イカイカマカイカ その4


 
 

 ブレイズとリーは、笛吹たちと別れた後、懐中電灯を片手にカーブ付近をうろうろ探索したが、特に何も見つけることはできなかった。
 「井戸も幽霊もないねー」
 「ないのねー」
 「幽霊が実在するとして考え得るケースは、@今日は偶々出現しない、Aそこらへんにいるけど僕たちに霊感が無くて見えない、B幽霊は存在するけど、ここに出るという噂はガセだった、C僕たちの潜在能力に恐れをなして出てこない、D既に笛吹さんにとり憑いてしまった後である……」
 「Aだったら、わたしたち、どんなに頑張ってもムリね」
 「そうだねー。Dだったら見れるね」
 「トンネルの方に出るかも……あ、ブレイズ、あそこに小道があるわ」
 「小道?」とブレイズが懐中電灯を向けると、カーブの外側に、鬱蒼と茂る木々の中、リーに言われなければわからないような切れ間があった。少年には判別できなかったが、小動物が言うのだから間違いないだろう。
 「猿か鹿かエイリアンでも通ってるのかな」
 「新しい、新しいわ。わたし、ちょっと見てきてもいい?」
 「僕も一緒に行くよ。幽霊の小道かもしれないしね!」
 見かけは頼りない一人と一匹だが、各々勇気と探究心と実力が備わっていた。真っ暗がりだろうが、怪しいものの出没を願ってまで突き進んでいく。
 肩から降りたリーが、地面をほたたたたと走っていくのを頼りに、ブレイズは獣道へと分け入って行った。何がどう道になっているのか、懐中電灯と星明りしかない暗がりの中でブレイズにはわからない。
 「ブレイズ、こっちこっち!」
 「リー、もうちょっとゆっくり走ってー」
 顔に当たる潅木の葉を避けながら、ブレイズは一生懸命歩いたが、隙間を縫うように走るリーのスピードには敵わない。リーは時々立ち止まっては振り返り、ブレイズを気にしていたが、そのうち「あっ」というと、ピューッと走り消えてしまった。
 「リー、どこに行ったのー!?」
 「ブレイズ、こっちよこっち!」
 慌てて叫んだのも束の間、潅木の茂みが終わってブレイズは広々としたところに出た。
 「見てみてー!」
 木々が林立するする中、リーがぴょんぴょん飛び跳ねているその向こうには、何故か小屋のようなものが立っていた。
 「おうちがあったのー!」
 「おうちっていうか……なんで火星のカコラ山の中に掘っ立て小屋が……」
 懐中電灯で照らして見ただけでも木造の小屋はみすぼらしく、風が吹けば倒壊しそうな有様ということが分かった。
 と、窓から明かりが差したかと思うと、ドアがギイィと嫌な音をたてて開いた。
 「なんか子供の声がするぞ」
 ドアの隙間から、黒い影が覗いた。逆光で顔は見えないが、声からしてオッサンだろうとブレイズは判断した。次いで聞こえたのは女性の声。
 「気のせいじゃないの?」
 「いや、確かに聞こえた……ってうぉぉい!!」
 驚く黒い影。
 顔の下から懐中電灯を当てて立っている少年の姿を見たからだ。
 しかもブレイズの今日の服は、黄色と黒のちゃんちゃんこに青い半ズボン、足には下駄を履いていた。言わずもがな、ゲゲゲの少年のコスプレだ。

 「なんだお前は!!」
 「ふっふっふ、なんだかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情け……」とどこかで聞いたような台詞を言うブレイズ。「でも人に名前尋ねるときは、先に自分から名乗るのが礼儀ってもんさ。オッサンたち何者?」
 「こんな夜中に人の家の庭先に現われてその態度はねーだろーが!」
 黒い影のオッサンは、物凄く無礼な少年の態度にカチンと来たようだ。しかしブレイズは男の怒鳴り声にも萎縮するどころか、ますます煽り立てるような台詞を続ける。
 「庭?ここが?私有地なの?こんな掘っ立て小屋みたいな家、どーせ許可も取らずに勝手に建ててるんでしょ」
 「う、うるせー!てめーには関係ねーことだろーが!」
 「関係なくないよ。僕たち実は宇宙に名だたるメディフ社の社員でね、惑星開発事業の一環で、この付近一帯の調査に来たんだよ。もしオッサンがこの土地を不法占拠しているのであれば、僕たちは上司に報告しなくちゃいけない。うちの上司、自分の美意識に適わないものの存在を消去してしまいたいイカレたタチだからさ、こんなお笑い漫画道場で描かれてそうなつっかえ棒付きの小屋、ブルドーザーで即撤去されちゃうだろうなー」
 口から出任せを言うブレイズ。もちろん仕事ではなく、ただの興味本位の暇つぶしに幽霊探しに来ただけだ。しかしオッサンは、少年がメディフの社員という点からして出任せと判断したらしかった。至極真っ当な考えだが、現実は時に有り得ない事がまかり通るものなのである。
 「お前みたいなガキがメディフで働いてるわけねーだろーが!おら、とっとと消えろ!」
 しっしと手で追い払うジェスチャーをする黒い影だが、その脇から先ほどの女の声が「ちょっと待ちな」とブレイズに声をかけた。
 「坊や、ほんとのところ、こんなとこまでどうして来たんだい?」
 携帯カンテラを持って現われた中年の女は、生意気そうな少年の顔を品定めするようにじろりと見ると目を細めた。
 「んじゃホントのところを教えてやるよ。最近話題の幽霊の噂の真相を確かめるべく、暇に飽かせてのこのこやって来たんだ」
 参ったかと言わんばかりに踏ん反り返って言い放つブレイズ。
 「幽霊?」とオッサン。今は女の持つカンテラの明かりに顔が映し出されているが、やはりオッサンだった。「この辺、幽霊が出るのか?」
 「そーだよ。あそこのカーブに血まみれの女の幽霊が出るんだって。オッサンたち見たことある?」
 「初対面の大人をオッサン呼ばわりするな!!」
 「だってオッサンたち、見るからに常識的じゃなさそうだもん。ね、リー」
 「そうなのー!」と、賛同の声は小屋の中から響いた。慌てて振り返ろうとするオッサンと女の間をちょろちょろとすり抜けて、小屋の中にいつの間にか侵入していた小動物が外に飛び出した。
 「幽霊さんも貞○さんもなかったけど、こんなものがたっくさんあったのー!」
 そう言うと、尻尾に巻きつけていた黒い何かを、ブレイズの足元にゴトンと放り出した。
 「あーりゃりゃー、ハンドガン!!一般人はこんなものを持たないってのが火星の常識なんだけどなー。非常識な人たちには非常識な態度で接していい、それが僕の信条だからオッサンのことはオッサンと呼ばせてもらうよ」
 「ブレイズのシンジョウ、カッコいい!!」
 リーの歓声を背景に、オッサンは怒りも顕わに髪を逆立てた。
 「ほんといちいち腹の立つガキだなオイ!!殺すぞコラ!!」
 「そうさ、殺してしまえばいいのさ。あんたもいちいちガキの戯言に付き合ってるんじゃないよ」
 女が唇を舐めて言った。量の多く長い黒髪を背に垂らし、腕を組んで仁王立ちする様は、オッサンよりも格が上であるというオーラを放っている。
 「ここのことを知られたからには生かして帰すわけにはいかないねぇ」
 「えー、ここヤバイの?アジトとか?地下に秘密の要塞が!?」
 「お黙り!!……あたいたち、ちょっと後ろ暗いところがある身でね、サツから追われているんだよ。火星を出る手筈が整うまで、ここに身を隠しているってわけ」
 「へー、犯罪者かぁ。で、火星を出るまでの小遣い稼ぎに、そこの女の人が怪我人のふりしてトンネル前のカーブに倒れて、助けようとした親切な人からお金でも奪ってたとかいうわけ」
 頷くブレイズに、オッサンが驚きの声を上げた。
 「なっ、なんで知ってやがるんだ!?」
 「あ、やっぱり?」とブレイズが笑った。「適当に言ったんだけどまさか本当にそうだったとはね。ファンタジーを求めてきたのに、こんな俗な真相ガッカリだよ」
 「がっかり過ぎるのー!」
 ガッカリガッカリーと嬉しそうに節をつけて繰り返す少年と小動物に、女がどこからか取り出したハンドガンを向けた。
「知られたからにゃますます生かしちゃおけないねぇ。突っ込んじゃいけないところに頭突っ込んだ自分の馬鹿さ加減にあの世でガッカリすることだい……死にな」
 女が引き金を引こうとした、その瞬間、エメラルド色の炎が闇を走った。
 女の手をめがけて、リーが口から炎を放射したのだ。
 加減された緑炎は女の手は焼かず、ハンドガンの銃身だけを包み込み、瞬時に石へと変えてしまった。
 「姉御オォ!大丈夫ですかい!?」
 慌てふためくオッサンは無視して、女が動かない引き金からリーに目を向ける。
 「こいつぁ驚いた……あのちっこいの、ゴーレムメーカーじゃないかい」
 「ゴーレムメーカー?」
 「珍獣だよ。闇じゃおっそろしいくらい高値で取引されてるね」
 言うと、女は指笛を高く2回吹いた。
 「曲者オォ!!」
 「出あえぃ出あえぃっ!」
 「殿中でござる!殿中でござる!」
 3秒と置かず、10もの人影が現われ、意味を理解していないだろう台詞で罵りながらブレイズたちを取り囲んだ。揃いも揃ってガタイのいい大男で、手にはサブマシンガンやハンドガンを構えている。
 「そのガキは殺しちまいな!白いちっこいのは無傷で捕らえるんだ。口から吐く炎に気をつけるんだよ!」
 女の声に、ブレイズはふっと息をついた。
 緊張のためではない。鼻で笑ったのである。
 「え、なに、僕を殺せるとでも思ってるの?」
 リーを抱っこすると、ブレイズはにやっと笑い……次の瞬間、その姿がかき消えた。
 「消えた!?」
 「ギャーー!!姉御ッ、ゆうれいっ!幽霊ッス!」
 「いやいや、あの格好は鬼○郎だろ間違いねー!」
 「ひぃぃっ!妖怪アンテナ!!」
 「目玉のとうさーーん!!」
 「あんたたち、みっともない落ち着きな!ありゃ空間転移だ!あちこちの宇宙を渡り歩いて来たってのにまだそんなことも分からないのかい!?」
 慌てふためき恐慌状態に陥る男たちを叱咤する女。
 その頭上から、不気味な子供の声が降ってきた。
 「人里離れたカコラ山、そこに住まうわ魑魅魍魎、迷い込んだ山賊ども、先にあるのは異界か魔界か……」
 「イカイカマカイカ!!」
 小動物が呪文めいた言葉を唱えるや否や、小屋のドアがバタンと開き、中から現われたのは……!!


 :::


 一方、トンネルでは、シェダルの発言に笛吹が不安を隠しきれずにいた。
 「ブレイズたちが囲まれてるって……何に?」
 「ちょっと待ってな」笛吹の質問にシェダルが目を瞑って首をかしげた。「んとなー……えっ、うっそ、すっげ!ブレイズが山賊狩りだと喜んでるぞ!!」
 「「山賊!?」」
 笛吹とルークが目をカッと開いた。
 「「マジでいるのか!?」」
 ものの見事にはもる隊長と副隊長。シェダルはうんうんと頷くと、トンネルの入り口を指差した。
 「マジマジ。一斉にこっちに向かってきてる。山賊と、それ以外のものも向こうからいっぱい来るぞ」
 「よし来いどんと来い!私が片付けてくれるわ!そして私は山賊王になる!!」
 目をギラギラと輝かせ、ルークが吼えた。笛吹の「それ以外のものって何だよ」というつぶやきは、ルークの吼え声にかき消されてしまった。
 3人がトンネルを抜けたところで、10数人の人影がカーブ脇の森の中から悲鳴を上げながら飛び出してきた。
 「ギャーー!!助けてーー!!」
 揃いも揃って恐怖の表情を浮かべ、涙や鼻水を流しているものまでいる。
 シャツにズボンを穿いた彼らは、笛吹の思い描いていた山賊像とはかけ離れており(笛吹は日○昔話に出てくる猟師や、またぎのようなスタイルを想像していた。近未来なのにありえない)、彼らが手に武器を持っていなければ、山賊とは何かの間違いで、山で遭難した人が熊に追いかけられてるんじゃないかと思ったに違いない。

 「あっ、エアカーだ!!」
 「乗っ取れ!逃げろ!」
 山賊たちは、笛吹たちのエアカーに群がろうとした。
 しかし、笛吹がそれを許さない。
 紫の靄に包まれたかと思うと、山賊たちがその場に膝をついた。
 笛吹が山賊たちに数倍の重力を課したのだ。

 「なんじゃこりゃー!」
 「重いっ!重いっ!呪いか!?」
 「助けてっ!嫌だ逃がしてくれー!!」
 「来るーー!きっと来るーー!」
 重い体に泣き叫ぶ山賊たちの前に、ルークが鬼神の如く立ち塞がった。
 「山賊ども!この私が直々に成敗し……」
 「ギャーーー!!お前はあの時の!!」
 ルークの前口上は、山賊たちの叫びに遮られてしまった。
 「うん?誰だ貴様ら。私は知らんぞ。どこかであったことが?」
 不機嫌に眉を顰めるルークに、紅一点の中年女山賊が食って掛かった。
 「あんたが知らなくてもやられたこちらは覚えてるんだよ!あんたのせいであたいたち宇宙海賊団は散り散りになり、今もサツに追われる身よ!」
 「む、あの時の宇宙海賊か」得心が言ったとばかりに、ルークがぽんと手を打った。
 「え、こいつらが例の宇宙海賊!?」
 話半分にルークの話を聞いていた笛吹は、本当だった事に驚いた(何気に酷い)。
 「そのようだ。数年前、アステロイドに出没する海賊一派を殲滅できるかどうか、と旅先で一緒になったカストル人と賭けをしてな」
 「賭けの為に海賊を殲滅したのか!?」
 「金も大切だ。しかしそれ以上に私を刺激したのが、海賊退治という響き……漢の浪漫、戦士の胸をくすぐる燃えポイントというやつだ!」
 ルークの目に炎が灯り、肉食獣の形相になる。
 「護送車から一部逃げ出した奴らがいるとは風の噂に聞いていたが、ここで会ったが百年目、殺してしまえホトトギス!」
 「ッギャーーー!!待て!お前っお前も怖い!!でもアレが来る!!アレも怖い!!」
 ブレイズがオッサンと呼んでいた男が、後ろをしきりに気にしながら泣き叫んだ。
 「アレとは何だ?」
 自分よりも怖いアレとは何なのか。ルークが不機嫌にカーブの方に視線をやった。
 シェダルが、「あちゃー、ここもブレイズのテリトリー入ったわー」と間延びした声を上げたが、ルークと笛吹はカーブ付近に現われたアレらに完全に意識を奪われていたので、救いは耳に入らなかった。

 「「うおぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!」」

 突如現われた貞○の大群に、笛吹とルークは顔に縦じまを何本も入れて叫んだ。
 何がどうなっているのかはわからないが、貞○は三十人近くはいた。
 ずるずると森から道に這い上がってきたかと思うと、例の不気味な動きでこちらに近づいてきたのだ。しかも映画よりも動きが早い。
 恐怖のあまり笛吹は白く固まってしまった。
 その横でルークが額に浮かんだ冷や汗をぬぐうと、「ポマードポマードポマード!」と指を突きつけ呪文を唱える。しかし貞○たちに動きを止める気配は無い。
 「効かんではないかシノブ!!」
 逆ギレするルークに詰め寄られ、笛吹が我に返る。
 「いや、あいつらは口裂け女じゃない!!ビデオをダビングするしか生き残る手はないんだ!!」
 「なんだそれは訳が分からん!もういい!山賊もとい海賊共々我が拳でブチノメス!!」
 
 ルークの遠吠えと、海賊の叫び声が、カコラ山にこだました。
 夜が更けるまで、まだ数時間を残している。
 闇はまだ深いが、その晩のカコラ山は今までに無く賑やかだった。


:::


 翌週月曜日発行の、「週間火星自身」より抜粋。
 『サルガスソ海賊団の残党逮捕!』
 『摩訶不思議・早朝の交番の前に海賊放置』
 『カコラ山に潜伏していた残党は、怪我人のふりをして、バイパスを通行する人々の注意を惹き、親切心からエアカーから降りた人の頭を後ろから殴り気絶させ、金品を強奪して生計を立てていた』
 『海賊たちは、捕らえられた時の状況について、一様に口を閉ざしている。うち一人は、「幽霊が出たと思ったら鬼まで出た」と恐怖の表情で呟いた』
 『一夜のうちに一網打尽にされた海賊の残党は、全員全治3ヶ月以上の重症を負い、精神の衰弱も激しい模様』
 『一体誰が?謎が謎を呼ぶ捕物劇』
 『海賊は見た!?火星の幽霊』
 『カコラ山のトンネルが、今、心霊スポットとして話題を集めている……』




<完>







大量の貞○の群れは、ブレイズのイリュージョンでした。
ジャンピングばばあの幻も出して、ルークが張り合うというオチも考えてたのですが、 収拾がつかなくなったのでストップ。
笛吹には、「うおぉーー」ではなく、「キャーッ」と叫ばせたかったけど、それもストップ。

(2005.9.5)



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