第1章 APRIL


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 よくある光景だった。

 機器に囲まれた操縦室らしき狭い室内で、3人の男が姿勢よく座席に座りながら、忙しくコントロールパネルを叩いている。
 こちら側からは、機器に向かう彼らの後姿しか見えない。
 粗い画像からは人種すら判別できないが、先ほどからノイズ交じりに聞こえる声の感じからして、地球人の中年の男が二人、青年が一人といったところだろうか。
 パネルの向こうには、スクリーン一杯に投影された船前方の光景・・・・・・藍色の雲に表面を覆われた巨大な星が、視界一杯に広がっていた。
 

 『こちら<空の鶏>、タワー(管制塔)応答せよ。こちら<空の鶏>、タワー応答せよ・・・・・・、おいおい、全く応答がありませんよ、どうしたんでしょうかね』
 『その辺でうろうろしている船もみんな足止めを食らっているんだろう。タワーからの指示が無い以上、ここにいるしかあるまいて。指示が降り次第、いつでも着陸態勢に入れるように準備は怠るな』
 『アイアイサー。その辺ぬかりはありませんです、チーフ』
 『そうですよー、こんな辺境じゃ野球中継も聞こえやしねー。こちとらさっさと搬出して銀河ネット圏内まで行きたいんだから』
 『っつーか、さっきの打球は一体どうなったんでしょーね』
 『絶対ファウルにちがいねー。ジョーイはここ一番って時にゃぁヒットやホームランを打たねーんだ。ベース上にランナーがいないときに、ほいっとホームラン打ちやがる、そんなバッターさ』
 『でもジョーイだってやるときゃやりますよ!伊達に打率が3割超えて・・・あっと、お隣さんから通信入りました。・・・・・・こちら<空の鶏>』

 『『こちら<暁の鳶>、タワーとの通信は成功したか?』』

 『いや、本船の呼びかけに全く応答がありません。普段ならこの宙域から通信可能なのですが・・・』

 『『そうだな。本船もすでに8時間もここで足止めを食らっている』』

 『8時間も!?』

『『エリア変更情報は今のところアップされていない。タワーで何かトラブルがあったのではないか、と他の船とも話していたところだ』』

 『トラブルを?<スー・ルー>がある限りその可能性は低いと思われますが』

 『『<スー・ルー>の支配領域は通常のコンピューターのものよりもはるかに広い。<スー・ルー>に問題があったとしても、通常の通信可能距離まで進めば、理論上では、タワーのサブ・コンが気付くはずだ』』
 
 『これより先に進むと?』
 『チーフ!』
 『どうした?』
 『たった今、本船が何者かにロックされちまったよーです』
 『何者かとは誰だ?』
 『今解析中なんですが・・・・・<ゲイボルグ>!?マジかよ!?』
 『なっ、ここは射程範囲内ではないはずだ!!』
 『でも現に・・・・・・やべっ、なんか白く光ってやがる・・・!』
 『早くこの宙域から離脱しろ!!』
 『ダメです!間に合いま・・・・・・』


 視界を焼くような白い光が広がったかと思うと、悲鳴と衝撃音が交錯し、その一瞬後、静かなノイズが部屋を流れた。


 :::

 
 全宇宙美形選手権でもやっていたのだろうか。
 第3ブリーフィングルームからぞろぞろと出てきたメンバーを見て、外を通りがかったカストル系のハーフたちが、ポカンと間の抜けた表情を浮かべた。
 「なんっちゅーか・・・・・世界が違くねー?」
 「あぁ、眩しいっつかなんっつーか」
 「軟弱でムカツクけど面はいいよなぁ・・・・・・集団で群れてるのを見るとさぁ、なんか、アレだよ、花畑ってゆーかさぁ、うん、いいよなぁ・・・」
 「あれで表情がありゃぁ可愛げがあるってのによー・・・十分目の保養だけどな」
 呆けたように感想を述べる彼らの視線の先にいるのは、61α系ハーフたちだ。
 急な召集だったのだろう、私服姿の者もいれば、隊服姿の者もいる。
 服装はまちまちではあるが、みな揃いも揃って美しく、そして一様に無表情で無口であった。
 中でも目を引くのは、第6部隊のユエン・ハンブリエルという名の男。
 ショートカットの青みを帯びた鋼色の髪に、同じ色の瞳の彼は、れっきとした20歳の青年だが、美少女かと見まごうような容姿をしているため、若いエネルギーを持て余し気味なカストル系のハーフに、部屋に無理矢理引っ張り込まれそうになることがしばしばあった。
 それでも全て未遂に済んだのは、ユエンがAクラス認定のサイコキネシスを暴走させ、不埒な真似をしようとした馬鹿どもを部屋ごと吹き飛ばしたからである。
 「っはー、やっぱりユエンちゃん可愛いよなー」
 「どう見ても野郎に見えないぜ・・・」
 「狙ったようなキャラだよアレ」
 心を癒すような可愛らしさに、その場にいたカストル系の混血児たちは足を止め、鼻の下を伸ばしてぼんやりしていたのだが、一番最後にドアをくぐって現われた人物の姿を視界に入れるや否や、電撃のような感覚が身体を走り抜け、視線は完全にそちらに釘付けになった。
 
 「で、で、出た・・・!」

 Sランクの能力者を集めたスペシャルスカッドの隊長・・・・・・笛吹である。
 彼もまた61α系ハーフであるが、群れない寄らない喋らないという種の性質には全く当てはまらず、同じ隊の仲間たちと一緒に食堂で食事をとる姿がよく見かけられる。
 基本的に無表情だが、ちょっと笑っているような微妙な表情を目撃したという証言もちらほらあるので、マネキンではないらしい。
 ちなみに同じ隊のイリュージョニストも61α系の混血であるが、こちらは秀麗な容姿以外は、そうと信じられないくらい大爆笑し、烈火の如く激怒し、小動物を引き連れ大騒ぎする。
 逆にスペシャルスカッド副隊長は、派手でやかましいのが好きなカストル系ハーフであるのに、比較的静かで、アホだがそこまで喧嘩っぱやくない。
 マイノリティな混血児達の中で、さらにマイノリティな者を集めた部隊だが、やはり笛吹の容姿の異質さは抜きん出ていた。
 美少女のような、と例えることができるユエンの容貌に対し、笛吹のそれは「神のような」であり、もはや人間の範疇に留まらない。
 サングラスで目元を隠してはいるものの、封じきれない美貌は、種族を問わず、周囲の者を否応なしに魅了し、ひとたび覆いを外そうものなら花々や天使や点描が舞う異次元空間を周辺に展開するのだ。
 なにせヒューマノイドタイプ以外の形態の異なる知的生命体・・・・・ゴーレムメーカーや、つい先ほどはメツク人までもが、彼の美しさを認めたほどである。ただ、彼女達は、同種族よりも地球人や61α人と共に生活する時間の方が長いという、ケース的には稀な者達なので、ゴーレムメーカーやメツク人がみなそう感じるとは限らないのだが。
 そんな神に愛された外見を持ち、悩む事なんてないんじゃないの?と思われがちな笛吹であるが、先ほどから盛んにため息をつき、アンニュイな雰囲気をそこはかとなく振り撒いている。
 やや俯き加減に歩いて去ろうとしたのだが、目の前に立ち塞がった何者かにぶつかりそうになり、「あ、すみません」と軽く謝り顔を上げ、相手とその周りを見て身体をギクッと強張らせた。
 ブリーフィングルームにいた他の61α系のハーフ8人が、じっと身動ぎもせずこちらを見ていたのである。

 感情を宿さない8対の目(それ以外にもカストル系ハーフ4人が笛吹に魅入っていたのだが、幸いなことにこちらには笛吹は気付かなかった)に、笛吹の頭は完全にフリーズした。
 何を隠そう笛吹は軽度の視線恐怖症だった。
 それは過去の過ちへの後ろめたさと恐怖からのもので、様々な経験を経て、道を歩いているときに視線を感じても、冷や汗をかかない程度には症状も軽くなってきているものの、親しくない人間に面と向かってじろじろ凝視されることへの経験値は低い。
 二の句を継げないで固まっている黒衣の青年に、61α系ハーフたちは視線を注ぐだけで何も話そうとしない。
 重い空気が辺りに満ちる。
 状況が飲み込めない小心者の青年を苦しめるには、十分過ぎる雰囲気だ。
 驚きが去り、底知れぬ恐怖感がじんわりと笛吹の首の後ろから広がり始めた頃、笛吹がぶつかりそうになった人物・・・・・・ユエンが、ぼそっと言った。

 「・・・・・・解散、しませんか・・・・・・?」
 「・・・・・・え」

 ユエンの言葉の意味を理解するのに、笛吹は数秒要した。

 「・・・あぁ、すまなかった・・・・・・ええと、解散」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」

 反応が無い。

 聞こえなかったのかな、と思い、笛吹がもう一度言おうかと口を開きかけた時、一人の61α系の青年が何も言わずふいっとその場を離れた。
 しばらくして、二人目が続く。
 パラパラと三人目が去り、四人目が去り・・・・・・、最後にユエンが去って笛吹一人がその場に残された。
 ユエンの後姿が見えなくなってから、神の手による造形物は全身の緊張を解いた。
 汗がどっと吹き出し、こめやみや脇を不快に濡らす。

 「・・・・・・無理っ!」

 ぼそっと呟くと、エレベーターホールで人形集団に出くわさないよう時間を充分とってから、笛吹もその場を去る。
 蚊帳の外で一部始終を目撃していたカストル系の4人組は、笛吹の姿が視界から完全に消えて、漸く金縛りから解放された。

 「……あっぶねー、オレ、呼吸止まってた……!」
 「う、ウスイはなんっつーか、……心臓に悪いな!」
 「ガキやシェダル人はともかく、カースレインはよく耐えてるよな…」
 「いや、カースレインだからこそだろー」
 「っつーかさ、今のあいつら、別々の班じゃねぇ?何集まってたんだ?」
 「しらねぇよ……サイキック部隊でも編成するんじゃねーの?」
 「サイキック部隊ぃ?」
 「だってよー、今の奴ら、確か全員強烈なPK使いじゃねぇ?」


:::


 部屋のチャイムを鳴らしたが、一向に鍵の開く気配がしないので、笛吹は心の中で友人の名前を呼んだ。
 Sランクのテレパシストである彼の友人は、その膨大な力に方向性を与えて動かすのは得意なのだが、身のうちに封じ込めるのはやや苦手で、無意識に力を垂れ流し、周囲の精神に触れていることが多い。
 それは『心を読む』というまでのレベルではなく、『感情を読む』程度のものなのだが、それでも心の中で強く呼びかければ、彼はすぐにそれを拾うことができる。
 普段なら3秒と置かずに頭の中に返事が返ってくるのだが、10秒待てども青年の陽気な声は響かなかった。
 部屋の中にいないのだろうか。
 もしくは熟睡しているのかもしれない。
 そう考えた笛吹だが、念のためドアのノブを回すと、カチリと乾いた音がしてドアが開いた。
 
 「シェダル?」

 鍵のかかっていないドアに不審を覚えながら、笛吹は中を覗き込んだ。
 玄関からリビングにつながる廊下は、人が足を踏み入れると自動で電灯がつくようになっている。
 薄暗いオレンジ灯の光の下、笛吹は目当ての人物を予想外の形で発見して、はっと息を呑んだ。

 「シェダル!?」

 笛吹の友人、シェダル・ディケンズは、靴を脱ぎかけた状態で廊下に倒れていた。
 服装は午前のバーチャル・バトルを行った時と同じ紺色の隊服で、首の後ろで無造作に束ねられている長い金髪は散らばり、青年の背中を覆い隠している。
 いつも主人の肩の上あたりを飛んでいる視聴覚伝達器までも、ガラクタのように傍に転がっていた。
 意味をもたない呻くような声を上げると、笛吹は慌ててうつ伏せになっている金髪の青年に駆け寄った。

 「おいっ、しっかりしろ!シェダルッ、シェダル!!」

 抱きかかえるようにして、横たわる身体を仰向けにしてやると、シェダルの白い顔が露わになった。
 笛吹が恐れていたような死相は無かったが、目は閉じられている。
 血色のよくない、透き通るような白い肌をしているが、これはいつものことだ。
 線の細いさっぱりとした造りの顔には、何も表情は無く、ただ眠っているだけのように見える。
 原因が判らない以上、下手に動かして止めを刺したら恐ろしいので、笛吹は友人の額に手を当てて、頭の中で必死に呼びかけた。

 と、薄いまぶたがぴくりと動き、ゆっくりと開いた。
 同時に床に転がっていたポンコツの視聴覚伝達器がふわりと浮かび上がる。
 ポンコツは持ち主の目の筋運動と連動して、周囲の視覚的情報を主に送る。
 レンズが目の前の象牙の肌を捉え、心配そうな深海色の瞳を認めた。

 「・・・・・・ん、あぁ、えーと、おはよう?」

 目をこすりながら、シェダルがにぃっと笑った。
 間の抜けた問いかけに、笛吹は強張っていた全身の筋肉から力が抜けていくのを感じた。

 「・・・・・・どこか具合の悪いところは?」
 「んー、別にないぜ?」
 「だったらどうしてこんなところに倒れてたんだ?」

 眉をひそめる笛吹に、シェダルは切れ長の瞳を数度瞬くと、キョロキョロと周囲を見回した。
 それにあわせて、ポンコツもキョロキョロと回転する。

 「あっれー、オレどうしてこんなとこで・・・・・・あぁ、訓練終わって、みんなと別れて帰る途中ですっごい眠くなったんよ。んで、なんとかここまで来たんだけど、睡魔の誘惑に抗えず、意識に緞帳が下りてすーーっと幕引きみたいな感じだったんだな」
 「すやすやと寝てたのか」
 「まぁそういうことだな!でもまだすっきりしねー。ベッドで寝なおすとするわ」

 あっけらかんと笑うシェダルに、黒髪の青年はほうっと安堵交じりの溜息をついた。

 「お前、・・・紛らわしい眠り方するなよ」
 「え、なに、オレが死んだと思った?それはそれは心細かっただろう」
 「誰が心配するか!」

 頼りない動作で立ち上がろうとするシェダルに肩を貸してやりながら、笛吹は声を荒げた。
 相手が鋼の肉体を誇るルークだったならば、永遠に寝てろとばかりに特殊能力で必殺攻撃を浴びせているところなのだろうが、シェダル相手にそんなことができるわけがない、・・・・・・というよりシェダル相手に本気で怒れない笛吹であった。


 シェダルの部屋には必要最低限のものしか置いていない。
 すなわち、初めから寮の備品としてあったものだ。
 小さな白い冷蔵庫、固いソファ、小さなテーブル、湿気も無いのにじっとりした感触の絨毯、映りの悪いテレビ、そして鍵部分が壊れているのかなかなか閉まらないクローゼット。
 あまりの辛気臭さに、せめて・・・と笛吹が暖色系のカーテンを買ってきて取り付けたので、これでも部屋全体の雰囲気はそれ以前に比べて、はるかに生活味のするものへと進化していたりする。
 シェダルが自分の意志で新調したものといえば、ベッドくらいだった。
 一日の半分を眠って過ごすシェダルには、ふかふかの布団が何よりの贅沢だったのだ。

 「で、どうした?辞職願い、どうせ受理されなかったんだろ」

 ソファに身を沈めると、金髪の青年は欠伸混じりに笛吹に訊いた。
 そのまますぐに眠ってしまいそうな友人の様子に、笛吹は手短に伝えようと考える。

 「実は受理されなかったどころか、俺と、他の隊の61α系の奴らとで、特別任務に出かけることになった」
 「……特別任務?あれ、手、治ったのか!」
 「うん、このとおり、全く問題ない」

 笛吹は手をひらひらさせながらため息をついた。

 「だからまだ当分ABだ」
 「おめでとー!ヨカッタな!一体どうやったんだ?んで早速の特別任務なわけ?」
 「あぁ。口で説明するのも面倒だし、表層に出すから適当に読み取ってくれ」
 「おっけー」

 笛吹は軽く目を閉じると、シェダルに伝えたい情報だけを頭の中で慎重に選り分けて、友人が読み取りやすいように意識の表層へと移した。
 シェダルも自分の能力を少し解放させ、笛吹の意識の表層に漂うそれに触れる。
 ほんの2、3秒の出来事だったが、笛吹がブリーフィングルームで40分間かけて得た情報を、金髪の繊細そうな友人は一瞬で得、理解した。
 
 「はーっ、なにそれマジで?ご苦労なこった」
 
 のんびりとした口調とは裏腹に、シェダルは軽く眉根を寄せて不快を示している。

 「辺境惑星の開発部隊の護衛じゃなかったっけかオレらって。未知の凶悪エイリアンをやっつけてればいいって話だったけどなー、ははっ」
 「こんなのABの仕事なわけないだろう。エイリアンが敵じゃないし、護衛ではなくて軍への協力なんだから」

 笛吹は硬く座り心地の悪いリビングの椅子の上で片膝をたて、そこに頬杖をついた。
 新しく笛吹が受けた任務は、『辺境開発部隊を未知の生物から守る』のではなく、『とある科学都市で反乱が起こり、軍が手こずってるので応援に行く』という、エイリアンバスターの設立理念に合致しないものであった。

 「軍から要請があったって教官たちは言っていたけど、民間人の協力を仰ぐなんて、普通軍人は嫌がるものだと思ってた」

 軽く首をかしげる笛吹に、シェダルは「いーやいやいや」と節をつけて答えた。

 「実際そう思ってる奴は多いだろうよ。それでも、軍に在籍している能力者以上の優秀な能力保持者がいた場合、民間人だろうが援助を頼むのはよくあることだし、それが厄介者なマイノリティの混血児となれば、怪我しようが死のうが呵責の涙も出てこないだろ?」
 「……」
 「連邦軍が飼ってる能力者は、9割方生粋の61α人だ。たいした意志もなく、地球人のためにせっせと働いているんよ。地球人にとっちゃ使いやすい駒だよなー」
 「シェダル」
 「それでも飽き足らないんだわ、奴ら。より性能のいい道具が欲しいんよ。でも純血の61α人以上の能力者なんて、性格や能力制御に難のある混血種しかいないってわけだ。でもそんなの飼いならすのって金はかかるは、下手したら地球人が施設ごと吹っ飛ぶはで大変なことなんだわ。だから民間に任せておくの。それでうまく育った美味しいところをつまみ食いするわけだ」
 「……手伝ったことあるのか?」
 「地球にいたころ、何度か」

 そこでシェダルは、いったん口をつぐんだ。
 テーブルの上に置いてあったペットボトルをつかむと、そのまま口をつける。
 白いのどが、ごくりと音をたてて温いお茶を嚥下した。
 
 シェダルは、笛吹が住んでいたガニメデに引っ越してくるまで、地球に住んでいた。
 酷い目にあっていたことは知っているが、笛吹はそれを詳しく訊いたことはないし、話の流れで触れることはあっても、シェダルは茶化して話すだけだった。
 しかし今のシェダルの語りは、口調こそいつもどおり飄々としたものだったが、内容には端々に毒が見え隠れしていた。
 無表情ゆえ、無感動だと思われがちな笛吹だが、表情豊かなシェダルが感情的になることのほうがよっぽど珍しかったりする。
 
 「だからさ、今回のお前の任務は、オレにしてみれば全然予想外じゃなかったさ」

 皮肉めいた表情のシェダルに、笛吹は眉をひそめた。

 「……さっきからのお前の話からすると、メディフは初めっから軍とつながってたってことか?」
 「そーゆーこと」

 白くとがった顎を擦りながら、シェダルはにぃっと笑った。

 「連邦軍、ひいては太陽系連邦政府とつながりがある……強制スカウトのことを考えれば自明の理さね。スカウトじゃない。連行さ。たとえ嫌われ者のエイリアンハーフでも、連邦に籍を持っている以上、人権ってものがあるだろ。人権侵害があったとなれば、何かしらうるさくつつかれることは間違いないよなー。だから、優秀な混血の能力者がその能力を必要とする場で働くことを、法律で義務付けたわけだ。こうすりゃ民間のエイリアンハーフだろうがなんだろうが政府の命令で手足となり働くしかない。で、楽ちんなように、民間の高ランクの能力者は、一ヶ所に集め、能力を把握した上で、訓練受けさせて実用品化させればいいってわけ」
 「連邦軍が能力者を徴集した、となったら、エイトコミューンの他の種族の反発を買いかねないからな……。メディフは隠れ蓑というわけか」
 「世間じゃ、『危険で使えない能力者を見捨てずに雇用してくれる企業』とかいって、イメージいいんだぜ、ここ」
 「滅茶苦茶腹が立つなそれ。『こんな危険な法律がこっそり作られてます!』とか『恐るべし強制スカウト!』とか暴露本出してやろうか。……間違いなく出版差止めされるだろうけど」
 
 笛吹は口元だけで笑った。
 立てていた片膝を床に下ろすと、椅子の背もたれに上半身を預けた。
 椅子がぎぃっと安物相応の耳障りな音を立てる。

 「しかしシェダル、今までの話、かなり断定的に話してたけど、誰からか聞いたのか?それとも読んだのか?」

 笛吹の言葉に、シェダルは「んー?」と間延びした声を発した。
 微かに生じた焦りを隠すためのものだったが、笛吹は気づかなかったようだ。

 「えーとだな、その、……教官の心を読んじゃった、てへ」
 「昔のちっこいお前だったら『てへっ』と言っても通用したけど、身長180近くあってそれはないだろう」
 「『えへっ』の方がいい?」
 「どっちも変わらない」
 「『うひっ』は?」
 「なんだよそれ、気持ち悪っ!」

 二人は同時に笑った。
 しばらく笑って、唐突に笛吹がふーっと重いため息をついた。

 「突然なんだよ笛吹くん」
 「……こうして笑っていられるのも今のうちなんだと思うと……」
 「おいおいシリアスだな。軍からの依頼っつっても、それほどきつい任務じゃないだろ」
 「俺が今回の任務で一番悩んでるのは、一緒に行く人間のことだ」
 「あー、お人形さんたちね」

 暗い表情の黒髪の友人に、シェダルはうんうんと頷いた。
 お人形さんたち、とは勿論61α系混血児たちのことである。
 先ほどの一件についての情報は、笛吹の意識から拾得済みだ。

 「何を話したらいいのやら……考えただけで憂鬱になる……」
 「別に何も話さなくていいんじゃない?学校通ってたときだって、お前、クラスの連中と特に話したことなかっただろ?しかも今回は61α系の奴らなわけだし、向こうだってお前に無関心だろうから、お前も無関心でいたらいいじゃん」

 簡単に言ってのける友人の顔を、笛吹は真剣に見つめた。

 「……お前さ、こっそりついてこない?」
 「こっそりってどうやってだよ。リーくらいならカバンに入れてこっそり持ち込めるだろうけど」
 「その手があったか!……あっ!」
 「どーした?」

 馬鹿なことを真面目に検討している友人に、どうツッコミをいれてやろうかと考えていたシェダルは、突然の大声に目を数度瞬かせた。

 「なんだよ、突然大声上げて」
 「ブレイズが今どうしてるか探ってくれないか?」
 「はぁ?」
 「ちょっと様子が気になって……」

 自分のことで一杯一杯になって、すっかりブレイズのことを忘れていた笛吹。
 怒りっぽい少年だが、アヴィゲイルの部屋での様子は尋常ではなかった。
 なにやら心配そうな笛吹に首を傾げつつ、シェダルは能力を薄く広く解放させた。

 「んー……あ、あー、これはいけないなぁ」
 「どうした?」
 「喧嘩してる。カストル系の奴らと」
 「どこだ」
 「2つ下の階のエレベーターホール近くだよ」
 「行って来るっ、お前はゆっくり寝てるんだぞっ!」
 「あ、でもさ今……ってオイ!行っちまったか……」

 友人の背中を見送りながら、後半は口の中で呟き、シェダルは頭をかいた。
 笛吹が助太刀に行くまでも無く、ルークがたった今喧嘩に乱入したのをシェダルは察知したからだ。
 数秒と経たずに喧嘩は収まるに違いない。
 
 シェダルはソファに身を横たえた。
 笛吹が自分と離れて仕事に向かうことが気になった。
 自分が、どうして今度の任務に選ばれなかったのかも気になった。
 たった今触れた、荒れたブレイズの様子も気になった。
 考えることはたくさんあったが、しかし、急速に訪れた睡魔が思考の邪魔をする。
 ここ最近の睡眠量は尋常ではない。
 おそらく、先の任務で力を大量に消費したからだろう。
 なにせ、黄泉路を歩く友人を引きずり戻したのだから。
 
 それは、地球人の認識しているテレパスの範疇には属しない能力なのだけれど。

 ポンコツの電源をオフにすると、シェダルは瞼を閉じた。
 眠い。
 眠い。

 ねむい……。

 意識を圧し包むように闇が覆い……そして何も感じなくなった。