イカイカマカイカ その2


 カコラ山のトンネルに出るという幽霊の話は、ブレイズが社員寮の図書室で本を探しているとき、61α系らしい二つの影が、奥の方の本棚に隠れてぼそぼそと話しているのを盗み聞きしたものである。

 (……丑三つ時、カコラ山トンネルの手前のカーブに、髪の長い女が立っているらしいよ……)
 (……知ってる……全身ずぶ濡れだって……)
 (……血で……)
 (……血なのか……)
 (……そして親指を立てて……車を止めると聞いた……)
 (……ヒッチハイクするのか……)
 (……思わず、車を止めてしまうだろう……)
 (……血、だし……)
 (……血だから……そして車を降りるだろう……)
 (……あぁ……何か、怪我をしてるかもしれない……)
 (……血だしな……)
 (……あぁ、何といっても血だ……)
 (……女に駆け寄り……大丈夫ですか、と訊いた……するとその女は……)

 そこでリーが、ブレイズの肩の上で小さく「くしゅん」とくしゃみをした。

 (……誰かいる……!)

 息を呑んだ気配がした。
 ブレイズは仕方なく、「ごめんごめん、立ち聞きするつもりは無かったんだけどー」と明るく頭を掻きながら、身を潜めていた本棚の影から飛び出した。
 しかし、会話が聞こえてきたあたりには、誰の姿も無かったのだった……。

 「てな具合で、情報源にはテレポートで逃げられちゃったんだ」
 片目を瞑って、自分の頭を軽くげんこつで叩く茶目っ気たっぷりのブレイズだが、エアカーの助手席で話を聞いていた笛吹は、思いっきり引いていた。
 「な、なんかその情報源自体、かなり怪しくないか……?」
 「そーお?僕たち以外の61α系のハーフって、皆いつもあんな感じじゃん」
 きょとんとするブレイズに、隣に座っていたシェダルがあははと笑った。
 「いや、そうだけど、今の話をそこらへんの一般人にしたら、殆どの人が、不思議体験だアンビリーバボーだと言うに違いねぇ」
 「ホント!?投稿しよっか!?」
 「テレビッ、テレビッ、テレビに出るかしらー?」と、ブレイズの提案に乗って喜ぶリー。
 しかし運転席でハンドルを握るルークは、鼻をふんっと鳴らして、バックミラー越しにブレイズを睨み付けるように見た。実際は、睨みつけてなどおらず、ただ、見ただけだ。この男は元々がそういう顔なのである。
 「テレポートなのだろう?全然不思議ではない。もしかするとカストル系だったのでは。少年の動体視力では捉えられないスピードで逃げたのやも」
 「カストル系はあんな小さな声でぼそぼそ話さないし、そもそも図書室にいる筈が無いよ!白髪、本なんて手に触れたこともないんじゃないの?」
 「読んだ事もある!それに白髪ではない、銀髪だと何度言ったら君は」
 「おいっ、ルーク!前見ろ前!!」
 後部座席を振り返って憤る銀髪の青年に、笛吹は慌てて注意を促した。
 
 カコラ山まで、ABの寮からはちょっとした距離がある。
 スペシャルスカッドの中で空間転移が使えるのは、笛吹とブレイズのみだが、大してランクは高くない。自分の他にもう一人を連れるとなると、せいぜい隣町程度にしか空間を飛べないのだ。
 仕方が無いので、5人は寮のエアカーを借りる事にした。
 エアカーの運転免許を持っているのは、このメンバーの中でルークだけだったので、必然的にルークが運転席に座る事になった。
 誰もがルークの運転を心配したが、他に移動の手段もなく、だからと言って歩くのも、空間転移でちまちま飛ぶのも非常に疲れるので、恐々ながら座席に座った。
 もし危険になれば、笛吹の能力でなんとかなるのではないか、という期待もあった。電柱や壁や他の車にぶつかりそうになっても、衝突する前に笛吹がそれらを破壊すれば、こちらは無傷で済むのだ(迷惑)。
 運転する当人はといえば、他のメンバーの不安などどこ吹く風、「私に任せろ」と自信満々にハンドルを握り、今のところ、危なげなくこなしている。

 「ほら、もうすぐ山道に入るぞ。しっかり前見て運転しろよ」
 「了解だシノブ、山賊なぞ恐るるに足らん。私は以前、宇宙海賊の一味をたった一人で壊滅させたことがある!」
 「お前の過去って、本当によくわからない……」
 「やっと興味を示したなシノブ!私の過去を教授してくれるわっ。まず私がこの世に生を受けたときのことだ!」
 「何故かは知らないけれど、それはまた別の機会に聞きたい気がするから、今は話さないでおこうなー」
 シェダルが、この世界の構築を手がける何者かの意思を読み取って、ルークの暴走を食い止めた。

 暴走発言の多い運転手だが、エアカーはそれなりのスピードを出しつつも、カーブの多い暗い山道を、わりと普通に登って行った。
 テラフォーミング(地球化計画)の賜物で、火星都市近郊の山々は植林され、鬱蒼と木々が生い茂っている。千年も昔は、乾いた大地だったというのが嘘のようだ。
 笛吹はエアカー備え付けの時計を見た。
 夜中の1時50分だった。
 そろそろ草木も眠る時間である。
 この火星都市と住宅地を結ぶバイパスは、100年も昔に作られたもので、等間隔に設置されている照明により暗さは感じないが、道路にまで侵食して茂る草木や、電灯に絡み付いている蔦は、怪しげな気配を撒き散らす何かが闇に潜んでいることを我々に想像させるのであった……。
 「と、心霊特集でならナレーターの声が入るところだよね」
 「ドキドキしてきたわー!」
 普段からテレビゲームで夜更かしするのに慣れている子供たちは、夜遅くになっても眠気に襲われるどころか興奮気味だ。むしろ、隣のシェダルの方が、睡魔に負けてうつらうつらと船をこいでいる。
 「……しかしこの道、全然車が通らないな。さっきから一台も会ってないぞ」
 シェダルが眠ってしまったら、危険な怨霊やらを感知することができないんじゃないだろうかと心配しながら、笛吹は呟いた。
 「それに最近、整備とかしてないんじゃないのか?道にまで草がはみ出して……」
 「ハニ町に行く人は、みんなこんな迂回路じゃなくて、新しくできた幹線道路を利用するからだよ。だからこんなに寂れちゃってるんだ。……人々から忘れ去られた道……あぁ、その先にあるのは異界か魔界か……!」
 「イカイカマカイカ!」
 ブレイズの言葉を復唱するリーは、意味をわからずノリで言っているので、呪文を唱えるような口調になっていた。思わずキュンと胸をときめかせた笛吹だったが、次に聞こえたルークの声が、笛吹のテンションを急速冷却してしまった。
 「トンネルだ」
 第1のトンネルである。
 笛吹たちが目指しているのは4つ目、カコラ山のトンネルだ。
 「これじゃないよな……シェダル、起きてるか?」
 「んー、だいじょぶ……」
 あまり大丈夫じゃなさそうなくぐもった声が、後部座席から聞こえてきた。笛吹はなんとはなしに、嫌な予感が頭をかすめた。シェダル、眠っちゃうんじゃないだろうか……。
 「しかし、山賊は私が相手をするとして、女の幽霊はどう扱えばいい?シノブが退治するのか?」
 トンネル内にエアカーを進めながら、ルークが笛吹に聞いた。
 「いや、俺、幽霊の退治の仕方とかわからないんだけど……サイコキネシスや重力制御で攻撃できるものかな」
 「駄目だよ笛吹さーん、そんな攻撃なんて加えたら絶対呪われるよー。1週間後、笛吹さんの部屋のテレビが勝手について、画面の中から貞○が……!!」
 ブレイズが後ろからニュッと腕を伸ばして、笛吹の首に巻きつけた。
 びっくりした笛吹はじたばたともがいて、腕を振りほどいた。
 「だだだからなんで貞○なんだっ、さっきツッコミそびれたけど、トンネルの中に井戸があるわけないだろ!」
 「だいぶ前にすべきツッコミだったね、笛吹さん。まぁ貞○じゃない幽霊が出てきたとしても、攻撃したら駄目だよー、呪われるかも」
 「ではどうすればいい」
 眉をしかめるルークに、ブレイズは高らかに言った。
 「呪文を唱えるんだよー。『ポマード、ポマード、ポマード』ってね!」
 「それ、口裂け女の撃退呪文だろ!!」
 笛吹が的確にツッコミを入れた。しかし、ブレイズのボケは、カストル系の星で育った青年には通じなかったようである。ルークはさらに眉をしかめた。
 「口裂け女とはなんだ?」

(注)口裂け女:昭和50年代、日本の小学生たちを恐怖のどん底に突き落とした都市伝説。マスクをした美女で、「私、綺麗?」と聞いてくる。「綺麗ですよ」と返答すると、女はマスクを取り、裂けた口をがぱーっと開けて「これでもかー!?」と叫び鎌を振りかざして追いかけてくるらしい(どう答えれば納得してくれるのだろうか。)べっ甲飴が好きだとか、赤いスポーツカーに乗っているという噂も。口裂け女はポマードが嫌いなので、ポマードを見せたり、3回唱えたら逃げていくヨ!

 「なるほど……ポマードと3回唱えればいいのだな!」
 ブレイズの説明を受けてしきりに頷くルークに、黒髪の隊長が待ったをかけた。
 「いや、ルーク、口裂け女はこんな山奥のトンネルになんてまず出ない。学校帰りの小学生を襲うのが普通だ……!」
 理路整然と口裂け女説を否定する笛吹。ガニメデで一番偏差値が高い大学に在籍していたという栄光の過去を垣間見せた瞬間だった。しかし、ブレイズが続けて新たな怪人の名前をコンボで繰り出す。
 「そういえばさー、車を追いかけてくる系の都市伝説あったよね。ジャンピングばばあとか、ターボじじいとか」
 「……」
 ルークはバックミラーを、笛吹は助手席側のサイドミラーを、ブレイズとリーは後ろの窓に張り付いて、車の後ろを確かめた。何もいない。
 「なんだ、その、今言った二つは?」
 ハンドルを握りなおすと、ルークは隣で背後をしきりに気にしている笛吹に問いかけた。
 「車を飛ばしてると、老婆が正座した状態で50メートル幅位のジャンプを繰り返しながら追い抜いていくんだよ。ターボじじいは普通に走って追い抜く」
 「……ジャンピングばばあの勝ちだな……!」
 笛吹の答えに、ルークが冷や汗を流した。ルークが年老いれば、自然とターボじじいが出来上がるのだが(既に今現在、大通りを車よりも早く走るルークの姿がしばしば目撃されている)、正座した状態で50メートルジャンプするなど、ルークにも出来ない芸当である。
 と、ここでトンネルからエアカーが出た。

 「……あれ、今のトンネルって何個目だったっけ?」との笛吹の問いに、リーが「はいはいはーい」と声を上げた。
 「3つ目なのー!わたし、ちゃんと数えてたのー!」

 くだらない都市伝説に夢中になっているうちに、いつの間にかトンネルを3つも過ぎていたようだった。
 「え、じゃぁ、次じゃないのか、問題のトンネルは」
 不安げに助手席に身体を沈める笛吹。
 「うん、そろそろだよ!手前のカーブに女の人が立ってるんだってさ!」
 身を乗り出すブレイズに、ルークが「うん?」と首をかしげた。
 「……今過ぎたカーブじゃないのか?もう4つ目のトンネルだぞ」
 
 ルークは、目の前に現われたトンネルの前の路肩にエアカーを停車させた。
 笛吹が「え、止めるの?止めるの?」と呟いたが、みんな無視した。
 トンネルの脇には、『カコラ山トンネル』と刻まれた墓石のような石が、エアカーのライトを浴びながらぽつんと立っていた。
 都市伝説で盛り上がっていたころから完全に熟睡していたシェダルを無理矢理起こすと、4人と1匹は車の外に出た。
 山は静まりかえり、時折、何かの動物の鳴き声が聞こえるだけだ。
 風も吹かず、淀んだ空気が周辺に垂れ込めている。
 「ほら、何もいないじゃないか。カーブにも出なかっただろ。シェダルもこんな感じだし、早く帰ろう」
 笛吹は助手席に半分足を突っ込みながら皆を促した。
 シェダルは外に出て立ってはいるものの、目を閉じてふらふら揺れている。ものすごく眠そうだ。
 「えー、駄目だよー!せっかくこんなところまで来たんだから、しっかり調査して真相究明してから帰還すべきだよ、隊長!じゃ、僕はカーブ付近を調べる事にするよ!死体とか転がってるかもしれないからね。笛吹さんと白髪はトンネル担当。シェダルさんはこのままエアカーで待機ね。それじゃぁリー、行くよ!」
 「オッケーなの!」
 「ちょっ、まっ、待てよ!」
 木村○哉のような発音で笛吹は待ったをかけたが、少年は聞く耳持たず、ハンドライトを片手に、小動物を右肩に、スタ○ドバイミーを口ずさみながら道を引き返して行った。
 力なく佇む笛吹の肩を、ルークがぽんと叩く。
 「私たちは山賊退治だな!」






更に続く。
ジャンピングばばあは、高速を走ってると、車の前に正座して落ちてくるとか、そういう話もあるようです。
ここで書いたバージョンは、私が小学生の頃、チャレ○ジ(だったか)の読者コーナーで読んだ話。
ネットも無い時代に、よくもまぁこんなネタが全国に広まったものだ。
(2005.8.11)



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