第1章 コンタクト
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空は白味を帯び始めていた。
大きく息を吸い込むと、朝独特のまだ温まっていないひんやりとした空気が肺いっぱいに満たされる。
植物独特の青臭い匂いも酸素と共に入ってきて、疲弊しきった脳の清涼剤となった。
大きく1つ伸びをすると笛吹忍(うすい しのぶ)は首をこきこき鳴らしながら、中途半端に開けたまま
だった雨戸を全部開け、人工太陽の光を室内に入れた。
白い光に照らし出された部屋の調度品はどれもアンティーク調で、決して派手でない高級感漂う
趣味のいいものばかりが揃えられており、この家の主の嗜好を窺わせる。
庭に面した廊下から芝生の上に降り立つと、サンダルで覆われていない素足部分に、所々長く伸
びた朝露を含む雑草の湿り気を感じた。
「ちょっとの間に・・・」
一人ごちてしゃがみこみ、自己主張の激しいぺんぺん草を引き抜いた青年の顔にストレートの柔ら
かそうな黒髪がかかる。
ショートカットの黒髪の間から覗く眼は、熱帯の海のような色合いの濃い青色で、美しい二重と長
いまつげに縁取られ、穏やかな知性と気品をかもし出していた・・・はずだったが今はただ眠気のみ
をたたえている。
うっとうしげに髪をかきあげると、天才芸術家の手による神話の登場人物を題材にした彫刻のよう
な顔があらわになった。
くっきりと美しいカーブを描く眉、印象的な眼、すっきりと高い鼻、端麗な唇、それらパーツが絶妙の
バランスで卵形の白い輪郭の中に収まっていた。
笛吹はゆっくりとした動作で立ち上がるとぼんやり庭を眺めた。
身体に比して小さな頭といい、しなやかに長い手足といい、全てが1級品である。
これで身長が低かったら女性と間違えられても仕方の無いところだが、すらりと高い
身長は180センチほどもあり、肩幅もそれなりに広いので、脆弱さは感じられない。
その姿はパジャマ姿であるにも
かかわらず、立っているだけで絵画であり、手に持つぺんぺん草までもが笛吹の彫刻のような手に握
られた瞬間から絵画における重要な役割を担うパーツと化したようであった…とまぁ、
わけがわからなくなるくらい美辞麗句を重ねても重ねても足りないほどの、
完璧な美の具現者だった。
「手入れしなきゃな・・・」
音楽的な響きを持つテノールを眠たげに発声すると、若者はもう1度髪をかきあげた。
長めに伸ばしたサイドの髪の隙間から、一瞬だが少し長くとがった耳が覗く。
庭はなかなか広く、木も花梨や金木犀など様々な種が植わっており、さらに家から見て右手には特殊
ガラス張りの温室まで構えていた。
温室では15種類ほどの蘭が栽培されている。栽培しているのはもちろん、この家の主である笛吹忍
であり、蘭以外の庭の木々、芝生の手入れなど、全てこの青年の仕事であり趣味なのだ。
しかしここ最近、その手入れが疎かになってしまっていた。
大学の植物生態学レポート、「第3惑星北半球における高山植物の生態とガニメデ極地植物の
生態の比較によるバイヨリカの行動範囲モデルの考察」に心血を注いでいたためだ。
ちなみにバイヨリカとは小型のネズミに似た動物だ。
細かな注意を必要とする蘭は息抜きに何度か様子を見に行ったのだが、庭の芝生はここ2週間、全く
手をつけていない。
つい今しがた笛吹はレポートを書き上げ、自分の庭にしばらくぶりに降り立ったわ
けだが、短期間の間に無法地帯と化した芝生を眺めやると、なぜか逆にちょっとやる気が出てきたらし
い。
「一眠りしてから掃除するか・・・」
若者は自然に優雅な仕草で欠伸をすると、人工太陽を背に家の中に入ろうとした。
その時、庭を囲むコンクリート塀の向こう側に1台の車が停車する音が聞こえた。
続いて来客を告げるチャイムの音が響く。
笛吹はパジャマのポケットから携帯電話を取り出すと時間を確認した。
午前4時30分を回ったところだった。
非常識な時間の訪問に不審を覚えつつ、笛吹はいったん家の中に入ると、
キッチン脇のインターホンの前に立った。
画面には背広を着た強面の男が一人、その背後に黒い制服を着た頑強な男が3人映っている。
連邦警察の制服だった。
嬉しい客でないことは確かだ。
「はい?」
不機嫌さを数ミリ含ませて笛吹がインターホンに出る。
「連邦警察の者だ」
居丈高な野太い声がそれに応じ、強面がカメラに向かって懐から出した
泣く子も黙る手帳を見せる。
「メディフの実動課のことを知っていると思うが、それについて話がある」
宇宙開発が進んだこの御時世、未開発の星でエイリアンに遭遇することが多くなった。
このエイリアンという言葉は広義では連邦と友好条約を結んでいる星・・・通称エイトコミ
ューン以外の生命体のことを指す。
そのエイリアンたちが必ずしも、温和で理解ある方々だとは限らない。
強力で、かつ凶暴性を兼ね添え、ろくに話し合いもせずに一方的にこちらを敵とみなし、害意を
もって突然襲い掛かってくるかもしれない。
実際そういうケースの方が多く、年々最前線開発における死亡者および重軽症者の数は増えていく
ばかり。
そしてそれに反比例するかのごとく、最前線での仕事を選ぶ者の数は減少する一方だった。
そんな中、民間の巨大企業にメディフという最前線開発対策会社があった。
この企業は民間、あるいは公的な宇宙開発事業のアドバイザー、または護衛派遣を目的として設立
されたものである。
その中の開発環境部の実動課はいわゆる護衛部隊で、エイリアンバスター、通称ABとして社の目
玉にもなっている。
ここには地球人の軍人上がりの者をスカウトして配属していたのだが、度重なる
戦闘のためベテラン隊員の負傷者が続出し、能力レベルも右下がりの一途をたどるばかりでだった。
隊員数とレベルの低下に危機感を抱いた社の最高幹部達は、未知数の能力を持つエイリアンとの
戦闘では地球人の能力に限界があることを認め、太陽系連邦に籍を置いているエイリアン、また
はエイリアンハーフからも採用をとることを決意した。
『メディフは実動課の社員を募集しています。腕に自身のある地球人以外の方が喜ばしいです。
高級優遇、宿舎あり!』
しかし、やはりというべきか希望者は少なく、10名にも満たなかった。
最前線開発がとても危険だということは子供でも知っていることで、そんな危険にわざわざ身を
投じるものはそうはいまい。
募集に応じた者だって、よほど金に困っているか、好戦的な物好きかだろう。
メディフの上層部と政府はかなり親密な関係にあり、政府側は社にかなり期待していることも
あったので、この無残な結果を知った連邦政府は極秘会議を行い、開発の方針について頭を寄せ
合った。
そして会議は思ったよりも、いや思った通り速やかに進展したのだった。
圧倒的な多数決で、「最前線開発関係者の護衛は能力の高いエイリアンハーフの義務とする」こと
になったのである。
エイリアンハーフとは簡単に言うと、異なる星を母星とする2種間に生まれた混血児のことだ。
その殆どが「賢く、頭がよく、美人だけど感情に乏しい61α人」、
「身体機能が優れた宇宙最強の種族と名高いカストル人」、そして、「科学力の地球人」の
三種間から成っている。
というのもこの3種は外見や生活習慣の面で、ほぼ同じ形態を持っているからだ。
エイトコミューンに属する他の種族の中にも、ヒューマノイド(人間型)はいるのだが、
生殖方法が異なったり、外見が相容れなかったりと、恋愛以前の問題が随所に存在している。
さて、似た形態を持つ3種族、恋愛感情も簡単に生まれやすそうだが、何よりも文化
の違いが甚だしいことが原因してか、成就することはごく稀だ。
さらにエイリアンハーフは畸形や、何かしら危険な特殊能力を持って生まれてくることが
多かった。
ある科学者の言葉を借りるなら「ネコとイヌが子供を作るようなものだ」ということで、ハーフ
というよりはキメラといった方が正しいのかもしれない。
必然的に社会の少数派になるエイリアンハーフたちは風当たりが強かった。
何かしら事件があると真っ先にエイリアンハーフが疑われ、白い目を向けられる。
そんな彼らは、最前線開発部隊にはもってこいの存在だったのだ。
「しかしエイリアンハーフたちの反感を招くことは必死だ。暴動でも起こされたらどう
するんだ?」
エウロパ長官のマックラウドは多数決で少数派の方に属していた。
彼はよく、ミスター・ロマンスグレーこと
タイタン長官のジェームズ・パーラーが率いる一党から、気が弱いだの
小心者だの陰口を叩かれるが、別段そんなことはなく慎重な人柄なだけだ。
やはりこの時もパーラーは冷笑で持ってこの発言に応じた。
「暴動?そんなもの起こせやしない。やつらには仲間意識というものがないのだ。団結なんてで
きるわけなかろう、その程度のやつらだ」
「その程度?彼らの破壊力を分かって言っているのか?」
「我々にはいざとなったら強力なアンドロイドがいる」
「それならアンドロイドを最前線に回せばいい」
「めまぐるしく状況が変わる戦場において、応用の効かないアンドロイドだけでは心許ない
だろう。それにミスター、アンドロイドはとても高価なものだ」
「命と金、どちらが大切か明白だろう」
「奇麗事を。もう可決されたことなのだよ、くっくっく」
と、こんな具合に陰険会議は進められ、陰険な人間達によって強制スカウトは可決され、
問答無用で極秘に踏み切られることになったのである。
笛吹忍は19歳、今年超名門であるガニメデユニバーシティーの農水産学部に入学したばかりだ。
両親は2年前に交通事故で予定よりも30年ほど早く宇宙よりも遠い、高いところに逝ってしま
ったので、現在木星第3衛星ガニメデのドール地区にある高級住宅街のとある1軒家に一人で住ん
でいる。
彼の父親は貿易商人で、時流に乗ってなかなかの資産を築いてくれていたし、保険金や慰謝料
もかなり入り、相続税でかなりの金額が飛んでいったものの、遊んで10年は暮らせるだけの資産
が手元に残った。
見るものの感覚を麻痺させるほどの、破壊的インパクトを持つ顔を携えているにも関わらず、
、性格面では普通・・・、むしろ地味な部類に入る笛吹は、遊んで暮らすなど考えもせず、地道に
貯金する道を選んだ。
天は二物を与えずというが、そんなことは嘘で、笛吹は美貌のほかに、さらに優秀な頭脳を持っ
ていた。
挙句の果てに運動神経まで良かった。
世の中不公平にできている。
そんな何でもありな彼の元に現れた、招かれざる訪問者たちは、玄関の鍵を壊して家の中に侵入
すると、立ちふさがった完璧な美を前にして一瞬言語中枢を麻痺させてしまった。
調査書に顔写真が載っているので美形だという事は前もって知っていたが、現物は
「美たるもの」としての凄まじい存在感があった。
「玄関を壊しての不法家宅侵入。警察も落ちたものだね」
不機嫌そうなテノールが耳に入ると侵入者はやっと我に帰った。
「め、めめ命令に従わないからだ!!」
声を裏返らせながらどもりつつ、強面の警察官は居丈高なことを言った。
笛吹はインターホンごしにスカウトのことを聞き、「興味ない」とはっきり断ったのだが、
どうやらこちらの意志など、はなっから汲まれないようだった。
「スカウトというのはされるものの意志が尊重されて当たり前なのに、強制に行ったら連
行じゃないか」
「そっそう、連行だ。大人しくつつつついてこい!」
少し弁護するが、警官はこれでも健闘している方だ。
普通、初体面の人間では、これだけ反応を返せるかどうかも怪しいのだから。
一方笛吹は自分の与える効果など露知らず、「こんなのでも警官になれるのか・・・」と
冷たく考えながら、顔を真っ赤にしている強面の男を軽く睨みつけた。
「俺みたいなたいした特別能力を持たない奴を働かせても役に立たないと思うが。おたくの
方がよっぽど強そうだけど。あんたこそ最前線で活躍するといいよ。と言うかそれ以前に、
何で民間の一企業のスカウトに警察が出て来るんだ?」
警官は一つ咳払いすると、背筋を正し、笛吹から微妙に視線を外しながら言った。
「最前線開発をする技術者達の護衛はエイリアンハーフの義務とすることが、つい先日連邦
議会で可決されたのだ」
「・・・そんなこと聞いてない」
笛吹がこのことを知らなかったのは、レポートにかかりきりだったためニュースや新聞を
見ていなかったからではない。
報道規制がしかれ、民間に情報が流れなかったたためだ。
「俺達の意志や権利は無視ってわけだ。人権の尊重が聞いて呆れる・・・」
「黙れ!エイリアンハーフのくせに人権を主張する方が間違っている!!」
つまらなそうに言った
笛吹を怒鳴りつけるや否や、背広の男は玄関脇の靴箱の上に置いてあったメキュウ
リの花を活けた花瓶を叩き落とした・・・が床には落ちなかった。
非音楽的な音をたてる筈だった花瓶は、床から10センチの位置でぴたりと
浮かんで停止している。
「エイリアンハーフのくせにってなんだ?」
先ほどまでのぼんやりした雰囲気とうって変わって、笛吹は剣呑な雰囲気を漂わせていた。
笛吹は地味で忍耐強く、小心者で、怒ったとしても発散せずにネクラに自分の内に留め
ておくことが多い。
しかし彼は「エイリアンハーフ」であることへの強い劣等感を持っており、そのことを
ネタにされるのを何よりも嫌ったし、さらに人間よりも
植物と一日を過ごしている方が楽しいという植物オタクだったのだ。
逆鱗二つを同時に刺激された笛吹は、普段崩すことの無い無表情を微妙に怒りモードに
チェンジさせた。
「いい加減にしなよ、おっさん。あんまりしつこいと・・・」
「けっ警官隊!!」
強面の男が叫ぶが早いか、笛吹の背後に庭から家の中に侵入をはたした3人の黒服の男が現れ、
笛吹に銃口を向けた。
同時に玄関で待機していたもう3人の男が笛吹に殺到する。
予想を越えた実力行使に笛吹は外見的には眉をひそめただけだったが
、内心おもいっきりギョッと驚いていた。
そして驚きと恐怖のままに、思わずとある能力を使ってしまったのである。
瞬間、強面の男を含む笛吹の周囲を固めていた7人が忽然と姿を消した。
花瓶が落ち、ガチャリと割れた音が笛吹以外誰もいない空間にむなしく響く。
「し・・・しまった・・・」
笛吹は目を見開き、口をあわあわさせた。(その動作さえも美しかったことは言うまでも無い)
「・・・やってしまったか・・・」
人生最大の失敗だった、と笛吹は後に何度も親友に語ることになる。
一見順風満帆な笛吹
の人生はこの失敗によって本人の意思と関係なく他者の思惑に乗ることになるのだった。
エイリアンハーフにはとある義務が課せられていた。
何らかの特殊能力が認められた場合、即刻役所に届け出なければならないのだ。
能力は、エイトコミューン側の親の特性をより強い形で発現する場合が多い。
代表的なものでは、最多数を占める61α人系の念動力(サイコキネシス)と
空間転移能力(テレポーテーション)があげられ、
PK能力(念力)を持つハーフの90%近くがどちらか、あるいは両方の能力者である。
笛吹は物心つかないうちから念動力を発揮し、両親によって役所に届けられていた。
先ほど花瓶が床に落ちず、空中で静止したのは、笛吹が
サイコキネシスを発動したためであった。
そして、7人の男たちが突然消えたのは、空間転移を彼らに対して発動したためである。
おそらく、警官
たちは念動力への対策は練ってあったはずだが、結果から見て空間転移への対抗策は持って
いなかったことは明らかだ。
なぜなら12歳の時に発現したこの空間転移能力を、笛吹はその発現状況への罪悪感と、アリ
バイ工作のために届け出ていなかったからだ。