風邪はつらいよ(ルークの場合)




 何かひどい物音がした気がして、笛吹は気だるげにまぶたを開いた。
 全身が燃えるように熱く、目の周りがじくじくと潤んでいる。
 それにも関わらず汗は少ししか出ていないらしく、布団触りがやけにさらさらとしているのが変で気持ち悪い。
 真向かいに見える天井は、カーテンからもれるオレンジ色の光によって彩られている。
 枕もとの時計をひっつかんで持ってきて見ると、短針は5時をさしていた。
 ベッドに入ってからいつのまにか5時間以上経っていたらしい。
 案外明け方の5時かも・・・などとぼんやり考えていると、誰かがリビングを歩く足音が聞こえた。
 時計から視線をずらすと、相も変わらず不機嫌そうな男の姿が目に入った。
 何か大きな長方形の板状の物体を抱えて、のっしのっしと近づいてくる。
 「・・・・・・おい、何持ってるんだルーク」
 「無事かシノブ?そしてすまない」
 思わず上体を起こす笛吹に、銀髪のカストル系ハーフは手に持っていたドアをズシンと床において頭を下げた。
 「いくら呼べども返事が無いので、ひょっとしたらひょっとするかも知れないと危ぶみドアを蹴破ってお邪魔した」
 「・・・こ、ここの玄関のドアなのか・・・?」
 あまりのことに愕然とする笛吹。
 しかし哀しいかな、対するルークはどこまでもピントが外れていた。
 「ここの玄関以外を蹴破る意味は無いだろう」
 そんなこともわからないのか、といった口調のルークに笛吹は思わずむっとする。
 「誰もそんなこと訊いてない。・・・それにここの玄関であっても蹴破るまでしなくてもいいだろ・・・・・・。第一、誰のせいで熱が出たと思っているんだ?」
 「そう、そこが問題だ。昨夜水を浴びたのが原因なのだろう?」
 ルークはビシッと親指を立てた。
 「仇は討った。昨日の第8部隊の愚か者達は今ごろ病院だ・・・くくく・・・」
 「くくくじゃない。俺の仇を討ちたいなら、お前がメディフの最上階から飛び降りろ・・・!」
 「何故私が飛び降りなければならないのだ」
 「俺が熱を出したのはお前のせいだから、お前こそ飛び降りて詫びろって主旨・・・・・・と言いたいところだけど、お前、あそこから飛び降りたところで命に別状無さそうだな・・・・・・」
 「当たり前だ。かすり傷なぞ負ってみろ。恥だ!」
 「ふーん、凄いな。風邪なんてひいたことすらないんだろう?」
 「風邪なぞひかん。そんなものひくのは軟弱なやつだ」
 「・・・・・・軟弱で悪かったな。さっさと帰れ」
 笛吹はこのとき、かなりルークに対してむっときていたし、熱も上がりつつあったので、つっけんどんな言い方をしたのだが、ルークは笛吹が落ち込んだと捉えたらしい。
 「そう落ち込むな。今は軟弱でも鍛えれば強健になれる、そうなれば自ずと風邪も吹き飛ぶ!違いない!」
 そう言い放つなり、ルークは笛吹から掛け布団を引っぺがした。
 「わーっ」
 引っぺがされまいと無駄に抵抗したため、引きずられる形でベッドから落ちた笛吹は、床にぶつけた右肩を擦りながらルークを睨み付けた。
 「何する……!」
 しかしルークは、万人がひれ伏す笛吹の絵画的なガンつけを物ともせず、野生的なガンつけでもって応えた。
 「ジョギングだ。42.195キロも走れば熱など冷める」
 「その距離ジョギングの範疇じゃないだろマラソンだろ!」
 「私は毎朝42.195キロをジョギングしている。30分かけて!」
 「30分って・・・・・・お前どんだけスピード出して街中走ってるんだ?」
 「風を縫い朝焼けを切り裂くスピードだ。具体的な例を挙げると、時速140キロを出しているフェ○ーリと併走したこともある」
 「はやっ!お前車道走れよ」
 「ちなみにそのフェ○ーリの運転手は併走する私の姿に驚き、最終的にスピードを250キロまで上げたが、私はそれを余裕で抜き去ったのだ。私を超えたくば音の壁を破れ!シノブもその意気で風邪を治すのだ!」
 体がだるいというのに、支離滅裂な論法を叩きつけてくる銀髪の青年に、どっと心が疲労するのを感じた笛吹は、腹の底からため息をつくと、床に落とされた布団を拾った。
 「わけがわからんし、お前に倣おうとも思わないし。俺はここで静かに眠って養生するから」
 布団を持って、ベッドに戻ろうとする笛吹。
 その布団を、ルークが取り上げようとする。
 「それでは駄目だと言っているだろうが!」
 しかし笛吹も、取られてたまるかとばかりに布団をつかんで踏ん張った。
 「もーいいからほっとけよ!」
 「放っておけん!」
 普段の笛吹ならば、ルークがいくら訳の判らないことを言ってきても、「はいはい」と受け流していただろう。
 しかしこのときは、熱を出して正常な判断ができず、さらに「俺は調子が悪いというのになにやってるんだこいつは」とイライラが募っていた。
 ルークも、彼なりの親切心で笛吹のためを思って助言しているのに、耳を貸さずに意固地になっている笛吹にムカッとした。
 余計なお世話の上の逆ギレで、迷惑極まりないのだが、ルークを冷静にたしなめる第三者がこの場にいなかったことが不幸となった。

 こうして、布団を挟んでの下らない言い争いの火蓋が切って落とされた。

「『軟弱美形シノブ』とののしられてもいいのか!」
 「俺は軟弱じゃないし、そんな風にののしるわけわからん奴はお前しかいないからどうでもいい!」
 「軟弱・病弱・虚弱はカストル戦士の恥なんだぞ?怖くないのか!」
 「俺はカストル系じゃない、戦士でもない、ただの61α系だ!だからもう寝させてくれよ!」
 「病のときに眠ればそのまま死ぬぞ!」
 「死ぬか!ジョギングさせられたら間違いなく死ぬけどな!」
 「それは普段から体の鍛え方が足りないからだ!SSの隊長が体調を崩したなどと他の隊の輩に知られては隊の恥!隊長の体調を治すのは副隊長の務め!」
 「ああもうたいちょーたいちょー煩せーーっ!」
 「うるさいのはシノブだ!!病人なら大人しく私の言うことに従っていればいいものを!」
 「だからどうしてお前の言うこときかなくちゃならないんだ!いちいち付きあってたら良くなる病気も良くならない!」
 「私の言うことをきかなくてはならない理由はある!」
 「なんだよ!」
 「シノブが病気になった原因の馬鹿者どもは私がボコボコにして仇を討ったと言っただろう!シノブは私に借りがあるのだ!だから私の言うことに従え!」
 人差し指を突きつけて偉そうに言い放つルークの言葉に、熱で色づいていた笛吹の顔がゆでだこ……もとい、暮れる陽を映す秋のガニメデの海のように紅に染まり、深海の色の目からは総てを冷たく焼き尽くさんばかりの紫焔が吹き上がった。

 「俺が熱を出したのはお前のせいだろうがーーっ!」
 
 憤りが沸点をぶっちぎったのだ。
 笛吹の身体から紫色の陽炎が揺らめき、瞬時に室内の空間を笛吹の意思が掌握した。
 1秒にも満たない間のことだったが、至近距離にいたルークなら笛吹に当身を食らわせ気絶させることくらいできただろう。
 しかし、耐性がついているとは言え、滅多に見せない感情を露にした笛吹の顔は、人間の感性に耐えうるものではなかった。
 冷たい美神の顔が怒れる鬼神のそれに変わったのを見て、ルークの思考は緊縛される。
 その隙を衝き、笛吹の怒りの一撃がルークを襲った。
 紫の閃光と共にルークの身体が吹き飛び、立てかけてあった玄関のドアに叩きつけられる。
 破壊音と共に、真っ二つに折れたドアの残骸とルークの長身が床に崩れ落ちた。
 ふらふらと、笛吹は銀髪の青年に近づいた。
 不意打ちを喰らったルークは、頭をぶつけたのだろう、完全に昏倒している。
 ぴくりとも動かない副隊長をドアの残骸ごと、空間転移を使って、部屋の外にゴミのように投げ捨て、笛吹はふんっと鼻を鳴らす。
 
 「・・・・・・風邪治ったらこんなものじゃすまないからな・・・・・・!」

 さらに熱の上がった身体をベッドに横たえながら、笛吹はルークへ呪詛を吐く。
 部屋はようやく静けさを取り戻した。
 ただ、笛吹の掠れた荒い息が、ぜいぜいと聞こえる。
 先ほどまで乾いていた全身は、ルークへの怒りと能力発動のため汗で濡れていた。
 このまま汗を流し続ければ、熱も冷めることだろう。
 見舞いに誰が来ようが絶対に相手にしないという意思表示のごとく、布団を頭から引っ被って丸まった笛吹は、朦朧とする意識を睡魔に委ねたのだった。





→選択肢もへったくれもあるかうらぁ!!