「はい」
 「確かにですね?」
 「確かに」
 「それ以外には何かありませんでしたか?」
 「何かって?」
 「他の能力ですよ。一つ隠してたのだから、他に持っていてもおかしくないでしょう」

 男はティーカップを持ち上げると、芝居のかかった動作で香りを嗅いだ。

 「アールグレイはやっぱりフィートン・マイスンのものでなくてはね。シェダ ルさんも遠慮なさらずにどうぞどうぞ飲んでください」
 「悪いけど、オレはアールグレイは好きじゃない」
 「あー、結構そういう方はおられますね。この独特の香りが駄目とかで」

 一口飲んでから、男はオレを見て軽やかに笑った。

 「そんなに固くならないでください、別に尋問しているわけではない のですから、もっとリラックスして!で、実際どうなのですか?」
 「オレの知る限りでは、ウスイが隠し持っていたのはテレポーテーションだけです」

 きっぱり言い放つと、男は得体の知れない笑みを浮かべた。
 この男だけは何を考えているのかわからない。
 地球人にも関わらず、完璧な精神防御をマスターしているらしい。

 「なるほど・・・・・・わかりました、依頼を果たしてくださってありがとうございます」

 男はティーカップをテーブルの上に置いた。

 「約束どおりゾフィエルの授業料は、シェダルさんが学校を辞めたいと申し出る 日まで全額支払いましょう。週一回の定期検査以外は研究所に通う必要もない。学 校生活を満喫し、思う存分青春しなさい。若いうちにしかできないことは山ほどあ るのですよ。いやぁ、学生時代を思い出しますねぇ」
 「あなた、ハガジのスポンサーですよね」
 「ええそうですとも」
 「オレの実験ができなくなってもいいんですか?」
 「あなたは生まれた時から我々にデーターを提供し続けてきました。ずっ と束縛していては可哀相だ、と思いまして。ですから安心して自由をエンジ ョイしてください」

 ウソだ、と直感的に思った。
 可哀相?そんなこと微塵も思っていないに違いない。

 「それと、ウスイに関することは・・・」
 「ああ勿論約束どおり、彼のことは他言しません。あんなに美しい人を『月』なん かに送っては必ず神の怒りが下るでしょうから」
 「警察に突きつける気が無いなら、どうしてこんなことを調べたんですか?」
 「ただの私の趣味です」


 それからしばらく事務的なことを話してから、オレは席を立った。
 背中を向けかけたオレに、男は「いいことを教えましょう」と、胡散臭いほ どの爽やかな笑顔で言った。

 「おそらく近いうち、メディフ社によるエイリアンハーフの強制徴 収が始まります。それまでにしっかり体力をつけておいてくださいね」


:::


 ハガジを出ると、オレは学校近くにある公園へと足早に向かった。
 ウスイは噴水近くのベンチに座って、なにやら本を読んでいた。子供を連 れて公園に来ていた若奥様たちが、遠巻きにうっとりとその姿を眺めている。

 「悪い、ちょっと遅れた」

 歩み寄ると、ウスイが長めの髪をかき上げながら顔を上げた。相変わ らず無表情だ。ブルージーンズに黒いシャツという素っ気無い格好を しているけど、それだけでとても綺麗だった。
 
 「本に没頭してたから、全然構わない・・・・・・って25分の遅刻がちょっとなのかお前は」
 「没頭してたらそんなの一瞬だろー?」
 「るせーよ・・・それより今日はどうする?」
 「オレんち来いよ。お袋がお前に会いたがってる。拉致られて帰った時会 ったじゃん。あのとき以来ファンなんだってさ」
 「マジか・・・」
 「マジ。きっと何か昼飯振舞ってくれるぜ。ものすごーく不味いけど」
 「・・・・・・マジか」
 「大マジ。コンビニで何か弁当でも買っていくか?」
 「なんなら俺が何か作ろうか?」
 「えっ、料理できんの!?・・・・・・なんでもアリだな」
 「うまいぞ。お前んち、あっちのマンションだったな。スーパーで具材買っていくか」
 「何作れるの?」
 「色々。あ、これこの前言ってたゲーム。本体ごと持ってきた」
 「サンキュー!オレもゲーム機欲しいなぁ」
 「家でいつも何してるんだ?」
 「寝てる」
 「暇なときは?」
 「寝てる・・・・・・あ、ちょっと考え事もしてる」
 「へぇ・・・」
 「最近は天井の穴について考えるのがマイ・ブームなんだ」
 「なんだそれ」
 「オレのベッドの上に3つ、穴が開いてるの。顔みたいに見えるん だそれが。前に住んでた奴が何かつけてたんだと思う。それを想像するのが楽しいんだ」
 「例えば?」
 「首吊り死体」
 「そんなとこにわざわざぶら下げはしないだろう」
 「なにマジにコメントしてんだ。お前なら何つける?」
 「そうだな・・・」

 オレの傍らでウスイが真剣に考え始めた。
 その姿からポンコツの照準を周囲に移動させる。
 今日の空は薄曇。天気予報では夕方から雨を降らせると言っていた。温か な風に、公園に植えられた常緑樹が葉を揺らしている。木々のざわめきの間 に混じる子供達の声は、とっても健康的で生命力に満ち溢れていた。
 質感を伴う生きた領域。
 最強の武器を得て、オレはこの光に溢れた世界で息できるようになった。

 「赤ちゃんのゆりかごの上でぐるぐる回す玩具とか・・・?」

 ウスイの頭の中でかわいい装飾の施された玩具が、メロディー付きでぐるぐる回ってる。
 あんな玩具があるんだ。
 オレは死体を玩具に置き換えた。
 あんなのが頭の上にあったら、きっといい夢を見れるに違いない。





---fin---