乙姫8

乙姫





 それからのジーンの行動は迅速だった。
 ガウスを縛り上げた後、4人の子供たちを引き連れてライオネスの職場であるカンダワ商会へ行き(途中、モルドサラム商会の人間に出くわしたが、『このロリコンが恥を知れ!』とジーンが鬼の形相で一喝すると、皆腰を抜かして動かなくなった)、クソ情報をネタに社長のカンダワを脅した。テラ人の50代の社長は、自分よりも30センチも高い大男に見下ろされ、禿げ上がった頭に汗と油を光らせひたすら頭を下げ続けた。
 『クソ情報だなんてそんな……』
 『俺は、<やる気、勇気、元気、才気に富んだ腕自慢の若者募集!>と募集要項欄に記載したはずだ。だがお前たちが推薦したバーガンとやらは、大酒飲みで家賃もろくに払えない粗暴な筋肉達磨、と町では最低な噂ばかりだった』
 『そ、それはですね、バーガンの強さを妬んだ人間が言っているだけで、まぁ、多少、酒飲みでヤンチャなところもあったかもしれませんが、カースレイン様の募集には誰よりも積極的な姿勢を見せておりましたし、何よりも彼はタイタン異種格闘技選手権の準優勝者でございますれば……』
 『その準優勝者だが……、』怒りを押さえ込んでますという表情のジーンの腕から、ずずず……とオドロオドロしい効果音つきで銀色の鎌が出てきた。カストル人特有の生体変化で、彼らは腕や足を変化させて鎌を作ることが出来るのである。
 『今朝、リンチにあって死んだそうだ……』
 『え、し、死んだ!?』
 社長の目はジーンの鎌に釘付けだった。
 『お前、この俺が遠路はるばるタイタンまで足を運んだというのに、なんだこのオチは面白くもなんともないわ!お前の首を刈って干してカエルと一緒に串に刺してみやげに持って帰ってやろうか……!』
 『ひぃぃっ!ワシみたいな親父の頭なんて美味しくないです!絶対不味いですよ!』
 『食ってみなけりゃわからんっ!』
 脅しではなく本当にやりかねないカストル人の雰囲気に、カンダワは顔を真っ青にして言い訳した。
 曰く、ジーンの出した破格の待遇条件に目をつけたバーガンが、カンダワを脅して無理矢理推薦させた……とかだが、どうせこの社長のことだから、バーガンからまとまった金を貰ったギブアンドテイクだったのだろうとライオネスは思った。死人に口無し、生者は自分の保身の為に死んだ者のことはなんとでも言えるのだ。
 その後、ジーンは鎌をちらつかせながら、ライオネスの辞職を認めること、ライオネスのカストルまでの渡航手続きをとること、アイリーン他2名の偽造パスポートを早急に作ること、更に彼らの衣類など旅の用意をすることを条件に、バーガンの件を無かったことにしてやると脅迫した。自分の命が惜しいカンダワは勿論、一も二も無く首を縦に振り、部下を走らせ怪しい手続きを迅速に行った(高額な偽造パスポート費用や旅支度代は勿論カンダワ持ちである)。

 次の日、ライオネスは、孤児院や世話になった町の人々に急の出発を告げに走り回った。
 孤児院の子供たちは泣いてライオネスにしがみつき、彼のことを昔から気にかけてくれていた神父は祝福の言葉を贈った。『君がいつも光と共にありますように』
 屋台の親父たちは色々なテラ語で激励し、親愛の情を込めて少年を小突き回した。『出世したら俺に戸建を建ててくれ!』
 少ない荷物をまとめ、持てない分は孤児院に寄付するということで大家に話をつけた。住み慣れた土地や親しい人々との別れはつらかった。しかしライオネスの胸にはそのつらさを上回る希望が満ち溢れていた。
 ライオネスが出立の準備をしている間、アイリーンたちはカンダワの店の客室で、特にすることもなく大人しくしていた。暇つぶしにと与えられたテラ語の小説は、貸金業界のボスが裏社会を平定していく話で、ウーヴェは少し読んだだけでやめてしまったが、アイリーンは全10巻をたったの4時間で読破した。マッシムは疲れたのか、ぐったりと目を瞑りソファに身を沈めていた。ジーンも同じ部屋でくつろいでいた。新聞や雑誌に目を走らせ、たまに携帯電話が着信音を告げると、部屋を出て外で何やら話した。
 『ジーンは信用できるのか?』
 部屋の外で話すジーンの声を聞きながら、ウーヴェがマッシムに尋ねると、テレパシストの少女は『悪い人じゃない。大丈夫』と目を瞑ったまま言った。
 
 カンダワを脅した翌日の夜、普通なら4日はかかる手続きを1日でやり終えたと、カンダワが額の汗を拭きながら部屋に現われた。こうしてアイリーンたちは堂々とタイタンを出航できるようになり、カンダワの首はジーンの土産物にならずに済んだのである。


 ジーンは個人船を持っていた。20人は寝泊りできるスペースがある中型のバトルシップである。
 「うわっすっげー!フラロウスだよオイ!」
 「ちょっと、フラロウスって何?」
 アイリーンの問いに、バトルシップを見上げてはしゃいでいたライオネスが「知らねーのっ!?」と勢いよく振り返るや否や怒涛の如く説明をし始めた。
 「超高級船だよ!庶民の憧れ!富のステータス!黒豹をイメージしたスタイリッシュな船体、とことん追及されたアメニティ、優れた機動性、内蔵された対宇宙海賊用最新兵器の数々、単船でのハイ・スペース航は勿論のことワープまでの所要時間の短さと安全性は業界ナンバーワンと名高いんだぜ!そんだけあってめちゃくちゃ高いんだ!確かこの型は1つ前のタイプだけど、中古でも1億5千はくだらなかったぜ。それくらいセレブたちに大人気の超高級バトルシップなんだ!このクラスの中型船だとティニス社のホルスやザイアン社のスレイプニルがあってどれも一長一短でさ、ホルスはソル(太陽)をイメージした派手さが売りで若者嗜好ってヤツだけどなんっか真っ赤でちゃらちゃらしてるし、スレイプニルはエレガントさが売りの白銀ボディで綺麗だけどいまいち弱々しいイメージがあるから、俺的にはやっぱフラロウスがお勧めなんだよなー。あぁ、カタログ見て想像するだけで終わる人生だと思ってたのにまさか本当に乗れる日が来るとは!」
 「まとめると、ジーンは大金持ちってことね」
 自分の目に狂いは無かったとにっこり笑うアイリーンに、長広舌を終えたライオネスは頬を膨らませた。
 「いやまぁそうだけどオレがこれだけ話してそんなまとめ方は品がねーよ」
 「品が無いとは何よ!本当のことを言っただけじゃない」
 「金じゃなくて、なんかほら、他にないかなー。センスが良いとかロマンを感じるとかー」
 自分の船でもないのに自慢げなライオネス。フラロウスに対する賞賛の言葉が欲しいのだろうが、アイリーンはそんな意を酌まず首を小さく傾げた。
 「搭載した武器ってどれくらいの破壊力があるの?」
 「……なぁなぁ、女の子って普通こんなこと訊くもんかな?」
 項垂れたライオネスは、同性ならロマンを分かってくれるに違いないとウーヴェに話しかけたが、返事はにべも無いものだった。
 「アイリーンは偉人になるのだから普通じゃなくて当たり前だ」
 「ふふふ、ウーヴェもわかってきたわね」
 「……お前らってわけわかんねー……」
 ライオネスが知人友人たちと別れてカンダワ商会の一室に戻ると、61αの血をひく4人の少年少女たちは、ちょこちょこっと話をした。といっても実際に会話していたのは9割方アイリーンとライオネスの二人で、ウーヴェやマッシムはライオネスが水を差し向けなければ口を開くことは殆ど無かった。
 そういうわけで、ライオネスの服の裾をくいっと引っ張った小さな手がマッシムのものだと気付いたとき、ライオネスは「おぉっ」と驚いた。気弱そうな彼女の方から接触を試みてくるとは予想していなかったからだ。
 「え、え、なになに、マッシムちゃん?」
 「あっ、あのねっ、わたしね、あなたの言っている意味が殆どわからなかったけど、なんだかこの船ってスゴイと、思ったよ……?」
 アイリーンの完全無欠の美貌には劣るものの、マッシムは十分可愛らしかったし、ライオネスの思い描いていた61α人像どおりの性格の持ち主だった(他の二人はなんかどうも違った。特にアイリーンが)。長い睫毛に縁取られた大きな蜜柑色の目に覗き込まれ、少年の頬と耳に朱が差す。
 「え、そう?えへへ、ありがとう……あー、あのさ、俺の説明、どの辺がわからなかった?」
 「えとね、意味の分からない単語が出てきたから……クロヒョウとか、アメニティとか……ごめんね」
 「いやっ、マッシムちゃんが謝ることないってば!61α星から出たことなかったんだから当たり前だよ!黒豹とか61α星にいないだろ?テラの猫科の動物で、オレも写真でしか見たことないんだけど、スラッとしててカッコいいんだ。アメニティってのは快適な居住性のこと。乗り心地抜群ってことだよ」
 「アメニティはわかった。でもね、ネコカって何?」
 「あー、うー、……動物って色々な種類がいるだろ?テラ人はそれを分類して科目に分けてんだ。テラの代表的な哺乳類の中に猫ってのがいて、猫科というと猫と同じ分類の動物って意味になる。猫はさっき街中で見なかったかなー?ニャーッと鳴く4足歩行の動物なんだけど」
 「……見なかったと思う」と、少し考えてからマッシムは言った。彼女は能力を用い、ライオネスが今頭の中に思い描いているであろう猫の姿を見ようと思えば見ることが出来る。しかし、この言葉を尽くしてなんとか教えようとする善良そうな少年に、今その能力を使うことは自分でも理由がよくわからないのだが気が引けた。61α人の友人相手なら、断りを入れてから思考を読み、「ああ、それがネコね」でお終いなのだが。
 「多分さ、フラウロスくらいの船だと、辞書や百科事典はコンピューターが標準装備してるだろうから、映像とかで確認できると思うぜ」
 「……ライオネス君ってスゴイね。なんでも知ってる」
 「え、そ、そうかなー、でも俺、ちゃんとした教育とか受けたこと無くて、興味あることしか本読んだりしなかったし、知識とか偏ってるんじゃないかなーとか思うし」
 「こら、鼻の下が伸びてる」
 声とともに後頭部に鈍い衝撃が走る。振り返るとジーンが黒いマントにターバン姿でにぃっと笑いながら立っていた。右手はチョップの形をしている。昨日出会ってからもう何発喰らったことだろう。
 「ってー!旦那にゃ俺の顔見えてなかったじゃないッスか!鼻の下なんて伸ばしてないッスよ!」
 「俺くらい修行を積めば声を聞いただけで鼻の下の長さくらいわかるようになる」
 「いや、そんなのありえねーし!」
 結局ジーンをアニキではなく、今までどおり旦那と呼ぶことにしたライオネス。ジーンに感謝と尊敬の念を抱きつつも、態度は以前と変わることは無かった。容赦ないツッコミを繰り出す少年の傍らで、ジーンの姿を見るや否や慄く様に3歩退いたマッシムも相変わらずである。ウーヴェは無表情で、アイリーンは我関せず、腰に手を当て船をじろじろと品定めするように見上げていた。61αからの3人組は正直とっつきにくいタイプだが、ジーンは気に留めた風もなく、手をパンパンと叩いて子供たちの注意を惹いた。
 「出航手続きを済ませてきた。カストルまで1週間はかかる。辞書も百科事典も後で好きなだけ見るといい。さぁ、乗れ」



:::



 フラロウスに乗ると、アイリーンたちはゲストルームを二部屋与えられた。
 バーガンしか乗せない予定だっただろうに、部屋は両方とも清潔に保たれ、客をもてなす準備が整っていた。窓際のテーブルの上にはお湯の入ったポットと焼き菓子まで置いてある。しかし、シングルだったため、部屋には一つしかベッドが無い。クローゼットを開けると、ふかふかの毛布が入っているので、片方はこれを床に敷いて寝ろということなのだろう。
 「毛布発見!ふっかふかだぜぃ!俺これでいーや!」
 クローゼットを覗き込みながらライオネスが声を上げた。同室になったウーヴェは荷物を置いて外の景色を見ながらぼーっと立っていたが、ライオネスの言葉にはっと我に返り、毛布を床に投げ出し「俺の陣地!」などと言ってる少年とベッドを交互に見る。
 「……昨日は君のおかげで助かったようなものだから、僕が床で寝よう。君がベッドを使うといい」
 「えー、いーよいーよ、俺さ床でごろ寝とか慣れてるし毛布あるだけで嬉しいし。あ、見ろよ、もう船かなりのスピード出てるぜ!はやっ!すげっ!」
 「しかし……」
 「こんだけスピード出してんのにGを感じねー!船内の重力制御が百点満点なんだよ!フラロウス万歳!俺万歳!あ、お菓子見っけ、うまそーっウーヴェ食おうぜー」
 「……ライオネス」
 「んー?」
 「……この船は確かにいい船だな」
 「!!そーだよなっ!いい船だよなっ!ウーヴェわかってんじゃーん!」
 「61αからタイタンまでの移動は、出航監史の目を欺くためという理由で、ずっと機関室に押し込められていたから、つらかった」
 「うっへぇ〜、比較対象がスッポンどころかミドリガメだなそりゃ」
 「すっぽん?」
 「すっごく苦労したんだなってこと……おぉっ!これうめぇ!マドレーヌだってさ、ほら、お前の分!」

 船がワープし、ハイ・スペースに入って落ち着いてから、フラロウスの一番大きな部屋で搭乗者全員が対面することになった。
 ジーンとアイリーンたち以外には、船長が1人と、その他6人が搭乗しており、彼らは皆カストル人だった。
 6人のカストル人たちは、男性4人、女性2人。みな気さくで明るく、性別関係なく筋骨隆々としている。
 船長とジーンが航路の打ち合わせで席を外したため、初対面同士のみで話すことになったが、陽気で人懐っこいライオネスはすぐに打ち解け、場を賑わせながら色々と情報を入手した。アイリーンたち3人は、簡単な自己紹介の後、ライオネスに全て委ねたとばかりに大人しく会話に耳を傾けていた。
 ジーンはあちこちの星で<やる気、勇気、元気、才気に富んだ腕自慢の若者>を募集していたらしく、応募者は山のようにいたのだとか。それをジーン自らふるいをかけ(拳と拳で語り合ったらしい)、選ばれたのがこの6人なのだとか。6人はみな歴戦の兵で、そこらへんのカストル人が100人いっぺんにかかってこようが指一本で勝てるとか。9割り増しで語られているような気もするが、実際彼らの放つ雰囲気は独特で、くつろいでいるように見えて隙がない。ライオネスが突然殴りかかっても簡単にいなされるだろう。そんな彼らのオーラをさらに濃縮させたものを、ジーンは持っていた。
 「やっぱジーン殿は強ぇわ。オレ、本気で殺りにいったけど全然歯がたたなかった」
 「あの人の下で働けるって名誉なことだよねぇ。カースレイン家直属の傭兵になったってお袋に電話したら泣いて喜んでたさ」
 「へー、ジーンの旦那んちって有名なんッスか?」
 ライオネスの言葉に、6人のカストル人達は会話を止めて目を剥いた。
 「えぇっ、じゃぁ何だ、お前らカースレイン家を知らんでジーン殿についてきたんか?!」
 6人の反応に気圧されつつ、ライオネスはふさふさの頭をかいて首をかしげた。
 「オレ、タイタン育ちだし、他3人は61α育ちッスもん。カストルのどこの誰なんて全然知らないッスけど、多分、ジーンの旦那はダカルガの人間……ッスよね?んで軍事関係者?」
 「そうさ、それだけしか聞いてないのかい?」
 「いや、それすらも教えてもらってないッスけど、ジーンの旦那の服にダカルガ軍の紋章が入ってたから」
 「紋章?タイタン育ちなのに、どうしてそんなマニアックなこと知ってんだよ」
 「オレの働いてたとこの近くにミリタリーショップがあったんッスよ。実戦用じゃぁなくてなりきって遊ぶ人たち用の店なんッスけど。そこの親父と知り合いだったもんで、色々教えてもらったんッス。ダカルガ軍は双頭の鷹ッスよね。ホルトバーン軍のウドガク(獅子のようなカストルの生物)と並んで人気商品だったみたいッス」
 「「「「「「ホルトバーン!!」」」」」」
 打ち合わせもしていないのに6人のカストル人は唱和した。ライオネスの向かいに座っていたアメリアという名の赤い髪の女が身を乗り出す。
 「ホルトバーンとダカルガ、どっちの方が売れてたんだい?」
 「えっ、なんッスか突然真剣な顔して」
 驚くライオネスの襟元を、左隣に座ったグリーンウェルという名の男が締め上げる。
 「どっちだよ、ぇえっ?!」
 「ひー、落ち着いてっ落ち着いて!」
 ライオネスを痛めつける気はないのだろうが、なぜか興奮して攻撃的になっているらしい。
 その様子にマッシムとウーヴェは『やっぱりカストル人って怖っ』と身を硬くしたが、アイリーンは「あらあら」と足を優雅に組んで見物体勢に入った。視界の端で頬杖をつき楽しそうに微笑むアイリーンの姿を目にし、周囲からの助けは無いとガックリしながら判断したライオネスは、今までの会話を鑑みて慎重に口を開いた。
 「た、多分、……ダカルガ、かなぁ」
 途端、ライオネスはごつい手から開放され、部屋に歓喜の声が溢れた。
 「ぃよっしゃーー!勝ったァ!!」
 「当たり前のこんちきよォ!滅びろホルトバーン!」
 「翼があって、頭なんて二つもあるんだぜ!?キマッてるよなぁ!?ウドガクなんざ片腕だけで首をポキンよ!!」
 「ライオネス、よくやった!」
 別にライオネスは商品棚にずらりと並んでいるコスプレ用の制服を見ていただけで、売りも買いもしたことは無く、ダカルガとホルトバーンの制服が<人気商品!>と札をつけられてるのを見たことがあっただけで勿論売り上げはどっちが勝ってるなど知らず、褒められることなど全くしていない。場の雰囲気を読んで言っただけだがどうやら正解だったらしい。冗談でもホルトバーンなどと言っていたら、あのままウドガクの代わりに首をポキンと折られていたかもしれない、というくらいの騒ぎようだった。
 「えーと皆さん、ダカルガ出身なんッスか?」
 首を折られそうになったグリーンウェルに話しかけると、男はその隣に座っていた紫色の髪の女を指差した。
 「オレとアマンダはダカルガ出身だけど、他の皆はバラバラだぜ。でもみーんなダカルガ派よ!ホルトバーン出身者はいねーよ」
 「そりゃそうさ、ホルトバーン出身者が応募するわきゃねー」
 「ホルトバーン死ね!滅びろ!」
 やいのやいのと騒ぐカストル人たちを見ながら、この人たち、ホルトバーンのことよっぽど嫌ってんのなーと考えていたライオネスの足をテーブルの下で誰かが蹴った。興奮したカストル人の仕業かと思ったが、二人向こうから足を思いっきり伸ばしたアイリーンの仕業だった。
 「ちょっと、ライオネス、ダカルガやらホルトバーンやらわけがわからないんだけど教えなさいよ」
 ライオネスですらついていけないのに、61αを出たばかりのアイリーンたちは全くわからないことだろう。アイリーンは蚊帳の外にされるのが大嫌いだった。
 「あ、ごめんごめん、わけわかんなかったよな。んとな、カストルには大小300以上の国があって戦争しまくってんだけど、その中でも5つの大きな国があって、ダカルガとホルトバーンはその五大国の一つ。……とまぁ俺にもこの程度の知識しかねーんだけど、あはは」
 「勉強不足だねぇライオネス坊や。今のじゃ30点もあげられないぜ」
 グリーンウェルが裂きイカを噛みながら、ライオネスの頭を小突いた。
 「遠い星の国のことなんてオレには興味無かったし」
 頬を膨らませる少年に、アメリアがにぃっと笑った。尖った大きな犬歯が照明の光を受けて光る。
 「これからは嫌でも興味を持たなくちゃならねーよ。なんたってジーン殿の旗下に入るんだからねぇ」
 「ジーンってダカルガの要職にでもついてるの?」
 アイリーンは隣に座るパッキーという男の顔を覗き込んだ。美少女に覗き込まれ、パッキーは相好を崩して「どんどんパフパフ、当ったりー!」と意味不明なことを言う。
 「可愛いお嬢ちゃん、ライオネス坊やの説明に無かった超重要なポイントを教えてやらぁ。ダカルガとホルトバーンは仲が悪くて現在緊張状態。どっちかの領土に石を投げ込んだだけで即戦闘突入ってなもんよ。そしてダカルガ軍の最高司令官は……」
 「パンパカパーン!」パッキーの後を継いで、アメリアがファンファーレを叫んだ。「我らが戦神!イース・カースレイン!!」
 どっと場が沸いた。
 カストル人達は口笛を吹いたり、「渋いッス!」や「抱いてー!」などと野次を口々に叫びまくる。
 「カースレインってことは、ジーンの旦那の親戚か何か?」
 ライオネスの問いに、グリーンウェルが親指をビシッと立てて答える。
 「親戚も何も、ジーン殿のお父上だ。カストルで知らねぇ奴はいないカースレイン家現宗主にして超☆勇者さ!そのあまりの強さに戦神とまで呼ばれてる男だぜ」
 グリーンウェルの発言を引きついで、向かいに座っていたオマリーとバースが興奮して頷きながら口を開く。
 「カースレイン家はダカルガ国の名門一族でねぇ、伝統もあるが実力もすげーのよ。ホルトバーンのアシッドメア家や、カイマのオルス家に並ぶなー」
 「ジーンさんはダカルガ軍にいる3人の司令官のうちの一人だ。んでもって間違いなく次期最高司令官。言っとくが世襲制とかじゃねーぜ、実力だかんな」
 カストル人たちの説明に、ライオネスはポカンと開けていた口をしばらくもがもがさせていたが、突如叫んだ。
 「うえぇーー!なんかっ!なんかなんかなんかそれってめちゃ凄くないッスか!?」
 「すげぇよ!だからさっきこの部屋入って来たとき、ジーン殿にツッコミを入れまくってるお前を見たときはビックリしたよ。なーんて不敬な奴だろーって」
 「うわっ、オレめっちゃ軽々しく口利いてた!やっばー!お偉いさんだろーとは思ってたけど最高司令官候補だなんて思ってなかった!初めのうちはマフィアのワカガシラとかじゃねーかなとか勘違いしてたし!」
 「それでもツッコミ入れてたのかよ」 
 「だってさー、タイタンくんだりまで軍司令官が直々に街のごろつきのオッサンをスカウトしに来るとか思います?思わないッスよね!?あぁー、俺ってばカストルに着いた途端不敬罪で逮捕されたりして!そのためにこの船に乗せられたのかなー」
 「死刑だな」
 「うん、坊や死刑」
 「短かったが楽しかったよ。あの世で達者に暮らせや」
 穏やかな表情で手を振るカストル人たちに、ライオネスは待ってーと追いすがるような仕草をした。
 「やめて下さいよー!洒落なんねーッスよ!オレ死んじゃうじゃないッスか!」
 「なんだライオネス、死にそうなのか?」
 「うわっ、ジーンの旦那!じゃなかったジーン殿!」
 いつの間にかジーンがライオネスの背後に立っていた。他のカストル人は既に気付いていたのかニヤニヤ笑っている。意地が悪い。
 「どうした、今度は殿付けで呼ぶのか。ひとまず何故死にそうになっているのか説明しろ」
 「はっ!」
 ライオネスは起立し、こめかみに手をあててビシリと姿勢良く敬礼した。
 「本当に死にそうにはなっていません!ただの冗談であります!」
 「……気味が悪いぞ、その話し方。熱でもあるのか?」
 「ジーン殿のことを色々聞いたものですから、最上級の礼儀を尽くして会話することにしたのであります!」
 「俺のこと?どんなことを?」
 「司令官であらせられるとか、戦神を父にお持ちになっていること、などであります!」
 「あぁ、俺の親父殿は戦神といってもただのあだ名で、普通の人間だから安心しろ」
 「いやそんなこと言われるまでもなくわかってるッスよ!」
 ライオネスは思わずツッこみ、カストル人たちがゲラゲラと笑った。とその時、この和んだ雰囲気を破るような勇ましい少女の声が部屋に響き渡った。
 「ちょっと待ちなさい!神がどうのこうのって貴方たち私のことを放っておいて見下げた人たちね!」
 「なんだよ急に」
 突然割って入ってきたアイリーンに、ライオネスは目を丸くした。それを小馬鹿にしたように見遣ると、アイリーンは腰に手をあて高らかに言った。
 「私は本当の神の声を聞いたのよ!だからライオネスは私に馴れ馴れしい言葉を使ったら駄目。最上級の礼儀を尽くして話しなさい!」
 「ごめん、アイリーンちゃん、話に収拾つかなくなるから横槍の新種ボケはスルーさせてもらうよ」
 しっしと追い払う仕草のライオネスに、アイリーンは耳を紅くした。
 「ちょっ、誰がボケよ!ウーヴェ、不敬罪よ!私をボケ呼ばわりしたライオネスに思い知らせてやりなさい!ぷちっと潰すのがいいわ!」
 「ぷちってオイそれ確実に俺死ぬから!」
 「あのね、アイリーン、ライオネス君に悪気はないの、だから許してあげて、ね、ウーヴェ?」
 「そうだ、マッシムの言うとおりだから落ち着いて。ジーンさん、話を進めてください」
 「あぁ、お前たちが打ち解けたか見に来ただけだ。上手くやってるようだな」
 ジーンは笑って頷いた。司令官の貫禄をここに見た!というような鷹揚さである。


 :::


 恒星カストルを中心に回る4つの惑星の一つ、ミンナラがカストル人の母星である。他の3つの惑星は人が住める環境ではなく、テラでいう「カストル」という名前は一般的にミンナラを指す。
 環境はテラや61αとほぼ変わりは無い……が、微妙に異なるのが重力だ。テラや61αの約1.1倍の重力がかかるのである。例えばライオネスの体重は、テラに合わせて重力制御されていたタイタンにいたときは53キロだったが、カストルの大地に立つと約58キロになる。つまり約5キロものおもりを持たされた状態になってしまうのだ。
 カストルに到着してからいきなりそれでは大変だろうということで、タイタン出立から1日後、フラロウス内の重力はカストルの重力に合わせられた。ライオネスはすぐに慣れたが、61αから来た3人組は元々筋力に乏しかったため、数日間、かなりの苦労を強いられた。マッシムは3キロ増えた程度だったが、かなり堪えたらしく貧血を起こして倒れてしまった程である。それでも1週間もたつと、重いとも思わず普通に暮らせるようになった。
 また、船のコンピューターには様々な辞典や書物が入っていたので、4人組はカストルの歴史や生活習慣、現在の国際情勢などを学んだ。
 わからないことは同船しているカストル人たちに聞けばよかった。

 「ホルトバーンは一番でっかい。人がたくさん住み、国力もある。テラとの交流も一番盛んだ。ホルトバーンの先々代国王が新しいもの好きの革新的オーサマだったそうで、それからテラの最先端科学技術も次々輸入してる。特に現国王が王位に就いてからのここ数十年で首都にゃ高層ビルが立ち並び、その様はまるで火星のようだったってダチが言ってたよ。オレァ火星は映像でしか見たこたぁねーが、あれと同じくらいってんならたいしたもんだ。でもなー、それだけならたいした国だなーで済むんだが、奴ら、テラの兵器まで輸入してんだ。街一つ、ボタンをぽちっと押すだけで一瞬のうちに燃やせるんだぜ。そんなのってカストルっぽくなくねー?」

 4人組は61α人の血を引いているだけあって、揃いも揃って呑みこみが早く、教えられたことを次々と吸収した。
 ずば抜けて頭の良かったウーヴェは、ダカルガの法律を附則に至るまで丸暗記し、さらに宇宙船の操縦法からメンテナンスの仕方、果てはダカルガ料理の作り方まで覚えて周囲を驚かせた。
 アイリーンは、カストルについての知識を一通り蓄えると、テラの情報を仕入れるのに一生懸命になった。特にテラの企業とホルトバーンの癒着を気にし、日がなモニターを眺めた。マッシムはその隣で、ひたすら百科事典を読みまくった。
 ライオネスはというと、ジーンにみっちりと格闘のノウハウを叩き込まれた。格闘のことになると、ジーンは鬼だった。容赦ない指導にライオネスは必死に食らいつき、ご飯をもりもり食べ、死んだように眠り、起きて勉強し、また格闘の修行をし、たまに「ネコわかったよ」や「カエルってたくさん種類があるのね」などと笑顔で報告してくるマッシムに心を癒され、明日も頑張るぞと自分を励ました。
 そうこうしているうちに、タイタンを発ってから2週間経過し、フラロウスはカストルのダカルガにあるバッサコ空港に到着した。


 ダカルガは砂漠に囲まれた国で、オアシスを中心に発展した7つの主要都市と1千万人の国民から成り立つ。5大国の中では面積は一番小さいものの、地下のエネルギー資源の豊富さから、国力はホルトバーンに次いで高い。
 主要都市は全て、砂漠からの砂塵と外敵の侵入を阻むため、40メートルもの高さの巨大レンガ壁で都市の周りを囲み、行政機関や軍事施設、上流から中流階級層の国民の住居がその中にある。ジーンの家のある首都アルシードは、防壁が2重になっていた。
 都市と外を繋ぐ鉄製の巨大な門には数十人の軍人が常駐し、出入りするものを見張る。
 壁の外には畑が青々と広がり、さらにその周りを取り囲むように、防砂林の役割を果たすサンジャという大きな木が植わっている。壁の外に住む農民たちは、平時は壁とサンジャの間の広大な土地で農作業に精を出し、収穫した食物は門をくぐって町の中で売りさばく。しかし一旦国王から召集があれば、みな農作業用の道具を置いて国を守る戦士へと早代わりする。まさに壁の外の壁となるわけだが、彼らはそのことに誇りを持っていた。とにかく好戦的な種族なのである。
 「どうぞお通り下さい!」
 エアカーを運転する男がジーン・カースレインと知って、門警備の軍人は頬を紅潮させて最敬礼した。年間平均最高気温が30度を超えるこの国では、兵士たちは式典などかしこまった席を除いて、略装で仕事をすることが許されていた。すなはち、ジーンがマントの下に着ていた黒のTシャツ及び黒のだぼだぼのズボン、そして黒のターバンである。左胸にはダカルガ軍の紋章である双頭の鷲の刺繍が入っている。正式の軍服は首まで詰まった造りになっているので暑いのだ。おそらく、正装の着用率は、本職の軍人たちよりもテラ人のミリタリーマニアの方が高いのではないのだろうか。
 門の軍人にエアカーを預けると、ジーンはスカウトしたカストル人と4人組を伴って、アルシードの中に入った。都市内はエアカーでの通行は禁止されているのだ。(カストル人の場合、走っても同じくらいの速度が出るので、エアカーに乗る人間自体あまりいない)
 白亜や木造の建物が混在する町は、61αのグァレルよりも雑然とし、タイタンのアードアナよりも広々としていた。
 ホルトバーンと一触即発と聞いていたので、緊張感漂う町をイメージしていたアイリーンだが、メインストリートには『アルシードへようこそ!』と観光客歓迎ムード満々ののぼりが立ち並び、色とりどりのマントやターバンを身にまとった逞しいカストル人が行き交っている。(軍の略装と似たり寄ったりの格好だが、黒色は軍人にしか着用を許されていない色であるため、そこで区別がつくらしい。勿論ジーンは黒の略装で全身を固めているし、傭兵たちや4人組は、空港で買った深草色や藍色のマントやターバンに身を包んでいた)
 布を張り出して作った店先の下には、とれたばかりの瑞々しい果物、野菜、香料、肉など様々な食物が並び、生きた動物の首を絞めて今まさに捌こうとしている店の親父もいた。女たちは意匠を凝らした装飾品を手に取り品定めし、店主は商品の特徴を声高に並べ立てる。
 「お嬢さんお目が高い!このネックレスのトップは、ここをこうしてこうすると、ほら開いた!この中に気付薬を入れておきゃぁ、仲間がコロリとおねんねしちまったときも一発で目覚めまさぁ!薬はほれ、右隣の店で俺の甥っ子が薬屋をしてるんでそちらでお買い求め下せぇ。併せて1割引かせて頂きまさぁ!」

 ジーンに先導された一同が、活気溢れる町を通り抜けると、しばらくして大きな家ばかり立ち並ぶ界隈に出た。
 その中でも一際大きな家が、ジーンの家だった。
 「ひょえー!すっげー!旦那こんなとこに住んでるんッスか!!アラブのセレブみたいだ!あっ、噴水だ!」
 「アラブノセレブ?」
 「いや、俺も写真でしか見たことないんであまり突っ込まないで下さい」
 はしゃぐライオネスの隣で、アイリーンたちも感嘆の眼差しでジーンの家を見ていた。鉄門から長く続く石畳の道の先遠くに白亜の邸宅は立っている。降り注ぐ灼熱の日の光の下、2階建の家はその白さが目に眩しく痛い。庭園には様々な木々が植わり、噴水の水の青さと相俟って、視覚に清涼感を訴えた。まさに砂漠のオアシスである。
 と、豪奢な玄関の戸が開き、中から人影が現われた。遠目にも筋骨隆々と逞しいその人物は、手を振りながらこちらに走り寄ってくる。
 「ダーリンお帰りなさーーーーい!」
 野太いが女性の声だった。走る度に白レースのエプロンの下で豊満な胸が弾む弾む。
 そしてその声に答えたのは、「アラブノセレブとはなんだ答えろ」としつこくライオネスを小突き回していた男だった。
 「ハッ!ただいまハニー!」

 「「「「ハニー!?」」」」

 裏返った61α系の4人組の声が重なり合う中、走ってきた女性がドカッとジーンにタックル……いや、情熱的に飛びついた。抱きとめたジーンは、その衝撃を利用してその場で回転し、ダンスするように女性を振り回した。
 「会いたかったぞ、ハハハハハ!」
 「寂しかったわー、ホホホホホ!」
 唖然とする客人たちを放って二人だけの世界を作りながら、仲睦まじい若夫婦は久々の再会に熱く抱擁しあったのである。


 ジーンの最愛の妻は、名をレンカルアといった。
 チョコレート色の肌に、黄金の巻き毛を肩まで伸ばした野性的な女性で、得意なのは料理と肉弾戦らしい。
 27歳の夫よりも2つ年上の姉さん女房で、軍司令官を尻に敷く様は、ダカルガの女性たちの憧れであった。
 「あんたたちってばなんて小さいの!?」
 身長195センチ(ジーンよりも2センチ高い)、逞しい眉に厳しそうな瞳、太く筋の通った鼻に引き締まった大きな唇(ジーンよりも厳めしい容姿)、凶暴な灰色熊も平手打ちで殺しそうな逞しい体格(ジーンよりもごつい)、そして溢れんばかりの情愛と母性を持っているレンカルアは、ジーンがカストル人の傭兵たちを軍部に連れて行っている間、完全にびびっている客人3人と部下候補1人の世話を仰せつかった。
 「痩せてひょろひょろじゃないかい!ジーンはちゃんとお腹一杯ご飯を食べさせてたんだろうね!?」
 あんたと比べれば誰だってひょろひょろだろう、と思ったが口には出さず、部下候補が神妙そうに答えた。
 「はぁ、ジーンの旦那にはたくさんご飯を頂いたッス。本当に良くして頂いたッスよ」
 「んー、あんたはまぁよしとしよう。そこそこ鍛えてるようだね。でもそっちの少年!」
 顔を向けられ、客人の少年の表情が強張った。
 「……はい」
 「あんたそんなんじゃ戦士になれないよ!」
 「いや、僕は戦士になるつもりは……」
 理不尽な説教にウーヴェは抗弁しようとしたが、アイリーンがその隙を与えず悲しそうな瞳で覗き込んできた。
 「ウーヴェ、あなた、私を守る戦士になるって誓ったじゃない!」
 「僕は君を守るとは誓ったけど戦士になるとは一言も……」
 「あらー、アイリーンちゃん、可愛い子だとは思ってたけどその歳で男にそこまで言わすとはたいしたもんねぇ!」
 「うふふ、レンカルアさんこそ、ジーンさんと仲睦まじくて羨ましいですわぁ!」
 「ホホホホホ!でも私達ここまで漕ぎ着けるのに色々あったんだからー!」
 「キャァ!聞きたい聞きたい!」
 「やだもうー!話せば長くなるんだけど……」
 盛り上がるアイリーンとレンカルア、黙りながらも興味津々といった態のマッシムから置いてけぼりを食らったウーヴェの肩を、ライオネスが訳知り顔でぽんっと叩いた。
 「今日の晩飯は豪勢にちがいねーぜ、なぁ?」
 「ライオネス、僕は戦士になろうなどと考えた事すらない」
 淡々と訴えるウーヴェに、ライオネスは「うん、わーってるって」と明るく笑った。