乙姫10.5
幕間 1
「……あれ?」
「テラ人とぉ、グラコニルとぉ、グラコニルもどきども。その他色々にぃ、あ、珍しいーっ、オヤジまでいる!レアだレアー!」
「えっ、マジかよー!?またー!?」
「な、オヤジぃ。オレ、グラコニル大ッッッキライなんだけど。すんごい気持ち悪いんだよ」
「オヤジ、やったことある?」
「なーなー、また、オレを押し込めようとするの?」
「何度も試したろ?でもぜーーんぶ失敗したじゃん?ムダだっつーことまだわかんない?」
「そろそろ諦めたら?あんな機械、オレには通用しないってば。この身体はオレのもんだ」
「縁切っても、オヤジの血がオレにも流れてるってことは、間違いないことだよ。サドのオバハンのは流れてないけど。あんなのいらねーし」
「テラ人が作った人格とか怪しいって!カストル人の身体にはカストル人の魂が入ってなきゃ!」
「聞いてる?」
「なぁ、オヤジ!なぁなぁなーなー!!無視かよ!」
「なんか答えろよー!」
「なぁなぁなぁ、喋ってくれなきゃわっかんねーよ!!」
「お・や・じ!!」
「なぁ!!オレ、そんなに悪いことした!?どうして殺したらいけねーの!?」
「強い兵隊を欲しかったのはあんただろう!?たくさん人を殺すようにオレに望んだんだろう!?」
「たっくさん、たくさん殺して欲しいから、オレを作ったんだろう!?」
「それを否定されたら、オレは、なんのためにいるんだよ!?」
「あいつらが悪かったんだよ?弱いくせにオレのこと混血だのなんだのバカにした!あんな奴ら護ってやる必要なんてねーよ!全員、全員殺してしまえばいいんだ!!」
「オヤジ!なぁ、無視すんなって!!」
「……うるせぇよジーン!!誰もてめーに話してなんかいねーよ!!オヤジ!なぁ聞けよ!!」
「どうしてキライな奴まで護ってやらなきゃなんねーんだよ!?殺したい!殺したい!殺したい!!」
「キライだ!この機械キライだ!!テラ人どももキライだ!オヤジもジーンもキライだ!オレを否定する全てぶっ殺してやる!!」
「……てめーもだクソアマ!お前は一番最初に殺してやる!」
「寄んな!死ねこのブス!ぶっ殺すっつってんだろ!?」
「ッ!!……」
「オレのっ、あたまん中、入ってっ、くんなっ……!!」
「殺す!絶対……殺す!お前、……絶対、殺して、やる……ッ!!」
「……殺すっ、つってんのに……いやだって……うぅ、あ、……」
「……ッ、なん……でだよ、みんな……」
「……聞、けよ……オ、ヤジ……」
「いやだ……オレの……」
「……………………オ、レ、……が…………………………」
幕間 2
目を覚ました少年は、機械に繋がれたまま周囲を見回すと、困惑したように眉をしかめた。
「困った」
思いがけない少年の第一声に、一番上の兄も困惑した表情をした。そっくりの顔になる。
「どうしたんだ?」
「やっぱり何も思い出せない」
優しい声に顔を上げた少年の目は、ただ、無垢だった。
真っ直ぐに見詰められて、ジーンは常にも無く心を乱した。
違う。
ここにいるのは、あの弟ではない。
グラコニルの内部の椅子に腰掛けた少年は、目の前に立つ3人の大人を順々に見回した。
「寝て覚めたら、何か思い出すかもしれないって思ったんだけど、……全然ダメだ、ドクター」
「だから言うたやん。そんな簡単なものやないて」
少年から向かって右に立っていたシンが、少年の脳波を映し出す画面から目を離さずに笑う。
「うん、でもさ……」
「忘れちまったもんは仕方ない。これから築いていけばえーやん、な」
「……うん」
少し俯いてから、少年はまた困惑したような表情で顔を上げた。
「あの、おじさん、僕の知り合い?」
おじさん呼ばわりされたカースレイン家宗主は、頷いただけで、少年を観察するような目で見ている。
「そう。……でもごめん。何も思い出せない」
声を落とす少年の肩を、ジーンは労わるように撫で擦った。筋張り、痩せ細った肩だ。
光の無い地下で鎖に繋がれていた少年は、日に一度の食事と水しか与えられなかった。
グラコニルによる人工人格移植後、意識の無い間に、長く伸びた髪を短く切り、臭気を放っていた身体を清め、点滴をうったものの、それでも頬はこけ目は落ち窪み、酷い様相だった。
長くカーテンのようにかかった髪の隙間から覗いていた目の、あのギラギラとした光は今はもう無い。
当惑を映し出すアイスブルーの瞳が落ち着いているだけに、ジーンには生気の抜けた頼り無くか弱な子供に見えた。
こみ上げてくるものをこらえると、ジーンは努めて柔らかな声を出す。
「仕方が無い。お前は記憶喪失になってしまったんだから」
「うん、ドクターから聞いた」
少年の眉間にしわができた。
「石油を掘ろうと荒原の真ん中で穴を掘り続けて、地下250メートル地点で酸欠状態に陥ったって。そのときの後遺症だって」
ジーンは、ひーひー笑い出したシンを睨みつけた。
戦場で、爆風により吹っ飛び、頭を強打したことにしようと打ち合わせていたのに、シンが馬鹿馬鹿しい話を勝手に話してしまったらしい。
ぶん殴ってやりたかったが、不安げな視線を下から感じ、なんとか心を静める。
「……心配するな。俺たちは家族だ」
自分の言葉に違和感を感じながらも、ジーンは穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「僕の、家族……」
噛み締めるように言う少年に、イースがやっと口を開いた。
「そう、お前はカースレイン家の一員だ」
少年は、目の前に立つ、威風堂々とした佇まいの壮年の男を見上げた。
「俺はお前の父、イース」
「僕の、父さん」
「そう。これはお前の一番上の兄、ジーン」
「僕の、兄さん」
「ここにはいないが、他にもお前には兄弟姉妹がまだまだいる」
「え、まだまだいるのか。そんな、覚えられるかな……」
イースは手を伸ばし、少年の頭を撫でた。
少年が緊張したように、少し目を見開いた。
屈んで、少年の目線の高さに合わせると、イースはゆっくり言った。
「お前は、ルークだ」
「僕の名前……」
「そうだ。ルーク・カースレイン。お前は、俺の息子だ」
父親と息子。
二人のやりとりを見て、ジーンは表情の引きつりを堪えることが出来なかった。
ここにいるのは、あの弟ではない。
グラコニルによって作られた人工人格である。
親の愛に飢え、孤独を叫んだ彼の弟は消えてしまったのだ。
複雑な想いに囚われていたジーンは、このとき、部屋を飛び出した2つの気配を感じながらも、そちらに意識をやることができなかった。
幕間 3
「アイリーン!」
ウーヴェは、突如部屋を飛び出したアイリーンの後を追った。
「どうしたんだ、アイリーン!」
廊下の突き当たりで、置物のテーブルに手をつき、アイリーンは肩を震わせていた。
こんなアイリーンの姿を見るのは、長い付き合いだが初めてである。
ウーヴェは青褪めると、少女の肩に手を置いた。
「アイ……」
「あっち行って!!」
幼馴染の手を払いのけて、アイリーンは叫んだ。
「寒気がする!わたし、私は……!!」
ウーヴェには、アイリーンが何故、これほどまでに悲痛な声をあげているのか分からなかった。
善良で温厚な少年は非常に賢かったが、疑う事を知らず、物事の上辺を信じてしまう61α人の特性のまま、強く自信に溢れた目の前のアイリーンしか見ていなかった。
アイリーンは自分の家庭の事情を誰にも、ウーヴェにも話していない。
少年は身近にいながら、少女が父親とどうも上手くいってないぐらいにしか思っていなかった。
だから、このとき、少女の身の内で渦巻く絶望感を理解できなかった。
イースが擬似人格の少年を自分の息子と言ったとき、本当の息子の人格は完全に否定された。
アイリーンはそれを、自分が否定されたように感じた。
自分を否定する行為に、手を貸してしまったのだ。
あれほどあからさまに、少年は父親の関心を得ようとしていたのに。
みっともなくも、縋り付くかのように叫んだのに。
しかし、結局愛を得られなかったではないか!!!