第2章 BOHEMIAN RHAPSODY
W
パーキンス創作のシナリオでは、病気のモルモットを助手のレオナが
自分の監督のもと手術し、病巣を発見し成功するものの、
モルモットはその生命力の弱さから手術に耐え切れなく死んでしまい、
科学に貢献したとして名を残す・・・・・・という流れのはずだった。
が、現実には上手く話が運ばず、病巣は発見したものの未知の病原体は
レオナどころか自分にまで感染しようとしていたのだ。
モルモットが医者兼監督に反抗などしていいはずがなかった。
もちろん監督が殺されるなど言語道断なストーリー展開だ。
芸術が完成されないではないか・・・!
「ててて徹底的に殺すんだ120%殺すんだ劇的に殺すんだ!」
「しかし被験者が現している能力は今までにない系統のものですし、部長からは
完全なデータの作成を依頼されていますが・・・」
パーキンスの右隣に設置してあるスクリーンの前に座って、データを記録していた年かさの助手が
宥めるように言ったが、極度の興奮状態にあるパーキンスの耳には届かない。
脂ぎった手で被験者を映し出すスクリーンを叩き、呆れた表情の助手を睨みつけた。
「僕が死んだらどうなるそんなこともわからないのかお前は!えっ!?」
「はぁ・・・」
「僕でこの研究所は成っているんだ、僕が死んだらここはどうなる誰に任せられる、え?!
思いつかないだろう!?僕がいなくちゃぁダメなんだ、僕が死んだら、死んだら、死・・・
僕が死ぬ!?僕がっ、ぼぼボクがしっ、死、そんなのあっていいわけない!!」
「はぁ・・・」
助手にしてみれば、ちょっと頭のねじの飛んだ扱いづらい上司がどうなろうが知った
ことではなかったし、むしろ歓迎すべき展開であった。
それに壁の向こうの被験者の方がはるかにまともな判断力を持っているように見える上、
未知なる能力を隠し持ち、恐ろしく美しい。
もったいないなぁ・・・と思いながら、叫ぶような上司の怒鳴り声を適当にかわして、研究所内に
いる他のメンバーに視線をやった。
誰もがうんざりした表情で首を振っている。
パーキンスの死角にいるもう一人の助手など、エキサイトしている上司に向かって吹き矢を
吹くジェスチャーをしていた。
「・・・どうやら重力の変動はおさまったようです・・・」
このときスクリーンに向かっていた計測技師が声を上げた。
「計測は不可能ですが、ブレーカープレートの破損状況から見る限り
少なくとも900倍以上はあるのでは
ないかと・・・被験者にはこちらに対する攻撃意志はないように感じられますが・・・」
実を言うと研究所内の人間はパーキンス以外、ことごとく笛吹の脳天を直撃せんばかりの
美貌にやられてすっかりファン・・・いや、笛吹に対し同情的になっていた。
未知の能力もさることながら、あの美貌を失うのは人類否全宇宙の生きとし生ける者に
とって損失だと感じたのだ。
しかし運の悪いことにパーキンス唯一人だけ、笛吹の美貌に恐怖を感じてしまっていた。
「いいから殺すんだ!」
何かにとり憑かれたような目で計測技師を睨むと、唾をまき散らしながら叫んだ。
「あんな奴を野放しにしておくとき、危険だ、危ないんだ!!」
一方、鏡の向こうの大騒ぎを知らない笛吹はというと、「念動力の一種だということで片付けて
くれないかな」などとぼんやり都合のいいことを考えていた。
もちろん自分が今用いている能力が過去存在しなかったことは、自分なりに調べて
わかっているつもりだ。
しかし新しい能力が発現したとなれば、研究材料として不自由な生活を余儀なくされるであろうし、
過去に犯した過ちが発覚してしまうであろう。
笛吹はもう一度周囲の壁を見回そうとし・・・左脇腹がじくじくと痛んでいることを思い出した。
酷いことになっていたら嫌だな、と思いつつ恐る恐る見てみると、黒いシャツが3センチほど
穴を作っており、そこから赤くただれてしまった皮膚が覗いている。
「えぐい・・・・・・」
水で洗い流したいところだが、色気のかけらも無い鏡張りの検査室に蛇口などあるわけなく、
仕方が無いのでポケットからヒマワリの刺繍が縫われたハンカチを取り出し、
傷口周辺を拭ってみる。
「治療くらい受けさせてもらえるだろうな・・・」
笛吹はほぅっとため息をついた。
入社するなりの災難に先が思いやられる。
さっきから壁の向こうからはうんともすんとも言ってこないが、自分をこれからどう
調べ上げていくか今後の予定を立てているのではないだろうか・・・・・・。
そこまで考えた時、ふと足に何かを感じて我に返った。
足元を見やると、半透明の物体が右足に絡み付いている。
潰れて広がりすぎ、笛吹の能力範囲外にはみ出した身体の一部に
ゆっくりと他の部分を集結させたレオナが、小さくなったものの体勢を立て直し
、笛吹に触手を伸ばしたのだ。
なんと恐ろしい生命力であろう。
足をとられ一瞬驚愕する笛吹。
慌てて振りほどき、逃れるように一歩後ずさる。
その周囲で、ウィーンという機械音がした。
モーラが現われた時に聞いた、壁のスライド音である。
ドアが開かれたのかと思い、少し安堵して顔を上げる笛吹。
その目に映ったものは、四方八方の鏡面張りの壁に開いた穴から、冷たく厳しいボディを
やる気満々に乗り出させた20台近くのマシンガン。
「…っは!?」
おもわず声を上げる笛吹の頭上から狂った声が降ってきた。
『さぁ、クライマックスだ!踊り狂って死にたまえ!!』
ガチャリという音と共に、マシンガンは重たげな身体を笛吹に向ける。
それを笛吹はスローモーション映像のように見ていた。
銃口。
銃口、銃口、銃口。
笛吹はそれにデジャビュを感じた。
なんだっただろう。
以前体験したことがあった。
その時も自分は死にかけたのだ。
そして今また殺されようとしている。
あの時、どうやって助かった。
ほんの一瞬の間に記憶をたどる笛吹。
思い出したくない過去だ。
しかし忘れられない。
忘れてはいけない。
笛吹はわずかに目を見開いた。
銃を構えた男が目の前にいた。
どアップだ。
嫌な笑みを浮かべながら触れたらガサガサと硬くて痛そうな大きな手をこちらに向けて伸ばし
それから逃れようと動くと懐から取り出した短銃をこれみよがしに見せ付けそれで頬を叩き
銃口をこちらに向け額に当ててそして。
7・年・前・の・あ・の・日・だ。
思い当たったその時、腹の奥底から背筋を上って、何か力あるものが溢れ出る感覚がした。
計測技師、トルメインの視界に急速に広がった紫色の輝きは数秒間、彼から視覚を奪った。
上司であるパーキンスのわめき声が遠くに聞こえたがかまっていられない。
目の痛みが消えようやくまぶたを持ち上げた彼は、目にしたものに愕然とする。
検査室がごっそり無くなっていた。
詳しく言えば、被験者が立っていた位置を中心とする半径15メートル以内
の全てのものが、ブレーカープレートβタイプ製の壁を含めて消え失せていたのである。
勿論トルメインと被験者を隔てていた壁もだ。
吹き抜けになった研究室から恐る恐る顔を出し下を覗き込むと
、クレーター状にくりぬかれ、土が剥き出しになっている床部分の一番底に、
紫色の陽炎をまとった被験者が立っているのが見えた。
ゴクリ、と生唾を嚥下する音が聞こえた。
自分の喉がなった音であると気付かずに、トルメインは黒衣の青年を凝視する。
風が入る隙間の無い地下研究所の中にあって、被験者の髪はゆらゆらと下から煽られるように
なびいている。
それが段々と静まっていくと共に、紫のオーラ状の輝きも薄れる。
被験者は右手に持っていた何かを無造作に足元に捨てた。
ズンッという重い音と共に、それは土にめり込む。
トルメインがそれをよく見ようと身をさらに乗り出したとき、
彼のすぐ近くから狂気をはらんだ笑い声が聞こえてきた。
「凄い、凄いぞ!」
よだれと小便を垂れ流しながら、権威ある科学者パーキンスは笑いつづける。
「重力制御だよ!ブラックホールだぁ!!」
7年前、笛吹は学校から帰る途中に人気の無いところで4人組の男に
誘拐されそうになったことがあった。
急に口にハンカチを押しつけられ、気がついたときには車の中で
男たちが自分を見て、ひどく嫌な笑みを浮かべていた。
声を上げて暴れようとすると、男の一人が笛吹の目の前に銃口を突き出し
、「静かにしろ」と脅した。
間近に突きつけられた銃口を見て笛吹は、2年前、
近所の金持ちの家の子供が身代金目的で誘拐された事件のことを思い出した。
その子供の両親は要求に応じて相当な額を支払ったのだが、警察にばらしたと犯人は
難癖をつけて、予告した場所に子供を返さなかった。
その数日後、子供は数キロ離れたところにあるゴミ箱の中から遺体となって発見された。
銃で頭を撃ち抜かれていた。
笛吹はかつて経験したことが無い恐怖にとらわれた。
一人の男の手が笛吹の襟元に伸ばされた時、それは爆発した。
ほとばしる感情と共に、それまで眠っていた第3、そして第4の力が紫色の鎌首をもたげ、
男たちに襲い掛かったのだ。
笛吹忍の能力は重力制御。
意思で対象物自体を支配下におき動かす念動力との違いは、
物体にかかる重力を変化させるところにある。
例えば先ほど、レオナに対しては彼女にかかる重力を極端に増加させた。
銃口が向けられた後は、巨大な重力場を作り出し、自分が念じた範囲内の
全てのものを引きずり込んだのだ。
それはさながら、極端に小規模なブラックホールのようであった。
『自分が念じた範囲内』という点だが、ブラックホールにおける<事象の地平面>
(ここを越えてしまうと、全てのものは一点にとどまっていられず、ブラックホールの
中心…特異点に引きずり込まれる)を、意思のバリアを展開することにより強制的に、
自在に作ることができるのだ。
さらにその意思は笛吹自身にも展開することができ、バリア内にいても
笛吹は引きずり込まれることはない。
この<意思のバリア>は、それのみで作り出すことは出来ない。
「ブラックホールを造る時のおまけみたいなものだ」とのちにシェダルに語ったが、
この能力自体は重力制御とは別物と考えられ、
笛吹は空間転移を含めると能力を3つも隠していたことになる。
実を言うと笛吹は男たちを殺したことにはあまり罪の意識を感じていなかった。
笛吹を苛むのは、車が留めてあった町外れの空き地にたまたま遊びに来ていた
一人の小さな女の子を、知らないとはいえ巻き込んでしまったことである。
全てが終わった後、手にした塊に気付き言い様のない嫌悪感を感じ、
慌ててそれを捨て、その場から逃げ出したいという欲求をきっかけに
空間転移が初めて発動し、気が付くと自分の部屋にいた。
両親には何も言わなかった。
次の朝のニュースで、近所の女の子が例の空き地に遊びに出かけたまま
行方不明になっていることを知った。
誰にも何も言えなくなった。
罪と共に能力も隠しとおさなければならなくなったのだ。
笛吹は周囲に気取られまいと、それまでどおりの人当たりも性格も頭も良い
少年を演じつづけた。
幸い、当時ガニメデのドール地区付近では凶悪エイリアンのグループ<ヴァヴェル>による
犯罪が激化していたので、警察もマスコミも彼らの起こしたものだと決め付け、
ドール地区内唯一のハーフであった笛吹は何度か取調べを受けただけで済んだ。
利発で大人しく、しかも恐ろしく可愛らしい外見の少年がハーフといえど
このような犯罪を起こすはずはないと、笛吹を知る誰もが、ハーフに対して
偏見を持つはずの地球人たちまでもが彼を弁護し、さらに完全なアリバイがあり、
殺人に及ぶ動機が無かったからである。
「なるほど、重力制御ですか」
アルカミルから報告を受けると、カール・トリスタン氏はさわやかに笑った。
「見当はつけていましたが・・・初めて聞く特殊能力ですね」
「はい、確認されたのは笛吹さんが初めてです」
「有効範囲は?」
「測定を行っていないため、詳しいデータは出ていないのですが、本人が語るには、
バリア自体はおそらく数キロにわたる広範囲で展開することもできそうだということです。
バリアを張らなければまさしく無制限です」
トリスタン氏はあごに手をやると、目を光らせ小さくつぶやいた。
「面白い、実に面白い…」
8年前の事故は不可解なことが残されたままだった。
空き地のあった場所にはきれいになクレーターが大きく口を開け、
その中心部に近い地点からは、直径5センチほどの超高密度の謎の塊が検出されたのである。
その塊は様々な実験・検査が試みられたが、なかなか正体が割れなかった。
ついには物体の記憶を読む能力・・・サイコメトリーの使い手であるエイリアン
にまで協力を要請したのだが、彼女は物体に触れるや否や、発狂して死んでしまった。
それから3年後、メディフ社が組織した最精鋭の科学者グループ達によって、
その物体が超高温の熱で融解し混ざり合った、金属・土・たんぱく質などの超高密度の融合体で
ある事が判明する。
その結果を踏まえ、サイコメトリー能力者は、その物体自体の
「死」の記憶を読み取り、感応し、引きずり込まれたのだということが立証されたのだ。
この結果が子飼いの科学者達から報告されると、トリスタン氏は彼らに緘口令を敷き、
さらに独自に調査を進め、「笛吹忍」という存在に行き当たった。
おりしも、社の内部でエイリアンハーフを開発前線にまわすという考えが
叫ばれ始めていた時だったので、使える時期がいつか到来することを見越して、
トリスタン氏は笛吹を放置しておいたのである。
次の日、笛吹忍は重力制御及び絶対障壁のSSランクを認定された。
SSランク保持者はこれで史上二人目で、現在生存しているのは笛吹一人のみ。
判定基準は破壊力と有効範囲。
どちらの欄も∞マークが記されていたことが大きな決め手だったことは言うまでも無かったが、
公に公表されることは無く、表向きの資料にはSランクとのみ書かれている。
→あとがき