乙姫4
乙姫
4
ハルカナは温暖な地方で、1年の半分以上が平均気温20度以上をマークしており、冬が訪れても、外に出るときにショールを羽織る程度で問題はない。
グァレルはハルカナから700キロ北上したところに位置しているのだが、半袖の3人には少々肌寒い気温だった。
ポートマスターの家から出ると、3人は銘銘、「寒い寒い」と背中に背負っていた通学用のカバンから上着やショールを引っ張り出した。
グァレルのポートマスターによると、3人の立っている大通りを真っ直ぐ東に向かえば、コンサート会場につくとのことだった。
道は白いざらざらとした表面の石で舗装され、両脇には白亜の石造りの建物が整然と立ち並んでいる。人通りはハルカナと比較にならない程多く、それだけでもマッシムは楽しいと感じている様子だ。
そのうち、ちらほらと露天が並び始めた。商魂逞しいテラ人が、バーティルのグッズを売っているのだ。ロゴ入りTシャツ、ロゴ入り団扇、ロゴ入りペンライト、ロゴ入りタオル……テラ公用語のものから、61α語で書かれているものまで様々である。3人の周りを歩く者も、グッズに身を包んだ若者たちが多かった。
露天を見て浮かれ気味のマッシムを横目で見ながら、ウーヴェは、先をずんずん歩くアイリーンに声をかけた。アイリーンはそもそもバーティルのファンではないので、グッズには興味が無いようだ。
「アイリーン、本気なのか」
「本気よ」
「しかしバーティルに迷惑が……」
「ホント知らないのね。いい?テラ人では当たり前のことなのよ」
アイリーンは、ただバーティルのコンサートを見に来ただけなのではなかった。
今をときめくトップアイドルのバーティルと、直接話をしようと本気で計画しているのである。
「テラ人は、ミュージシャンが会場に入る前、あるいは会場から出るときに、どっと詰め掛けてサインをねだったり話掛けたり写真を撮ったりするの。これくらい当たり前。その名も『入り待ち』、『出待ち』。れっきとした文化なのよ!」
人差し指を突きつけて偉そうに言う幼馴染に、ウーヴェは眉を顰めた。
「そういうのは文化とは言わない。第一テラ人がすることだろ。僕たちは61α人だ。そんな話しかけて迷惑でもかけたりなんかしたら……」
「話しかけるくらい迷惑にならないわ。奥ゆかしすぎるにも程があるわよ。それにバーティルも、これくらい熱烈なファンがいたほうが嬉しいに決まってるじゃない。テラでコンサートも開いてるのよ。慣れてるに違いないわ」
61α人には『入り待ち』や『出待ち』をするという発想が無かった。相手に迷惑をかけてはならないという考えのほうが先にたつのである。アイリーンの知識は少々偏っているものの、確かに、熱狂的テラ人ファンにしてみれば、「そんなのファンじゃねーっ!」といったところだろう。
しかし、テラ人と言えども、「一目見たいッ、写真に撮りたいッ、あわよくば握手なんかしてもらっちゃったりなんかしてサインをもらおうっ」くらいの行動しかとらない。大物歌手との1対1の会話など、できるのは妄想の中だけで、実現は難しい。
『入り待ち』や『出待ち』はよくわからないながらも、ウーヴェにはそれくらい想像できた。
「しかし、そう簡単に話をさせてもらえないだろう」
「ウーヴェ」
アイリーンは頭一つ分背の高い幼馴染を振り仰いだ。
「私の美貌と能力があれば問題無いの」
きっぱりと言い切ると、形のいい顎をつんと反らす。それを見てウーヴェは最近習慣と化しているため息をこっそりついた。
アイリーンの美貌はたいしたものだが、同年代の子供相手ならともかく、大人相手に通用すると思えなかったからだ。
しかしアイリーンは、5人目の偉人の称号を本気で狙っているだけあって、只者ではなかったのである。
さて、肝心のバーティルだが、テラ系の星々をライブツアーして回っていたこともあって、アイリーンの言ったとおり、テラ人でいう一般的なファンの反応には慣れていた。
61αでの凱旋ライブは、今日で3日目……最終日だったが、会場を包む同胞たちの熱気は、テラ人たちの迸り押し包むようなそれよりも格段大人しく感じられた。
種の性質の違いは勿論承知しているし、同胞たちが慎ましく振舞いながらも、心の底から彼のことを応援してくれていることも、精神感応能力(エンパス)を持つ彼は、ひしひしと感じていた。
61α人の謙虚な応援態度は、長い遠征で疲れていたバーティルにとって、好ましいものだったが、テラ人の熱烈歓迎ぶりに慣れてしまってたものだから、「ちょっと寂しいなぁ」という感想を抱かざるを得なかった。
今日のライブも終わり、マネージャーに引き連れられ、バンドの仲間たちと会場の裏口から閑散とした外に出ようとしたその時、類稀な美少女が一人、「やーん!サインしてー!」と走り寄ってきた。
彼は一瞬、その行動からテラ人の追っかけかと考えたのだが、テラ人のそれよりも少々細長い形状の耳は、少女が同種である事を指している。ちなみに、61α星には、アゼルマから特別許可の下りたテラ人しか降り立つことが出来ない(主に外交、商業を理由とした申請でなければ許可は下りない)ので、今回の61α星での凱旋コンサートは、自然、61α人の観客のみしか動員していない。
宇宙をまたぐ大物アーティストにも関わらず、間に割って入る警備員すらいなかったので、アイリーンはバーティルにいとも簡単に接触することが出来た。しかもサインどころか、ちょっとお聞きしたいことがあるんです、などと非常に積極的な行動に出たのである。こんなことは、テラでは売り出し中の駆け出しアーティストにしか許されないだろう。
バーティルは善良な61α人であったし、テラ人並の積極性をもった出待ちの美少女を嬉しく思ったので、二つ返事で了承したいところだったのだが、ハードスケジュールなミュージシャンは、残念ながらテラ系の雑誌のインタビューを20分後に控えており、移動時間を考えると、美少女の突撃インタビューを断らざるを得なかった。
アイリーンとその友人たちから差し出されたアルバムのジャケットにサインをし、さらに握手まですると、バーティルは「これからも応援ヨロシク」とその場を去ろうとした。
その背中に、アイリーンは追いすがった。
「お忙しいところすみません、迷惑なのは重々承知していますが、どうしてもお聞きしたい事があるんです」
「本当に申し訳ないけど、この後すぐ、雑誌のインタビューが入ってるんだ」
「そこをなんとか!バーティルさんLOVE!男前ッ!セクシーッ!」
「え、ははは、いやしかし……」
「1、2分くらい大丈夫ですよ」
断ろうとするバーティルの声を、短い髪を後ろに撫で付けた男が遮った。
「テラの分刻みのタイムスケジュールに慣れちゃってるけど、ここは我らが母星、61αなんですから。ちょっと遅れたくらいで機嫌を悪くしたりなんてしないですって」
「んー、マネージャーがそう言うなら……」
バーティルは顎をぽりぽりかくと、アイリーンに向き直った。
オレンジ色の長い髪に、銀のメッシュを入れ、後ろで一つにくくっている。
黒い皮のジャケットに身を包んだ姿は、61α人にしては珍しく精悍な印象を見るものに与える。容貌は61α人の基準で言うと、「かっこいい」レベル。即ち、テラ人の感性では、「かっ、カッコ良すぎ…!」と絶句する稀に見る超イケメン歌手、それがバーティルである。
「で、……訊きたい事ってなんだい?」
「『危機』の歌詞に出てくる『敵』とは何ですか?」
アイリーンは、ずばり単刀直入に訊いた。
「誰にとっての『敵』なんですか。バーティルさんは、具体的に何を想定して作詞したんですか」
この問いに、バーティルは何故かあからさまに「うっ」と詰まった。表情にすぐ出るタイプらしい。
「そうだねー、この歌はねー、『自分』を敵に見立てているんだ。己の中の慢心とか驕りとか……」
すぐさま笑顔で取り繕って語り始めたが、アイリーンは違和感を隠し切れなかった。
「どうしても自分に甘くなってしまう。現状に満足して上を見ない。そんな自分と戦え、という歌なんだ」
「つまり、ぬるま湯に浸かった61α人に活を入れようとしているわけですね」
「うっ」
またもバーティルは呻いた。
情けない顔でマネージャーを見遣ると、マネージャーは仕方ないなぁといった表情で苦笑している。
「この子、ギルティスに近いもの感じるんだけど」
「そうですねー。ギルティスと話させた方が納得するでしょうねー……お嬢さん、これから話すこと、他言しないと約束できますか?」
マネージャーの問いに、口約束は破るためにあると言ってはばからないアイリーンは、とても素敵な笑顔で「はい」と答える。
「……それじゃぁ、ここだけの話だよ」
可愛い子だなぁと感動しながら、バーティルは声を潜めた。
「『危機』の歌詞の大部分、俺じゃなくて、ベースのギルティスが作ったんだ」
アイリーンは目を丸くした。
「えーっ!でも作詞・作曲はバーティルさんってことで売り出してたじゃないですか!」
「そうなんだよ。ギルティスの作詞、という事にしたほうがいいんじゃないかといつも言ってるんだけど、ギルティスは詩を書いてるなんて私のキャラではないとか言って、必死になって名前を出そうとしないんだ。ちなみに俺は「YEAH!」とか「ヤレ!」とかの掛け声しか作詞してないよ」
ものすごい裏情報である。
こんなこと、見知らぬ一ファンの小娘に話していいのかしらとアイリーンは珍しく他人のことを心配した。というより、掛け声は作詞と言えないのではないだろうか。
アイリーンが、作詞の印税の分配にまで思いを巡らせていることなど露知らず、バーティルは「おーい」と声を張り上げた。
「ギルティス!この子が『危機』の歌詞についてインタビューしたいって!」
少し離れた所で、ウーヴェ、マッシムの二人となにやら話していた男が振り返った。青みのかかった灰色の髪に、同じ色の目をした、20代前半くらいの青年だ。
「でーすーかーらー、そのことは話さないで欲しいと言ってるのに」
眉根を軽く寄せて、バーティルのバックバンドのベーシスト、ギルティスは小走りに近づいてきた。
不機嫌な態度を前面に押し出すギルティスに、バーティルは悪びれない表情で手をひらひらと振る。
「ごめんごめん。この子がさ、歌詞の内容について訊いてくるもんだから。俺が答えるよりもお前が答えたほうがいいだろう」
「内容?私がどれだけあなたにレクチャーしたか……この後の雑誌の取材、大丈夫でしょうね」
「うっ……もちろん、大丈夫だとも」
「……すぐに態度に出ますからね……ま、61αの記者のことだから、あなたが多少不審な言動をしても、遠征で疲れているんだろうとかで大目に見てくれるんでしょうけど」
ギルティスがアイリーンを見た。
バーティルとはまたタイプの違う、61αにいないタイプの爽やかな美青年だ。口元に覗く白い歯がきらりと光る。ベースよりも、ラケットを手にテニスをしてそうな男である。
「これがテラ人の記者だと、そううまくいきません。手厳しいツッコミがビシバシ飛んできます。だからテラ系の雑誌社からの、バーティルのインタビュー依頼は全て断っているんです。メッキがボロボロ剥がれるのが目に見えてますから。で、歌詞について聞きたいとか?」
ハキハキとした男の物言いに珍しく圧倒されていたアイリーンは、瞬時に我に返ると、一つ咳払いをした。
「あの、『危機』の歌詞にある『敵』とは何を指しているのかを知りたいんです」
「バーティルが説明しませんでしたか?敵とは即ち己だと……」
「それって61α人の性質のことを指しているんですよね?」
口を挟んだアイリーンを、ギルティスはじっと見つめた。青灰色の目が深い感情を湛えたのを感じ、アイリーンは思わず気圧され、息を止めた。
「……違うんですか?」
「いや、……そのとおりです」
ギルティスは腕を組んだ。
「61α人の性質は、あまりにも脆弱です。私たちは脆弱さを見つめなおす必要がある。私は常々そう思っています」
それは、アイリーンの考えと同じものだった。
生まれて初めて同じ意見を持つ61α人に出会えたわけだが、このとき、アイリーンは、『危機』の歌詞の敵が61α人の中に潜む性質を意味しているとなると、それは自分の望むような恐怖の対象ではない……、という考えに思考を持っていかれて、喜びは最小限ににとどまった。
「敵は自分自身なのですね……わかりました。どうもありがとうございます。お時間をとらせてすみませ……」
「敵は」
わざわざグァレルまで足を運んだのに、とがっかりしながら辞そうとしたアイリーンを、今度はギルティスが強い口調で遮った。
「敵はそれだけじゃない」
「え?」
「我々の性質は見つめ直さなければならない、しかし、敵と見做すには憐れ過ぎると思いませんか?」
ギルティスは、爽やかな笑みを浮かべていたが、目は笑っていない。
「猟犬から逃げ回る野兎を、臆病だと貶しますか?」
アイリーンは、ギルティスの言わんとすることを一瞬にして悟った。
「野兎の性質は憎むべきものではない。憐れむべきものです」
深い色の瞳がアイリーンを捕らえた。
「勿論、狩人も、自分の生活がかかっていますから、狩を責めるべきではない。しかし、野兎にも言い分がある。むざむざ狩られてやる必要なはない」
アイリーンは、ギルティスの瞳から目を逸らせなくなった。
「野兎からしてみれば、狩人は敵です」
「61α人の性質の敵は……」
「61α人の性質につけこむ輩といえば、テラ人でしょうね」
「おいおい、またそんな物騒ことを言ってるのかよ。テラは俺らのお得意様じゃないか。彼らの文化は面白いし、俺らの歌だってテラ人の音楽が無ければ生まれなかったんだぞ」
割って入った明るいバーティルの声に、ギルティスが眉根を寄せて目を閉じた。
アイリーンを包んでいた圧力が途端に和らぐ。
青灰色の髪の青年は、気を取り直したように顎に手をやると、澄ました微笑を浮かべた。
「ふっ、狩が始まっていることすら気付いていない野兎はどうしたらいいんでしょうね。何度教えても眠りこけている」
「やっぱりお前は詩人だよ」
のほほんとつっこむバーティルを、ギルティスはキッと軽くにらみつけた。
「詩人ではありませんっ、わかりやすい喩えを使っただけです!」
「そんな臭い喩えをするのは詩人くらいだよ。テラ人から散々つっこまれただろお前。お嬢ちゃん、こいつね、ちょっと詩人が入っているくせに、それを認めたがらないんだ。それに演説が好きで喋ること喋ること、君が今された話を俺は何度聞いたことか。しかもこいつ、エンパシストだから、ついつい話に引きずり込まれちゃうんだよね。俺もエンパス持ってるから堪らないよ。話半分に理解したほうがいい」
バーティルの説明で、ギルティスの話の最中に感じていた圧迫感に、アイリーンは納得がいった。
ギルティスの能力はエンパス(精神感応)だという。話に熱の入っていたギルティスの感情が、力となってアイリーンを圧倒したのである。
「話半分って、そんな風にしか私の話を聞いていないから、雑誌のインタビューにも満足に答えられないんです!これだからあなたは……」
疲れたように額を押えるギルティスを、アイリーンは覗き込んだ。
「ギルティスさんの歌詞を通じて伝えたい事と、記者に対して答える用の説明って違うんですよね」
「本当のことを言ったら、テラ人がひきますからね。テラ人から外貨を巻き上げるには、その辺、伏せておいたほうがいいんです、ふふふ」
「お前さ、今回のツアーでテラ人と接しているうちに、考え方がテラ人化してないか?」
「……」
「さーて、そろそろいいかな?」
むっと黙り込んだベーシストを尻目に、マネージャーがアイリーンに笑いかけた。
「今の話、全部内緒だよ?……ほら、バーティルさんもギルティスさんも子供みたいに言い合ってないで!みんな向こうで待ってますよ!」
「はーい、それじゃぁまたね、お嬢ちゃん」
「同じ感性の人に巡り会えたこの日を母なる大地に感謝します。お嬢さん、今度一緒にお茶でも」
「ははは、ギルティスの悪い癖がまた出た」
「こら、猫じゃないんだから襟首掴まないでくだっ、ちょ、おい!」
「あ、もう一つ、ギルティスさん……!」
「えっ、何ですか?」
バーティルに首根っこをつかまれ引きずられている青年に駆け寄ると、彼にしか聞こえない小さな声で囁いた。
「もし、テラ人と戦うとしたら、貴方ならどういう人を味方につけるのがいいと考えますか?」
ずるずると引きずられたまま、ギルティスは目を瞬かせた。先ほどまでの謎めいた知的(?)青年キャラはどこへやら、今では三流芸人のような姿である。
「はぁ……私なら、そうですね、……カストル人でしょうか」
「カストル人を?」
「ええ、なんといっても宇宙最強の戦闘種族ですからね。味方になったら心強い。我々の会場警備にも、ほら、あの人とか」
ギルティスの指差した会場の裏出口には、筋肉が隆々とした警備員が姿勢良く立っている。小さいマッシムなど、でこピンを食らっただけで数メートルは吹っ飛ぶのではないだろうかと思われるほど逞しい。
「彼らの本気の動きを、テラ人は目で追うことすら難しい。どんなに強い武器を持っていても、カストル人の前には意味ありません。音も無く背後に忍び寄って……ジ・エンドです」
ギルティスは、アイリーンの首を右手でかき斬るジェスチャーをした。
「しかし面白い事を考えるんですね、最近の女の子は。でもこんなこと、あまり人に話しては駄目ですよ」
「どうしてですか?」
「テラ人にしょっぴかれてしまいますから」
爽やかな笑みを浮かべると、ギルティスはバーティルに引きずられたまま、アイリーンの前から去って行った。
:::
「アイリーン」
かけられた声に、少女ははっと振り返った。
ウーヴェとマッシムが、いつの間にやら傍らに立っていた。
「私ばかり喋ってた気がするけど、二人とも、バーティルとは話せた?」
「……あぁ」と生返事を返すウーヴェ。
「そう、それは良かった。それにしても知らなかったわ、作詞したのがベースの人だったなんて。雑誌の記事を鵜呑みにしないで、直接話せてよかったわ。本当のところが聞けたもの。これは大収穫よ。ギルティスさんってなんだか正体がつかめないけど愉快な人ね。それに私の考えと似たこと考えてるし。それに思ったとおりよ!61α人にこれだけ影響を与えている歌の歌詞、実はテラ人を敵と想定して書かれていたのよ!」
「……あぁ」
「私の目指すべき方向がやっと具体化したわ!……ねぇ、ちょっと、聞いてる?」
二人が、ぼーっとした様子なのにやっと気付いて、アイリーンはそれぞれを覗き込んだ。
「どうしたのよ二人とも」
「アイリーン」
ウーヴェが、目の焦点をようやく幼馴染に合わせた。
「僕たちは、今まで、狩が始まっていることも気付かずに眠っていた野兎だったということか」
「な、なによ、ウーヴェにはそういう表現、似合わないわよ」
「アイリーンの敵は……」
「テラ人……」
ウーヴェの言葉を引き継いで、マッシムがぽつりと呟いた。
「テラ人は、私たちの敵……」
「……どうしちゃったの二人とも?」
様子のおかしい二人をアイリーンは訝ったが、すぐに思い当たった。
ギルティスのエンパスである。
アイリーンはバーティルのおかげで目を覚ませたが、この二人はまだ、ギルティスの感情の影響を受けているのだ。
感情の発信・受信しかできないエンパシストは、感情プラス意思のやり取りを可能とするテレパシストに比べて機能的に劣った能力、と一般的に見られている。
ランクは聞かなかったが、テレパシストとしてしっかりと教育を受けて育ってきたマッシムに影響を与えることができるとは、ギルティスはたいした能力の持ち主に違いなかった。
ギルティスさん、ありがとうございます。
感謝しながらこれ幸いと、アイリーンはマッシムの顔をもう一度覗き込んだ。
おかげで、マッシムを簡単に仲間にすることができそうです……。
翡翠の瞳が力を持ち、マッシムの蜜柑色の瞳を捉えた。
アイリーンが彼女の能力……Bランクの精神操作能力を使おうとしているのだ。
「マッシム、61α人は可哀想よね。テラ人に搾取される運命にあるの。この星、いつか乗っ取られちゃうわ」
「……61αが可哀想」
マッシムが、アイリーンを見上げた。
マッシムの瞳に、力を帯びた翡翠の目が映った。
「そうよね。とても可哀想だわ。マッシムは、61αを助けたいと思わない?」
「……助けたい」
「助けたいよね?」
「助けたい」
「私もそう思うの。61α人を助けたいの」
「助けたい」
「テラ人から、61α人を助けたいの」
「テラ人から助ける……」
「私、間違ってる?」
「ううん……アイリーンは正しいよ」
「ありがとう、マッシム。でもね、そのためには味方が必要なの」
「味方」
「マッシム、私の味方になってくれない?そして一緒にテラ人から61α人を助けない?」
「助ける……」
「私には、マッシムの力が必要なの。お願い」
「私の力が……」
と、マッシムの目に生気が満ち溢れた。
アイリーンの能力に陥落した瞬間だった。
「私、アイリーンの手伝いをするわ……!そして61α人をテラ人から助けるの!」
アイリーンは、ほっと息を吐いた。
ウーヴェには自信満々の態度をとっていたが、ESP能力者は精神に下手に触れると気付かれてしまうので、仲間にするのに骨を折るだろうと覚悟していたのである。
しかもマッシムのテレパスは、同じBランクだ。気付かれずに精神操作を行うのは、普通であれば至難の技である。
それが、ギルティスのエンパスの影響でぼんやりして、精神が無防備になっているところを上手く操作できたのだ。
全くもってギルティス様々である。
テレパシストを仲間に引き入れたアイリーンは、ウーヴェを見た。
ウーヴェは、アイリーンを既に見つめていた。そして珍しく熱のこもった声で言う。
「僕の意思はこの間言っただろう。変わりは無い」