第2章 BOHEMIAN RHAPSODY


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 AB専用の社員寮は、本社ビルから1キロほど離れたMa24にあった。

   20階建ての何の変哲もない白壁の建物には、大食堂、大浴場、図書室、娯楽施設、 医療施設、そしてそれぞれの個室が納まっている。
 何の変哲もない…ここが重要ポイントで、個性のかけらもない豆腐のような 外観は、見る者に病的な清潔さを感じさせ、心のささくれだった部分を嫌な具合 にちくちくと刺激し、いいも知れぬ不安な気分に陥れる。

 そんな建物を見てバスから降りるなり、「刑務所みたいだ」と適確な軽口 を叩いたこの世の奇跡のような美青年の寮入りは、当然だが即座にうわさになった。
 笛吹は夕方に受ける検査の手続きのため時間がかかったので、シェダル以外 のほかのハーフたちは先に寮入りしていたのだが、彼らが本社ビルでの出 来事をしゃべりまくったため、二人が社員寮に着いたときには 「大物お偉いさんの大親友☆」という本人が聞いたら卒倒するようなう わさまで流れてしまっていたのだ。

 そんなうわさに花を咲かせている暇なハーフたちの間を、 ちょろちょろと動く小さな影があったことに気がついた者はあまりいなかった。
 気がついた者も、その愛らしい外見を見て「誰かのペットかな?」 ぐらいにしか思わなかっただろう。
 手のひらサイズの白いふわふわの毛玉のような身体に、身体と比し て大きな三角形の耳と長めのしっぽ、エメラルド色の目をもつリーは 、アルデバラン系小惑星地帯に住む希少の獣型エイリアンである。
 彼女はエイリアンであることからスカウトされることはなかったのだが、 とある事情から自主的に社員登録を行ったのだ。

 踏み潰されないように気をつけながら俊敏に動き回り、大食堂に入ると 彼女はイスに腰掛けてドーナツをかじっていた一人の少年の肩に飛び乗り、 小鳥がさえずるような声で話し掛けた。
 「みんなね、同じ人のことを話してるのよ、お偉いさんが監視役に 手下を送り込んできたって。すごくきれいな人なんだって」
 対する少年はどんぐり眼を数回しばたくと、声変わり前のはつらつとした 明るい声で「女の人なの?」と訊いた。
 こげ茶色の髪の毛にくっきりとした意志の強そうな眉、印象的な大きい よく動く瞳が13歳という少年の年齢よりも幼く見せていた。
 「女の人はスカウトされないと思っていたよ。今のところ見たことないし」
 「ううん、女の人みたいにきれいな男の人なんだって」
 「何それ、オカマ?軟弱そうだなぁ」
大きな声で笑い声を上げる少年に、彼より10歳以上離れていそうな 周囲の男たちがうるさそうに視線を向ける。
 彼らから見れば少年の方こそよっぽど軟弱そうなのだが。
 「おかま?おかまって何?ブレイズ。弱いの?」
 「女装好きな男の人のことだよ。弱いとは限らないけどねぇ」
少年はそう言うとリーを撫でた。

 木星の衛星エウロパ出身のブレイズは、地元ではかなり有名な大富豪 スタンフィールド家の長男だ。
 61α人の母と地球人の父を両親に持つ少年は、エイリアンハーフ によくあることだが一種の畸形として生まれてきた。
 畸形といっても彼の場合、身体的なものではなく脳の畸形で、IQが並外れて高いのだ。
 2日前の寮入りの際、寮に特別設置されている研究所で検査を受けたが、 そのときの測定ではIQ240をマークした。
 しかし、秀でた部分があるとへこんだ部分が存在するのも自然の摂理で、 少年は恐ろしく趣味が悪かった。
 今も何故か「一直線」という文字が蛍光緑で背中にでかでかと 書かれた紫色のはんてんを着込んでいる。
 「僕は体が弱いんだ。これを着とけば暖かいし、 リーとはぐれても目立ってすぐわかるでしょ?」
 というのがブレイズの言い分である。
 確かに目立つことは目立つが、こんなふざけた服(本人はいたって真面目) を着ていると柄の悪い連中に眼をつけられることもしばしばだ。
 そして現在も、ブレイズの右隣の円卓に座る4人の見るからに 柄の悪そうなハーフたちがにやにやしながら喧嘩をふっかけるタイミングを見計らっていた。

 エイリアンハーフはその特殊性から社会から白い目を向けられながら育ってきたものが多い。
スカウトされた者達にも、生まれてすぐに捨てられ、路地裏でたくましく生き 抜いてきたような血の気の多い連中が多いのだ。
 彼らにしてみればこんなお坊ちゃん育ちな雰囲気を漂わせている小さな少年が、 前線で共に戦う同僚であることを認めたくないのである。

 「あーあ、小さなガキがいるだけでも足手まといなのに、今度はオカマかよ」
 「オカマはオカマなりに強いかもしれないぜ。でもお子様はなぁ」
 「最前線開発の恐ろしさをわかってるのかねぇ、全く。 こんなちんちくりんを雇うなんて上層部の連中もバカばかりだな」
 「ちがいねぇ、しかも趣味の悪いチビだ」

 これ見よがしの大きな声でのあからさまな悪口にブレイズはむっとしたようだ。
 IQが高いといってもまだ13年しか生きていない少年である。

 「行こう、リー」
  無視して席を立ったブレイズの背中に、4人組のうち1番大柄な男が汚い声を投げつけた。
 「おかしな格好しやがって、目立ちすぎるんだよ、バーカ」
 耳の高さに切りそろえた茶色の髪の毛を揺らしてブレイズがゆっくり振り返った。
 「あんた達に馬鹿とか言われる筋合いなんてないよ。 見るからに標準以下な知能しか持ち合わせていないような大馬鹿ども にかまっている暇もないんだ。見たところ単細胞のカストル系の方々みたいだね。 筋肉馬鹿4人のIQ全部足しても僕のスコアには足りないんじゃないの?」

 実はブレイズは趣味だけでなく、口も悪かった。

 侮蔑の笑みを残して去ろうとする少年に対し、怒りを隠し切れず顔を 真っ赤にしながら男の一人が反撃した。
 「あんだとこら!?頭がよくても感覚がおかしければ最低だっつーの! 見ているだけで不快なんだよあぁ!?この頭でっかちのが・・・」
 ズカズカ近づいてくる男のセリフを最後まで聞くことなくブレイズの心 の中で怒りが急速沸騰した。
 精神を集中させて頭の中にある光景を描いた、 その瞬間、ゴーッと腹に響くような音がしたかと思うと大量の水が食堂に流れ込んできた。
「うわぁっ!」
 水が皿の上のものをさらい、4人組を飲み込む。

 水位はどんどん増し、天上にまで届き、息苦しさに顔がゆがみ・・・ そこで4人の男たちは我に返り、床の上でのたうちまわっていた自分達と、 それを覗き込む野次馬達を認識した。

 生意気な少年の姿も水も跡形もなくなっていた。

 床も服も濡れてさえいない。

 「なんだぁ今の!?」
 「水はどこいったんだこらぁ!?」
 「水?水がどうしたんだ?」
 野次馬の一人が面白そうに4人組を覗き込んだ。
 「いきなり訳わからないことを叫んで床でもがき始めるからバッド・ トリップしているのかと思ったんだけどな、ハハ」
 「何笑ってんだコラ、喧嘩売ってんのか、あぁ!?」
 こうして武装警備兵が来るまで、激しい乱闘が大食堂で 繰り広げられたが、この規模の争い事は日常茶飯事である。

 乱闘の原因とも言うべき少年とその小さな友人は、そのときすでに大食堂を離れ、 12階にある自室にいた。
 「ねぇ、ブレイズ、落ち着いて」
 「僕はいたって落ち着いているよ、リー」
 いらいらしたような口調で言うと、ブレイズはソファーに倒れこんだ。
 肩に乗っていたリーはいち早くソファー脇の小さなテーブルに飛び移る。
 「あんな馬鹿な奴らに僕の能力を使ってしまったのはもったいなかったと思うよ、 でもね、あいつらは言っちゃいけないことを言ったんだ」
 「ブレイズ・・・」
 「ごめんね、心配かけて」
 悲しそうなリーの表情に気付き、ブレイズはにっこり笑ってソファーから身を起こす。
 「リーが一緒に来てくれてよかったよ。まともな話も出来ないような低レベルな連中ばかりで、 実につまらない毎日を送るところだった・・・でもさ、本当にごめんね、 こんな危険な仕事に就くことになっちゃって・・・」
 「謝ることなんてないわ。ブレイズは何も悪くない、悪くないのよ」
 「・・・本当にありがとう」
 「こちらこそありがとね。毎日とっても楽しいわ」
 小さな親友相手には、ひねくれ毒舌天才少年は素直である。
 二人がほんわかと視線を交し合っていると、部屋のドアがノックされた。
   ドアの外には武装警備兵が二人立っていた。
 訪問内容が食堂での騒ぎについてであることは明白だった。


 ブレイズ・スタンフィールドの個人データ書の能力欄には 「特殊・イリュージョン・Sランク」と書き込まれている。
 相手の脳に自分の思い描いた光景をぶつけて、まるで現実のように思わせる能力、 それがイリュージョンである。
要するに幻を見せる特殊能力だ。

 この能力が61α系ハーフで見られることは珍しい。
 61α人はPK(念力)を得意とすることで知られているのだが、 イリュージョンのような精神に作用する能力を持つ者は非常に少ないので レア能力保持者として扱われる。

 さらにブレイズのイリュージョンのランクはSランクがついている。
 これは連邦が基準として定めたA〜Eの5段階に分けられるランクのうち、 最高であるAランク保持者の中でも他から抜きん出て秀でた強さを持ったもの に対して特別に設置されたランクである。

 例えばイリュージョンのBランクは強靭な意志を持った相手であれば上手く働かない。
 Aランクは確実に相手を自分の術中に落とすことができる。
 だがせいぜい自分の目の届く範囲にいる人物に対してのみ有効である。
 それでも凄いのだが、ブレイズがSランクと認定されたのは、目視できない人物 相手でもある一定の距離内にいれば確実に幻をぶつけることが出来たからだ。
 この一定の距離は正確に測られたことはないが、半径150メートル以内なら 100パーセント成功するとブレイズはなんとなく感じている。

 有効範囲、破壊力、確実性がイリュージョンにおける段階測定の 基準となっているが、実はリーもSランクの特殊を持っていた。

 希少性の中でもトップに名を連ねる石化能力である。

 アルデバランの小惑星帯の小獣型希少エイリアンであるリーの種族のことを、 発見した地球人は「ゴーレムメーカー」と名づけた。
 彼らを乱獲しようとした地球人たちをみな石に変えてしまったためである。
 この能力に限っては自体が希少なので、他の能力の性能との比較によってランク付けされた。
 石化能力はイリュージョンに比べて有効範囲ははるかに狭いものの、 今まで確認された限り、相手を問わずに確実な死をもたらすことができたからだ。

 例えば精神を持たないスライム状のエイリアンがいたとする。
イリュージョンも念動力もいかなる物理攻撃も効かないが、この石化能力だけ は確実に相手を石にし戦闘不能状態にすることができるのである。
 そんな恐ろしい能力を持つエイリアンをペットとして持ち込ませたブレイズの父親も 父親であるが、リー本人は無理矢理捕獲されたわけでなく、赤ん坊だった頃、 病気で死んだ両親の傍で泣いていたところを調査隊に保護され、 その話が珍しいもの好きのブレイズの父親の耳に入り、金に物を言わせて買い取られたのだ。
 調査隊の元にいれば研究所入りし、実験動物にされることは間違いなかっただろう。
 ゴーレムメーカーは知能が高く、聴覚・発声器官共に優れていたので、 リーは1年程で地球人の言語を覚え、よき友人を得た。

 感謝しこそすれ地球人全般を恨んだことはない。
 石化能力もブレイズについて入社する際の能力測定のとき、初めて使ったのだ。
 医療施設の職員達はリーを研究したそうだったが、Sランク二人を敵 にまわす危険性は計算できたようで、以後遠巻きに嫌な目つきで眺めてくるだけになった。
 それだけでも不快極まりないが当分我慢するしかなさそうである。

 
 武装警備兵はブレイズに管理事務所まで来るように告げた。
 リーはもちろん面倒くさそうな表情を見せるブレイズの肩に乗り、 明るく励ましながらついていった。
 そんな健気なリーを見てマスクの奥で武装警備兵が表情を和ませたか どうかはわからないが、態度は他のエイリアンハーフを引きずってい く時に比べてはるかに紳士的かつ好意的だったことは間違いない。

 管理事務所は1階のエレベーター手前にある。
 エレベーターのドアが開き、武装警備兵に両サイドを固められたまま降り ようとしたとき、ブレイズはエレベーターに乗り込もうと待っている 数人のうち、一人の青年に目を奪われた。
 「リー、今の人見た?」
 後ろでエレベーターのドアが閉まる音を確認してから少年は急いでリーに話し掛けた。
 「うん、凄くきれいな人!」
 「あれが例のうわさの人かな。オカマとかそういうレベルじゃないや。 しかも多分僕と同じ61α系だと思うよ」
 ただの白痴美でないことはカンが告げていた。
 ここにいる大多数のハーフたちにはない鋭い知性の輝きが、 美しい印象的な青年の瞳に宿っているのをブレイズは知識欲から来る感覚で察知したのだ。
 絶対知り合いになる!と心の中で握りこぶしを作ったとき、リーが耳元で小さくささやいた。
 「さっきの人、4階で降りたみたい」
 「4階?」
 ブレイズは眉をひそめた。
 彼の記憶が確かならば4階はインフォメーションの案内図では空欄になっていた。
 そんなところに何の用があるのか。
 様々な憶測をめぐらせたが、あまりにも情報が少ないためどれも ブレイズにとって納得のいくものにはならなかった。
 そして本人は知らないが、その中には極めて事実に近い推測があったのだ。
 しかし、例え当たっていると少年に誰かが伝えたとしても 、少年は「当たり前じゃん」と言うだけで特に喜ばなかっただろうが。