DOGFIGHT! 3
「ね、ね、ブレイズ、あっちから声がするの」
時を遡って数10分前、ブレイズは右手にコンビニで買った豚まんの袋を、左手
に週刊のマンガ雑誌を、肩の上に白い小さな小動物を乗っけて、寮へと帰るべくオ
フィス街を歩いていた。
茶色のどんぐり眼に利発そうな光をたたえ、生き生きと道を歩く姿は、道行く大人達
の目に好ましく映るところなのだが、残念なことに生来の美点を曇りガラスの向こうに
隠してしまうほど、少年の服装のセンスは悪かった。
ちなみに今日は、上から下まで全て微妙な蛍光色の珍道屋といった風体だ。時々カメ
ラのフラッシュが浴びせられるのは火星への観光客が見世物だとカン違いしているからである。
周囲から奇異の目で見られようが、そんなものどこ吹く風といった面持ちで、
今日も町を歩く少年ブレイズ。
そんな彼が一つの角を曲がったところで、リーが突然声をあげたのだ。
「声?」
ブレイズはリーの示す方向を見たが、特に何も見当たらない。
通りを行く人々は堅苦しいスーツを着込み、地味な色彩が視界を占領している。
耳に神経を集中させたが、エアカーのクラクションと、人々の足音と喧騒しか入
ってこない。
しかし彼の心の友でありたいせつな人(?)であるリーは、大きな耳をぴくぴく
と動かし、「なになになにかしらー?」と一生懸命聴き取ろうとしている。
「どんな声?」
「んとねー、なんだかとっても元気がないの」
「弱ってるの?」
「んー、あっ、痛い痛いって悲しそうなの」
リーが耳をピンッと立てた。
「ブレイズ、急いで!あっちなの!あっちあっち!」
「うん!」
自分では察知することができない音を、リーは聞き取ることができるらしい。
全面的にリーを信用しているブレイズは、小走りに駆け出した。
それは、ビルとビルの隙間の薄暗い路地をちょっと入ったところに転がっていた。
「犬さんなのー」
「血まみれじゃん・・・酷いなぁ・・・」
ブレイズが抱き上げたのは、毛皮を血で汚した茶色の小型雑種犬だった。
「エアカーにはねられたのかな・・・」
背中を撫でてやると、くぅんと弱々しげに小さく鳴いた。
ぐったりとして、力が無い。
「あのね、大きな早いかたまりにぶつかったって言ってるのー」
犬の言葉を訳すリー。(できたのか)
滴る血は表通りから続いており、エアカーに跳ね飛ばされた後、自力でここま
で這いずってきたらしかった。
左後ろ足に触れると、キャンッと痛さを訴えた。どうやら折れているらしい。
「とにかく寮に連れて帰って、怪我の治療をしてあげようよ!」
「大丈夫かしら?大丈夫よね?」
「うん、きっと大丈夫だよ。すぐに痛くなくなるから!」
安心させるように犬を優しく撫でながら、ブレイズはにっこりと友人に微笑み
かけると、寮へと駆け足で戻った。ブレイズは疲れるのが嫌いで普段ちょっとで
も走りたがらないのだが、今は疲れることなど気にしてなかった。人に対して、
特に筋肉系にはキツイ少年だが、小さな動物に対しては無条件で優しい。
空間転移を使ってすぐにでも寮へ飛びたいところなのだが、犬にかかる負担を考
えて(慣れない者がいきなりテレポートさせられると、三半規管に悪影響がでる)
、自分の足でなるだけ早く走ることにしたのだ。
おかげで息はあがったものの、なんとか寮まで無事に犬を連れて帰ることができた。
喧嘩っ早いカストル系ハーフを多く抱えている上に、毎日のようにハードな訓練を
行っている実動課の寮には、もちろんのこと医療室なるものが存在する。
たかが医療室といって侮ること無かれ。学校の保健室レベルではなく、最高の病院並
みの設備に、ブラックジャックまではいかないもののドクター・キリコ並みの腕を持っ
た人材が揃えられており、複雑な手術までも行えるのだ。
しかしその日の午後に医療室を訪れた緊急患者は、いつもとは勝手が違った。
「・・・犬?」
「犬やな」
スタッフに差し出されたのは、骨を折ったカストル系ハーフでも、頭痛
にうなされる61α系ハーフでもなく、血まみれの雑種犬だった。
「あのね僕、ここは動物病院じゃないんだよ」
やんわり断ろうとする白衣の男に、ブレイズはどんぐり眼で睨みつけた。
僕、と子ども扱いされたことが、一層の怒りをかき立てたらしい。
「この間リーが擦過傷つくったとき手当てしてくれたじゃないか!」
「いや、リーちゃんはエイリアンバスターやし・・・」
もう一人の眼鏡をかけた男がなまりのある口調で宥めた。
しかしブレイズが宥められるわけが無い。
「目の前に怪我した動物が横たわってるのに医療に携わる大人が見ないふりす
るわけ!?命の重さに変わりは無いのに動物差別だ!この*○◎▲×(61α語で『お
たんこなす』という意味)!」
「な、なんや最後の放送禁止用語みたいなのは!?」
「61α語だよそんなこともわからないのマジでバッカじゃないのいい年した
大人が白衣着てさ子供に舐められて恥ずかしくないのかな仮にもドクターでしょ
信じられないよこんなこと常識じゃんそれでドクター名乗れるのなら安い職業だね
失望したよあーあっがっかりだ−がっかりですよーっと種族間交流が大事な世の中
における重要なことに気付かずアホ面提げて偏った知識をひけらかしてそれでい
てたった一匹の小さな犬ですら助けようとしないその傲慢さが傍から見たらどれだけ」
「あーー!やーかーまーしーーー!!」
ブレイズの留まるところを知らない悪口雑言に眼鏡の男が叫び声を上げた。
その声に驚いたのか、ビクッと身体を揺らすリー。
「眼鏡のおじちゃん、怒ったの・・・?」
怯える小動物の身体を、ブレイズは優しく撫でた。
「そうだよ、このおっさんたちは奢り高ぶって犬を助けないと言ってるん
だよ、ひどいよねー」
「誰がいつ傲慢な態度をとった!?」と怒る白衣の男。
「お前が勝手にほざいてるだけだろーが!?」
「目の前で苦しんでる者がいたら、仕事がどうのこうのとか言わずに助ける
のが普通じゃないの!?この□▲●#▼(61α語でも放送禁止用語に値す
るような罵詈雑言)野郎!」
「オレたちは人間専門の医者であって獣医じゃないんだよこの××××(ただ
の放送禁止用語)め!!」
「あー!子供相手にそんな言葉使っていっけないんだー!サイテー!耳が汚
れたよもう、汚れちまった悲しみに〜」
「よくわからんネタ振るな!!」
「うわーーん!この子死んじゃうのーー!」
おろおろと少年と大人のやり取りを聞いていたリーが、ついに泣き出した。
「死んだらかわいそうなのー!あーーーん!うわーーん!ふえーーん!」
「リー!・・・・・・お前らよくもリーを泣かせたな・・・・・・!」
命よりも大切な友人の涙に、ブレイズはからかいモードを完全に拭い去り、
目に真性の怒りの炎を宿してスタッフを見据えた。
スタッフ二人はびびった。
少年がSクラスのイリュージョニストであることを知っているからだ。
「いっ、言っておくが俺たちに攻撃してみろ!地球人に対する能力者による
不当な攻撃は、罰金どころか刑務所行きだからな!!」
「それがどうしたのさ・・・!」
ブレイズはにやりと邪悪な笑みを浮かべた。
「シェダルさんに言いつけて、ここから半径20キロ以内の全ての生命体にあんたら
の恥ずかしい噂をテレパシーで送りつけるよう頼んでやる!」
「おっ、俺はそんな恥ずかしい行いはしていないで!」と慌てる眼鏡の男。
しかしブレイズはすっかり悪代官の気分に浸っている。
「馬鹿だなー、でっち上げればいいことじゃん。道を歩くと子供が指差し嘲り
、野良猫までが軽蔑の目であんたらを見るようなそんな噂をね・・・!」
「鬼や・・・あんた鬼や・・・!」
「んー、そういや僕はシェダルさんに危険な橋を渡らせるほど鬼なキャラじゃない
んだ。笛吹さんは人間相手にはかまさないだろうし・・・。仕方ない、力しかとり
えの無いルーク・カースレインをけしかけるとしよう。笛吹さんが医療室でセクハラ
にあったとか言えば簡単に実現することなんだよ、ふっふっふ」
「実現したらどうなるの?」
いつのまにか泣き止んだリーが、無邪気な瞳で少年を見上げた。
「楽しい?楽しいの?」
「この部屋が真っ赤に染まるねー」
表情を一転させ、にこやかに肩の上の小動物と話すブレイズを見て、スタッフ
二人は背筋を凍らせた。
この少年の噂は耳にしている。やると言ったらやるだろう。
そしてルーク・カースレインの破壊力はよく知っている。この医療室に送られて
くる怪我人の4割があの男の被害者だから。
「リーは赤色好き?」
「うん、可愛くて好きなのー!」
「それじゃぁ今から白髪を呼んであげ」
「わかった!わかったから!!」とブレイズの声を遮るように、白衣の男が
悲鳴のような声で叫んだ。
「犬の治療するから!だからやめてくれーー!!」
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