風邪はつらいよ
「・・・っくしっ!」
笛吹が小さくくしゃみした。
「おいおい、さっきからくしゃみばっかりじゃん。花粉症か?」
コロッケを口に運ぶ手を止めると、向かいの席からこちらを面白そうに眺めてくるシェダルに、笛吹は鼻をすすりながら首を傾げて見せた。
「誰かがうわさしてるのかも」
っつーか火星でも花粉症なんてあるのかな、などとぶつぶつ呟きながら食べかけだった狐うどんの油揚げに噛み付いた笛吹の顔を、シェダルはふと気付いたようにポンコツでズームアップして観察した。
「・・・・・・な、なんだよシェダル、じろじろと・・・・・・もしかして鼻でも垂れてる?」
鼻の下を慌ててナプキンで拭う笛吹に、
「いや、垂れてないけど・・・お前顔赤くないか?」
「へ?」
「風邪ひいてんじゃないの?」
友人に指摘され、笛吹はそういえばと額に手をやった。
「今日やけに寒いなぁとか思ってたけど・・・」
「ここ暖房きいて暑すぎるくらい暖かいぞ」
「・・・頭ふらふらしているのも寝不足のせいかと・・・」
何度も瞬きする笛吹に、シェダルは「ふーん」と呆れたような声を出した。
「で、風邪ひく原因に心当たりは?」
「・・・・・・昨日夜遅く、ブレイズとリーが、2ブロック南に行ったところの公園まで、夜桜見に行くって言うから、ついてった。この辺がいくら治安いいからって、そんな時間にちびっ子だけで出歩くのは良くないかなと思って」
「あの二人をどうにかできるやつってそんなにいないだろうけど」
「まぁそうだけど、でもだな、ふふっ、夜桜最高だったぞ。桜はいいな!」
子守と称して、ただ笛吹が桜を見に行きたかったのに間違いない。
「へぇー……で、薄着でもしてたのか?」
「いや、万全の準備で行った。火星の夜は寒いからな。ブレイズもそんなに体が強い方じゃないし、行ったものの早めに帰ろうとしたんだ。ところがだな、予想外の出来事が起こったんだ」
「え、なに?」
「突然、第8部隊のカストル系の奴らが公園に入ってきてケンカしだしたんだ。そうしたらだな、その中にあいつが混じってたんだよ何故か」
「ルークか?」
「あぁ」
笛吹は頷くと、不快な面持ちで鼻を軽くすすった。
「それで奴に見つかって変に巻き込まれないうちにこっそりと帰ろうとしたら、ちょうどルークがぶん投げた一人が俺の側にあった噴水のモニュメントに激突したんだ」
「・・・・・・で、モニュメントの中にあった水道管までも破壊されて、すぐ近くに立っていたお前に放出された水が浴びせられたってわけか」
「ご名答っ。ブレイズやリーには全くかからなかったんだぞ。酷いと思わないか?」
「・・・・・・お前ってホント運がないよなぁ」
「その可哀相なものを見る目つきやめろよ」
「いやさ、お前ホント可哀想な奴だし」
「そんッ・・・・・・はっ、はっ、へくしっ!」
「・・・・・・お前さぁ、絶対熱あるぞ。オレにうつさないうちに早く部屋帰って寝ろよ」
「・・・・・・その方がいいみたいだな」
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かすかな湯気をゆらめかせているレモンティにはちみつを垂らし、イルカ型のスプーンでゆるゆるかき混ぜていると、おなじみの電子音が鳴り響いた。
脇から体温計を取り出し確認してみたならば、・・・なんと38度9分もある。
「・・・マジか?」
熱があるとはわかっていたが、具体的な数字を見せ付けられるとすっかり気分は病人モードが入り、身体はさっきよりもどっと重くなり、具合も心なしか1.5倍悪くなった錯覚すらしてくる。
笛吹は気だるげな吐息をつくと、部屋に取り付けられている電話に向かった。
午後の訓練を欠席したい旨をアヴィゲイル教官に伝えるためだ。
1から11までの部隊にはそれぞれ担当の教官がついているが、熱程度では休ませてくれない鬼教官も中には混ざっている。
ほんの1週間前に第5部隊の61α系のハーフが高熱を出したのだが、欠席を認められず、ふらふらになりながらバーチャルバトルに参加して念動力を暴発させ、チームメイトに怪我を負わせたという事件があったばかりだ。
この部隊担当のエドゥリヤ教官はエイリアンハーフのことを敵視しているとしか思えないほど部隊いびりが激しいことで有名で、「最悪のコンディションであってもベストな戦闘を行うことが、エイリアンバスターとして当然の義務ある」と暴発事件を無理矢理ねじ伏せたとかで、彼の責任は追及されることは無かった。
笛吹の所属するスペシャル・スカッドの担当教官は、冷酷・冷徹・冷厳と名高い教官長のアヴィちゃんことアヴィゲイル。
エドゥリヤと並んでエイリアンバスターたちから恐れられている鬼教官だが、こちらの方がまだやることなすこと筋が通っており、要求は高いものの理不尽なことは決して言わないので、笛吹たちは恵まれているだろう。
案の定、笛吹が電話をかけると、「体調管理を怠るからだ、馬鹿者。今日は一日休んで明日までに治すように」との返事が返ってきた。
下手にふらふらの笛吹が訓練に参加し、重力のコントロールを間違えブラックホールまがいの代物を作り上げでもしたら、暴発させちゃっただけではすまないので、アヴィゲイルの判断は実に正しいといえる。
上司の心有る判断に安心した笛吹は、早速パジャマに着替えると、テーブルの上に放置したままだったはちみつレモンティに口をつけた。
レモンティはちょうど飲み頃な熱さになっていた、が、熱のせいか、味が一拍おいて薄いように感じられる。
「・・・・・・変な味・・・・・・」
はちみつをもう一すくい入れてかき混ぜながら、笛吹はアヴィゲイルに言われたとおり、今日一日は大人しく寝ることを決意した。
→治してあげる。
→軟弱な友人を鍛える手伝いをする。