乙姫7

乙姫





 アイリーンたちのような戦いの素人の目にも、実力の差は歴然だった。
 時間にして5秒もたっていないだろう。その間、早すぎて何が起こったのだかよくわからない応酬が続き、気がつけば大男が声も無く床にうつ伏せに倒れていたのだ。
 61αから来た3人組にはそれくらいしか分からなかったが、ライオネスの目はもう少し動きを捉えることが出来ていた。
 ガウスが姿勢を低くしたまま一息に殴りかかり、それをジーンが右手で払いのけ、……最後の決定打はジーンがガウスの首筋に振り下ろした手刀である。途中にあった細かな応酬は、目が追いつけずよく分からなかった。ライオネスの動体視力は、純血のカストル人並である(身体がそれに追いつかないのが残念なところなのだが)。それでもついていけないくらい早かったのだから、ガウスも戦士としてかなりレベルが高かったのだろう。
 そんなことを思っていると、ジーンが倒れているガウスの襟元をつかんだ。
 「つまらん」
 完全に昏倒した大男を部屋の隅へ片手で放り投げると、ジーンはフンと鼻を鳴らして手を払い、ライオネスを振り返った。
 ライオネスはジーンを見上げた。
 ガウスとの格闘の最中にターバンが解けたため、短く刈った銀髪が顕わになっている。
 すらりとした褐色の体躯を包むのは、黒い袖なしのシャツに、黒のだぼだぼしたパンツで、黒い編ブーツを被せて履いている。全て柄無しに見えるが、よく目を凝らすとシャツの左胸を飾る銀色の何か模様が入っていた。ライオネスはそれをじっと見た後、「ダカルガの……?」と呟いた。
 ちらっと笑みを浮かべたもののそれには答えず、ジーンは立ち上がろうとするライオネスの頭を軽く小突いた。
 「途中までは良かったんだがな。あのままだとお前は殺され、そこの3人を助けることはできなかった」
 「ス、スミマセン」
 「謝ることは無い。それよりも」
 ジーンは薄暗く、窓とドア以外何も無い部屋の隅に固まっていた3人組に視線を向けた。ライオネスがガウスに挑んでいる時からずっと、彼らは息を殺すようにして成り行きを見守っていた。金髪の目の覚めるような美少女、無表情の美少年、そして怯えた様子の可愛らしい子供。揃いも揃って美しい容姿だ。カストル人ではまずありえない繊細さである。それぞれテラ人のごく一般的な服装……Tシャツにハーフパンツ、一番小さな子供はワンピースを着用しているが、サイズが合ってないようだ。おそらくモルドサラム商会から与えられた服なのだろう。
 『お前たち、61α人だな。右のお前から順に名を名乗れ』
 カストル訛りが少し入ったテラ語で言うと、右端にいたひよこ色のワンピースの少女に視線で促す。少女はジーンの視線を受けてびくっと肩を揺らすと、泣きそうな顔で隣の少年の腕にしがみついた。
 『なんだ、テラ語がわからないのか?』
 『いや、61αではテラ語は必須言語として習うらしいんでみんな話せる筈ッス。カストル語も通じると思うけどな……多分旦那が怖いんじゃないッスかね』
 ライオネスの言葉に、ジーンは心外そうな顔をした。
 『俺が怖い?どうしてだ』
 『こんなちびっ子からしてみたら、旦那みたいにでかかったらそれだけで怖いもんなんッスよ』
 『そうなのか。カストルのちびっ子たちは、俺をヒーローと崇めていたが……』
 ジーンはつかつかと少女の前に歩み寄ると、しゃがんで視線を合わせた。
 「おい、俺は何もしない。怖くないぞ。俺の言葉はわかるか?」
 ジーンのカストル語に少女は視線を彷徨わせ、口を小さくぱくぱくさせると、少年の腕に顔をうずめてしまった。しがみつかれた少年はというと、小さな少女を庇うように己の身を前に出し、銀髪の青年を静かに睨んでいる。もう一人の少女は、呆れた様子で仲間の二人を眺めていた。
 「……なんなんだ、小さな子供を虐めているような罪悪感をどうして俺が感じなくてはならないんだ」
 困ったようなジーンの様子に、かかかとライオネスが笑った。
 「うーん、やっぱテラ語しか通じないんスかねー。でも俺、こいつらの名前、さっき会話の中で聞いたから知ってるッス。右から『マッシム』ちゃん、『ウーヴェ』、んで『アイリーン』ちゃん」
 「……なんだ今の変な鳴き声は。お前の口から聞こえた気がしたが」
 「俺が61α語喋ったんスよ」
 ジーンは、銀色の睫毛で縁取られた目を瞬かせて立ち上がった。
 「今のがか!そこのガウスとやらがこの部屋に入る前、中で何かがちゅらちゅら鳴いているのが窓の外まで聞こえたものだから鳥でもいるのかと思っていたが、まさかお前たちの声とは……」
 「ちゅらちゅらって……てか旦那、窓の外にいたんスか」
 「ああ、張り付いて、お前がちゃんと俺の命令を守れるか見守っていたんだ」
 ジーンが言った窓とは、ガラスも何も収まっていない開け放しの窓で、身を乗り出して手を伸ばせば隣のビルの壁に手が届く。窓にはベランダも格子も無い。本人の言葉通り張り付いて中の様子を伺い、窓から入ってライオネスの危機を救ったらしかった。忍者というかトカゲのような男だ。
 「うぇ〜、見守ってたんなら一発食らう前に助けてくれればよかったのに」
 「まさかあそこまで弱いとは思っていなかったからな。ボコボコにされる前に出てきてやっただけありがたく思え」
 ライオネスはむっと口をとがらせた。
 『61α人との混血の俺が純血のカストル人に勝てるわけないっつーの』
 「ちゅらちゅらさえずるな、俺にわかるように話せ」
 ジーンはライオネスの額にチョップを食らわせた。本人は軽くしたつもりだったが、受けた方は相当痛かったらしく、涙目になりながら「いてー」とおでこを押える。
 「旦那に話したんじゃないッス、こいつらに話しかけたんスよー!61α語しか話せないもんなー?」
 「こいつら呼ばわりはよして。テラ語もカストル語もわかるわよ」
 突然聞こえた耳障りのよいカストル語に二人が目を向けると、『アイリーン』が腰に手を当てて仁王立ちしていた。偉そうなポーズだが、彼女がとると非常に様になっている。
 「私の名前はアイリーン。隣がウーヴェ、そっちの今にも泣きそうな子がマシムガルカンナよ」
 強気の姿勢のアイリーンを見て、ジーンはふんと頷いた。
 「さえずるような名前じゃないな」
 「61α語の名前で自己紹介しても貴方にはさっぱりわからないでしょう?61α語は61α人の血をひく者にしか理解できないし話せないのだから。理解できない貴方たちのような人のために、61α人は共通語のテラ語での名前も持っているの」
 込められた毒に気付いてかいないでか、ジーンは「そうか」と面白そうに頷いただけだった。
 「わかりやすくてありがたい。改めて名乗るが、俺はジーン。これがライオネス」
 「ありがとう、ジーン、ライオネス」
 「で、お前たち、何があったんだ」
 ジーンの問いに、アイリーンは聞いてくださいとばかりに身を乗り出して、今までのことを自分達に都合の悪いところは省いて語りだした。
 曰く、バーティルの会場警備をしていたガウスに、カストル人の友達が欲しいので紹介して下さいと頼んだところ、快く引き受けてくれたので安心してタイタンまでついて来たら、柄の悪い男たちを従えたハゲでデブでヒゲの偉そうなテラ人の前に放り出されてしまい、そのハゲデブヒゲのテラ人は実はロリコンで『こいつぁ可愛いじゃねーか』とマッシムのお尻をイヤらしい手つきで撫でたもんだから、
 「このウーヴェが怒って吹き飛ばしたのよ」
 金の髪の少女は、赤銅色の髪の少年を指差した。それがジーンたちが目撃した爆発の真相だったらしい。ウーヴェは口を開きかけたが、今までの経験から何を言ってもアイリーンには勝てないと判断し、口をへの字にして黙った。マッシムはその腕にしがみつきながら、ウーヴェの顔を覗き込み、時々ジーンをちらちらと見ていた。その表情が急に固まった。ジーンが徐に手を伸ばしてきたからだ。
 「それは可哀想に。嫌な思いをしただろう」
 先ほどライオネスにもしたように、頭をぐりぐりと力強く撫でてやる。
 ジーンの手のひらはとても大きく、マッシムの頭がすっぽり収まってしまうほどだった。
 驚いて声も無く立ちすくむ少女の表情をどう理解したのか、憐憫の表情を向けるとジーンは力強く言った。
 「もう大丈夫だ。俺が警察まで送り届けてやる。すぐに61αに帰れるからな」
 しかし、アイリーンが予想外の返事をした。
 「私たち、61αに帰れなくていいんです」
 「?」
 「さっき言ったわよね。私たち、カストル人の友達が欲しいって。レッツ☆異文化交流を掲げて星から出てきたのにこんな終わりってないわ。カストル人に対して嫌な印象を持ってしまいそう」
 アイリーンの辞書にへこたれるという言葉は無い。胸の前で手を組み、目をうるうるさせながらジーンの顔を覗き込んだ。
 「だから私、カストル人の友達が出来るまでタイタンにいたいの」
 悩殺お願いポーズだったが、ジーンの返答はにべも無いものだった。
 「そんな悠長な事を言ってる場合ではないと思うが。どうせ正規の手続きも取らずにこの星に入ったんだろう。ジョコロコ市はお前たちの存在を知らないから保護に動くことはない。売られそうになって逃げた密入国の61α人がいると分かれば、このあたりの人間は捕まえて売ろうと考えて、寝る暇を与えずに捕獲作戦を繰り出してくるだろうし、それに抵抗してテラ人にサイコキネシスで怪我でも負わせようものなら、正当防衛とは言え、かなりの期間拘留されることになるだろうな。違うか、ライオネス?」
 「全くそのとおりで」
 ライオネスはジーンの発言を認めた。テラ管轄地においては地域差はあれ、サイコキネシスを持つ61α人やベテルギウス人、戦闘能力の高いカストル人がテラ人に危害を加えた場合、加害者がテラ人である場合より罪は2倍も重くなるのが基本である。
 「友達作りよりも、身の安全を優先させたほうがいいんじゃないか?」
 ジーンの言う事はもっともだった。しかしアイリーンはにっこり微笑んだ。
 「私たちは身の安全を考えてタイタンまで来たの」
 「どういうことだ。61αに危険なことがあるとでも?」
 「潜在的危機がね」
 アイリーンがジーンを見つめた。
 「ジーンさん、私の仲間になってくれませんか」
 儚げな外見に似合わず、強い眼差しだ。
 真っ直ぐにジーンの瞳を捕らえ、離さず、縛る。
 アイリーンはジーンを仲間にしようと考えていた。
 話に聞いたり(ごつくて口よりも手が先に動くケダモノ)、実際に会った(今、部屋の隅で伸びているガウス)カストル人と違い、ジーンは今のところまともで実直そうに見えたし、顔立ちも良い。
 なにより、タイタンへの道中、ことあるごとに自分の強さを自慢していたガウスを、この男はいとも簡単にのしてしまったのである。(ガウスが自称しているだけで、実力が本当にあったかのかは定かではないことは承知している)
 アイリーンの勘が、「この男は『買い』よ!」と告げていた。
 となれば、警察に連れて行かれる前に、さっさと仲間にしなくてはならない。
 アイリーンは瞳に力を込めた。
 
 サイを得意とする61α人は、他者が己の精神に侵入を試みたり操作しようとすれば、それを察することが出来る。しかし、サイの欠片も身に備わっていないカストル人は、ESPに対して全く無防備であるというのが一般の見解である。なので、アイリーンも安心してジーンの精神を操作しようと考えた。
 だがしかし、アイリーンがジーンの精神を力で包んだ途端、あっという間に銀髪の青年は彼女の首に手をかけたのだ。

 「お前、今、俺に何をしようとした」

 ジーンの声は、ひたすら冷たかった。
 「アイリーン!」
 ウーヴェが叫び、ジーンにサイコキネシスを放とうとしたが、銀髪の青年に冷ややかな視線を向けられ、動けなくなった。アイスブルーの瞳の中、瞳孔がすぅっと縦に細くなっている。青年は先ほどまでの穏やかな表情と打って変わって、刺すようなオーラを周囲に放っていた。
 「動くな。俺がこの女を殺すほうが早い」
 さらに釘を刺され、ウーヴェは額から汗が流れ落ちるのを感じた。
 はったりではない。
 ジーンが本気だと、肌で感じたのだ。
 アイリーンが殺されるかもしれない恐怖と、ジーンの殺気がウーヴェの背中を粟立たせた。
 モルドサラム商会の人間に追いかけられたときよりも、ガウスがライオネスを殴りつけるのを見ていたときよりも、それははるかに恐ろしい感覚で、あまりの感情の奔流に頭がくらくらした。
 と、動けないウーヴェの背中に、温かくて柔らかなものがぴたっと張り付いた。
 振り向かなくてもわかる……マッシムである。
 酷く怯え、泣いているのか、すんすんと鼻を鳴らす音が後ろから聞こえる。
 震えを背中に感じ、ウーヴェは平常心を取り戻そうと必死になった。
 僕も怖いが、テレパシストのマッシムはもっと怖いに違いない。
 そしてさらに首を掴まれているアイリーンの方が恐怖を感じているに違いないのだ。
 薄氷色の瞳に釘付けになっていた視線をやっとのことで外し、ウーヴェはアイリーンを見た。
 はたして彼の幼馴染は怯えて身をすくませ助けてと言わんばかりに涙で潤んだ瞳を彼に向けて……などおらず、なんと膨れっ面でジーンを睨んでいた。
 ……首に手を掛けられた上でのこの殺気に動じないのか君は。
 なんかもうアイリーンはスゴイんだな、とウーヴェは思い知らされ、肩の力をがゆるゆると抜けていった。
 アイリーンは大丈夫だ。
 神が声をかけてくるくらいなんだから、こんなところで死にはしないだろう。多分そうだ。
 「……ひとまず、アイリーンを放せ」
 「そうッスよ!突然何やってんスか旦那!」
 落ち着きを取り戻したような、むしろ脱力したようなウーヴェの声の後を継いで、ライオネスが元気に声を上げた。
 「いきなり女の子の首を絞めるなんてひどいッス!それも首の回り筋肉だらけなカストル人の女じゃなくて繊細な61α人ッスよ!?俺、旦那のことスゲーッてひそかに尊敬してたのにもう取り下げだ!」
 髪をはねちらかした少年の言葉に、ジーンはふぅっとため息をついた。それと同時、殺気も綺麗に消え去る。
 「……あのなぁ」と一言言って頭を掻くが、もう片方の手はアイリーンの首を掴んだままだ。
 「今、この女を見てたらふらふらした」
 「アイリーンちゃん見てたら俺もクラクラくるッスよ。めっちゃ可愛いじゃないっすかー」
 「そうじゃない」
 ジーンはアイリーンを睨んだ。
 「お前、精神操作能力者だな?」
 何故カストル人に気付かれたのかと、アイリーンは酷く動揺したが、それを表には出さないよう努めて不貞腐れた顔を装った。
 「……そうよ」
 「俺に使ってどうするつもりだった?」 
 「……さっきも言ったでしょ?貴方、とても強そうだから仲間にしたかったのよ」
 「何を目的とする仲間だ」
 「恐怖に打ち勝つため、敵から身を守るための仲間よ」
 「敵とは?」
 「教えない。貴方が信用できる人か、わからないもの」
 「さっき言ってた61αにある潜在的危険というやつか?」
 「教えない」
 「ふん」とジーンが鼻を鳴らした。
 「お前の精神操作能力はどの程度のものなんだ?」
 低いランクを言おうかと考えたが、ジーンの視線は鋭く全てを見透かすようで、嘘をつけばたちどころに見破られ、首をぽきんと折られそうだった。
 「……Bランク」
 仕方なくアイリーンは本当のランクを言う。
 途端、首が手から解放された。命の危機がひとまず去ったことに、アイリーンはほっとため息をついたが、視線は銀髪の青年から外さず、更に強く睨みつける。
 ジーンもジーンで、品定めするようにアイリーンの顔を凝視していたが、数秒してから「よし」と言った。

 「お前、カストルに来い」

 「……」と、呆然とするアイリーン。
 「……」と、男の思考が読めないウーヴェ。
 「……」と、話についていけないマッシム。
 「……!?」と、頭の中でジーンの言葉を反芻して、やっと意味を飲み込めたライオネス。

 束の間の静寂を破ったのはライオネスの叫びだった。
 「えっ、……えーーーっ!?」
 言われた当人は目をぱちくりさせただけだったが、何故かライオネスが物凄くビックリして叫ぶ。
 「な、何言ってるんッスか旦那、いきなりプロポーズッスか!すっげ!さっすがー!」
 「何がさすがだ、馬鹿言え。俺は年下は好みじゃない」
 「あいたっ!」
 浮かれ騒ぐライオネスの額にまたもチョップして黙らせてから、ジーンは腕を組んでアイリーンを見下ろした。
 「ちょっと家庭の事情でな、精神操作能力者の協力があればありがたいことがあるんだ」
 「家庭の事情?」
 「それは後ほど話すことにしよう。いいか、俺に助けられたにも関わらず、お前は俺の精神を操作しようとした。61αではどうだか知らんが、テラでは本人の了承を得ずに精神操作をかけると罪になるそうだ。警察に引き渡したついでにこのことを話せば、お前はおそらくテラの法規に則って処罰される。だが、俺の家族に力を貸してくれたら、そんな些細なことはちゃらにしてやる。それだけじゃない。お前の志すものがわからないから仲間になるかは約束できないが、お前の危機には駆けつけてやろう」
 ジーンの強く低い声を頭の中で反芻させながら、アイリーンは状況を整理した。
 1、ジーンの家庭の事情とやらに、精神操作能力を使って協力しろと迫られている。(家庭の事情が何なのか気になる)
 2、協力すれば、テラの警察に引き渡されない。(61α星に返されず、処罰を受けることも無い)
 3、協力すれば、強いカストル人がわんさかいるカストル星に行ける。(カストル人取り放題)
 4、協力すれば、ジーンが仲間になってくれるかもしれない。(とても心強い)
 5、協力しなければ、警察に引き渡されて処罰され、その上61α星に強制送還される。それを拒もうとしたら、ウーヴェに攻撃させて逃げるしかないが、さっき首を掴まれたときの様子を見るとウーヴェよりもジーンのほうが明らかに強いので、返り討ちに遭ってやっぱり警察に引き渡されてしまうだろう。(一番最悪)

 そんなの、行った方が断然お得じゃない!(というか選択しようが無い)

 アイリーンはにぃっと笑ったが、一見清楚な美少女なので、傍目にはにっこりと微笑んだようにしか見えない。どんな邪悪な笑みも天使のそれに変わるのだ。
 「わかった。カストルに行くわ」
 高らかに宣言したアイリーン。
 彼女の決定は他の61α人たちの行動の決定でもあった。
 そこらへんは、彼女の先ほどからの態度でわかっていたジーンだが、念のため意思確認をすべく赤銅色の髪の少年に声をかけた。
 「アイリーンはカストルに行く。ウーヴェ、お前はどうする?」
 「僕も行く」
 間髪いれず、ウーヴェは答えた。
 「能力はサイコキネシスだったな。ランクは?」
 「A」
 淡々と返された返答に、ライオネスは思わず口笛を吹いた。
 「すげー!Aランクなんてそういるもんじゃねーぜ!旦那、バーガンのアホよりよっぽど使えますよ!良かったッスね!」
 「別にこき使うつもりは無い。アイリーンに頼む用が済めば一緒に61αに帰してやる」
 ウーヴェから視線を外すと、その背中からこちらを恐々と覗いている少女に目をやった。
 濃い睫毛に縁取られた大きな目の下に涙の跡を見つけ、ジーンはなんだか落ち着かない気分になった。
 「で……マ、マ、マム……マ……すまない」
 しかも名前まで忘れていた。落ち着かない気分が罪悪感へとレベルアップする。
 「あー、なんだったかな、君の名前は」
 ウーヴェの背中に引っ込んでしまうかもしれないと心配したが、薄い蜜柑色の頭は、少し揺れただけで隠れなかった。
 「……マシムガルカンナ……マッシムでいい……」
 返事が返ってきたこと、覚えやすい通称があったことで、ジーンは2度ほっとした。
 「マッシムだな、うん。君はとてもちっこいからな……無理強いはしないぞ。君は俺に精神操作しようともしなかったし、町を破壊してもいない。ロリコンのテラ人にセクハラされただけだ。警察にはちゃんと俺から言ってやるから、すぐに61αに帰れるぞ」
 「あの、私、アイリーンとウーヴェと、……一緒に行くからっ」
 「そうか……言っておくが、カストルは俺くらいの身長の人間がうじゃうじゃいるんだ。泣かれたら困る」
 「私、泣いたりなんかしないもん!」
 さっきウーヴェの後ろで泣いてただろ、と誰もが思ったが口には出さなかった。
 「よし、泣かないな、だったら良い。……君の能力は?」
 ジーンの問いに、マッシムは心の中でアイリーンに指示を仰いだ。
 
 「……エンパスのB」

 「わかった」と言って、ジーンはマッシムの頭を軽く撫でた。
 ジーンの手から、暖かな感情と共に(あいつくらいの年齢かな)という寂しげな心の声が、マッシムの頭の中へ入ってくる。
 マッシムの言葉を鵜呑みにしたジーンは、自分の考えが小さな少女に流れたなど気付きもしなかった。
 
 会話にオチがついたところで、パンパンッとライオネスが手を叩いた。
 「いやー、これで一件落着ッスね、だんなっ!バーガンの代わりもゲットしたし、アイリーンちゃんもカストル人の友達作れそうだし、双方めでたしめでたし!さーっ、モルドサラムの奴らに気付かれないように、さっさと事務所に帰りましょうぜ」
 「あ、ライオネス、お前も来い」
 「えぇ、言われずもがな、事務所まで俺が案内しますよ。この辺ややこしいッスからねー」
 「そうじゃなくて、カストルまでだ」
 「はぁ、カストルまでッスか。残念ですけど、ジョコロコより外の仕事は、俺の先輩の管轄ッス」
 首を振りながら言うライオネスに、ジーンは器用にも片眉だけ上げる。
 「珍しく察しが悪いな。仕事はやめて、俺についてこいと言ってるんだ」
 「俺についてこ……え、い、あ、う、うぇーーー!?」
 妙な叫びと共に、ライオネスの縦長の瞳孔が丸く開いた。
 「は、な、何言ってんッスか旦那!?今度こそプロポーズっすか!うひゃひゃひゃひゃー!」
 動揺のあまり、笑いながらバシバシと上客の腕を叩くライオネス。その額にまたしてもジーンがチョップを繰り出した。
 「馬鹿言え。いいか、俺の下で修行しろ。戦い方というものを教えてやる」
 額を押えて呻く少年に人差し指を突きつけ、銀髪の青年は命令するように言い放った。
 「えっ!で、でも俺、混血だけどテラとのじゃないし、むしろ弱いし、テレポーテーションもCランク程度だし、あんまし使えないッスよ!さっきもこの3人助けるの一人じゃ出来なかったし、ほら、中途半端だ俺!」
 「あの寝っころがっている男は元傭兵か軍人だ。お前を追跡しているときといい、訓練された動きをしていた。訓練を受けていないお前が勝てるはずが無い」
 「……修行すれば勝てるようになる、と言いたげな口ぶりッスね……」
 「そうだ。それにお前、さっき『ハオ』とか『ツァイチェン』とか言ってたな」
 「え、はぁ、あのバーガンの大家と喋ったときですか?」
 「何語だ?」
 「あれはテラ系の言語の一つで北京語ッス」
 「北京語に不自由は無いな?」
 「ええまぁどちらかと言えば堪能な方ですけど」
 「ならばよし!」
 「えっ、全然意味わかんねーッスよ!」
 「では簡単に言うからしっかり聞け。ここで仕事しているよりも、俺のところに来たほうがお前は育つ。お前の会社には俺から話をつけてやる。だからカストルまで俺について来い。バーガンの代わりにお前を連れて帰ると俺が決めたんだからな。というか」
 ここでジーンがまたもライオネスに指をビシリと突きつけた。
 「バーガンが生きていたとしても、俺はお前を選んだ!」
 ライオネスの頭から足まで稲妻がピシャーーンと走りぬけた。

 お、俺ってば、人に必要とされてる……??

 稲妻は感動だった。感激だった。歓喜だった。
 ライオネスの身体を走り回り、先を見えなくさせていた闇を払拭し、眩く照らす。
 ブラボーッ俺!ハレルヤ俺!グローリア俺!ボンバイエ俺!
 この世の全てに光あれ!

 「だ、旦那ァー!いや、アニキぃ!」
 「な、なんだいきなり」
 「アニキと呼ばせてください!俺ァ、アニキのために命張ります!包丁一本晒しに巻いて付いて行きやす!鉄砲玉にでも盾にでもしてやってくだせぇっ!」
 「……さっきも組とか言ってたが、お前、何か勘違いしてないか……?」
 足元に跪き、実に良い笑顔で宣言する髪のはねた少年を見て、ジーンは苦笑する。

 彼は知らない。
 彼が気まぐれで呼ぶことになった4人の少年・少女たちの中に、テラ系のハーフが一人紛れていることを。
 そして、その人物のせいで、彼の前途洋洋たる人生が大きく変わってしまうことを。
 
 この仕組まれた話の中で、ジーン・カースレインと『偶然』出会ったアイリーンの運はなんと強いことか……。