イカイカマカイカ その3


 
 そう、幽霊なんていないのだ。怨霊も祟りも呪いも、昔の人々の妄想の産物だ。
 笛吹は自分にそう言い聞かせた。
 俺たちは、カコラ山に出没するという山賊退治に来たんだっ。
 ブレイズが、ルークをのせるためについた嘘だということを、笛吹は努めて忘れようとした。
 山賊ならば怖くない。
 群れを成して襲いかかってこようが、ルークと笛吹の攻撃で瞬殺にする自信がある。
 
 「ルーク、たかが山賊、されど山賊だぞ。気を引き締めてかかれよ」
 「無論承知」
 「怪しげな気配を察知したら、すぐ俺に知らせるんだぞ」
 「了解」
 「いいか、絶対、早めに知らせるんだぞ。ほんのちょっとでも何かの気配がするな、と思ったら、即、俺に報告するんだ」
 「気合が入っているな。任せておけ」
 ルークは騙せたが、全然自分を騙しきれていない笛吹。
 二人はトンネルに足を踏み入れた。
 中の電灯は古くなってしまっているのか、10に1つしか点いていない。
 切れかけの電灯がジジジと音をたてて瞬く様は、ホラームービーのお約束だ。今にもゾンビやゾンビ犬が飛び掛ってきそうである(それはゲーム)。
 トンネルの入り口からエアカーのライトで照らしているので、入り口付近を歩いている今のところ、それほど暗さを感じないのが救いである。しかし奥に行けば行くほど闇は深くなり、得体の知れない魑魅魍魎が潜んでいそうだ。

 「このトンネル、どれくらいの長さなんだろうな」
 自分の腕を抱きしめながら、笛吹は右隣を歩く副隊長に声をかけた。
 「入り口には、240メートルと書いてあった」
 「24メートルプール10個分か……」
 どうでもいい喩えをして、なんとか気を紛らわせようとする笛吹。
 プールといえば、ハイスクール時代、立て続けに水着を盗まれて、水泳の授業を受けることが出来ず、期末に補講を受けたことを思い出した。ちなみにそれらの水着は、後々、笛吹を崇め奉る怪しげな宗教の総本山に飾ってあるところを発見される。
 水泳は苦手だし、水着は盗まれるし、なんっかプールって鬼門なんだよな。
 プールかぁ……そういえば全然行ってないなぁ。プール、プール、プールといえば水……水といえば……なんかこの間テレビで見たぞ、……幽霊の必須演出効果!?
 「はぁっ!!」
 「なんだ、どうしたシノブ」
 笛吹の奇声に、ルークは周囲に警戒の目を走らせたが、特に異常は見受けられなかった。それもそのはず、笛吹は自分の連想に怖くなって思わず声をあげてしまっただけだからだ。
 「何もないぞ」
 「いや、すまない、ちょっと嫌な過去を思い出していた……」
 この状況で、どうして嫌な過去の回想に入るのかは不明だったが、笛吹のつらそうな表情はルークの同情を誘うのに十分だった。人ならざる美貌と能力の持ち主なのだから、きっと、想像を絶するレベルの嫌な過去を持っているのに違いない。
 「苦労したのだな……」
 ルークは、心の底から思い遣って言ったのだが、水泳パンツを盗まれた過去など忘れてしまいたい笛吹は、「うん、まぁな」と適当に流した。
 「しかし、……カーブで出口が見えないな……」
 笛吹とルークの進む先には、急なカーブがあった。
 「……カーブの先とか、何か気配はしないか?」
 先が見えず、いかにも突然何かが出てきそうな雰囲気に、笛吹は本気で嫌だと思った。
 隣の男の動物的勘が頼りなのだが、ルークは笛吹の問いには答えないどころか、不吉な事を口にした。
 「シノブ、幽霊が出るというカーブは、果たして本当にトンネルの手前だったのだろうか」
 「……突然何を言い出すんだよ」
 「いや、少年の聞き間違いで、実はトンネルの中のカーブなのではないだろうかと、ふと思いついたのだ」
 笛吹の顔から血の気が引いた。
 「なっ、ばっ、んなことあるわけないだろ!!」

 だろーっ!!
 だろー!
 だろー
 ろー……
 ぉー……
 ……

 トンネルの中に、笛吹の怒鳴り声が不気味にこだまする。
 「……」
 「……」
 笛吹は周囲にちらりと目を走らせてから、ルークを睨み付けた。
 「……変なこと言うな。トンネルの手前だよ。あのブレイズが聞き間違えるわけないだろう」
 「情報源が間違っているかもしれん」
 「いや、そんなことはない、手前だ、手前。俺たちの担当は山賊だ」
 「そうか……では仮に、山賊と幽霊が一度に襲い掛かってきたとする。その場合、私が山賊を担当するので、シノブは幽霊を頼む」
 「嫌だ、俺も山賊がいい」
 「ジャンピングばばあや口裂け女にならば私の攻撃もヒットするかもしれない。しかし、実体の無い幽霊となると、難しいと思われる。シノブは一度、精神体だったシェダルの腕を吹き飛ばした事があるのだろう?ならば幽霊にも効くはずだ」
 「こんなところに出る幽霊なんて、怨霊と相場が決まってる。この世に恨みつらみを遺して死んだ人間の霊だぞ。攻撃しようものなら祟られるだろう」
 「そうなのか」
 「そうだ。俺が突然コンコン鳴き出して、油揚げしか食べれなくなったらどうするんだよ」
 「面白いな、それは」
 「面白くない」
 「……」
 「……」
 「……」
 「……なに黙ってるんだよ。何か喋れよ」
 「……今、気付いたのだが……」
 「え、なんだ、なんだよ、何かいるのか?!」
 「シノブ、幽霊が怖いのだろう」
 図星だった。
 「そ、そんなことない!そんな子供じゃあるまいしっ」
 「……後ろォォッ!!」
 「ヌハァァッ!!」
 美形らしからぬ悲鳴を上げて、笛吹は文字通り飛び上がった。
 慌てて自分の後ろに光速で回りこんで盾にしようとする隊長の姿に、銀髪の青年は思わず噴出す。
 「くっくっく、やはり怖がっているではないか!」
 「……!!おまっ、このっ、嘘ついたな!」
 「よもやスペシャルスカッドの隊長が幽霊を怖がっているとは思いもよらなんだ!ハーハッハッ!」
 「おいっ、ちょ、まっ待てよ!」
 からかいながら突然走り出したルークに、笛吹は慌ててまたも木村○哉の発音で呼び止めようとしたが聞き入れられず、必死に追いかける羽目になった。
 通常であれば微笑ましい光景だが、時刻は丑三つ時、山奥の寂れたトンネルである。真夏の海辺を軽く走るようなルークと、こんなところに置いて行かれてたまるかと言わんばかりに、目を血走らせて運動会の100m走ばりの激走を強いられている笛吹。二人の姿は場違いで異様だった。しかしそんなことを二人が気にするはずも無く、気がつくと、暗闇を抜けて、星明かりの射すトンネルの出口にまで来ていた。
 「何も出なかったではないか。良かったな、シノブ」
 肩で呼吸をする笛吹に、片や少しも呼吸を乱していないルークがにやりと笑いかけた。
 ルークの後を死に物狂いで追いかけていたため、笛吹は恐怖をあまり感じずに、一気にトンネルを駆け抜けることができた。計算してやったのかはつかめないが、眉を寄せたまま笑う銀髪の青年は、珍しくとてもいい奴に見えた。
 「ふんっ、……ありがとうな」
 鼻の下をこすると、笛吹は親指をびしっと立ててみせた。
 ルークも応えて親指をビシッと立てる。
 嗚呼、真夏の夜の青春ドラマ。
 スペシャル・スカッドの今日の一枚板の結束は、こういう地道な経験の積み重ねを経て固められてきた賜物なのだ。
 友情を再確認したことだし、あとは、トンネルを引き返し、ブレイズたちと合流して帰路につけばいいだけ……のはずだった。

 「実はな、……カコラ山には山賊なんて出ないんだ」
 「まさか!ブレイズは私に山賊を倒して山賊王になれと確かに言ったのだぞ」
 「冗談に決まってるだろ。今の世に山賊なんて出没するか。それに山賊王ってなんだよ」
 「おのれブレイズ・スタンフィールド、私を謀った罪は重い!!」
 トンネルの帰りは、ルークをからかって遊ぶことができるほど、笛吹は心に余裕を取り戻していた。あれほど自分に言い聞かせた山賊の存在も、軽やかに否定している。
 先ほどは非常に恐ろしく感じた問題のカーブにさしかかっても、ルークを少し前に歩かせる程度で(少しは怖がっている)、びくびくした様子もあまり無い(少しはびびってる)。
 自分でも行きしほど恐怖心を抱いていないことを感じている笛吹は、調子に乗って話し続けた。
 「やっぱり幽霊なんていないんだ。枯れススキか、道に落ちてた白いごみ袋か何かを見間違えたんだろ。いや、待てルーク、話を聞け、普通なら見間違えるはずが無いものでも、長時間の運転で疲れると、脳の働きが鈍ってありえない見間違いをしてしまうことがあるそうなんだ。他にも、等間隔の電灯が催眠効果をもたらして、一種の催眠術にかかった状態になってしまったり……」
 「シノブ」
 「いや、本当だって、科学的に証明されているんだ。昔から言うだろ、幽霊の正体は枯れ尾花とみたりってな。先人の言う事は正しかった。エイリアンはいたけど、呪いや怨霊はやっぱり存在しないんだよ」
 「シノブシノブシノブ」
 「なんだよ、連呼するな」
 話を遮られて不満げな笛吹の口元に、ルークが人差し指をたてて「静かにしろ」と囁いた。
 「何か気配がする」

 笛吹は口を閉ざした。

 何・か・の・気・配・っ・て・な・ん・だ?

 背筋に寒気が走り、脇の下にどっと汗が滲み出るのがわかった。
 二人は、ちょうどカーブの真ん中付近に立っていた。
 行く手からは、エアカーのライトがおぼろげに射しこんできている。
 よく目を凝らすと、トンネルのコンクリート壁に反射する光が増減している……何者かの影が映っているのだ。
 「さっ、山賊かなー……?」
 「気配だけではわからん。ひょっとすると幽霊かもしれないな」
 発言を翻してまで山賊の出現を心から願う小心者の隊長の思いを気付けない副隊長は、思いっきり嫌なことを淡々と言った。先ほどビシッと立てた親指を、逆さまにビシッと突きつけたい気持ちで笛吹は一杯になった。
 「どうして幽霊幽霊言うんだお前はっ、幽霊に影なんて無いだろっ、ブレイズたちかもしれないだろっ、そのほうがよっぽど可能性が高い!」
 「幽霊かもしれない可能性は低いものの、完全に無いとは限らない、と私は言いたかったのだ。ブレイズたちだと思うのなら呼びかけてみたらいいではないか。『いいえ、私、貞○よ』と、か細い返事があるかもしれないがな」
 「なんだそれ、なんでそんな不気味なことが言えるんだ!わかった、お前、また俺のこと怖がらせようとしてるんだろっ、もうその手には乗らないからな。貞○のわけないじゃないか、貞○は喋らないしな、怖くないぞ、ふふん」
 「そう思うなら先に歩くがいい」
 顎で先に行けと促すルークに、笛吹はよっぽど「すみませんでした、やっぱり俺の盾になって下さい」と頼もうかと考えたが、自分のさっきまでの発言を思い出すと、それは恥ずかしいだろうとプライドが判断を下し、強気の態度を押し通すことを決断した。
 「いいよ、俺が先に歩くよ。その代わり、たとえ山賊だったとしても、俺の獲物だからな……!」
 
 中腰の笛吹(情けない)を先頭に、二人はゆっくりと歩き出した。
 カーブがそろそろ終わり、トンネルの入り口は、もう見えそうだ。
 前方からは、自分達以外の何者かの足音も聞こえてくる。
 地球人の繁栄の証である火星都市の近郊に幽霊が?ありえない。
 幽霊なんているわけがない。
 お化○なんてなーいさっ、○化けなんてうーそさっ♪
 まだ幼児だった頃、子供向けの番組で流れていた歌を、笛吹は頭の中で必死に繰り返し、自らを鼓舞しようとした。
 と、カーブの内壁がきれ、トンネル入り口付近から、眩しい光が笛吹の目を射抜いた。
 
 痛みを訴える目を凝らすとそこには、エアカーの逆光の光の中、前に手を突き出し、ふらふらと不気味な動きで近づいてくる長い髪を振り乱した人影!!

 貞子か!?
 それとも口裂け女なのか!?
 笛吹がムンクの叫びのような顔で絶叫を上げようと口を開きかけた、と、その時、隣でルークが「どうした?」と、気の抜けた声で怪しい人影に喋りかけた。
 
 「んぁー……ポンコツ、壊れちまったぁ〜」
 「車で待っていればいいものを」
 「オレのポンコツぅ〜……」
 「うん?……くくく、見ろシノブ、シェダルが寝惚けている」
 「……」

 叫ばなくて良かった、と笛吹は心の底から安堵した。
 寝惚けたシェダルが、笛吹の気配を頼りに車から出てきたのだ。

 「……直らないぃ〜……」
 「シェダル、シェダル、起きろ」
 「誰かぁ…………はっ、……あ、笛吹、おはよう」
 ふらふらしていたシェダルだが、笛吹の声に目を覚ましたのか、ゆらりと背筋を伸ばした。
 「おはよう」
 「なんか今さー、オレ、悪夢見てた」
 「ポンコツは壊れてない。ちゃんとお前にくっついてきてるよ」
 「あ、本当だ。うん、なんかそんな感じの夢見てたんよ。笛吹よく判ったな!で、ここどこ?」
 「カコラ山トンネル」
 「あー、なんかそういう話だった!口裂け女がどーのというところまでは覚えてるんだけど」
 「俺とルークがトンネル担当、ブレイズたちがカーブ付近担当。二手に分かれて調査してたんだ」
 「へー、……トンネルにゃ何もいないな。オレが起きてりゃ一発だったのに、無駄に怖い思いさせて悪かったな」
 へらへらと笑うシェダルに聞こえるように、笛吹は心の中で『ほんとにな』と言った。

 「オチもついたことだし、そろそろ帰ろうではないか」
 ルークは伸びをすると、腕時計を見た。2時15分を回っている。
 「ルークが締めの台詞言うのって珍しいな。シェダル、ブレイズにそろそろ引き上げてエアカーまで戻るように伝えてくれないか」
 「オッケーオッケー」
 軽い口調で了解したシェダル。
 しかし、瞬時にその顔つきが真面目なものに変化した。

 「おい、ブレイズたち、なんか囲まれてるぞ」






続くったら続く。
『○化けなんてなーいさ』の歌、皆さんは知ってらっしゃるでしょうか。「○かあさんといっしょ」で歌われて他と思います。
強気な少年の歌なんですけど、『だけどちょっと、だけどちょっと僕だって怖いんだ』と続きます。
古い記憶頼りなので、語尾にはちょっと自信ありません。もしかしたら、『○化けなんていなーいさ』だったかもしれません。
適当でごめんなさい。
(2005.8.13)



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