乙姫9
乙姫
9
ジーンがスカウトした傭兵たちを兵舎に置いて帰ってきたのは、陽が傾き、レンガ壁が町に長い影を落とす頃であった。
料理の腕を自慢するレンカルアだったが、食卓に並べられたそれらは「豪快」の一言に尽きるものだった。
「これ、何という生物……?」
アイリーンが指差したのは、食卓の中央にどーんと据えられている本日のメイン料理。
牛程の大きさの何か動物の丸焼きであった。
こんがり狐色に焼きあがったそれは、6本の足を上に向けて、ほかほかと香ばしい匂いを放っている。
開いた口元からはみ出る上顎から伸びた2本の牙は、アイリーンの腕ほどの長さがあり、見ているだけでなんだか痛い。
「知らないのかい?ラッキスさ。今朝、獲ってきたんだよ」とレンカルア。
ラッキス。
ライオネスとマッシムは、百科事典から得た知識を記憶の本棚からすぐさま引っ張り出した。
カストルの中でもダカルガ北部、エンザッロ連小国などの森林・水辺に生息。頭胴長2.5メートル、尾長90センチメートルに達する。灰色の地に黒の斑模様をもつ。2〜3の家族単位の集団で行動する。縄張り意識が非常に強く、凶暴。種々の動物を捕食。強靭な顎をもち、自分よりも大きな動物であろうと、上顎から生えた40センチもの牙で噛み殺す……。
「あの、一人でこれ、捕まえたんですか?」
消え入るようなマッシムの質問に、レンカルアが右腕を曲げ、かちっかちの力こぶを作ってみせた。ふぁっとマッシムが息を呑む。
「当ったり前じゃないかい!美味しい食材は自分で調達しに行かなくちゃねぇ!だって久々にダーリンが帰ってくるんだもの、腕が鳴るわさ!それにね、こんなに絶妙の加減で炙れるのはこの界隈じゃ私くらいさね。ね、ダーリン!」
「あぁ、レンカルアの美味い食材を見抜く眼力に長けている事、俺も太鼓判を押している」
アイリーンたちが論点にしたかったことは、若夫婦に軽くスルーされた。初めてレンカルアを見たとき、凶暴な灰色熊を平手打ちにしそうだと感じたが、その第一印象は正しかったとアイリーンは思った。なるほど、やはりカストル人は強い。
メインディッシュは迫力満点の見た目どおり、味付けも塩を振りかけただけと大雑把だった。肉食動物の肉は、たいてい筋張って旨みが無いものである。しかし、ラッキスは肉の霜降り具合が絶妙で味もよく、最初取り分けられた肉を恐る恐る口に入れていたアイリーン達も、次第に熱心に口に運ぶようになった。新鮮な葉物に肉を包み、甘辛いタレをつけて食べるとまた違った味になる。ライオネスがあまりに「美味ぇ!」を連発するので、気を良くしたレンカルアが、ラッキスの狩り方から料理の仕方までを教えてやると、恐縮するライオネスに一方的に約束した。そのレンカルアの手には、ジーンの土産であるカエルの串焼きがある。ジーンはレンカルアのために串焼きを10本も買い、冷凍して持ち帰ったのだ。
この食事の席で、ジーンが今後の予定を再確認した。
まずライオネスの身の振り方だが、3ヶ月ほど軍人見習としてジーンに仕え、見習期間が終わったとき、正式にダカルガ軍に入隊するか否かを決める。
「軍学校に入れてやれればよかったんだがな」
肉の固まりを飲み込んでからジーンは言った。
「あそこでは実地訓練は勿論、テラ人教師による用兵学や数学、天文学の授業等もあるから、軍人に必要な基礎知識を身につけることが出来る。勿論、軍学校に行っていない軍人も多くいるが、上にいるのは軍学校卒業生ばかりだ」
「カストル人は物心がつくかつかない頃から、戦い方を親から教わる。軍学校に入らなくても戦うことはできるし、軍学校卒業生よりも我流で強い奴がわんさかいる。ただ、国対国での戦争の仕方や専門知識ってやつは軍学校に入らないことにはどうも得るのが難しいからねぇ。でもあんた、頭良くてその辺の知識はもうばっちりなんだろ?」
レンカルアの言葉に、ライオネスは「いやいやいや」と頭を横にぶんぶん振る。
「用兵学も数学も天文学も触れたことすらないッスよ!俺、勉強したって言えるのは語学くらいで、それもカストル語は公用語しか分からないッス。格闘を教えてもらったのも、ここに来るまでの船の中でジーンの旦那に稽古つけてもらったのが初めてッス」
「へー、そうなのかい。それでダーリンの側近が勤まるの?」
「軍学校6年間で使うテキストを取り寄せている。明日には届くはずだ。それを使って3ヶ月で全部習得させる」
あっさり言ったレンカルアのダーリンに、ライオネスはギョッとして声を上げた。
「ろ、6年間分を3ヶ月でってなに無茶言ってんッスか旦那ァー!?」
「お前からしてみれば難易度は低いはずだ。天文学など小難しげに聞こえるが、星を見て自分の現在いる場所を割り出すくらいだし、数学も基本計算ができればそれでいい。ただ、お前にしっかり勉強させたいのが語学だな。公用語のホルトバーン語は完璧として、あとはここ、ダカルガ語とカイマ語。少なくともこの3つを習得しろ」
この場では言わなかったが、ジーンはライオネスを偵察員に育てるつもりだった。少年の機転が利き、物怖じせず、人懐っこく好かれやすい性格であり、かつ空間転移能力を有しているところに目をつけたのだ。しかも学校にも通っていなかったにも関わらず数ヶ国語話せ、幅広い知識を持っている。確かに61αとの混血である分、純血のカストル人よりも身体的能力は劣る。しかしそれを差引いてもライオネスの素質は魅力的だった。こんな人材がカストル人にそうそういるわけもなく、タイタンくんだりの下町に埋もれさせておくには勿体無い。
「一般的に、カストルの言語はテラのものよりも構成が単純だそうだ。まずはダカルガ語から。いいな?」
「はい、頑張ります!」と、元気よくライオネスは答えた。これからダカルガで暮らすのだから異存は勿論無い。勉強したくても出来なかった今までの境遇を思えば、3ヶ月で1つの言語を習得しろと言われてもなんてことは無かった。自分にはそれだけの能力がある。……多分。
「次にアイリーンたち」
ジーンの声に、今までの話を興味なさげに聞いていたアイリーンが、手元の肉から顔を上げた。部下候補のライオネスと違い客人待遇なので、ジーンがこの国でエライといっても別に畏まらなくてもいいとアイリーンは思っている。隣に座っているウーヴェに「待ちくたびれたわね」と小声で話しかけると、ウーヴェは肉汁やタレで汚れた指先や口元を舐めるのを止めて、アイリーンに少し微笑んでみせた。少年のてかる口元を見て、今の瞬間私よりもエロっ!とアイリーンは思ったが、口には出さず、ぷいっと顔をジーンに向けた。
「明日、本家に連れて行く。ライオネスも顔見せについてこい」
ジーンからは船の中で、精神操作をしてもらいたい人物がいること、その人物は性格に非常に難がありジーンはほとほと困り果てていることを教えられていた。
少しでも性格が丸くなるようにはできないものか。ジーンはアイリーンにそういう能力の使い方は出来るか訊いたが、性格を変えるような操作を試みた経験の無いアイリーンは、一度本人に会ってみないとわからないと答えた。
「殴り合いをしなさいとか、歌を歌えとか踊れとか、そういう行動の命令はできるんだけど。ちょっとライオネス、あなた私の実験台になってみない?その騒々しい性格を押さえつけて、部屋の隅で黙っているような無口っ子に変えれないか試してみたいの」
居丈高なアイリーンの物言いに、ライオネスが「うげぁっ!」と変な声で不快を示した。
「やだよ俺、んなのキャラ違う!ウーヴェで試せよ!俺、お喋りなウーヴェを見てみたーい!」
「断る」と、ウーヴェは即答した。
ライオネスが「えー」だの「けちー」だのぶちぶち文句を言ったが、ウーヴェは明日の事が気にかかってそれどころでは無かった。
ジーンの手に負えない人物というのは誰なのか聞いても、ジーンは「会ってから」としか答えなかった。性格にどのような難があるのかも教えてくれなかった。言えば嫌がると考えているからなのだろう。それほど強烈な人物に違いない。
アイリーンは、ジーンに恩を売って強力な後ろ盾をゲットしたいと考え、是非ともこのミッションをクリアしてみせると勇んでいる。しかし、そう単純にことが運ぶだろうか。神の声を聞いたアイリーンのことだから、なんとかなるのだろうとは思う。彼女に危害が及びそうになれば自分が守ればいいだけのことなのだが、それでも一抹の不安があった。なにせカストル人は強い。アイリーンがジーンに首を握られたとき、自分は身動ぎできなかったではないか。
61α星を出てからというもの、何かと勝手が違い、自分に対する自信が揺らぎ始めていることにウーヴェは気付いていた。ライオネスやジーンに会ってから、その気持ちは確たるものに変わった。Aクラスのサイコキネシスを持っているだけでは駄目なのだ。幼馴染の傍に従い、幼馴染を守り抜くためには、習得しなければならないことがたくさんある。
ウーヴェは唇をぎゅっとかみ締めた。
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翌日の昼過ぎ、ジーンは子供達4人組を、家から10分ほど歩いたところにあるカースレイン本家に連れて行った。
「うっはー!すっげー!アラブの石油王の家みたいだ!」
「アラブノセキユオー?」
門のところで、昨日と同じような問答がジーンとライオネスの間で繰り広げられたが、アイリーンたちの意識は完全に目の前の建物に持っていかれていた。
ジーンの家を邸宅と呼ぶなら、本家は大邸宅だった。アイリーンたちの住んでいたハルカナでこの大きさの建物といったら学校くらいで、それよりも大きい。豪邸の後ろに見える広々とした林も、カースレイン家の庭の一部だと聞いて、さらに驚かされる。
「軍の最高司令官様の家ともなったらこんなに大きいのね」
雨漏りのするボロ小屋同然の実家を思い出し、思わず皮肉めいた口調になったアイリーンだったが、ジーンはそれにこともなげに答えた。
「それもあるが、油田もいくつか持っているから、そっちからの収入の方が大きい」
「本当に石油王だったんッスか!!」とライオネスは驚いた。
「だからアラブノセキユオーとはなんだと訊いている」
「アラブはテラの地名ッス!石油王は、テラが石油エネルギーに頼っていた云十世紀も前、石油で莫大な富を築いた人たちのことッス!」
「石油王か……王と呼ばれるのは恐れ多いが、まぁ確かに金はある。今から遡ること6代前のカースレイン家宗主が、自分の身体一つでどれだけ深い穴を掘れるか挑戦したときに掘り当てたのが、この国最初の油田だ。油田に邪魔されたと言って、彼はその後何度も穴掘りを挑戦したが、そのたび油田や水脈を掘り当て、いくつかをダカルガ王に献上し、ダカルガの富国政策に貢献した」
「なんかもう色々スゲーーッ!!」
誇らしげに語るジーンに、ライオネスはまとめてツッコんだ。
門番に声をかけると、ジーンは客人と部下候補を引き連れて敷地内へ足を踏み入れた。緑と水の溢れる庭を通り抜け、白亜の3階建ての建物の大きな玄関の戸を開ける。
白い大理石を敷き詰められたエントランスは、3階まで吹き抜けになっていた。
ダカルガは年中空気が乾燥した地方で、直射日光のキツい時期でも、建物内や日陰は涼しい。ジーンの家もそうだったが、風通しの良い造りにしているのであろう、心地よい風が顔を撫でた。香を焚いているのか、爽涼な甘い香りが風に乗って漂っている。
フードのように被っていたターバンをおろして、アイリーンは上を見上げた。花の装飾が施された天窓からカラフルな光が落ちて、アイリーンの顔を透明な極彩色で彩る。
と、「お帰り」と声がした。
エントランスに面して、弧を描くように3階までの木製の階段があるが、その2階の踊り場部分に人間が一人立っていた。ジーンを一回り小柄にして、髪のくせっ毛を強く、目を大きく女性的にしたような感じで、いかにもカースレイン家の人間であるといった外見をしている。
手すりを飛び越えて一行の前にスタッと着地した人物に、ジーンは「久しぶりだな、ユルトラ」と声をかけた。
「うん、久しぶり」
「他のみんなは?」
「キースとヴィドーはコロシアムに遊びに行ってる。ウォールは軍学校からまだ帰ってきてない。母様とサリアラは練兵場だと思う。父様は」
「親父殿はザガンに遠征中だな。これは俺の妹のユルトラだ。ユルトラ、遠くからの客人だ」
「ふーん……初めまして」
カースレイン家には次男のジーンを筆頭に、長女のサリアラ、三男のウォール、次女のユルトラ、四男のキース、五男のヴィドーの合計6人の兄弟姉妹がいた。本来ならジーンには二つ上の兄、アークがいたのだが、2年前に戦死している。
次女のユルトラは13歳。アイリーンたちより少し年齢は下なのだが、すらりと伸びた背は身長170センチのウーヴェと同じくらいで、マッシムよりも遥かに大人びて見える。短い髪と、痩せて引き締まった褐色の頬、勝気そうなアイスブルーの猫目が、彼女を少年的な風貌にみせていた。
目を細めて、客人たちの顔をゆっくり眺め回しながら挨拶するユルトラに、なんとなく非友好的な気配を感じながら、アイリーンたちも名乗って挨拶する。アイリーンは一目見て、ユルトラを気に食わない女、と判断した。先方もどうやらそう感じたらしく、挑発的な視線を互いに交し合う。
「この人たちを連れてきた理由、なに?凄く弱そうだから戦争じゃ使えないね。となるとテラ人たちのグラコニル作りの手伝いでもさせようっていうの?」
「ユルトラ」
「冗談だってば。兄さんがそんなこと考えないのはわかってる」
ジーンに向けたのは笑顔だったが、口調はどこか皮肉めいていた。
「じゃぁなんなの、この人たち」
「あいつに会わせる」
だからあいつとは誰なのよとアイリーンは思ったが、ユルトラには通じたらしく、銀色の柳眉を軽くしかめた。
「……よくわからないけど、61α人の特殊能力を当てにしてるの?」
「そうだ」
「父様には言ってある?」
「許可などとってない」
鼻を鳴らすジーンに、ユルトラは呆れたような顔をした。
「家族以外に会わせたなんて知れたら怒られるよ」
「ばれなければいいだろう。ユルトラ、告げ口するなよ」
「わかった、しない。けど、父様から追及されたら答える。死にたくないもの」
「ああ、それでいい」
ユルトラの髪をジーンはくしゃくしゃと撫でた。妹は唇を尖らせ面白く無さそうな表情で顔を背けたが、頬と耳が紅く染まっている。
「無駄な努力だと思うけど、せいぜい頑張りなよ」
憎まれ口を叩くと、ユルトラは床を蹴って、傍にあった大理石の大きな柱を中継して大きくジャンプし、2階の踊り場に着地した。
「テラ人たちのせいで、あの子、最近とっても機嫌が悪いから気をつけてね」
上から降ってきた声に、アイリーンとウーヴェは顔を見合わせた。グラコニルなどはよく分からないが、少なくともこの家にはテラ人が出入りしているらしい。
ジーンが向かった先は、1階の奥にある人が使っている様子の無い客間だった。
調度類には全て埃除けの布がかけられ、窓には重たげなカーテンがかかっている。
入って右側の壁には、赤い花が咲く川のほとりを描いた大きな絵が、黄金色の額縁に収まって立てかけてあった。その額縁を窓側の壁に退かすと、ジーンは、手持ち無沙汰に立っている4人を振り返った。
「用があるのはアイリーンだけだが、お前達はどうする?見ても面白いものじゃないが」
「僕は行く」とウーヴェ。少年はアイリーンを守りたい一心である。
「俺も旦那が許すなら是非」と続いてライオネス。
「私も行きます」
マッシムのか細い返事に、ジーンは困ったような表情をした。
「あー、君は残ったほうがいいかもしれないが……」
「わ、私もアイリーンの助けになりたいの!」
アイリーンの腕にしがみついて泣きそうな瞳で睨んでくるマッシムに、年若いダカルガ軍司令官は「わかったわかった」と折れた。戦場では向かってくる敵をちぎっては投げ潰しては吼えるジーンであるが、61α人の小さな少女には弱いらしい。
気を取り直すかのようにジーンは咳払いすると、「それでは皆よく聞け」と腕を組み、言い聞かせるようにゆっくり言った。
「いいか、これから俺が許すまで大きな声を出すな。会う奴に勝手に話しかけるな。わかったな?」
ジーンの声には誰にも異を唱えさせないような威厳が備わっている。重く、ぐいっと頭の中に入ってくるのだ。ライオネスなどはジーンに今の調子で命令されたら、疑問そっちのけで、すぐさま「了解ッス!」と敬礼までしてしまうのだが、偉人志望の61α人の少女には全く通用しない。
「ねぇ、誰に会わせるのよ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
不満げな口調のアイリーンに、ジーンは首を振った。
「今後の展開によって、教えるか教えないか、俺が判断する」
「私たちが勝手に口も聞いちゃいけないような偉い人なわけ?」
「そういうわけじゃない。ただ単にあいつに無駄に刺激を与えたくないだけだ。そうでなくても機嫌が悪いらしいからな」
「その人が暴れたら、私たちの身に危険があるかもしれないの?」
「身の安全はこの俺が保障する。俺が言ったことを頭に入れてついて来い。……いいな?」
念を押すと、ジーンは額の立てかけてあった壁の足元の絨毯をめくった。
木張りの床が見え、板を一枚はがすとスイッチがあった。それを押すと、額の立て掛けてあった壁全体が上へとスライドし、その向こうに更に白漆喰の壁と、その中央に鉄製の扉が姿を見せた。入念にも二重壁となっていたのだ。
ジーンが扉を開くと、重たげな音がした。中は真っ暗で何も見えない。冷たい風が足元からひんやりと吹き上がってきたが、外へと通じているのだろうか。と、明かりがついた。ジーンがカンテラに火をつけたのだ。
「すぐ下りの階段になっている。気をつけろ」
言うと、ジーンは暗がりへと足を踏み入れた。アイリーン、マッシム、ウーヴェ、ライオネスの順でそれに続く。
階段は螺旋状になっていた。直径約10メートル幅の円筒状の空間の中、幅およそ2メートル強の階段がぐるぐると下に続いている。
アイリーンは中央部分の吹き抜けをちらりと覗いてみたが、下は暗くて何も見えなかった。光源は、ジーンの持つカンテラと、背後のドアの向こうの外の光のみで、それも入り口から遠ざかるにつれて頼りなくなっていった。
周囲の気温は涼しいどころか肌寒く感じるほどである。階段を這い上がってくる砂埃臭い冷風に鳥肌が立ち、アイリーンたちは家に入ってから一旦脱いでいたマントを、歩きながら羽織り直した。
どこまで下に下りるのだろう。
先には何がいるのだろう。
まるで地の底まで続いているような階段だ。
足元を見つめて一歩一歩踏み出していると、マッシムが横に並んでアイリーンの手を握った。
柔らかな手は酷く震えていた。
(ね、アイリーン……)
マッシムがテレパシーを使って、アイリーンの頭の中に直接話しかけてきた。よっぽど心細かったのだろう。
(アイリーン、ここ、怖い)
アイリーンはため息を飲み込むと、出来る限りの優しい気持ちを作ってマッシムに頭の中で答える。
(えぇ、落ちちゃ駄目よ。足元をちゃんと見ながら楽しい事でも考えてなさい)
(違うの、この先に……)とマッシムが続けようとしたとき、空間を震わすような音が下のほうから聞こえた。
突然の音にアイリーンたちはギョッと立ちすくむ。音に驚いたマッシムが足を踏み外して階段を落ちそうになったが、いち早く気付いたジーンが、バランスを崩してあわあわしているマッシムを抱きとめて事なきを得た。
薄暗がりの中、子供たちの顔は強張っている。先ほどの音が、何か獣の吼え声のように聞こえたからである。安全だとジーンは言ったが、本当にそうなのだろうか。
ラッキスみたいな危険なペットが下で野放しになっているのでは……?子どもの頃は可愛らしかった獣が、成長と共に凶暴化し、手に負えなくなるという話をライオネスは聞いたことがあった。おそらくそれだ、今の吼え声で合点がいった。手に負えない野獣をペットとして飼いならしたいのだろう。そうですよね、ジーンの旦那?
問いたげな視線を一身に浴びて、ジーンは軽く笑みを浮かべた。
「もう、奴に気付かれたらしい」
ささやくと、ジーンは再び階段を降り始めた。まだ答える気はないらしい。仕方なく子供達は黙ってジーンに続く。
(マッシム、ねぇこの先に何がいるのよ)
アイリーンはマッシムに心の中で問いかけたが、返答はなかった。このとき、テレパシストの少女はそれどころではなかった。ジーンに所謂お姫様抱っこをされて、身体も思考も完全にフリーズしていたのだ。
「大丈夫だ、何も危険なことは無いからな」
安心させるように、ジーンはカチンコチンに固まったマッシムの耳元で小さく囁いた。びくっと身体を震わせたあと、しばらくしてマッシムがジーンの胸に顔を埋めた。陽の光の下であれば、マッシムの耳が紅く染まっていることにジーンは気付いただろう。しかし生憎ここは暗かったので、些細な変化などジーンが気付く由も無く(明るくても気付いたかは微妙なところだが)、この小さな子供は怖がっているのだなと単純に思い、マッシムの頭を優しく撫でてやった。
ライオネスが86段を数えたところで、一向は一番下に着いた。
上を見上げると、入り口の明かりが20メートル程上に見える。周囲を囲む丸い壁には、一ヶ所、暗い隧道が更に奥へと続いていた。
ジーンはマッシムを下ろすと、真っ暗な隧道へと足を踏み入れた。みな黙ってそれに続く。
奥から鎖が擦れるような音が聞こえる。何かが鎖に繋がれているようだ。地下水が流れているのか、その合間に水の流れる音がした。
10メートルばかり歩いたところでジーンが立ち止まり、これ以上先に進むなとジェスチャーで示すと、右側の壁に触れた。数秒置いて、オレンジ色の電灯がアイリーンたちの頭上に灯る。弱い光だが、ジーンの掲げるカンテラよりも広く周囲を照らした。
隧道の一番奥は、行き止まりを利用した牢屋になっていた。
狭い道一杯にはめ込まれた鉄格子が、黒く鈍い光を放っている。
アイリーンは目を凝らして、鉄格子の奥を見た。
電灯の光の届かない暗がりに、青く光る目が二つ……人影がある。
マッシムが息を呑んでしがみついてきたが、アイリーンは構ってやる余裕が無かった。彼女自身、前方から発せられる異様な雰囲気に呑まれそうだったからだ。
「あーぁ、今日はあんたか」
人影が口を開いた。何日も飲み物を口にしていないような、掠れた声をしている。年齢は全く分からない。
「最近見なかったから死んだと思ってた。ぞろぞろ引き連れてオレに何の用?」
「お前の様子を見に来たんだ」
ジーンの声に、人影はくぐもった笑い声をあげた。
「オレの様子?残念だったねぇ。まだ死んでなくてさ」
「あぁ、減らず口を叩く元気があるようで何よりだ」
「はぁ?」
瞬間、劇的な空気の変化が起こった。
「オ・レ・の・この姿見て何が元気そぉじゃボケェァアーッ!!」
怒気と怒声を一斉に叩きつけられ、マッシムは思わず後ずさり、アイリーンはぐっと堪えた。
ESP能力を持つ二人を脅かすほどの、凄まじい、圧倒的な感情である。今まで隠していた感情を溢れさせたというよりも、瞬間沸騰したといったほうが当てはまる、あまりに急激な感情の変化だ。
人影は立ち上がると、鎖を鳴らしながら奥の闇の中をうろうろと歩き始めた。
「アホだろ、お前アホだろ?!アホはいっぺん死ななきゃ治らねーぜ!?殺してやるからここから出せよアホボケカス死ね!!」
「やっぱり元気そうじゃないか。その口の利き方と態度を改めない限りここから出るのは無理だと何度言ったらわかるんだお前は」
「うっせぇ!アホボケカス!!」
硬い打擲音が隧道内にこだました。牢の中の人物が壁を殴ったらしい。
「普通、こんな暗いところに長い間繋がれたら、もっとしおしおするものじゃないのか。それがなんなんだお前は」
「死ね!うんこ!うんこうんこうーんこ!!」
暴言を連発され、ジーンははぁっと大きくため息をついた。
「俺はな、お前がこういうことになったとき哀れだと思ったが、もうちょっとでも大人しくなってくれればと期待もしていた」
「アッハッハッハッハ!わかってねーなぁジーン!オレはこうであって変わりようがねーんだよッ!テラ人を何人連れてこよーがムダってことにいい加減気づけよバーカ!ヒャーッハッハッハッハッ!」
「気付いているし、元々頼りたいと思ったこともない」
哄笑する人影にジーンは吐き出すように呟くと、子供達を振り返った。
アイリーンは興味深げに哄笑し続ける人影を見ていたが、他の3人の顔は完全に強張っている。鉄格子を間に挟んでいるとはいえ、それでも安心できないほどの強い迫力を牢の中の人間に感じていたからだ。特にマッシムは、ここにいる誰よりも人影の精神の異常性を詳細に察知し恐怖を感じていた。子供じみた暴言ばかり吐いているが、それは彼が幼くして牢に閉じ込められ教育を受けなかったためであって、言葉に篭められている破壊衝動と憎悪は純粋に濃く、深い。今までに触れたことの無い、身を揉みくちゃにするような感情の奔流に遭遇し、マッシムは感情に引きずられないようにするだけで精一杯だった。
その時、マッシムの心に大きな温もりが落ちてきた。気付いて上を見ると、ジーンの手のひらがマッシムの頭を撫でていた。
「すまない、結局こいつの気を荒げてしまった。こいつは気が高ぶると、まともに話が出来なくなるから、なるべく刺激したくなかったんだがな」
「思いっきり刺激しまくってたじゃない」
アイリーンのツッコミに、ジーンはマッシムの頭をぽんぽんと軽く叩いてから手を放すと、「そうか?」と自分の髪をくしゃっとかき混ぜた。
「気をつけていたつもりなんだがなぁ」
「ていうか、これって幽閉っていうんじゃないの?人間をこんなとこに閉じ込めていいわけ?」
「好き好んで幽閉しているわけじゃない。こいつは外に出たら際限無く人を殺してしまう」
ジーンの淡々とした返答に、黙って聞いていたライオネスたちが「んんっ!?」と驚く。際限無く人を殺すとか耳に入ったんですけど気のせいでしょうかジーン殿……?
「あれ、ただの悪口とかじゃなくて、本当に殺すつもりなの?」
思いっきり引いた情けない部下たち(アイリーン曰く、ウーヴェ、マッシム、そしてライオネスのことである)の気持ちを、アイリーンが代弁した。
「そうだ。あいつは気まぐれに人を殺す。だからお前に頼んでいるんだ。できそうか?」
「正直なところ、難しそうね……」
アイリーンは人影に目を向けた。人影は哄笑は収めたものの、まだ低く笑いながらこちらを見ている。アイリーンと目が合うと、爛々と光る目を三日月形にして、「ブス」と一言言った。アイリーンの口元が引きつった。生まれて初めて言われた暴言である。
「ちょっとジーン、あいつ人殺しなんでしょ?どうして生かしているの?」
キィッと目を吊り上げるアイリーンに、銀髪の青年は複雑な笑みを浮かべた。照明の加減で、怒っているようにも、泣きそうにも見える、なんともいえない表情だ。
「色々事情があってな……」
低く言うジーンの声に被さるように、人影が「事情!?」と声を上げた。
鎖を鳴らし、人影がこちらに近づく。照明の光の届く範囲に出てくると、その姿が顕わになった。
「オレが身内だから殺すのは可哀想とか?アハッ!んな理由じゃねー!オレはな、一族で最も強い血をひいている!誰よりも強い!だから殺すには惜しいんだよ、オレの力が欲しいんだよ、なぁアニキ?」
牢屋の中央に立ったのは、一人の少年だった。
上半身は裸で、下半身は膝丈の薄汚れたパンツを履いている。
首の他、両足両手首の計5箇所を太い鎖に繋がれた少年の髪の色は……銀色。
腰まで届く伸び放題の髪の間から覗く薄氷色の双眸、褐色の肌、顔の造作はジーンをそのまま幼くしたように似ていた。
「え……旦那の弟さんッスか!?」
ジーンと少年を交互に見るライオネスに、ジーンは片眉をしかめた。
「……本来なら俺の弟で、カースレイン家の四男にあたる」
「本来ならって……」
「アイリーン、無理なのか?」
ライオネスの声を遮って、ジーンは傍らの少女に再度尋ねる。
アイリーンは黙って少年を観察した。
身長はアイリーンよりも少し低いくらいか。
敵意剥き出しの獣じみた表情が、ジーンやユルトラに似た容姿を非なるものに変えている。
「あなた、名前は?」
「ぁあ!?名前なんてねーよ!ここに放り込まれると同時に剥奪されたからなぁっ!」
「さっきから叫んでばっかり。いちいち煩いわね」
「あんだとコラ!?」
少年はアイリーンを睨みつけた。アイリーンの瞳が少年の瞳を捕らえた。
「ちょっとは大人しくしたらどうなの?」
瞳に力を篭め、アイリーンは少年に言った。
能力解放。
身体を小さくピクリと跳ねさせると、少年は息を呑んでから口をつぐんだ。動揺するかのように瞳が揺れる。
神々しい美しさを持つ少女は、唇に強気な笑みを乗せて微笑んだ。目さえ捕まえればこっちのものである。
アイリーンの力が少年の精神を包む。
「いい?大人しくするの」
「……う、……あぁ……っ」
抗うように少年は呻いた。が、アイリーンの緑の目から視線を外せない。
「大丈夫、大人しくすれば、ここから出れるのよ」
アイリーンの声は優しい。あんな顔に見つめられてあんな声で命令されたらジーンの旦那とは別の意味でなんでも言うこと聞いちゃうよなー、と傍から見ていてしみじみ思ったライオネスは、アイリーンの顔が見えない位置にツツツと移動した。影響されて自分まで大人しくなったら大変である。
「大人しくするのよ」
「はぁっ……うぅぅ……」
「……そう、おとなしく……」
「……いっ、がぁっ……」
少年は顔を強張らせ、アイリーンを凝視したまま、ぎこちなく笑みを浮かべた。
今までアイリーンの能力を何度も見てきたウーヴェは、もう少しで陥ちる、と思った。素直な61α人の同級生たちを操作するよりもやけに時間がかかっているのが気になるが、この次、表情が安らかになれば成功のはずだ。
しかし、牢の中の少年は首をゆっくり振った。
「お……まえっ……」
荒い息の中、紡ぎだす声には少年の意思があった。
「……ぐ、らこ……にるだな……!」
少年の笑みがぎらつくような憎しみをまとった。
次の瞬間、アイリーンの力が少年の精神から弾かれた。
「っ!」
よろめくアイリーンに、少年は「ガァァッ!」と威嚇するような大音量の吼え声を上げた。螺旋階段を下りているときに聞こえた、あの声だ。
「同じだ!お前同じだ!テラのアレと同じだ!クソッタレがあァァーーッ!!」
敵意を漲らせて少年は叫ぶと、アイリーン目掛けて飛びかかろうとした。
しかし鎖の長さは鉄格子まであと5歩ほど足りない。鎖は悲鳴じみた軋みを上げながらも、少年を牢から放そうとしなかった。
罵詈雑言を絶叫しながら鎖を引きちぎらんと暴れる少年の姿に、ウーヴェとライオネスは後ずさり、マッシムは顔を真っ青にして固まったまま動けずにいる。
力を弾かれたアイリーンはというと、頭を一振りして「この家の人間、なんなの?」と不機嫌に呟くと、腕を組んで無念そうに顔をしかめているジーンの肘を突っついた。
「ねえねえ、あれ、鎖とか、大丈夫なの?大分暴れてるけど千切れたりしない?」
「宇宙最強硬度のダールアンスティール製の鎖と鉄格子だ。仮に破られたところで俺がいる」
「へぇー」
じゃ、安心ね、とアイリーンは牢に近づこうとした。
アイリーンの力は、相手との距離が近ければ近いほど影響を及ぼしやすくなるのだ。
向かい合って間近に視線を交わすのがベストなのだが、この相手にそれはさすがに出来ない。
だから鉄格子ぎりぎりまで接近して、再度チャレンジしようとしたのだ。ジーンといい、この少年といい、アイリーンの力を撥ねつけるカストル人がいるのは、彼女にとって許せないことだった。軍司令官なジーンはともかく、この少年くらい操れなくて偉人になれるものか。
しかしそれをジーンが「おい」と声をかけて留めようとしたその時、牢の中で振り回されている少年の腕から何かがアイリーン目掛けて勢いよく伸びた。
銀色の光を放つそれは鉄格子の間を縫ってアイリーンの胸に突き刺さったかに見えたが、寸前にジーンがアイリーンをかき抱いて飛び退く。
少年の腕から伸びたのは、カストル人特有の生体変化である鎌であった。鋭い弧を描く大鎌を、アイリーンに刺そうとしたのである。
失意の舌打ちが少年の口から漏れる。
「てめーがそれを庇うのかよジーン!!同じじゃねーかよふざけんな嫌いだ!その女嫌いだ!殺す!コロスコロスコロス!!」
少年は限界まで伸ばした鎖をガチャガチャ軋ませ叫んだ。
と、その姿が突然吹き飛び、奥の壁に叩きつけられた。かなり大きな鈍い音が牢内に響く。
ウーヴェだった。
サイコキネシスで生み出した衝撃波を牢の中の少年にぶつけたのだ。
「アイリーンを殺すというなら僕が相手だ」
緋のオーラを纏い、ウーヴェは少年を睨みつけた。
牢の少年の身体を念の力で空に持ち上げ束縛する。
「なんだよテメー!なんだよコレ!!」
少年は暴れようとしたが、ウーヴェの念で完全に身体をホールドされ、身動き一つ出来ない。
「下ろせよ!」
「嫌だ。君は危険だ」
きっぱり言い放つウーヴェの後ろで、ジーンの腕の中のアイリーンがほぅっと嬉しそうにため息をついた。
「さすがウーヴェ。私の第一の部下」
「何言ってんだよアイリーンちゃん、部下ってオイ!っつーかさウーヴェってばキレちゃってんぞ」
あわあわと慌てふためく部下その3に、アイリーンは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「私に敵なすものを彼が排除しようとするのは当たり前じゃない。それにしても今までになくカッコいいわね、ウーヴェ」
「うっとりしてる場合じゃねーだろ!」
冴え渡るライオネスのツッコミも蚊帳の外に、ウーヴェと少年はにらみ合いを続けている。
「わけわっかんねー力使いやがってオマエなんかキライだ!」
「嫌いで結構。僕も君が嫌いだ」
「お前絶対コロス!死ね!死ね!死ねぁアーッ!」
「黙れ。僕は今すぐにでもお前を殺せる」
「あんだとコラやれるもんならやってみろボケが!人を殺したことも無いような顔してふかしてんじゃねーぞ!」
少年の挑発にウーヴェが眉根をきつく寄せた。
緋色が一段と濃くなり、ウーヴェの瞳が輝き力を湛える。
「ではお前が僕の最初の犠牲者だ」
言って、ウーヴェは力を放とうとし、ライオネスとマッシムが声にならない悲鳴をあげた。
しかしその寸前、両者の間に大きな人影が割って入った。
「馬鹿でどうしようもない奴だが、俺に免じて怒りを納めてくれないか」
壁のように立ち塞がったジーンは、困ったような笑みを浮かべてウーヴェに言った。
お願い口調だが、ウーヴェが無視して少年を攻撃しようとすれば阻止にかかるであろう意思を、穏やかな薄氷色の眼差しに湛えている。
「しかし」
珍しく食い下がろうとしたウーヴェに、ジーンは静かに言った。
「あんなでも俺の弟だ」
「……」
ウーヴェは束の間口をもごもごしていたが、俯くと黙ってオーラを霧散させた。
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罵り続ける牢の中の少年を暗闇に置いて、ジーンと61αの血を引く少年少女たちは引き返した。
「何が危険は無い、よ。私、殺されそうになったわ」
刺々しいアイリーンに、考え事をしていたジーンは思考を中断すると低く笑った。
「牢の前で、これ以上先に進むなと伝えただろう。言うことを聞かないお前が悪い」
「あんなジェスチャーだけじゃ分かりにくいわ」
「まぁ結局無事だったからいいじゃないか」
「よくないわよ。最も61αの輝ける偉人に近い私が、カストルの地下深くで鎌に刺されて死んだりなんかしたら神が嘆き悲しむわ」
「偉人……」と言いかけて、ジーンは突如歩みを止めた。
ちょうど一行が1階への階段を上りきるまで、あと5段くらいのところだった。
開かれたドアの向こうに人影が現われたのだ。
逆光のため顔はよく見えないが、ジーンと同じような体格の持ち主で、腕組みをして黙ってこちらを見下ろしているようだった。
会ったことは一度も無いが、おそらく、ユルトラとの会話の中でジーンが気にしていた人物なのだろうと、アイリーンたちは一様に推測した。
「こんなところにいたのか、ジーン」
「……お早いお帰りで」
ジーンはいたずらを見咎められた子供がばつの悪いのを隠すような苦い笑みを浮かべた。
残りの階段をゆっくり上りきると、ジーンは明るい客間へと出た。アイリーンたちも遅れてそれに続き、ひんやりと暗い地下の空気から一転して、陽の気が満ちた空間に出た。
そこには、カースレイン家宗主、イース・カースレインが立っていた。