DOGFIGHT! 4
「それでね、僕たち急いで寮の医療室に連れてって、お願いして治療してもらったんだ!怪我は左足の捻挫と全身の打ち身、背中の切り傷なんだけど、どれもたいしたことないって!」
「それは良かった」
言いながら笛吹は、写真に映っていた犬と、目の前で毛布に包まって眠っている犬を頭の中で比較した。そっくりである。
「雑種だな・・・・・・」
笛吹は腰掛けたソファから身を乗り出して、テーブルの上の犬を撫でてやった。血は洗い落とされ、黒い柔らかな毛並みが手に優しい感触を与える。向かいに座ったブレイズも、手を伸ばして一緒に犬を撫でくり撫でくりした。
「ねーねー隊長、この犬怪我が治るまで飼ってもいいでしょう?」
「うん?そういうことは俺の一存では決められないよ。寮監とかアヴィちゃんに訊いてみたらどうだ?」
「なに、ここには寮監なるものが存在したのか」
犬に警戒の眼差しを送りながら、ルークが隣の笛吹をつついた。
それに対し、笛吹はぎょっと目を剥いた。
「はっ、お前いつも知らないで喧嘩うってたのか!?あれだ、いつも玄関脇の小部屋にいる親父!」
「なに、あの口うるさい中年男が寮監なのか!靴についた泥を払えなど何かにつけて構ってくるものだから、てっきり私をライバル視しているカン違い男、あるいは私のことが好きな同性愛者かと危惧していた!」
「カン違い男はお前だったな」
「くくっ、これぞ早合点!」
「ねーねー、よくわかんない漫才はどうでもいいからさ、話進めようよー」
会話が逸れがちになる隊長と副隊長に、可愛い口調と裏腹な冷たい言葉をかけるブレイズ。
俺は至って真面目な受け答えしかしていない、と笛吹は弁解したかったが、子供相手にあまりにも虚しかったので、「ごめんごめん」と笑みを浮かべて大人の対応をした。
「とにかく、今のルークの話に出てきた口うるさいオッサンの許可を得なくちゃいけないわけだ。ブレイズは寮監とは・・・」
「知ってるよ。僕とリーの天敵。リーが廊下を可愛らしく走り回ると、『あー毛が落ちて汚い汚い』とか言って、わざとらしく掃除機持って来るんだよ。嫌味ったらしいたらありゃしない!僕、あのオッサンとは喋るのも嫌だし、僕から許可申請しても絶対受け付けてくれないから、笛吹さんがお願いしてよー」
「わたしからもお願いなのー!」
「え、・・・・・俺から言うのか?」
小動物の援護を受けた生意気な少年のお願いに、笛吹はほんの少し顔を顰めた。
真面目な笛吹は、寮監にとやかく言われた経験は無いのだが、ABたちにガミガミと煩い姿をしょっちゅう見かけるので、怖いなぁと苦手意識は持っていた。
「俺が言っても無理だと思うけど」
「そんなことないよ!笛吹さんが『うっふーん、お願い〜』って色っぽく言ったら、間違いなくイチコロだよ!僕が保証する!」
人差し指を突きつけて断言するブレイズ。
その自信はどこから出てくるのだろう、と、その場にいたメンバーの中で笛吹だけが思った。
「あのなぁ、そんなこと言えるか」
苦笑する黒髪の美青年の傍ら、突如ルークがソファから立ち上がった。
「だから言ったであろう!あの中年男は同性愛者だと!」
「はいはい、その話はいいからさ。お前が話に交じると収拾つかなくなるから、少し黙ってろ、な?」
笛吹がルークをソファに引っ張りもどしたが、銀髪の青年は目に苛烈な光を宿らせ睨み返した。
「黙ってなどおれん!シノブが『うっふーん』とお願いすれば、犬を飼うことになるのだからな!シノブが手篭めにされた挙句犬まで飼うことになったとあらばどうする気だ!」
「どうする気だって言われても、俺はそんな『うっふーん』なんて言って許可申請するつもりはさらさらないし」
「そーだなー。今の調子で言ったんじゃぁ、全然色気もクソもないから許可も下りないに違いないねぇ」
と、今まで一人黙ってリラックスした風に周囲の会話を聞いていたシェダルが、意地悪い笑みを浮かべながら参戦してきた。
「もっと情感こめないと。『うっふ〜ん』ってさ、ほら、『うっふ〜ん』」
鼻から抜けるような変な発声をする親友に、ショックの表情を浮かべる笛吹。
「おっ、お前まで何バカなこと言い出すんだ!」
「照れるなよー。まぁ『うっふ〜ん』なんて、それほど色気のあるセリフでもないしなぁ。確実にいきたいなら『あっは〜ん』かな、あはは」
「違うよシェダルさん!上目遣いに『お・ね・が・い・!』だよ!」
「んーいいねー、目をちょっと潤ませてさー」
「肩にオプションとしてリーを乗せたら萌え度アップだよ!」(←?)
悪乗りしているシェダルとブレイズをバックに、またもルークがソファから立ち上がった。
「君たちは色気というものを理解していない!生足にスリットこそが・・・ぐはぁっ!」
最後まで言い終わらせずに、笛吹が重力制御でもってルークを床にぐしゃっと叩きつける。
異音が響いたような気がしたが、いつものことなので、気に留めるものは誰もいない。
「・・・・・・本題に戻ろうか」
呻き声を上げながら床にめりこむルークと、笑い転げるシェダルたちを尻目に、笛吹は憮然とした面持ちで溜息と共に吐き出すように言った。
「とにかく、俺は寮監に許可をとりに行くのは嫌だからな。さらに、辺境惑星でモーラクラスのえげつないエイリアン相手にバトルした方がマシだという勢いで、色仕掛けは絶対に嫌だからな」
「え・・・それじゃぁ犬さんの怪我のお世話、してあげれないの?」
「いや・・・・・してやりたいのはやまやまなんだけど、・・・」
リーに純粋な瞳で見つめられ、上目遣いのうるうるした瞳よりもこっちの方が効くんじゃないかな・・・と思いながら、笛吹は申し訳無さそうに答えた。
許可などとらなくてもこっそり飼えばいい、と本当なら言ってやりたかったのだが、喉から手が出るほど欲しいハテナダネカードを、ルークが握っている。
犬のアフターケアか、ハテナダネカード及びルークのプライドか。
想像の天秤にかけたものの、後者の後半に関しては、笛吹の頭の中でそれほど熟慮の価値は無い。自他共に認める植物オタクは、カードのために真剣に悩んだ。
と、リーが「そうだわ!」とおもむろに声を上げた。
「笛吹さんの大親友☆にお願いしたらいいの!」
「はい・・・・・・?」
突拍子もない発言に、笛吹は瞬きすると、リーからシェダルに視線を向けた。
疑問符の浮かぶ視線を受けて、シェダルがにっこり笑みを浮かべる。
「オレのことじゃないぞ。もう一人いるじゃぁないか」
ニコニコと愉快そうに微笑む親友の言葉に、笛吹が顔をひきつらせた。
そんな笛吹の表情など知らず、小鳥がさえずるような声で小動物が提案した。
「トリスタンのおじちゃんにお願いしたらいいの!」
「名案だよリー!」
「却下!」
ブレイズの賛美を無視して、笛吹は即決した。
「トリスタンのおじちゃんは、決して俺の大親友☆なんかじゃないんだよ?ただの嫌な上司なんだよ?わかったか?」
「えー」
「じゃぁどうするの、笛吹さん?」
「ん・・・そうだな」
床にめり込んだままじっとこちらを見るルークの視線を感じながら、笛吹は難しい顔を作って言った。
怪我をした子犬など、ルークが人差し指で弾いただけで死んでしまうだろう弱い存在なのにも関わらず、ルークは本気で犬を嫌がっている。しかし、ハテナダネのカードをもらう約束はしたものの、一度助けた犬を怪我の治りきってない状態で外に放り出すのは気がひけた。
要は、犬がルークを襲わなければいいのだ。
笛吹は決断した。
「わかった、トリスタンになんとか話をつける。その代わり、飼い主をちゃんと捜すんだぞ。たとえ見つからなかったとしても、この寮は一応規定で動物を飼ってはいけないことになっているから、怪我が完治するまでしか置いておけない。それでもいいか?」
「うん、大丈夫!この犬ね、どうも飼い犬だったみたいなんだ!飼い主のこととかはリーに聞いてもらえば一発でわかるよ!」
「そうなのー!いっぱつなのー!」
「あぁ、それと」
ルークを見ながらシェダルがにやりと笑った。
「犬をルークの傍にやったら駄目だぞー」
「えっ、どうして?白髪ってば犬嫌いなの?」
ブレイズの問いを、シェダルは「いいや」とこともなげにかわした。
「むしろ逆だな。知らないのか?ルークは犬が大好物なんだぜ。腹空かせているルークの前にこの犬が横切ってみろ、たちまち食いつかれるから注意しろよ」
「えーーっ!マジで!?白髪最悪!ケダモノ!この子食べたら許さないからね!」
慌ててブレイズが犬を自分の元へと引き寄せ、ケダモノなルークに非難を浴びせた。
一方ルークはというと、シェダルが気を利かせてくれた(わざと余計なことを言ったともいう)ことに気付かず、憤まんといった表情で、笛吹の重力攻撃を破り立ち上がった。
「ありえない!私は犬の肉は筋張って不味いから好んで食さない!」
「あはは、照れるなよー、ていうか食べたことあるんだな、お前」
「照れてなどいない!さらにケダモノなどという表現は私に似合わ」
「落ち着けルーク、一緒にトリスタンのところに犬のこと許可をもらいに行こう、な?」
宥めてこの場からルークを連れ出そうとする笛吹に、銀髪の青年はアイスブルーの瞳をギラッと光らせながら睨みつけた。
「飼うのか!?謀ったなシノブ!ハテナダネカードは渡さん・・・!」
「いいからこっちこい!!」
今の笛吹は、こんな分からず屋などむしろ犬に噛まれてしまえと思っていたが、ハテナダネのことを思って必死に耐えながら、ルークの腕を引っつかんで部屋の外へ連れ出した。
二人の言い争う声がドアの向こうに完全に消えてから、ブレイズは怪訝そうに金髪の青年の方をむいた。
「シェダルさん」
「んー?」
「なんか笛吹さん、隠してない?ハテナダネカードとか聞こえたんだけど」
勘の鋭い少年に、シェダルはにやーっといつもの笑みを浮かべた。
「あぁ、あれはルークがハテナダネのレアカードを当てたんで、笛吹に交換条件付きであげたんだわ」
「どんな条件?」
「関白宣言だよ、ご飯つくれ〜とか、一番風呂は俺だ〜とか」
「嘘でしょ」
「あはは、バレたか!」
屈託のない笑顔で笑うシェダルに、「この人相手だけはやりにくいなぁ」とブレイズはしみじみ思った。
「で、本当はなんなのさ。白髪は犬を飼いたくないって言ってる感じだったけど」
「んー、その通りだよ少年。ルークは犬を飼いたくないんだわ」
「えっ、どうしてどうしてなのかしら?犬さんとっても可愛いのにー!」
君もめちゃくちゃ可愛いよとその場にいた青年・少年が思った。
「まぁアレだな、うん、オレの口から言えるのはここまでだ!あとはルーク本人から聞いてみるんだな」
別に口止めをされているわけでもなく、善意でここまでかばって(?)あげたのだから十分だろう。
シェダルはそう見極め、これから起こる周囲のごたごたを思い浮かべ嬉しそうに笑った。
〔BACK〕
〔書庫へ〕
〔NEXT〕