乙姫2
乙姫
2
大きな動きよりも、細かな操作のほうが難しい。
赤と白に塗られた木製の10センチ四方の立方体を、念動力を使って交互に積み上げていたのだが、高さ2メートルに差し掛かったとき、持ち上げていた赤の立方体が、頂にあった白い立方体の側面に触れた。
「あっ」とウーヴェは思ったときには、細長いタワーはガラガラと音を立てて床に崩れ落ちていた。
床はコルク質で吸音性に優れていたが、積み木同士がぶつかり合う音は部屋にかなり大きく響く。
周囲の視線が自分に集まるのを感じてから、ウーヴェは自分が考え事に没頭していたため、ミスをしてしまったことに気付いた。
今、少年はサイコキネシス(念動力)クラスの授業を受けている最中である。
部屋にはウーヴェの他に、クラスメイトが8人と、授業担当の女性教師が一人いた。
テラ人の基準で測ると、皆揃いも揃って容姿は整っていたが、ウーヴェはその中でも冷たさをはらんだ美貌が際立っている。
赤銅色の髪の少年は、容姿のため冷ややかな印象を周囲に与えがちであるが、内面はいたって普通の61α人の気質を備えており、温厚で、誰に対しても公平で誠実だった。そしてそのことは、同じく61α人の級友たちも熟知しており、ウーヴェが一見冷たい物言いをしても、誰もが真意を汲み取り、不快に感じることは無かった。
ひとえに種の善から成る性質のなせる技だった。
「ウーヴェが珍しいね」
「どうしたの?」
積み木を積み上げる作業を止めて、優しく声をかけてくるクラスメイトに「なんでもない」と答えると、ウーヴェは広く散乱した紅白の積み木に念の力を送った。
積み木たちはふわりと持ち上がり、赤と白に分別されながら、ウーヴェの足元にあっという間に積み上げられる。
このような複雑な操作は、少年にとっては児戯に等しい。
紅白の積み木の積み上げ練習も、今まで失敗したことは無く、誰よりも早く真っ直ぐに3メートルを完成させることが出来ていた。
しかし今日はどうしたことか、集中力に欠けているらしく、先ほど2メートル近く出来ていたタワーも、止めをさす前からすでに緩やかな右カーブを描き、ふっと息を吹きかけただけでも崩れ落ちそうだったのだ。
「どうしたのですか。貴方らしくない」
ウーヴェが足元の積み木から顔を上げると、柔和な表情の女性教師が立っていた。
サイコキネシス(念動力)クラス担当の教師、タリアノである。
「すみません、タリアノ先生。集中を欠いていました」
「何か悩みでも?」
タリアノには生徒のプライベートに口を出す趣味は無いのだが、今日のウーヴェはあまりにも様子がおかしかったので、ついつい声をかけてしまったのだ。
表情は普段と同じで変わりはなく、落ち込んでいたり悩んでいるようには見えないのだが、どうにも行動に腑に落ちないところが多々あった。
積み木を積み上げる前は、1トンの土砂を持ち上げる訓練をしたのだが、とりこぼしが10キロほど生じていたし、持ち上げる端からさらさらと砂がこぼれいていた。
他の授業中でも、名前を呼ばれても気付かなかったことが何度もあったし、普段なら朝礼の始まる30分前には登校してきているのに、今日は出席をとっている最中に教室に入ってきた。
ウーヴェが同じ年頃の人間よりも冷静沈着で、何事にも慎重に構える性格の持ち主なだけに、今日の少年の失態の連続は気になるものがあったのである。
心配げな教師に「寝不足なだけです」とウーヴェは答えた。
しかし彼は、心の中では「実はとんでもないことが……!」と教師に訴える自分を思い描いていた。
僕の幼馴染がテレパシストのいたずらを神の啓示だと思い込み、危険な方向へ暴走しようとしているのです……!
そう相談したかったのだが、ウーヴェは「誰にも話さない」とアイリーンに約束してしまっていた。
約束してしまった以上、律儀な61α人の少年は、アイリーンの行動を一人で押さえにかからなくてはならなかった。
もし誰かに言いでもしたなら、アイリーンがウーヴェとしばらく口をきかなくなるのは、経験上目に見えていた。少年の幼馴染は、自分が嘘をついても約束を破っても全然構わなかったが、人にされるのは許せない性格なのである。
「それならいいわ。今日は早く寝なさいね」
人の良いタリアノはウーヴェの言葉を疑いもせず笑みを浮かべると、念動力の制御がうまくいかず四苦八苦している他の生徒のもとへと歩き去った。
その背中をじっと物悲しげに見送るウーヴェ。
ほぅっと息をつくと、気を取り直し、今度こそ足元の積み木にのみ集中した。
今日のサイコキネシスクラスの課題は、土砂の移動と、積み木の積み上げだ。
生徒各々の能力の大きさ、習熟度によって、課される土砂の量やタワーの高さは異なる。
ウーヴェに課されたのは、10トンの土砂を50メートル移動させることと、3メートルの高さのタワーを作ることで、これは同じクラスの誰よりもハイレベルな課題だった。
授業が終わるまで10分も無い。
それまでにタワーを完成させなくてはならない。
別に完成しなくても、怒られることも点数がひかれることも居残りさせられることも無いのだが、学校に入って今までずっと完璧にこなしてきたサイコキネシスクラスで、アイリーンの戯言のために失敗するのは面白いことではなかった。
ウーヴェは猛スピードでタワーを建設した。
タワーの頂が自分の身長よりも高くなると、己も宙に浮かび上がり、積み木を積み上げ続ける。
その凄まじい勢いに、周囲で同じくタワー造りに勤しんでいたクラスメイトたちが、安堵と感動の眼差しを送っていた。
時折距離を置いて真っ直ぐに立っているか確認し、曲がっているようであれば修正を加え、集中すること10分。
終了のチャイムが鳴り始めたとき、ウーヴェはなんとか最後の赤い積み木を頂上に置くことができた……のだが。
「ウーヴェ!わかったわ!」
教室の一番前のドアがバーンと音を立てて勢いよく開かれ、女王然とした笑みを浮かべるアイリーンが登場したのだ。
またもガラガラと崩壊するタワーを前に、ウーヴェは力なく息を吐く。
彼女には何を言っても仕方ないのだ、と心の中で繰り返しながら。
:::
『味方を作りなさい』とだけ、『声』は言ったという。
味方、というくらいなのだから、敵もいるはずである。
敵は誰なのか、何なのか。
肝心なところは語られないままだったが、恐怖に囚われたアイリーンは、味方を作ることがとても当たり前のように感じていた。
そういった自分の考えに疑問を持つどころか、今まで何故そう考えなかったのかとさえ思っていたのだ。
『声』の意図を正確に把握できないものの、アイリーンには味方を作ること自体には理由があったからである。
すでに一人は決まっていた。
隣でしかめっ面をしている、幼馴染にしてAクラスの念動力者、ウーヴェだ。
「これを聴いて」
空き教室にウーヴェを引っ張り込むと、アイリーンは手に持っていたディスクを教室備え付けのデッキに挿入して、再生ボタンを押した。
スピーカーから流れ出したのは、ウーヴェが聞きなれた音楽だった。
ギター、ベース、ドラム音をバックに男性歌手が歌う……いわゆるロックである。
テラと交流するまで、61αには音楽といえば弦楽器を用いた、ゆったり流れるような独特の曲しかなかった。
テラにおいては、その美しい旋律はテラ人の創造の限界を超えた産物とまで絶賛されていたのだが、テラと同じ長い歴史をもつ人種にしては、曲のジャンルがあまりにも少なすぎた。そもそも61αにおける音楽とは、祭礼など特別なときに用いるものであり、日常的に楽しむ庶民文化ではなかったのである。
楽器もハープによく似た弦楽器が2種類と、太鼓が2種類しかない。
これらは1000年前、音楽の祖と称えられている偉人のファノアが生み出したと伝えられており、ファノアなくしては61αに音楽自体存在しなかったであろうことは間違いないとまで言われている。
そんな音楽にあまり興味の薄い61α星に殴り込みをかけたのが、テラの音楽産業だった。
61α人が受け入れるかどうか不安はかなりあったらしいが、大手レコード会社がテラのメガヒット音楽を発売すると、クラシックを中心にそこそこ売れた。
次第に「テラの音楽は案外良い」という噂が広まり、若者を中心にポップスやロックがはやり始めたのはごく最近だ。
様々な音楽が輸入されるようになってからは、61α人の中にも音楽魂に目覚める者が現れたらしく、小さなバンドがちらほら出来ているようだ。
今かかっているロックは、61α人が生み出した最初のロッカー、バーティルのデビュー曲で、61α風のメロディアスな旋律に激しいビートを混ぜた曲風は老若男女を問わず圧倒的な支持を受けていた。
ウーヴェも例に漏れずはまってしまったクチで、バーティルのディスクは全て揃えているほどののめり込みようだったりする。
「バーティルの『危機』じゃないか。これがどうしたんだ」
首をかすかに振ってリズムをとりながら、ウーヴェが訊いた。
「君、これ持ってたっけ」
「持ってないわよ。買う余裕があるなら夕食の品を一品増やすもの。これはウーヴェに聞かせるために、さっきゼイノンモスから借りたの。言っておくけど無理矢理じゃないわ。彼は私のために快く貸してくれたのよ」
「はぁ。しかしさ、僕はこの曲、持っているけど」
アイリーンに首ったけな少年の一途そうな顔を思い浮かべながら、眉をひそめるウーヴェに、幼馴染の少女は口角をきゅっとあげて笑った。
「今、聞かせたかったの。なぜなら、この曲が私の進むべき道を指し示しているからよ」
「……歌詞が、とか言い出すんじゃないだろうな」
「そのとおりよ」
ふんぞりかえるアイリーン。
「ほら、次とか……『敵はすぐそこ〜♪』とか、『やられる前にやっちまえ〜イェース!』とか」
「……」
「『考えることをやめるな、流した血の青さを胸に刻め〜♪』」
「……だから何だというんだ」
「あら、まだわからないの?」
気分よく歌っていたアイリーンは、腰に手を当てると含み笑いをした。
「いいこと?『声』は敵への対抗手段として、私に味方を作れといったの。まぁあなたがいれば大抵の敵は木っ端微塵にやっつけてくれるだろうけど、それでも備えあれば憂いなしとテラのことわざでも言うじゃない。敵が何者なのかわかっていれば、色々と策を講じやすいでしょう」
「敵なんてそもそもいないだろう」
「いるわよ。ただ私たちは気付いていないだけで、『声』が私に迫る危機を警告してくれたのよ」
「テレパシストのいたずらだ」
「違う。人間じゃなかったわ」
アイリーンは断言した。
「あれは全てを超越した存在よ」
「……仮に、仮にだ。それが人間ではなく、君の言うように神のような存在だったとして、どうしてそんな存在が君に神託を授けたんだ」
「それは私が偉人になれる可能性を秘めているからよ」
61α星はテラの4分の1ほどの大きさしかなく、さらに地表は現在5分の4が海で、そして人間が住める空間は陸地の7分の3でしかなかった。
云万年前はもう少し陸地は広かったらしいが、地殻変動で海に沈み、現在は小さな島は少なからずあれど、大陸は1つしかなく、文明はそこにしか存在しない。
人々を統治しているのは、一つの統治機関だ。
61α人はアゼルマ(61α語で統治する者の意)と呼んでいたが、異種族と交流するにあたって、61αを代表する組織としての役割も担うようになっていた。
このアゼルマを2900年前に作ったのが、4大偉人に数え上げられる最初の一人リギンである。
61αには4大偉人がいた。
統治機関を築いたリギン、動植物の繁殖を成功させたグルスカ、音楽の始祖であり最高の能力者であったファノア、そして科学の祖セバゴフェイである。
彼らは61α人にしては類まれな行動力、積極性をもち、ただ安穏とした日々を過ごして自然災害に立ち向かう気概さえなかった同種たちのため、アイディアを提起し、夢や目標を与えたのだ。
アイリーンが、自分が「偉人」になれると考えた根拠は2つあった。
1つは、自分が類まれな行動力と積極性をもっているということ。
2つ目は、人々を率いるのに向いた特殊能力を持っていることである。
「偉人」への可能性であり、61α社会で住む上で感じるコンプレックスでもある要素の前者は、アイリーンを苦しめもしたが、彼女が感じる唯一の希望でもあった。
語り継がれる4大偉人は揃いも揃って、彼女と同じく、61α人らしからぬ性質の持ち主だったのだ。
アイディアを生み出す才能はこの際二の次である。
純血の61α人ではなく、テラとの混血でありながら強い力を持たず、雨をしのぐことすらできない自分が、強い力を持ちながら前進しようとしない同種たちを率いる可能性を秘めている……。そう考えながら、アイリーンは屈辱に耐え、今までを生きてきた。
「正直に言うと、私は61αを憐れんでるの」
アイリーンはウーヴェを見つめた。
「だって時たま現われる変わり者なしでは文明は発達しなかったのよ。一生懸命楽しく生きようとする意志に欠けているのね。何が楽しいのかわからないわ。ウーヴェ、毎日何が楽しい?」
「何って……皆と話をするだけでも十分楽しい。それの何が悪いんだ?それとか音楽を聴いたり」
戸惑う幼馴染の言葉を軽蔑しきったような顔で聞いていたアイリーンだが、突如「音楽!」と叫んで言葉を遮った。
「あなたの言う音楽ってこの曲のことでしょう?テラの文化だわ!テラ人の生み出した文化よ!」
アイリーンは旧式のプレイヤーをバシッと叩いた。
「いい?61α人から見れば、テラ人は『偉人』なのよ。たいした能力も持たないのに発想力と行動力でエイトコミューンの筆頭になっているのって凄くない?61α人は言いなりよ。だって『偉人』に通じる気質をもつ彼らに劣等感を抱いているから。『偉人』たちが与えた影響以上のものを、テラ人は今後も61α人に与え続けるのよ。交流がある以上、影響を受けるのは仕方のないことだわ。でもね、61αがテラに誇れるのは持って生まれた特殊能力でしかないの。同程度の歴史を持つ種族なのに、彼らの生活に与える影響なんてないのよ。テラ人のために特殊能力を使うくらいしか能がないのよ、61α人は」
「アイリーン……」
「音楽も傘もテラの影響を受けてるわ。頭自体はテラ人よりもはるかにいいというのに、科学力はテラの足元にも及ばない。科学的な発明があっても生活には浸透しない。宇宙空間を行き来できる乗り物を発明できながらも、私たちの星には一般市民を乗せて運ぶ乗り物はないのよ。なぜなら超能力があるから。意志一つで瞬時に自在に移動できるし、宇宙船の動力だって念動力ですもんね」
「それの何が悪いんだ。テラ人は超能力をもたないから科学を発展させる必要があった。僕たちには超能力があるから、そんな必要はなかっ……」
口に出してから、しまった、とウーヴェは後悔した。
慌てて口をつぐむ少年に、アイリーンは殆ど憎むような眼差しを投げつける。
「あなたの言う『僕たち』の中に、私はいないのよ」
息をつくと、アイリーンはかけっぱなしだった音楽を止めて、壁によりかかった。
二人きりの空き教室は、急に静かになった。
窓の外の風が葉を揺らす音と、廊下から聞こえる生徒たちのさざめきがかすかに聞こえる中、アイリーンは静かな声で淡々と語る。
「でもね、私は自分が可哀想なんて思ったことないわ。そのかわりものすごく疲れるけど。あなたを含めて61α人みんな、みんなムカついて仕方が無いわ。どうして生まれ持った力をもっと有効なことに使わないのかしら。頭も良く出来てるのに、どうして新しいものを生み出せないのかしら……別に物質文明を至上としているわけじゃないからね、いっとくけど。ただ前進しようとしない61α人が憐れなだけよ。偉人もきっと気付いてそう考えたのに違いないわよ。自分がなんとかしなくちゃ、こいつらは10年後も、100年後も、1000年後もずーーーっと先の子孫までも、平穏と安寧に浸りながら成長もせずぬくぬくと暮らしていくんだって。成長を放棄してさ……そういうところ、ほんとムカつくのよ。これって私が特殊能力を持たないからひがんで言ってるんだと思う?」
「半分はそう思う。でも半分は当たってると思う。ひがんでいる君だからこそ見える部分もあるのだろうな。だから、アイリーンが言っていることは、『偉人』の観点からしてみれば正しいんだろう」
真面目に答えるウーヴェに、アイリーンは苦笑した。
「そう、私は5人目の『偉人』になりたいの。61αの発展性のない閉鎖的な社会をどかんと揺るがすようなことをやってのけたい」
幼いころから今まで、何度もウーヴェに言った言葉を、アイリーンはゆっくりと口にした。
少女はずっと、そうウーヴェに夢を語ってきたのだ。
しかしウーヴェは、夢見がちなアイリーンのことなので、妄想交じりの口癖くらいにしか受け取らず、「頑張れ。君ならなれる」と心にも思っていないことを答えて軽く受け流すしかしてこなかった。
おかしなことを言う、と心のどこかでアイリーンを軽視していたのかもしれない。
そんな自分に気付き恥ずかしく思いながら、ウーヴェは色々と考えを改めることにした。
「具体的に何をするかは決めているのか?」
「ううん。でも私の思いに神は啓示をくださったわ。今朝の『声』は、私が偉人になるためにやるべきことを指し示してくださったのだと思う。つまり私の為す偉業は、『恐怖を追い払う』ことなのだと思うわ」
アイリーンの聞いた神の『声』については、どうしても受け入れがたいものがあったが、言ったところでアイリーンの考えは覆らないだろうし無益なので、ウーヴェはあえて触れないことにした。
「……アイリーンの恐怖は何なんだ?」
「漠然としかつかめていない。だからまだ言えない」
「僕に出来ることは?」
「味方になってくれるの?」
「僕が嫌と言ったところで君は聞かないだろう」
少年なりの承諾の返答だった。