている。
 見たことのない野菜には、田晶にそれが何か問う。
 野菜は食べるものぐらいにしか田晶の知識には入っていないので、詳しくはキソノスケやフュリアが説明し、田晶ははしばしに大きく頷いているだけだった。
「あーん、ここに笛吹さんがいたらすっごく喜ぶのに!」
 フュリアが買っている珍しい薬草を見て、ぴょんぴょんとリーが跳ねた。
「薬草? その人好きなのか?」
 薬草師か何かかな? と田晶は笛吹という人物の想像をめぐらす。
 田晶はリーにほわほわとした白いひげをはやし、なんだかご利益ありそうな薬草師を想像した。
 きっと、すごい人に違いない!
「会ってみたいなぁ、その人に」
 うっとりと田晶が呟いた。
「リーとやら」
 フュリアがちょいちょいと、リーをつついた。
「珍しいなら持っていくがよいぞ」
「本当!?」
 ぱあっと喜んだものの、
「どうやって持つんだ?」
 田晶の素朴な疑問に、ええと、とリーが答えを詰まらせた。

「これでよし」
 田晶は小さな布袋を、自分の荷物袋から取り出すと、リーにかけた。
 そこに薬草を入れる。
「わー」
 リーは不思議そうに、自分の布袋を見ていた。
「何かかわいいかもしれん」
 田晶はまじまじとリーを見ながら思った。
 リーは嬉しそうににこにこと布袋を見ている。
 田晶は再び自分の方にリーをのせた。
「おっと、そこまでだ!」
「何!?」
 何がそこまでなのか理解不可能だが、とっさに田晶は声のしたほうに振り返る。
 そこには、黒々とした眉毛が妙に自己主張している男と、貧相な男が二人立っていた。
「その化生の物を渡してもらおうか!」
 街中ど真ん中で、叫ぶ二人連れに、田晶は頭を掻いた。
「ああ、またかよ」
「またってなんだ!?」
 だんっと地面を蹴って、特徴的な眉毛の男が叫ぶ。
「なんか、俺、こういうのに縁があるなぁ」
 以前も、鈴蘭の精霊の花をめぐって、同じようなやりとりがあった。
 うめくように一人呟くと、前の男達に言った。
「何?」
 必要最低限しか声にしない。
 低次元の男どもと話す気は、さらさらないのである。
「ふはは! 私は華麗なるシャルル様。そしてその僕ベルソワージュだ!」
「とか言ってますが、あっしは李荘で、こっちはご近所さんの張直さんです」
「説明せんでいい!」
 ぱかん、と張直が、李荘の頭を殴りつけた。
 花を探す策を考えるべく、街頭で漫才を始めた二人に田晶は背を向けた。
「こら! 待て、少年! 年長者に対する態度がなってないぞ!」
 田晶は眉をしかめ、嫌々肩越しに振り返った。
「尊敬に値する行動を伴ってから、初めて言える言葉だぜ? それ」
 ふん、と鼻で笑う。
「怒らせたのはあやまります。が、その白いのをあっしらにくれませんかね?」
「何頼んでんだよ。李荘!」
 張直は思わず本名で李荘を殴りつけ、ベルソワージュ、と言い直した。
「いや、何事も頼んでみるのが吉っすよ」
「嫌」
 李荘が言い終わる前に、田晶は即答した。
 リーはおろおろと、田晶と後ろとで交互に瞳を動かしている。
「気にしなくていいよ」
 気遣わしげに、田晶はリーを撫ぜて、さっさと男達と反対方向へ歩き出す。
 店先のおばさんたちが、仕事をしながらも、こちらに視線を向けているのがわかる。
 もともと人通りの多い道に、野次馬達も集ってきた。
 喧嘩が始まりそうな雰囲気に寄せられてきたのだろう。
「そういうなら、力ずくでもいただく!」
 有無を言わせず、張直が田晶に襲い掛かってきた。
「きゃー!!」
 田晶は、リーを抱えて、後ろのキソノスケのいるあたりまで大きく跳んでかわす。
 悲鳴をあげたリーをなだめるようになぜて、微笑みかけた。
「リーを頼む!」
 キソノスケに、ぽんっとリーを渡す。
「わかったわ」
 きゅっと受け止めると、心配そうな目をしているリーに微笑みかけた。
「大丈夫よ。あの子、強いから」
「そう……」
 なおも心配そうに、前の少年を見ていた。
「まあ、あの二人では、私達の出番はなさそうだな」
「そうね」
「そういえば田晶の戦い様をじっくり見たことがなかったの」
「あ、姉様はなかったんだっけ。結構格好いいわよ」
「ふむ。何か参考になるかの」
 フュリアは腕を組んで、めんどくさそうに顔をしかめつつも、足を振って準備運動をしている田晶を見た。
「こんな街中でやるわけ?」
 田晶は腕の筋肉をほぐす運動をしながら、張直の後ろにいる李荘に尋ねた。
 そっちの方が話が通じやすそうだと思ったからだ。
 李荘は自分の貧相な顔をかいて、もうしわけなさそうに愛想笑いを浮かべた。
「すいませんねえ。張さんは言い出したら聞かないんっすよ」
「張さんではないと言ってるだろう!」
 激しく李荘を蹴り倒し、田晶との間合いを取る。
「ふん。こんな街中じゃ、何かの芝居だと思うだろう?」
「それが狙い?」
 田晶がにやりと唇の端を持ち上げた。
「じゃあ、そっちが怪我しても、よくできた血糊だって思うわけだ」
「うあ!? それはやばいんじゃないっすか? 張さん!?」
「るせえ! だから張さんじゃねえっつってんだろ!」
 学習能力皆無か! と怒鳴りながら、またも李荘を蹴り転がした。
「行くぞ!」
 張直が田晶に再び襲い掛かる。
 田晶は相変わらず笑みを浮かべたまま、軽く膝を曲げて攻撃をかわした。
「おっさん、体術派?」
「しゃべってると舌かむぞ!」
 確かに、と田晶は頷くと、足を払いに出た。
 足払いはあっさりと張直にかわされる。
 張直はかわしたついでに、右拳で田晶を殴る。
 ぱしんっと、音が響く。
 張直の拳を、田晶が左腕で受けた音だ。
「俺も、体術派なんだ」
 少し嬉しそうに田晶は言うと、左腕を下へと振り下ろし、代わりに右腕を突き出す。
 張直はこともなげに避ける。
 その動きは予測済みだ。
 右腕をすばやく引き寄せ、田晶は左足を主軸に、右脚で思い切り蹴りあげる。
 ひゅっと鋭く息が吐き出された。
「かはっ」
 張直の体が不自然に後ろに飛ぶ。
「すごいわ!」
「あら。危ない」
 賞賛するリーと、どこか抜けた声を出すキソノスケの前に張直が落ちた。
「張さん〜〜やめた方がいいっすよ〜〜」
「るせえ!」
「あ! それは売り物だって!」
 店先に並べてあった瓜を一つ掴むと、田晶に投げつけた。
「だ!?」
 びっくりして、田晶は変な声をあげてしまう。
 思わず反射的に脚で瓜を防ぐ。
「うあわあ!」
 見ていて気持ちがいいくらいに、綺麗に、瓜は真っ二つになった。
「こら! おっさん!! 食い物は粗末にしちゃいけないんだぞ!」
 割ってしまった瓜を、地面に落ちる前に受け止める。
 とはいっても、もう割れてしまったのだから、売り物にはならない。
 野菜売りの男が、泣き声をあげている。
 他の店主たちも、そそくさと並べてある品物を批難させ始めた。
「やまかしい! それもこれもお前がさっさとその白っこいのを渡せばいいんだよ!」
「ふざけたことを言うな! 誰が渡すか!」
「張さん〜〜相手が悪いっすよ〜〜」
 張直はなおも闘志を燃やしているが、李荘のほうはもう泣きそうだ。
「田晶って強いのね!」
 キソノスケの手のひらで、弾みながらリーが言う。
 さっきまでの心配そうな雰囲気はかけらもなくなっていた。
「へん! どうせお前ら張三李四のくせに!」
「なんでわかったすっか!?」
 自分の言葉に面を上げた李荘に、思わず田晶は目を丸くした。
「え? 本当なのか?」
「うるさいうるさいうるさい!!」
 顔を真っ赤にして、張直は田晶から後ろ跳びで離れた。
 懐にさっと手を入れる。
「仕方がない。取って置きを使ってやろう!」
 ふふふと、不敵に笑って、ぱっと手を出した。
「何だ!?」
 ぱぱぱぱぱっと、小さく立ち上る煙から、小さな兵士が現れて、田晶に襲い掛かる。
「だっ! いててててっ。符術か!」
 ちくちくと小さな剣でもって田晶を刺し始める。
 胸を反り返らせ、張直は哄笑する。
「どうだ!」
「はっ!」
 わらわらと田晶のもとへ集まってくる小さな兵士を蹴散らして、田晶はひゅうっと大きく息を吸い込んだ。
 たんっと横に跳躍し、人差し指と中指を立てて導引を結んだ。
「雷風!」
 にわかに雷を帯びた風が田晶を中心に吹き上がり、兵士達をなぎ払った。
 張直の笑い声がぴたりとやんだ。
 田晶はなおも身に風を絡みつかせたまま、張直に向き直る。
「おっさん。確かに符術はすごいけど」
 ゆっくりと田晶は歩み寄る。
「俺はもっとすごいんだぜ?」
 張直の額から、一筋の汗が流れ落ちた。
 その近くで、李荘があわわわと、意味をなさない言葉を発していた。
「りゃぁっ!」
 風をまとった田晶の蹴りを、張直は顎に受けて、天高く飛んでいった。
「張さ〜〜んっ!!」
 慌てて李荘が張直を追いかけていく。
 遠くから、シャルルだっつってんだろ〜〜という叫び声が聞こえたのには、田晶は感心した。
「最後まで信念を貫きとおせるところは無駄にすごいな」
 ふわりと、風の気を大地に下ろし、頭を掻きながら上を見上げる。
「うん?」
 張直が飛んでいった方向から、何かが落下してくるのが視界に入った。
「何だ? 本か?」
 『妖物全集』と表紙に書かれた、端が擦り切れている緑色の古い冊子だった。
 ある一つの項が折られていた。
「猫の変化の一種。其の肝を食せば万年生き、目を食せば一日に千里走ることができる。他の部分は、酢漬けにすると美味である。……美味?」

 それから、田晶たちは田晶の師のいる寺まで歩いて戻った。
 あの後、『妖怪全集』を見たリーが、
「私、こんなのじゃないわ!」
 と、泣き出してしまったので、田晶たちはなだめるのに四苦八苦した。
 途中で買った肉まんを気に入ってくれたらしく、機嫌を直してくれたので、ほっとした。
「リーのほうが、花よりも年頃の女の子だなぁ」
 これもまた途中で買った桃色の小花で、彼女の耳元を飾りながら、よくわからない感想を田晶が述べた。

「じっちゃーん!!」
「ただいま帰りました」
 田晶とフュリアの声に、縁側で茶を啜っていた好々爺が顔を上げた。
「おう」
 白い眉を器用に片側だけ動かして、田晶に片手を挙げる。
「えらくかわいいお客さんじゃの」
 田晶の肩に乗っているリーをちょんとつつく。
「はじめまして」
 言葉を紡いだリーに、師匠は少しだけ目を見張った。
「おや、流暢にしゃべるわい」
 ほっほっほ、と笑うと、出してある茶菓子を勧めた。
「ほら田晶。茶でも入れんかい」
「ええ〜〜俺が〜〜?」
「文句を言うな」
「痛っ」
 傍らに置いてあった杖で、思い切り殴られる。
「師匠、私が入れますゆえ」
 片膝を立てて、フュリアが言った。
「やぁ、フュリアちゃんは別にそういうことはしなくてもいいんじゃよ。ほれ、田晶!」
 もうひとつぱこん、と軽快な音が響く。
「いえ、買ってきた野菜もついでに置いてきますので。しばしお待ちを」
 さっと音も立てずに立つと、フュリアは少しだけ田晶を哀れむような瞳で見て、すぐに茶を入れにその場を退出した。
 田晶が頭を撫ぜていると、リーも一緒に撫ぜてくれた。
「花子はどうしたのじゃ?」
「ああ、それなんだよ」
 師匠に花がいなくなったこと、代わりに、このリーが来たことを説明した。
「俺は、今流行りの神隠しかとも思ったんだけど」
「神隠しって流行ってるの?」
 キソノスケは、いつの間にかリーを取り上げて、膝の上で撫ぜていた。
「ふむぅ」
 師匠は目を閉じ、しばし考え込む。
 四人が黙り込んでしまったころ、フュリアが茶を持って現れた。
「どうした? 難しい顔をして。珍しい」
「姉様。どうして私の顔をまじまじ見て言うわけ?」
「珍しいからだ」
「あーん、ひどーい」
「だから身をくねらせるなと言っておろうが!」
 姉弟喧嘩をはじめた二人はさておいて、田晶が師匠に言った。
「リーが元いたとこに帰る方法って知ってる?」
 リーもキソノスケの膝から、ぴょんと師匠の前に降り立ち、ぺこりと頭を下げた。
「かわいいのー」
 師匠はそれを見て、喜んでリーを抱き上げ、撫ぜまわしている。
「じっちゃん!!」
 田晶が声を張り上げた。
 あまりの大声に、言い合っている姉弟も争いを止めた。
「ああ、もう。相変わらず大声じゃの」
 うるさいのじゃ、と、師匠は耳をふさいで、身をよじらせた。
 リーも、身を伏せるようにしている。
 よほどうるさかったらしい。
「うぁ……えと、リーって女の子だから、師匠! あんまりそう、いじくりまわしちゃあだめですよ」
「なんじゃー。いいじゃないかー。こんなにかわいいんだからのー」
 そう言って再びリーに手をのばした。
「そうじゃなくて!! 帰る方法!!」
 田晶は、ばんっと床を両手で叩いた。
「そうじゃの。今晩あたりに帰れるんじゃないかのぅ? 折りよく満月じゃし」
「そうなのか?」
「なにかそれっぽい用意でもするかの」
 師匠はそういうと、フュリアの用意した茶を継ぎ足した湯飲みを持ったまま、自室へ行ってしまった。
「なんなんだよ。相変わらず意味不明だな」
「まあ、師匠の何か考えがあってのことであろう」
 目を三角にしている田晶を、なだめる風にフュリアが次の茶を勧めた。
 リーとキソノスケは二人で茶菓子を半分こにして食べている。
「そっか、リーって月に帰るんだな……」
 妙にしみじみした田晶の物言いに、
「それは違うと思う」
 と、三種の声でつっこみが入った。

 星の瞬きが美しい夜。
「わぁ、真っ暗〜〜」
 リーが外を見てはしゃいでいる。
 その後ろで、田晶はそっと蝋燭に火をつけた。
 ほのかにその場が明るくなる。
「こんなので本当に大丈夫なのか?」
 特にこれといった用意はしていない。
 ただ、リーを、寺の中で月光がよく当たる場所に連れてきただけだった。
 後は持っていけるかどうかはわからないが、こっちの世界のお土産とやらが並んでいる。
「大丈夫じゃ。この世は複雑に見えてしごく単純明解にできておるからの」
「ふぅん」
 理解はできないが、そういうものか、と田晶は考えることにした。
「リーちゃん、お別れなのね〜〜」
 キソノスケが名残惜しそうに、リーを触っていた。
「この手触りを覚えておくわ!」
「私も、おかまさんに会えたって、皆に言うわ! おかまさんって優しいって!」
 きらきらと、星の輝きにも負けない瞳に、キソノスケは頬をひきつらせた。
「できれば、できれば美しく優しいお兄さんに会ったってしてもらえるかしら?」
「お兄さんであることは認めるんだな」
 くつくつと笑ったフュリアに、キソノスケはくすんと、嘘泣きをした。
「時間の流れ方とかに、少し違いがあるかもしれないから、その辺は気をつけるんじゃぞ」
「はい」
 リーは師匠の言葉に素直に頷く。
「また会えるかな?」
「さあ……?」
 そっと触れた田晶に、リーは目をしばたかせた。
「でもさ。こういうこっちでの出会いは前世での因縁があるんだって」
「因縁?」
 悪い意味じゃないよ、と、田晶は付け足した。
「次は、花といる時にでも会おう」
「ええ! 田晶もこちらにこれるといいわね!」
「ああ。笛吹さんって薬草師の人によろしく!」
「……へ?」
「あ、あとぶれいずってリーの大切な人にも」
「もちろん!」
 ぴょんとリーが大きく跳ねた。
 月の光が、ひときわ強く輝き、あたりを照らし出した。
「そろそろじゃぞ」
 師匠の、どことなく気楽そうな声が響く。
 リーは光の中心部にひとり立った。
 涙のように光の粒がぽろぽろと天から降り注ぐ。
「!」
 まぶしさに目を閉じて、再び目を開ければ、そこには光の垂れ幕が降りていた。
 リーの白い毛並みが逆光に照らされている。
「きゃっ」
 輪郭部が蛍のように、淡く輝きだし、ふわっと、地から体が離れだした。
「かわいい客人さん。また世界を越えんように注意しなされ」
 師匠が言うと、田晶たちは次々に別れの言葉を言い出した。
「またな!」
「またね!」
 しゅんっとりーの姿が瞬時に掻き消えた。
 目を丸くするも、そこに姿はない。
「本当に帰った……」
 田晶はつぶやく。
 もう少し、いろんな話してみたかったかな?
 ちょっとそんなことも思ったが、すぐに飛んでしまった。
「田晶〜〜」
 どこからか聞こえた小さな少女の声。
「花!」
 声の方向に、田晶は走り出した。
 今日の小さな白い来訪者のことを、話すために。



 
はい、倉沢陸嬢の世界に迷い込んだリーサイドの話です。
こんなにリーを大事にしてもらっちゃって・・・ありがとう、倉っち!!〇(≧▽≦)〇
キソノスケも登場してくれて嬉しいよ!!
リーは帰ったら、オカマとのファーストコンタクトについて熱く語ること間違いなしです(笑)
ひげ生やして仙人のようなゴーレムメーカーには爆笑したさ(笑)
迦陵頻伽はいないけど、宇宙人はいますよ〜☆

「崚泰奇談」が掲載されている倉沢陸嬢のHPはこちら、「夢のかたみ 風、まどか」 です。

倉沢部長、ありがとね〜!!
冬号も頑張りましょう!!


〔書庫へ〕