VENUS AS A BOY


6.5 後



 俺が廊下を歩けば、皆動きを止めて俺を見る。
 口をつぐみ、俺の一挙一動を監視する。
 俺に触れないよう、慌てて隅に避ける。
 俺がなんだというのか。危機レベル5の菌保持者か。
 時々俺に触れたら気絶するふりをする奴までいるが、おそらく後で「ウスイ菌にかかったー!」とか幼稚なことを言ってふざけているのだろう。

 この学校全体からの拒絶に俺はまだ慣れることができないでいる。
 いつからだろう、周囲がこんな風になってしまったのは。
 俺を壁の向こうに隔絶しながらも、視線だけは向けてくるのだ。
 しかし今はそれを気にしている余裕は無かった。
 ペシェールの先導で数学研究室にまで来ると、俺はノックもせずにドアを開けた。
 中には数人の覆面を被った不気味な集団がいた。

 「う、ううううううううすいさまぁーー!!」
 「ひぃぃっ!ウスイ様が降臨なされたーー!!」
 
 俺を見て、裏返った叫びを上げたり、硬直したり、気絶する者までいる。
 これまた演技派な奴が揃ったものだ。
 こんな変態たちがウスイ教なんてふざけたものをつくっているのか・・・っていうか、なっ、なーーっ!?
 お、恐ろしいことにこいつら以上に不気味なものがこの部屋には存在している。
 なんと真正面に俺の特大顔写真を祀った祭壇らしきものが設置されていたのだ・・・!
 壁には、制服一式、ペンケース、下敷き、教科書、カバン、ハンカチ、上靴、外履き、体操服、水泳パンツ等など・・・・・・全て俺のものだ、俺が今まで紛失したものばかりだ。
 ・・・今までの苦難の日々が、走馬灯のように頭の中を駆けめぐる。
 ペンケースが無くなって授業中ノートを取れず苦しみ、結局誰にも借りられないまま教室の落し物箱の中にあった筆記具を借りた。
 テキストが無くなっては、教師にも言えず誰にも見せてもらえないまま、いつ当てられるかいつ当てられるかと怯えた。
 水泳パンツが無くなって、仕方なく水泳の時間を見学した。俺は水泳が苦手だから練習したかったのに、新しい水着が届くまでの1週間授業に参加できなかった。
 外履きが無くなったときには上靴で帰った。すれ違った人からは、『やだあの人、履きかえるの忘れて帰ってる〜』と思われたに違いない。とても屈辱だった。
 そしてとどめには制服が無くなって、一日中体操服で過ごし、そしてその格好で家に帰った。体操服で・・・体操服でだぞ・・・!?
 
 「・・・・・・そんなに俺が憎いのか・・・・・・」
 「う、ウスイさま・・・?」
 「こんな黒ミサまがいのことして俺に呪いをかけたいほど、俺のことが嫌いなのか・・・!!!」

 俺は怒りに任せ、祭壇に供えてあった饅頭やらを払い落とした。
 さらに声に呼応するかのように、部屋中のものがカタカタと小刻みに震える。
 サイコキネシスが溢れているようだが、そんなことには構わず近くにいた覆面の一人を睨みつけた。

 「責任者は誰だ」
 「ひぃぃっ!!」

 奇怪な叫び声を上げると、男は祭壇の脇にいた眼鏡の男をわたわたと指差した。
 指差された男はぎくっと身体を揺らした。こいつがアランとかいう首謀者らしい。

 「お前がアラン?」
 「さっ左様でございますっ、ウスイ様がわたくしめのような小さき者の名を知っておいでとは恐悦至極でありますれば」
 「俺が何をしたというんだ?こんないじめの総本山を堂々とあからさまに作りやがって・・・!」
 「いじめっ!?」

 アランがわざとらしく目を丸くした。

 「めめ滅相もない!わたくしどもはウスイ様を崇拝してこそっ、いいいいじめなどしておりません!」
 「してない?それなら俺の持ち物や制服を盗む行為は一体なんなんだ?」
 「それはもう日々崇拝するためでありますっ!身辺のものはそれだけウスイ様に近い聖なるパワーを秘めた物体でありますが故その清浄なる力にあやかりたいと、こうして」

 「もういい」と俺はアランの声を遮った。
 キている人間のふりをして、この調子ではぐらかすつもりらしい。
 崇拝だのなんだの言って人を馬鹿にする様が気に食わない。
 俺が学校側に暴露した時、いじめてない、崇拝していただけだと言えば、そんなに深く追求されないだろうと踏んだのに違いない。
 いじめっ子が先生に問われて「プロレスゴッコをして遊んでただけだ」と言い張るのと同じだ。
 このままではとぼけられて埒があかないだろうから、仕方なく本題へ突入することにする。

「それよりも、セイラン・ディケンズを拉致しただろう。どこへ連れて行った?」
 「は・・・・・・わ、わたくしは何も存じませんが・・・」
 「とぼけるな・・・!」

 胸倉をひっつかんで引き寄せると、アランは「ふひぃぃっ!」と情けない悲鳴を上げた。
 俺の顔を凝視する瞳は白目部分が大きく、泣きそうに潤んでいる。
 顔は真っ赤で口角に泡をつくっていた。
 今まで陰からこそこそと陰険ないやがらせをしていたのが露見して、慌てふためいているのだ。
 そう、真正面から1対1で向き合ってケンカをすれば俺の方が強いのだから。
 小さな頃から両親に勧められて空手を習っていたのが効を奏している。
 ありがとう、父さん母さん。
 俺は目を細めて怖い顔をすると、凄みのある声を作った。

 「ディケンズを攫った男が、お前らを示唆するようなことを言っていたそうだ。言えよ。俺は今、本気で怒っているから何するかわからないぞ」
 「言います!言います!!」

 嗚咽交じりにアランが叫んだ。
 PK能力者、しかも制御不安定なハーフを怒らせたらどうなるかに思い当たったのだろう、本気で怖がっているようだ。

 「あの赤銅色の髪の男は一体何者だ?」
 「よっよくわからないのです、はい、数日前に向こうから声をかけてきたのです、え、エンプティラバーをやるから代わりにセイラン・ディッケンズを連れて来いっと」
 「『エンプティラバー』?」
 「薬です、一時的に自我を奪って恍惚感を与える素晴らしいドラッグで常習性があって、ええ、最近出回っていて、あ、いやその・・・」
 「それをディケンズにうとうとしたのか・・・・・・どうしてそんな酷いことをする?」
 「そっそれは勿論、あのような下賎な輩をウスイ様の側にうろつかせていては、ごっ御身体が穢れるからでございます!!」
 「・・・下賎?」
 「はいっ、奴めはっエイリアンハーフにしてテレパシストなのですよっ!」
 「・・・俺にケンカうっていると捉えていいんだな?」
 「ちっちがいます、ウスイ様はハーフですが、それは世に平等を知らしめようと
 ご自身の意志で転生なされた具現であって、ウスイ様自身は尊ばれるべき御神体であれこそ蔑まれるべきではないのです!!」
 「わけのわから無いことを言うな、生まれる先を選べるわけないだろうが。それにお前が敬愛する『ウスイ様』が魂の平等を約束しているのに、どうしてお前はハーフを下賎と考えるんだ?」

 矛盾をつかれたらしく、「うっ」とアランが言葉を詰まらせる。

 「そっそれは・・・そんなことは思っておりません!蔑視などしておりません!!セイラン・ディッケンズはハーフであることは問題ではなくテレパシストである点が重要なのであります!人の心を勝手に読むような最も恥ずべき存在にも関わらず、あろうことかウスイ様に暴言を吐くとは言語道断、粛清されて当たり前なのですっ!」
 「あいつは人の心なんて読みたくないと言っていたが」
 「言うだけなら誰にでもできます、読んでいないはずがない、第一ウスイ様も心を読まれたからディッケンズの能力に気付いたのではありませんか」

 ・・・・・・かかったな。

 「・・・・・・どうしてそのことを知っている。あの時周囲には誰もいなかったはずだが」

 手に力をこめると、教祖は焦ったように目を白黒させながら喉の奥でくぐもった声を出した。

 「わっわわわたくしどもはウスイ様を常日頃から下賎な輩より御守りすべく細心の注意を払って・・・」
 「盗聴していたそうだな」
 「ひぃっ!!そっそのような行為は一切おこ」
 「していたんだろう・・・?」

 俺の怒りに呼応して、俺の顔写真のある特大額縁にひびがビシッと入り、祭壇からガタガタッと大きな音を立てて落ちた。
 それを見た数人の覆面が床に倒れ伏す。

 「言えよ」
 「う、ウスイさまァ・・・」
 「どこに仕掛けた」

 アランの顔をぐいっと引き寄せ至近距離で睨みつける。
 真っ赤顔に大量の汗を滲ませ、アランは鯉のように口を開閉させた。

 「・・・・・・たったたたたたたたいそうふくのズボンのゴム部分ッ・・・」

 そんなところにいつのまにつけたんだ!?

 「・・・もう一つ。ディケンズを攫った男の居場所は?」
 「わっわかりません!直接会ったのは2度で、向こうから場所を指定して待ち合わせましたし」
 「ディケンズの現在の居場所は?」
 「皆目見当つきません!!本当ですっ!あの男がディケンズを誘拐したことでさえ寝耳に水でしてウスイ様のお役にたてませんですハイ、申し訳ございませんっすみませんっっ」
 「申し訳ないと思うのなら一発殴らせろ」
 「は・・・」
 
 返事をする暇を与えず、俺は力任せに眼鏡の男の頬を渾身の力で殴りつけた。

 

:::



 職員室までアランを引きずっていき、後はペシェールに任せた。
 騒動を放って立ち去ろうとする俺の背中に、ペシェールは泣き笑いを浮かべながら「セイラン君をよろしく」とだけ言って頭を下げた。
 結局彼女はディケンズの恋人だったんだろうか。
 ペシェールはその辺りに触れないように俺に話していたが・・・・・・ってこんな人の恋沙汰に首をつっこむような気概が俺にもあったんだな。
 とにかく、彼女が事情を殆ど知っているから、アランたちのことは任せておこう。

 裏庭側の学校専用駐輪所に向かうと、エアバイクスペースにある一台にまたがった。
 ゾフィエル入学祝いに親から買ってもらった俺の愛機、ザイアンの『ロンギーヌス』である。
 母さんがロンロンと勝手に愛称をつけて呼んでいたが、当時はそれが恥ずかしくて仕方なかった。今はロンロンと聞いただけで、あの温かな日々を思い出して目に涙が浮かびそうになる。
 間の悪いことに2ヶ月前、お隣のザイル地区の動物園にやってきたパンダの名前がロンロンだったので、話題を耳にするたび母さんの笑顔が浮かんで胸が痛かった。 ちなみに父さんはロンギーヌスに■■□○×という名前を付けようとしたが、 なにぶん61α語なので地球人には聴き取ることも発音することも難しい。 結局母さんの「よくわかんない」の一言で却下されてしまったのだった。
 ・・・・・・いけないいけない、つい感傷的思考になってしまう。
 今はセイラン・ディケンズを捜すことに集中しなくてはならない。
 どこに連れ去られたか皆目見当つかないが、 あの爆発や銃撃のあとを追っていけば近いところまで行き着くのではないだろうか。 それに向こうはテレパシストだ。本人からコンタクトをとってくることも期待できるだろう。
 俺は本気でディケンズを探し出すつもりだ。
 学校は警察に通報しただろうが、そちらは当てにできない。あの事件の犯人すら捕まえられず、俺の両親を死に追いやった者を未だ割り出すことすらできずにいる警察なんて。しかも警官には混血嫌いが多いという偏見を俺は持っている。
 頼れるのは今のところ俺のみだ。
 小さい衛星といえど、人一人探し出すとなると広いガニメデ。仲間も何もない俺が探索したところで無駄足なのだろうし、もし見つけることに成功したとしても、誘拐した相手はかなり強力なPK能力者だ。俺のCランクのPKでは真っ向勝負では太刀打ちできるわけがない。
 自分が今から行おうとしていることの無駄さ・愚かさを俺はちゃんと理解している。
 でもあいつは、暗闇の中に一人でいた俺に話し掛け、笑いかけてくれた。
 それだけのことが、どんなに嬉しかったか。

 キーをまわし、スイッチを押すと反重力制御装置が作動し、耳慣れた機械音と共に機体が浮かび上がった。
 俺は推進力さえあれば、反重力制御装置などなくてもエアバイを走らせることができるんだけどな・・・。
 メットの下でにやりと笑うと、アクセルを入れ・・・・・・ようとしたところで、前方の空から何かが俺に向かってキーンッとつっこんで来るのがみ、見え、見え・・・・・・なっなーーー!!?

 「のわっ!」

 慌ててエアバイごと右に避けると、それはガシャーンという凄まじい破壊音と共に地面に激突した。
 なんなんだ一体、ぶつかってたら間違いなく死んでたぞ。
 冷や汗をかきながら落下物を見ると、それは大きな鳥のような機械のような・・・・・・あぁ、あの時のバトロイドだ。
 あの男にやられたのか、今の激突が原因なのかはよくわからないが、羽毛は殆ど飛び散り、全身がぐしゃぐしゃになって機械部分が露出している。
 ギチギチと音を立てながら断末魔の痙攣にも似た動きを単調に繰り返す様は、機械とはいえ見ていて気持ちのいいものではなかった。
 破損が激しいので、このバトロイドはもう駄目だろう・・・そう思ったとき、後ろで砂利を踏む音が聞こえた。

 「爆発のおそれがある。EG05から可及的速やかに距離を置くように」

 低い男の声に振り返ると、そこには1匹の大きなドーベルマンがいた。
 飼い主は・・・見当たらない。
 ・・・・・・ひょっとしてこの犬が・・・・・・?と思ったところで、俺の懸念は当たっていたことが証明された。
 犬が口を開き、また同じセリフを繰り返したのだ。

 「バトロイド、なのか・・・?」
 「いかにも」

 俺の問いに無機質な声で答える犬。
 犬。
 どう見ても犬だな・・・。
 忠告に従って鳥からエアバイごと離れると、入れ替わりにドーベルマンが散乱する機械に、後ろ足を怪我・・・いや故障しているのだろうか、ひょこひょこと軽くびっこをひきながら歩み寄った。
 そしてまだ動いている残骸に鼻面をつっこんでゴソゴソしていたかと思うと、鳥のバトロイドが完全に動きを停止した。

 「危機レベル4から2にダウン。のちに回収者が来るのでそれまで触らず放置して置くように」
 「は、はい」

 厳格な喋りに気圧されてただただ頷いていると、ドーベルマンはくるりと俺を振り返った。

 「ときに貴方はシノブ・ウスイでは?」

 えっ?

 「・・・・・・どうしてわかった?」
 「ガニメデに住むエイリアンハーフの情報は全て把握している」

 ものすごく嫌なことを言うバトロイドだな。

 「・・・・・・俺のどの程度の情報までわかっているんだ?」
 
 4年前の事件はお前がやったのだろう!とか言われたらどうしよう・・・と言ったそばからドキドキしたが、ドーベルマンは俺の出生年月日、役所に届けた能力などを淡々と答えるだけだった。
 が。

 「そして」

 突然語りのテンポを変え、一区切りつけてから犬は口を開いた。

 「現在ゾフィエルハイスクールでディケンズと同じクラスに在籍している」

 予想外のところをついてきたが(今までの展開を考えれば予想はついたのだろうけど、俺はこの瞬間に関しては、自分の能力とあの事件のことがバレるかが最大の焦点だったのだ)俺は確信を得た。
 バトロイドたちは、理由まではわからないがセイラン・ディケンズを追っている。

 「・・・その通りだ。全部正しい」
 「そこで頼みがある」
 「頼み・・・?」
 「ディケンズがつい先ほど誘拐された。私はディケンズを警護するバトロイドD05。助力を要請したい」

 願ってもいない申し出だった。
 
 「EG05から配信された映像に、貴方が誘拐犯をPKで攻撃したシーンがあった。一度手を出したからには最後まで付き合ってもらわねば」

 ・・・・・・どこで誰が見ているかわからないから、能力発動には十分に気をつけないとな・・・。


:::


 「あいつの居場所はわかるのか?」
 「おおよその範囲はつかめている。誤差は40%もないだろう」
 「具体的には?」
 「ここから西の方角だ」

 それくらい俺でもわかる。
 鳥型バトロイドと赤銅色の髪の男が交戦した跡が、西に向かって走る道に沿って残されているからだ。
 
 「交戦の跡を辿れば着くとか言うんじゃないだろうな」
 「我々は特定できなくてもいい。ディケンズの方から貴方を見つけ接触を試みてくると予測が出ている。可能性は87%と高確率だ」
 「なるほど・・・・・・」

 正面に警察官が立っているのが見えた。
 爆発か何かで道路が破壊されたのだろう、通行止めになっているようだ。
 機体を左に倒して左折しようとすると、「右だ」とヘルメット越しに渋い声が聞こえた。

 「左はかなり混雑している。右の道の方が早い」
 「・・・・・・ナビ機能もついているのか」
 「今時のバトロイドには標準装備だ。任務遂行のため迅速行動は必要だ」
 「はぁ」

 犬のくせにカッコイイな、というか初めてエアバイの後ろに乗せるのが犬かいとか考えてしまったり・・・・・・いやいやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
 ブレーキをかけて一旦停止させると、機体ごとその場で後ろを振り返り、そのまま犬の指し示す道へと発進させた。
 封鎖した道の前に立っていた警官が不審なものを見る目でこちらを見たのでドキッとしたが、後ろに犬を乗っけているのが変だったのだろう、と後で気付く。
 エアカーにペットを乗せるのは当たり前の行為だが、エアバイの後ろに乗せるのはあまり見ない。
 というか普通の犬なら人間の腰にしがみついてシートに座るのは難しいだろう。
 でも後ろのドーベルマンは後ろ足から金具のようなものを出し、エアバイに身体を固定させている。
 前足も犬らしからぬ握力で俺の服を握りしめている。(犬のあの手がどういう風になって服を握っているのかという疑問もあるが、今はほうっておこう)
 絶対目だつから嫌だ、と俺は主張したのだが、犬が「足が壊れて早く走れない」と言ったので仕方なく折れた。
 もし足が壊れてなかったら、エアバイの横をついて走ったのだろうか・・・ああ、そっちの方がカッコよくてよかったのに。
 なにはともあれバトロイド犬をナビに、俺はディケンズを探しに繰り出したのだ。
 
 俺しか頼れる者はいないなどとさっきまで考えていたが、戦闘のエキスパートであるバトロイドが味方につき、戦闘に関する危惧はかなり軽減した。
 しかもディケンズがこちらにコンタクトをとってくるかもしれないとなれば、発見も容易いだろう。
 現在の時点で誰に攫われたかも、ディケンズが今どこにいるかもわからないというのに、元金な話だが俺はだいぶ心が軽くなっていた。
 そもそも一人で助けに行こうと決意したさっきでも、俺はディケンズを救えるだろうことに疑問を抱いてなかった。
 無駄な行為だと頭で理解していても、なんとかなるんじゃ・・・と俺にしては珍しくプラス思考だったのだ。
 それは直感的な確信だった。
 
 シノブ・ウスイがセイラン・ディケンズを助ける。
 
 おかしな話だが、決定付けられた未来であるかのように、そのことは俺にとって当たり前に感じていたのだ。
 そして後ろから突き動かされるように行動を起こしている。

 運命などという陳腐な言葉では片付けられない何か。
 俺とあいつの意志だけで方向付けられた交差なのだろうか。
 それにしてはどうもうまく出来すぎている気がする。
 あいつの能力然り、俺の隠し持つ能力然り、とどめにバトロイドの助太刀ときた。
 俺が今まで順調に事を進めることができた試しがないから、そう考えてしまうのかもしれないが、俺にとってはここ数日間の変動が、胡散臭いほどスムーズに感じるのだ。
 川の水が上流から下流に向かって流れるように、当たり前のような流れ。
 自然に感じてしまうことへの不自然さに疑問を抱いてしまっても、その先に喜びをぶら下げられているからには、俺は走り出してしまった足を止めることは出来ない。

 孤独はもう嫌だ。
 腹に溜め込んだ隠し事もはちきれそうだ。

 限界寸前に現われたセイラン・ディケンズ。

 全てあいつに聞いてもらいたい。
 俺を理解してもらいたい。
 そしてあいつが笑顔の下に隠しているものを理解したい。
 
 「あいつの名前を頭の中で連呼してたら、向こうも見つけやすいかな」
 「行う価値はあるかと」

 犬が淡々と返事を返したので、俺は思いっきり頭の中で叫んだ。

 セイラン・ディケンズ!

 セイラン!

 セイラン!

 俺が助けるから。

 だから。

 だから俺の声を聞いてくれ。




--fin--


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