乙姫6
乙姫
6
※この話以降、カストル語が主流になるので、カストル語の会話を「 」で表わします(今までは61α語で使用していました)。
それ以外の言語は全て『 』で表わします。
※ ※ ※ ※ ※
太陽系惑星にあって、土星の衛星タイタンは、木星の衛星ガニメデの次の大きさを誇る。
テラ人による宇宙開拓時代には、火星、ガニメデ、エウロパに次いでテラ・フォーミング(地球化)が行われた。
現在は太陽系連邦傘下タイタン政府の支配下の元、100ほどの行政区域に分けられ、それぞれ市長が治めているのだが、自治性が強いため、行政区によって地域性は様々である。
その中でも、ジョコロコ市は腐敗した行政下にあって、犯罪者・密入国者の不法滞在が多く、多少柄が悪いものの、下町感漂う活気溢れた町である。テラ人やカストル人が住民の主を占めているのだが、他のテラ直轄地ではなかなかお目にかかれない種族もたまにうろうろしていたりで、住人たちは「8種族の雑居箱」とジョコロコのことを得意げに称す。
ジョコロコ市において、ここアードアナ町は古いアパートやビルが立ち並ぶ地域だ。大通りには所狭しと屋台が並び、様々な種類の麺類やスープ、肉に魚に菓子等などをメニューに掲げている。陽が傾く時間になると屋台にランプが灯り、湯気が街いっぱいに立ち込め、匂いに誘われるかのように人々が屋台通りへと繰り出してくるのだ。
「あの頭の長い青いちみっこいのは何人だ?」
「今度はどれッスか、旦那」
屋台が雑然とひしめく界隈を、二人の男がカストル語で会話しながら歩いている。
旦那と呼ばれた一人は背筋の伸びた20代の青年で、背は高く、人ごみにあって頭一つ分飛び出ている。
黒のターバンを巻いた頭の下の肌は浅黒く、麻地の黒い布で全身を覆っているため、一見怪しげな砂漠の盗賊のようであるが、彼のようなスタイルの人間はこの界隈には数え切れないほどうろうろしているので、周囲との違和感は全く無い。ただ、切れ上がった二重の下に薄氷色の瞳を宿し、鼻梁が高く、精悍で端整な顔立ちをしており、すれ違う女性たちがさっきから何人も振り返っているので、周囲に溶け込んでいるとは言えない。
もう一人は10代半ばの少年だった。170センチ程度の身長だが、隣にいる男があまりにも背が高かったため小柄に見えてしまう。青みのかかった黒い髪をふさふさとライオンのように跳ね散らかし、大きな猫目は快活な印象を見る者に与える。こちらはTシャツにジーパンというテラ人の一般のスタイルだったが、尖った耳と浅黒い肌から、彼がカストル系の種族であることがわかった。
少年は青年に町を案内しているようである。
あちらこちらに目を留めては質問する青年に、少年はいちいち答えてやっていた。
「あー、あれはベテルギウス人ッスよ」
「ふん、初めて見た。宙に浮いているのは反重力装置を使ってるのではなくてサイコキネシスか」
「そうッス。あいつら、手足が短いもんだから、移動も何もかも殆どサイコキネシスに頼ってるんッスよ」
「そんなことでは手足の筋肉が衰えてしまうぞ」
「確かに筋力は無いッスね。何せあの頭の大きさですし、支えるだけでも胴体にかなりの負担がかかっちまうもんだからサイコキネシスに頼らざるを得ないんス。あんな体型でも動けるようになるためにサイコキネシスを使えるようになったのか、サイコキネシスに頼った生活をしていたがためにあんな体型になったのか、さーどっちだ?!といったところなんですけど」
「解明されていないのか?」
「そうなんッスよ。あいつら、ものすごーく歴史の長い種族なんッス。なんったって平均寿命400歳くらいですから。現在の長寿番付のトップは907歳だそうッス」
「長いな!カストル人は40歳前後だぞ!」
「そりゃぁカストル人は戦争ばっかで、老いも若いも死んじゃうからでしょう。そんな事情が平均寿命を下げているんッスよ。平和だったら90も100も生きられるってのがテラ人の見解ですから。……で、ベテルギウス人ッスけど、ものすごーく歴史の長い種族なもんだから進化の過程を探るにも、ものすごーーく遠い過去にまで遡らなくちゃらない。でもあいつら、精神文明は発達したんですけど、物質文明の発達は比較的遅かった。古い過去の記録は残されていないんス。だから、昔はもうちょっと頭が小さかったとか手足が長かったとか、そんなことは記録からはわからない。テラ人の研究機関に任せれば遺伝子の解析とかで色々解明できるかもしれないッスけど、ベテルギウス人はテラ人の研究熱心な性分ってヤツを好きになれないみたいで……」
「そうなのか。自分の種族の謎の解明……面白そうなのにな。しかし本当に頭がでかい!大量の脳みそがつまっていてさぞかし賢いのだろう」
「知能レベルはエイトコミューン内では普通ですけど、四六時中サイコキネシスを使ってるだけあって、61α人でもその力には及ばないッス。その代わり、61α人みたいに色々な種類の特殊能力を持ってるわけじゃなくて、サイコキネシスだけしか使えないんスけどね」
「ふーん……」
足を止めると、青年は少年の顔を真面目な顔で覗き込んだ。
「…………なんッスか。人の顔じろじろ見て」
「いや、お前が色んなことを知っているので感心したんだ」
「旦那がものを知らなさ過ぎるんッスよ」
生意気な口を利く少年の頭を、背の高い青年が大きな手でぐりぐりと撫でた。
「わわっ、オレのお洒落ヘアーがっ!わざとやってんだろ!」
「なんだ、褒めてやってるのに」
「ガキじゃねーんだから頭撫でられても全然嬉しくねーよ!」
じたばたもがいて大きな手から逃れると、快活な笑い声を上げている男の顔を一睨みし、肩を怒らせながら屋台の間を歩き始めた。
少年の名をライオネスという。
生まれたとき、髪がふさふさとライオンのようだったのでライオネスと名付けられた、と自称しているが本当のところはわからない。彼は生まれてすぐ、ジョコロコに一つだけあるアードアナ孤児院の前に、『命名:ライオネス』と殴り書きされた薄っぺらい紙と共に捨てられていたからである。
アードアナ孤児院ではこんなことはしょっちゅうだったが、赤ん坊のライオネスの場合、その耳が尖った形状をしていたため、通常と異なりすぐに引き取られはせず、市の種族検査にまわされた。
孤児がテラ人と他種族との混血だった場合、その能力と性質の危険性から、特殊な研究機関に引き取られるのだ。カストルとの混血だった場合は凶暴化するのが殆どであるし、61αとの混血であればその特殊能力ゆえに何を起こされるかわからない。生まれる命に罪は無いのだが、周囲に与える被害を考えると、おんぼろの孤児院で育てるよりも、専門の機関に渡した方がいいのである。研究機関に引き取られた後の事は、孤児院の院長にも分からない。生体実験に使われるとか、生物兵器としてと育てられるとか、そんな噂が職員の間では実しやかに囁かれてはいる。
ライオネスの両親は、カストル人と61α人だったらしい。
テラ人の血が混ざっていない場合、性格に異常が現われることも無く、また双方の能力も弱く受け継ぐことが多いため、彼は怪しげな研究機関に連れて行かれることは無く、すぐに孤児院に戻された。
両親からも研究機関からも必要無いと判断されたライオネスは、貧乏孤児院で元気にすくすくと育った。
テラ人よりも丈夫で喧嘩が強く、61α人よりも社交的で人懐っこく、カストル人よりも聡明な少年は、その面倒見のよさから子供たちに慕われ、大人たちも信頼を置いていた。
ライオネスが拾われてから15年経った日、彼は孤児院を出た。引き取り手も無く育った子供は、15歳になると孤児院を出て自活の道を歩むのがアードアナ孤児院の慣わしだった。就職先は孤児院が斡旋してくれた。孤児院で勉強したライオネスは、エイトコミューンの公用語であるテラ語(20世紀現在で言う英語)、それ以外のいくつかのテラ系言語(ジョコロコはテラの中東・アジア系入植者が多い地区なので、北京語、日本語、インドネシア語、アラビア語を使用するものが多々おり、ライオネスはそれらを全て町の人から教えてもらった)、カストル語に加えて61α語も話すことが出来る貴重な子供だったので(61α語を話すことができる人材は非常に少ない)、とある小さな貿易会社にすぐに就職が決まった。
貿易会社といっても、ここはジョコロコ地区、不法入国者や犯罪者が身を隠す町である。真っ当な仕事よりも怪しげな仕事の方が圧倒的に多かった。
ライオネスの仕事は、怪しげなお客様の送迎や通訳だった。フードで顔を隠していたり、顔中刀傷だらけだったり、スキンヘッドに刺青をいれていたり、マントの下から「ギュルルル、ガコンッ、プシューッ!」などあからさまな機械音を立てている者だったり、色々な客と接してきたが、ライオネスは臆することなく仕事をこなし、他の社員たちから信頼を勝ち得てきた。そろそろ入社して1年と半年ほどになる。
ライオネスは隣を悠々と歩く黒いマントの青年を、横目でちらりと見上げた。
青年の名前は、本名か偽名かは知らないが、ジーンというらしい。その体躯と言語から、カストル人であることは間違いないだろう。
決して粗相の無いように、と社長から念を押された上客である。空港への出迎えから町の案内まで任されたライオネスは、「1年半で上客を任されるなんて、オレって出世街道まっしぐらってヤツ!?」と友人に冗談を言ったりと、胸を張る思いだった。
最初のうち、ライオネスはことさら丁寧に応対していたのだが、今まで扱った横柄だったり気難しげだったりすぐにキレたりした上客たちとは違って、ジーンは親しみやすい性格をしており、町で見かけるあれこれについて質問してはしきりに感心しているので、ライオネスもついつい地が出てしまい、さっきのような態度をとることもしばしばだったが、彼の上客は気に障ったようでもなく鷹揚に笑っていた。
「旦那、目的地はもうすぐッス」
「ライオネス、あれは何だ?」
物珍しげに屋台を観察している青年は、案内役の少年の言うことなど耳に入っていない様子である。
「えぇっ、どれッスか」
「あのいくつも串刺しになっているやつだ」
「あぁー、ありゃ『カエル』ですね。鶏肉みたいな味がして美味しいッスよ」
「『カエル』というのか」
「カストルのバウムローグみたいなもんじゃないかな。水辺でゲコゲコ鳴くんスけど」
「バウムローグはもっと大きいぞ。牛くらいの大きさで、人間をペロリと飲み込む」
「えっ、マジっすか!!オレ、図鑑でちらっとしか見たこと無いから、そんな大きさだなんて知らなかったッすよ!じゃぁカストルに『カエル』はいないのかー」
「バウムローグは淡白すぎて美味しくはないな。……おい、親父、これ2本!」
「あいよー!」
ジーンのカストル語に、屋台のテラ人の親父もカストル語で応えた。人種のるつぼであるこの界隈の商売人は、簡単な会話程度であれば数種類の言語を話せるのだ。
ジーンが買ったのは、ライオネスの手の平サイズのカエルが5匹も刺さっている大きな串焼きだった。
しかも2本。
これだけ食えば大きくなるわな、と感心しているライオネスに、ジーンが1本の串を「ほれ」と差し出した。
「え、……いいんッスか?」
既にカエルを一匹口に入れてもりもり音をたてていたジーンは、うんうんと黙って頷いた。
出世街道まっしぐらなどと吹聴していたライオネスだが、実のところ給料は低い。聡明で目端の利く少年であっても、所詮彼はエイリアンハーフなのである。テラ系の星にあって、賃金は最低基準額しか貰えず、昇進も無く、これから先もずっと、彼よりも出来の悪いテラ人やカストル人の社員が幅を利かせ続けるのだ。それでも彼は自分が恵まれていると思っていた。孤児院で一緒に育ったテラ人の子供たちの中には、職にありつけず、闇の道へ足を踏み入れてしまった者もいたし、身をひさいでその日暮らしをしている者もいる。
「ありがとうございますっ」と礼を言って、ライオネスはカエルにかぶりついた。
こんな大きなカエル、一日に一匹食べれれば「今日の食事は豪勢だったなぁ!」と満足できる高価な食べ物である。それを一度に5匹も食べれるなんて!
単純なライオネスは喜び、「美味いッス!」を連発しながら、ジーンがジョコロコ滞在中、不便が無いよう気配りする事を再度胸に誓ったのである。
だが残念なことがすぐに発覚する。
カエルを食べ終わった二人は、それから3分ほど歩いて目的の場所にたどり着いた。
しかし、目的の人物はいなかった。
ジーンが会う予定だった人物は、バーガン・ジェローンという名のカストル人で、ジョコロコでも名の知られた格闘技の達人だった。4ヶ月前に開かれたタイタン異種格闘技選手権のカストル人部門で準優勝した程の猛者で、選手権後、「チェイブスの野郎がジャッジから見えねぇところでオレ様のキン○マを蹴りやがったんだぞちくしょー!」と優勝選手に対する誹謗を酔っ払いながら叫んでいるのを、ライオネスは何度か目撃したことがあった。筋骨隆々とした大男で、ロン毛で、髭を蓄えていた。粗忽で浅ましく、あちこちで腕に物を言わせて酒場の飲み代を踏み倒しているような男で、正直、ライオネスは彼に好印象を持っていなかった。
どうやら部屋にいないようなので、ライオネスはアパートの入り口で一人囲碁をしていた大家にバーガンの居所を尋ねた。大家はテラのアジア系移民で、少なくなった髪を撫で付けながら、テラ系言語の一つである北京語を話した。
『バーガンのくそ野郎なら今朝死体で見つかったよ』
『うへえっ、殺されたの!?』
『あぁ、あいつに恨みもってるヤツ、うじゃうじゃいたからな。くそったれ!家賃6か月分未払いのままだぜ?昨日酒飲んでふらふらになって帰ってる最中、頭に袋被されてボッコボコのぐっさぐさ。頭に5発弾入ってたかな。』
「ひぇー」
ライオネスは、不審気な表情のジーンに今の会話を慌てて訳して伝えた。
「なんだと!」
途端、ジーンが怒りも顕わに吼えた。
その迫力にライオネスは縮み上がり、大家の親父は座ってた三脚椅子から転げ落ちた。
「わざわざタイタンくんだりまで出向いたというのに!」
怒気を現したのはこの一瞬だけで、ジーンは怯えた表情の二人を見ると、気まずげに怒りの表情を解き、「驚かせてすまない」と謝った。
『なんだいこの兄さん、バーガンに金でも貸してたのかい?』
『さぁ……』
椅子に座り直した大家に訊かれ、ライオネスはそのままジーンに通訳した。「金でも貸してたんですか、旦那?」
「いや、会ったことすらない。俺はバーガンをスカウトしに来たんだ」
「え、旦那、……やっぱりどこかの組の方で?バーガンを用心棒にでもと考えてらっしゃったとか?」
差し出がましいかと思ったが、ライオネスは上客に突っ込んだ質問をした。ジーンは気にする風でもなく、「やっぱりとはなんだ。俺はそんなのじゃない」と顎を擦りながら言った。
「かなり強いと聞いていたのに、とんだお門違いだったな。酒を飲んでリンチにあって死ぬとは、たとえ生きていたとしても俺の気には入らなかっただろう」
「そうッスよ旦那!バーガンは手癖酒癖女癖の3揃いダメ出しされるクソ野郎ってんで有名でしたからね。旦那みたいな立派なお人があんなアホ連れてたら品格が下がるってもんッスよ!」
「そんな男だったのか」
「そうッス」
「男気溢れる剛毅な男と聞いていたのだがな」
「噂とは当てにならないものッスよ」
「お前の上司から仕入れた情報だったんだが」
ライオネスは再び「ひぇー」と、今度は心の中で言った。上客になんてクソ情報を伝えてんだよ!
大家の親父に礼を言うと、ライオネスはジーンを連れ、とぼとぼと来た道を戻り始めた。
「お前が落ち込むことは無いじゃないか」
「ですけどね、俺の勤めてる会社の失敗ですし、旦那はそのせいでタイタンなんかにまでいらっしゃったわけですし」
客に慰めの言葉をかけられ、申し訳なさでいっぱいになっていたライオネスはますますへこんだ。
俺に手の平サイズの大きなカエルを5匹もおごってくれたのに、ジーンの旦那は収穫無しだなんて……。
「本当に申し訳ないッス……」
「気にするな、お前の責任じゃない。それにここまで来た甲斐はあったぞ。予定外の収穫が見込めそうだ」
「へっ!?そうなんッスか!?いつのまに……まさか『カエル』を持って帰って繁殖させて食料にしようってんじゃ……!」
「ははっ、そうきたか。『カエル』は確かに美味かったな。家族土産に串焼きを何本か買って帰ろうか」
「カストルに着くまでに確実に腐ります」
「それもそうだ」とジーンが端整な顔に穏やかな笑みを浮かべた。
「『カエル』はまたの機会にしよう。今回は……」
ジーンに最後まで言わせず、空気を震わせるような轟音が突如辺りに響いた。
二人が立っていたのは屋台が立ち並ぶ本通りから一本外れた裏道だった。レンガ造りのうらぶれたビルが立ち並ぶ一角で、彼らから70メートルばかり右手奥の建物の2階部分が、爆発したようである。砂埃がもうもうとたちこめ、舗装されていない土むき出しの道路に、レンガがガラガラと崩れ落ちる音が響いた。
「なんだいきなり」
動じた風も無く、ジーンは呟いた。
「ありゃぁ……モルドサラム商会ッス。薬の密売だとか人身売買とか、悪どい商売ばっかりしてるロクでもねー奴らの溜まりッス」
砂埃の出所を確かめて、ライオネスが言った。
「内輪揉めでもしてるんじゃないッスかね。関わるとロクなことにならないんで、旦那、さっさと帰りましょう」
「……見ろ。人が宙に浮かんでる」
少年の忠告を無視して、ジーンが愉快そうに言う。
「えっ、宙に?」
「頭はでかくないからベテルギウス人じゃないな。……1、2、3人……61α人か」
「61α人!?」
ライオネスは目を凝らした。確かに薄くなりつつある砂埃の中、宙に浮かぶ2つの人影……いや、一人があと一人を抱きかかえるようにしているので、合計3人の人影が見えた。人影はふわりとほぼ同時に道路に降り立つと、ライオネスとジーンがいるのとは逆の方向に走り始めた。それに、2階部分が無くなった建物からいくつかの人影が飛び出し、怒声を上げて続く。
「面白い」
「え、こんなのこの辺じゃ日常茶飯事ッスよ。でも61α人とはねぇ……モルドサラム相手に大丈夫かな」
ライオネスは薄れゆく人影をそわそわしながら見つめている。(彼は基本的にお人好しである。また、優しげで繊細そうな61α人という種族に憧れを持っていた。彼の両親のどちらかが61α人なわけだが、イメージ的に母親が61α人に違いないとライオネスは思っている。カストル人はそこらへんにごろごろいるが、なかなか自分の星から出る事の無い61α人は、「8種族の雑居箱」にあっても見かける事は稀で、その姿はまさに掃き溜めに鶴状態だった。そんな細々した感情から、彼はなんとなく61α人に肩入れしているのだ)
関わるとロクな事にならないと言ったばかりなのに、61α人らしき逃亡者のことを心配しているライオネスの様子をちらりと見ると、ジーンは人影が去って行った方を指差して言った。
「ライオネス、あの3人を助けてこい」
「え、ですけど」
モルドサラムには純血のカストル人の用心棒がいるんスよ。それにお客をこんなところにほったらかしにしたままじゃ良か無いッスよ。
ライオネスはもごもご言いながら、モルドサラム商会とジーンの顔を交互に見比べた。
商会の方には、轟音を聞きつけた人々が野次馬しようと、大通りの方からぞろぞろやって来始めている。
「バーガンの件はそれでチャラにしてやる」
ジーンの声は威厳に満ちていた。
「客の命令だ。行け」
客とはいえ、そんな命令は仕事外のことなので従う必要は無いのだが、目の前のカストル人の静かな迫力に圧倒されてしまい、ライオネスは「う、うぃっす!」と威勢のいい返事をするとばね仕掛けの人形のように走り出した。
その元気な後姿が、黒だかりの野次馬たちに至る前で突如姿を消したのを見て、ジーンは軽く目を見張った。
「空間転移か……」
:::
アードアナで生まれ育ったライオネスは、この界隈を自分の庭のように知り尽くしている。
モルドサラム商会よりさらに奥にある、周辺の建物より高めの7階建てのビルの屋上に1回のテレポートで降り立つと、上から地上の様子を眺め回した。
「お、いたいた」
目的の3人組はすぐに見つかった。
彼の立つビルに面した道を、大通りから遠ざかるように、奥へ奥へと走っている。その後を数人の5、6人の大人たちが怒声を上げながら追いかけていた。あの足の速さでは追いつかれるのは時間の問題だな。そう分析していると、3人が通り過ぎた右手のビルの壁がいきなり崩れ、瓦礫が道を塞いだ。サイコキネシスで破壊し、追っ手に時間稼ぎの障害物を作ったのだろう。
あんなに派手にぶっ壊されると目立つなぁ。早いとこなんとかしないと。
ひゅっと息を吸い込むと、ライオネスは3人組の進行方向の空間へ跳んだ。
突然空間を割って現われた少年の姿に、3人組は息を呑んで立ち止まった。皆、ライオネスと同じくらいの年の少年、少女たちである。
『助けてやるよ、ついて来な!』
61α語で声をかけると、ライオネスは邪気の無い笑顔を振り撒きながら手招きした。
3人は逡巡したようだったが、少年の背中に負ぶさっていた一番小さな女の子が「大丈夫」と言ったのを聞いて、他の二人は頷くと、ライオネスに従った。
ライオネスは迷路のような小路を、右へ左へと走った。
3人組は見るからに体力が無さそうだったのでバテないかと心配したが、彼らは途中から走るのをやめて、サイコキネシスで低空飛行しながらライオネスの後をぴったりつけてきたので、「すげー」と驚き安心する。
ゴミ箱を後ろに転がしたり、壁に立てかけてある木材の束をばらまいたりしながらひたすら逃げているうちに、追っ手との距離が徐々に開きつつあった。
振り返ってそこそこ距離が開いたことを確認すると、ライオネスは角を曲がったところすぐにあった雑居ビルの入り口に駆け込んだ。3人がそれに続く。
入り口すぐの何も無い空き部屋に入り、ドアに鍵をかけて、4人はそこでやっと息をついた。
ライオネスは、少し息が乱れた程度だったが、金の髪の少女と、赤銅色の髪の少年はゼエゼエと肩で息をしている。
少年に背負われていた小さな少女が、申し訳なさそうに少年の顔を覗き込んだ。
『ごめんなさいウーヴェ、私が頼りないばかりに……』
『君が、謝る、ことは、無い』
息を切らしながら、ウーヴェが首を振った。『あの、下劣な、テラ人が、全て悪い……!!』
『ウーヴェも、悪いわよ……!』
金髪の少女……アイリーンが汗を拭いながらウーヴェを睨みつける。
『まさか、あそこでキレるなんて、思いもしなかったわ!』
『しかしあのままだったらマッシムは倒れていたぞ!』
『でも予定が狂ったわ!こんな早い段階でこんな知らない町であんなテラ人に追いかけられることになるなんて……!』
『ちょっ、ちょっと待った!あんたたち仲間割れは後にしろよ、騒いだら追っ手に気付かれるってば』
『大体あんたは何なのよ』
仲裁に入ったライオネスを、アイリーンがキッと睨みつけた。その瞳を受けて、ライオネスの心臓が早鐘のリズムを刻む。
『うわっ、すっすすすっげー可愛い!!俺あんたみたいな凄い可愛い女の子初めて見たよ!』
ライオネスのストレートな物言いに、アイリーンは毒気を抜かれたように瞬きをすると、顔を赤らめてそっぽを向いた。
『私の質問に答えてないわよ』
『あ、俺、「ライオネス」!ヨロシクゥ!』
ライオネスは自分の名前部分だけテラ語を用いて名乗った。
『どうして私たちを助けたの?』
『えーと、それは成り行きというか命令というか、……ほらっ、あんたたち61α人だろ?この辺でも61α人は珍しいし、それに俺、これでも61α人の血をひいてるんだわ。そういうのって気になっちゃうし助けたくなっちゃうだろ?』
『……あなた、混血なの?』
『そーそー、61αとカストルのハーフ!でも俺、自分で言っちゃなんだけど、頭おかしいとこ無いし、悪い奴でもないし、周囲からもいい奴なんて評価受けてるぐらいだから心配しないでいいよ』
実にいい笑顔のライオネス。『で、あんたたちはどうしてあんな目に遭ってたんだい?』
『それは……』とアイリーンが口を開きかけたその時、マッシムの声が遮った。
『見つかったわ!』
他の3人がその意味を理解する前に、部屋のドアが吹き飛び、Tシャツ姿の筋肉隆々とした大男が姿を現した。ガウスである。
モルドサラム商会の建物内にいたカストル人は、ガウス一人だった。
逃げた3人組との追いかけっこの最中、他にいたテラ人たちは次々と脱落し、残ったのは彼のみ。純血のカストル人で、傭兵経験もあるガウスにとって、ライオネスを隠れながら追跡するなど難しい事ではなかった。
「このクソガキども!なんてことしてくれやがる!!」
抗弁の間も与えず、ガウスはウーヴェに掴みかかろうとした。しかしガウスの背後にテレポートしたライオネスが、その猪首目掛けて回し蹴りを繰り出した。それをガウスは右手で簡単に受け止める。
「なんだてめーは」
ガウスは振り返りざま顔に一発拳を叩き込もうとしたが、少年は間一髪のところでテレポートしガウスの手から逃れた。
「あんな細っこい子供相手に恥ずかしくないのかよ!?」
「うるせー!こちとら金がかかってんのよ!」
部屋の入り口付近に逃げたライオネスに、ガウスは一気に詰め寄った。
そのスピードはライオネスの予想をはるかに上回るものだった。
うなりを上げて迫る拳に、咄嗟にライオネスは腕を上げて防御の体勢をとったが、受けた衝撃は大きく、踏ん張りきれないで吹き飛び、そのまま壁に叩きつけられてしまった。
息が詰まってむせる少年に、ガウスがゆっくり近づく。
「弱いねー、へっへっへ、モルドサラムにガウスありとまで言われたこの俺様ににたてつこうなんざ100年早ぇよ!」
得意げに言うガウス。うずくまるライオネスの腹目掛けて蹴りを入れようとしたが、その間に大きな黒い影が立ち塞がった。
「ほう、お前、有名なのか」
ジーンである。
身長はガウスと同じくらいだが、横幅は一回り細い。
ウェイトでは勝っているものの、ガウスのカンは、目の前のカストル人はなかなかできる、と警鐘を鳴らしている。
「……誰だてめーは」
体勢を低くして、ガウスは戦闘の構えをとった。
「俺か。俺はジーン・カースレイン」
ジーンは不敵な笑みを浮かべ、身に纏っていたマントを取り払った。
「手合わせ願いたい……本気で来い」