DOGFIGHT!


 薄暗い早朝、ひんやりした空気が漂う火星のオフィス街の一角を、 一人の長身の男が走っていた。
 褐色の肌に黒のジョギングウェアを身にまとい、鋭いアイスブルーの瞳 の上には、銀色のかっきりした眉と同じ色の髪が、少量の太陽光を反射して煌いている。
 青年は個性の無いビル群の間を縫うように、かれこれ15分ほど猛スピードで疾 走し続けているのだが、別に何かから逃げているのでも、何かを追っているわけでもない。
 ジョギングをしているだけなのだが、ただ、そのスピードが人間離れし過ぎている。
 たまたま初めてすれ違った人なんかは、「こんな朝早くからあんな恐ろしい形相で ダッシュしているなんて、カタギの人間じゃないに違いない」と、遠慮がちに視線を 遠ざかる背中に向けたりした。
 しかし、彼の姿は毎朝同じ時間にきっかり同じ場所に現われ過ぎ去っていくので 、この時間に早朝出勤するサラリーマンや町の清掃員には、見慣れた町の一つの風 景として受け入れられており、さらには他の早朝ジョギングをしている人たちから 、『ジョギングの神』と密かに呼ばれていたりした。
 早朝の名物男だろうが神と呼ばれようが、そんなことは本人の知らないところで の噂であり(知れば喜んだに違いないけど)、彼は今日も生真面目に日課をこなすべ く、EH通りの交差点を横断すると、そのまま小さな公園へと足を進めた。

 ビルの谷間にある小さな憩いの場は、無機質に立ち並ぶビルに囲まれながら、ひっ そりと朝の光を吸収していた。
 付近には住宅街がないため、子供の姿はこの街ではあまり見かけることが無い。
 太陽と人工天体がさんさんと輝く昼間には、ビルからわらわらと弁当を片手にサ ラリーマンやOLたちがやってくるくらいである。最近は小学生くらいの少年が、 小さな白い小動物を連れて遊びに来る姿が見かけられる。
 その微笑ましい光景よりも、時々少年と共に現われるサングラスをかけた黒衣の美 青年の方がオフィスの話題に上ってしまうのは、仕方の無いことだろうか。

 銀髪の青年はスピードを緩めないまま、躍動感溢れる足運びで公園の中にいつも のように入っていった。
 が、今日はいつもと違った光景が彼を出迎えていた。
 ただ一つの遊具である赤いブランコに、二人の少女が人形のように腰掛けていたのである。
 ちらっと公園の時計を見やると、6時35分とあった。
 「ひきこもりが多いこの御時世に、こんな早朝に公園まで遊びに来るとは見所のある子供だ」と感心しつつ、青年はいつもどおりブランコの前まで来ると、屈伸運動を始めた。
 と、軽やかな笑い声が聞こえてきた。
 青年が顔を上げると、少女が二人して彼を見ながらくすくす笑っている。
 二人ともライトブラウンふわふわの髪を肩のところで切りそろえ、おっとりと した顔つきは二人全く同じであった。
 歳は10歳もないのではないだろうか。向かって左側に座っている少女は薄紅 色のダッフルコートを、右側の少女は水色のダッフルコート、そして手にはカメ ラらしきものを持っている。

 「何がおかしい?」

 青年・・・・・・ルーク・カースレインは別に怒ってはいなかったが、くせで眉間 にしわを作りながら少女達に声をかけた。
 そんな人相の悪い大男に恐れも抱かず、薄紅色のコートの少女がにっこり微笑みかけた。

 「だって私たちのこと気にせずに体操始めるんだもん」
 「普通、心配するよね。朝っぱらからこんなところで何してるんだ?って」

 カメラを持った少女もにっこり微笑んだ。声まで全く同じだ。
 ルークはビシッと親指を立てた。

 「常識などくそ食らえ、が私のモットーなので」
 「ふふっ、面白いねぇこのお兄ちゃん」
 「本当だねぇ、面白い面白い!」
 「当たり前だ。私は機知に富んで溢れんばかりなので。君たちはなか なか見る目がある。しかも可愛い。惜しむらくは私がロリコンでないことだな」
 「あちゃー。それは惜しいねぇ」
 「うん、惜しい惜しい!」

 頷く二人の女の子に気をよくしたルークは、「10年後にかかってこい!」と 言って、もう一度親指を立ててビシッとポーズをつけた。
 それに大喜びする子供達。

 「愉快愉快〜!」
 「お兄ちゃんありがとう!」
 「どういたしまして」

 律儀に頭を下げるルークに、少女達はまた笑い声を上げた。

 「お兄ちゃん丁寧な人だねぇ」
 「礼を尽くす人には礼を尽くさなくちゃいけないんだよねぇ」
 「面白かったし、何かプレゼントする?」
 「そうだね、プレゼントしよう!いつものでいいかな?」
 「うん、そうだね」

 ひそひそとなにやら声を交し合うと、双子は立ち上がってルークの元に駆け寄った。
 薄紅のコートの少女がルークの手をギュッと握り、もう片方の手で水色のコー トの少女の手を握った。
 「私ね、占いが得意なの。お兄ちゃんのすぐ近い未来のこと、占ってあげる!」
 「占い・・・」

 ぼそっと反芻するルーク。
 占いとは朝のテレビ番組でどこのチャンネルでも一様にやっているあれ か・・・?私は残念ながら自分の生まれた日の星など知らないのだが、この 子供達は大丈夫なのだろうか。そういえばシノブが先日、今年は運が急上昇 の年だと喜んでいたが、本当にそうなのだろうか。あまり信用できない。信 用できるはずが無い。あのシノブの運が良くなるなど考えられない。つまり 占いは嘘だ。それが私の結論!・・・・・・などとルークがごちゃごちゃ考 えている間に、女の子は目を瞑って神経を集中させていた。

 「んー・・・・・・えい!」
 「はーい」

 薄紅の少女が目を開けたと同時に、水色の少女が片手に持っていたカメラの シャッターを押した。
 ポラロイド式だったらしく、べーッという音と共に写真が一枚カメラから出てくる。
 まだ画像の浮かび上がっていない紙をルークに手渡すと、少女達は異口同音に言った。

 「未来は自分で作るもの。それを忘れないでねー」





〔書庫へ〕  〔NEXT〕