第3章 NATURAL BORN KILLER
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バイブ式の目覚まし枕が午前9時を告げた。
シェダルは一つ伸びをすると、毎朝の習慣どおり枕元で充電していた
ポンコツ視聴覚伝達器の作動スイッチを入れたが、ヴヴヴという雑音と共に、
乱れた画像が頭の中に飛び込んでくるだけで、見慣れた殺風景な部屋の映像が展開されない。
機械の調子がおかしいようである。
今までに何度も買い換える機会はあったのだが、シェダルはなんとなく
手放さずに行動を共にしてきた。
生まれてから19年間使用してきた機械もそろそろ寿命のようであった。
電源をオフにすると、シェダルは隣の部屋にいる笛吹の気配を探し
、テレパシーで呼びかけてみたが返答は感知できなかった。
寝ているのかと思ったが、もう9時だし起こしてもいいだろうと判断して
再度呼びかけると、微弱ながら返答が発せられた。
寝起きのぼんやりとした意識とは違ったものを感じたシェダルは、
手探りでガウンを羽織ると、伝達器の丸いボディを胸に抱き
、部屋の家具の配置を思い出しながらおぼつかない足取りで外に出た。
社員寮は20階建ての建物のうち、10階から17階が個室に使われている。
17階の1708号室と1709号室が、それぞれ笛吹とシェダルの部屋だ。
1708号室の前まで来ると、ガチャリと音がして笛吹が顔を覗かせた。
「ああ、すまない、今行こうとしてたんだ」
シェダルには見えないが、笛吹の顔色は真っ青で目の下にはくまが浮かび、
目に生気は無く、墓場から這い出してきた亡者のごとくであったが、
それらの悪条件は青年の美を損ねるどころか、この世のものならぬ静謐な
美しさと独特の怪しげな雰囲気を演出することに成功していたのである。
このとき、運良くというべきか悪くというべきか、たまたま通りがかった
ハーフが思いもよらぬ壮絶な美を目の当たりにしてし、
「うぁっ」と声を上げたまま立ち尽くしてしまった。
その声に笛吹はうめくと顔をしかめて頭を押さえる。
「…うるさい…」
「…二日酔いかい」
声は聞こえないものの、読心能力を使ってシェダルは大体の状況を飲み込むことが出来た。
「そう…で、どうしたんだ?」
「あのな、俺のポンコツがついに成仏しようとしているんだ」
笛吹はしかめっ面のまま顔を上げ、初めてシェダルの視聴覚伝達器
が作動していないことに気付く。
『ああ、すまない、中に入れよ』
『いや…お前こそ具合悪そうだけど大丈夫か?』
「うっ!!」
思考での会話に切り替えようとしたが、笛吹は直接脳に響く声にさらに顔をしかめると、
今度は頭を抱え込んでしまった。
「あ、笛吹、まだポンコツは成仏しかけなだけで作動することは作動するんだ。だから…」
気配を察知したシェダルが慌てて小さな声で笛吹に話し掛ける。
結局笛吹の二日酔いが冷めるまで、シェダルは自室でおとなしくしていることにした。
13時までには回復してみせると笛吹は弱々しく宣言したが、
あの状態から察するに今日1日回復は見込めないだろう。
シェダルはベッドに仰向けになると、一昨日のことを思い出した。
社員寮入りし、笛吹がそのまま検査室に連れて行かれたときのことだ。
途中からトレースしていた笛吹の気配がぷつりと途絶え、シェダルは
どうすることも出来なくなり、自室で歯がゆい思いをしながらただ友人
が無事に帰ってくること祈るしかなかった。
「俺ってホント何も出来ないよなぁ」
視聴覚伝達器が完全に作動しなくなれば、自分ひとりでは日常生活を送ることさえ困難になる。
友人に頼ってばかりいる自分に少し嫌気が差したシェダルだが、
マイナス思考は良くないと思い直し、思考を切り替えるとそのまま眠り込んだ。
ちなみにこの思考の切り替えの良さは、シェダル人特有の精神構造が成せる技である。
次に目が覚めた時、不鮮明な視界に映る時計の針は13時4分を指していた。
笛吹にテレパシーを送ると、「冷たいジュースがほしい」と返ってくる。
ジュースの自動販売機が娯楽室前にあったことを思い出し、瀕死のポンコツ
を駆使してシェダルは外に出ることにしたのだった。
ブレイズ・スタンフィールドはあらゆる種類、あらゆるジャンルのゲームが得意で、
エウロパでは「ゲームセンター・S級アラシ」の異名をとっていた。
今特に好きなジャンルはパズルゲームだ。
人気シリーズの最新作「テクニカルドロップV」が社員寮の娯楽室に入荷された
ことを知るや否や、食事も忘れて匿体に飛びつき、隠しキャラクターを含めた全て
のキャラクターのエンディングを1コインで見てしまった。
今は段位認定モードで一人黙々とハイスコアを目指しているのだが、
難易度に物足りなさを感じているのか、浮かない表情である。
右上に表示されているレベルはすでに95に達していた。
レベル99のテクニカル認定を目前に控えた時、白い塊がピョンピョン
跳ねながら娯楽室に飛び込んできたかと思うとブレイズの左肩にもの
すごい勢いで飛び乗ってきた。
「んあぁぁぁーー!」
「ブレイズ!金髪さんがこの前の人たちにね、絡まれてるのね!
体がぶつかったとか何とかで、金髪さんが悪いらしいんだけど、
あいつらの方がとっても悪そう!」
「14連鎖の仕込みがーーっ!」
リーの衝撃でコントロールスティックが予想外の方向に動き、
取ろうと思っていた赤いドロップの右隣の、青色のドロップを選択して
しまったブレイズは悲壮な叫び声を上げたが、リーはお構い無しにまくし立てる。
「いつも一緒の美形さんがいないの!ピンチなの!」
「・・・・・・美形の兄さん、いないの?」
ゲームオーバーの文字が躍る画面からゆっくり視線を外すと、ゲームのことはひとまず忘れ、
ブレイズは悪巧みを思いついたかのようににやりと笑った。
「恩を売るチャンスだね!」
ブレイズは管理事務所前で笛吹と出会って以来、どこに行くにもその姿を探し、目で追うように
なっていた。
知り合いになるきっかけが欲しかったからだ。
美形として名高い61α系ハーフは少年も含めてABに多く存在したが、
美形の兄さんこと笛吹は彼らとはどこか一線を隔す何かを漂わせていた。
もちろん彼の美しさレベルが抜きん出ていることも大きな要因だ。
だがブレイズにとってその絶対美は、興味を引く第1要因ではない。
いつも長い金髪の友人と一緒で、いつも完璧に無表情で、
いつも宇宙の神秘について思いを馳せているようで、いつも毅然としている笛吹。
観察するにつれて、どうも内面が外見と一致していないのではないかという考えに
少年はたどり着いたのである。
以前まで、『61α人系のハーフは感情に乏しい』という
世間一般の通説を感情豊富なブレイズは鼻で笑っていたのだが、
この寮に入り、生まれて初めて同種と接して、自分はマイノリティの中で
さらにマイノリティであることを気付かされ愕然としたものだ。
とにかく彼らは無反応で、無機質的なものを感じさせられた。
アンドロイドの方がまだ人間味を感じる、という勢いでだ。
さらに協調性というものにやたら欠けており、仲間意識が強くて
しょっちゅう廊下にたむろってはケンカしているカストル系ハーフとは逆に、
ほとんどの61α系ハーフは単独行動をとっている。
彼らが声を発するところなど、食堂でおばちゃんに注文している時以外では
滅多に聞くことは出来ない。
はっきり言って近づきがたかったし、たとえ知り合いになっても楽しくないだろうで、
それ以上の関係になれるだろうとは思えなかった。
しかし笛吹にはまともな感情があるように見えた。
傍らにいる金髪さんこと長い金髪の男の方は、明らかに感情を表面に出している。
「僕にはリーさえいてくれたら別に他に何もいらないんだけどね」とか言いつつも、
食堂で二人が普通に談笑(笛吹は無表情だが)している光景を見ると、あの中に溶け込んでみたいなぁ
・・・と考えてしまう自分がいることにブレイズは気付いていた。
こちらから声をかけて「ヨロシク!」とただ一言言えばいいだけの話なのだろうが、
ブレイズとしては向こうの方から「よろしく」と手を差し出して来てもらわなければ
どうも安心できなかった。
自分が頭を下げて仲良くしてください、と頼んでいるようにとられて
しまったら恥ずかしくて耐えられない!などと、ひねくれたことを思っているからである。
リーにはそのようなややこしい感情が理解できなかったので、悶々としているブレイズを
心配して何度か笛吹たちにアタックしようと試みたのだが、その度ブレイズにお願いされて
決行できずにいた。
仕方なくブレイズの言う『チャンス』とやらを待つべく、暇さえあれば笛吹たちを尾行(?)
していたのだが、ようやくその成果が実を結ぶようである。
アーケードゲームに向かうよりも活き活きとしているブレイズのどんぐり眼を見て、
リーはエメラルドグリーンの瞳を細めた。
ブレイズが娯楽室から飛び出したとき、シェダルは4人組のチンピラ
に囲まれ憮然とした表情をしていた。
繊細そうな外見とは裏腹に、実は豪胆な性格であることを知るのは
彼の両親と黒髪の美貌の友人だけで、この時もシェダルは落ち着いてこの状況を打破するべく
思考をめぐらせていた。
すでに4人のカストル系ハーフたちの心を軽く読んで、彼らがちょっと撫でてやろうかくらいにしか
思っていないことはわかっている。
そもそも肩が軽く触れた程度であり、彼らが言うように激しくぶつかっていたとしても、
頑強なカストル系ハーフは蚊に刺されたほどにも感じなかっただろうし、自分の方が
ダメージを受けていただろう。
そんなことを考えながら、あまり意味の無い言葉を大声で羅列して
勢いで威嚇しようとする4人組たちに向かって、
シェダルが口を開きかけたその時、嬉しげな少年の声が響き渡った。
「ちょっと待ったぁっ!」
「ああっ!お前はこの前のくそガキ!!」
「相も変わらず趣味の悪い服着やがって!」
敵意剥き出しの4人組に、ブレイズは侮蔑の笑みを向けた。
「相も変わらず脳みそが筋肉で出来てるようで」
「そんなやついるか!」
「…だから馬鹿だって言ってるんだってば」
低レベルな悪口の応酬が始まり、一人ついていけず置いてきぼりを食らっていた
シェダルの肩に何かが触った。
「こんにちは、はじめまして〜」
「わっ!?なんだ!?」
ポンコツ視聴覚伝達器は、不鮮明ながらもシェダルに白い毛玉のような
愛らしい生き物の画像を送った。
「私、リーといいます。ブレイズは私の友達なのね。
ブレイズはあなたと、あなたの友達の美形さんと友達になりたいの。
だから助けに来たのね。いい子なのブレイズは!」
「は、はぁ…ありがとう」
いきなり率直に喋り始めた小さな生き物に驚きつつも、直に触れることで
リーの善意溢れた心が流れ込んできたのでシェダルは安心した。
「でも…あの男の子、大丈夫かい?」
「大丈夫!ブレイズはとっても強いの!!この間もあいつら一撃でやっつけたんだから!!」
甲高い大きな声に、ブレイズと口で喧嘩していた4人が怒りの形相で一斉に
振り向いたが、リーはお構いなしに喋りつづける。
「どれくらい凄いって言ったらね、あのね…」
「へぇ、イリュージョンか。珍しい能力だね」
おっとりと笑ったシェダルの声に、その場にいた他の6人は一瞬口を止めた。
「あの…私今言おうと思ってたんだけど、前に言ったことがあったかな?」
ノイズ交じりのリーの実際の声と共に、『確か言わなかったよね、この間の騒ぎの
事誰かからか聞いたのかな』という心の声がハモるように頭の中で響くの
を聞いてから、シェダルは無意識のうちに読心能力を使っていたことに気がついた。
不鮮明な音に苛立ち、最小限ではあるが能力を解放していたらしい。
「あ…いや、この間の騒ぎの事聞いて…」
「あ、そうだったの」
不自然な会話に気がついたのは、幸い当事者達とブレイズだけで、当事者のうち、
リーもあまり深くは考えていなかった。
気がつかなかった残りの4人組は、「そうか、イリュージョンだったのか」
「おい、イリュージョンって何だ?」「よくわからんけど、この前のがそうなん
だろう」などと口々に言いながらブレイズに対する敵意を新たに燃やした。
「このくそガキが!能力さえわかれば…」
「わかったところでお前らなんかに僕の攻撃を避けることができるの?」
「先手必勝!!」
4人組は宇宙最強の戦闘種族カストル系のハーフだった。
筋力、持久力、瞬発力のどれにおいてもBからAランクを誇る彼らの本気の動きは、
あらかじめ注意して能力を発動させるための準備をしていたブレイズ
の予想を越えるものだった。
4人のうちスピードでAランクを誇る1番すばやい男の拳が、ブ
レイズの頬に唸りをたててクリーンヒットするかと見えた次の瞬間、
緑色の光が男の背中を照らし出した。
リーが、緑色の炎を口から吐いたのだ。
素晴らしいカンと反射神経で横に飛びのいた男の後ろ髪が炎にかすり、
石化してパラパラと床に落ちる。
「な…何だぁ今のは!?」
「禿げたぞ、お前!」
「何が!?・・・うわっ!俺の髪がか!!」
薄くなった後頭部を悲壮な顔で押さえる男に、
仲間がシェダルの肩の上の小動物を指差した。
「そこの白いちんちくりんがやったぞ!」
「そう!わたしなのー!ブレイズをいぢめたら許さないんだからーー!!」
身体をそらし、声高らかにさえずるリー。
一瞬場の空気がほわんっと和んだが、4人組は首を振って気を引き締めなおす。
「このチビがぁっ!!」
1番シェダルの近くにいた男が「可愛いぜこんちくしょう」
などと心の中で萌えつつ、リーにソフトにつかみかかる。
「リー!」
今度こそブレイズが能力を解き放とうとした、その時。
男が見えない何かによっていきなり地面に叩きつけられた。
「笛吹!」
ほっとした表情でシェダルが振り返った先に、顔色の悪い不機嫌
そうな非常に美しい若者がうっそりと立っていた。
「4人の筋肉だるまがよってたかって何してるのさ」
紫の光が宿る笛吹の目に睨まれ、残る3人はぴくりとも動けなくなった。
笛吹が3人にかかる重力を少し増やして、気迫と美しさに圧倒されたという
錯覚を起こさせるよう演出していたことは言うまでも無い。
重圧から解放されると4人組は口々に何か罵りながら、そのうち何人かは
何故か頬を赤く染めながら姿を消した。
「悪かった、シェダル。俺が買いに行けばよかったのに、
パシリなんかさせて・・・配慮が足りなかった」
申し訳なさそうな笛吹に、シェダルは明るく笑った。
「全然問題ないってば。具合はどうだ?」
「相変わらず頭がはっきりしない。さっきよりはましになったから、
そのポンコツを早いところ修理しに行こう。・・・お前こそ何もされなかっただろな?」
「この子達に助けてもらったんだ、ね?」
シェダルに微笑みかけられ、ブレイズとリーが待ってましたとばかりに
「ハーイ」と元気よく手を上げた。
「僕はそうでもなかったけど、リーががんばったんだよ!」
「私ね、がんばったの!すっごくがんばったの!」
「あ・・・ありがとう・・・」
子供達の大声に笛吹は頭の痛みをこらえて、ひきつりながらも笑顔を顔に刻んだ。
大人の対応である。
「リーさんの能力は見ていた。ひょっとして君、ゴーレムメーカー?」
「り、リーさんだって!さんづけされちゃったー!わーいっ!!そうなの、
ゴーレムメーカーって呼ばれてるのね!有名有名?」
「ゆ・・・有名かは知らないけど、アステロイドベルト(火星と木星の間に
ある小惑星地帯)に生息しているパカラカっていう植物の発育とニュー
トリノの関係について研究した時、比較としてアルデバランの小惑星地
帯についても調べたから・・・クティって知ってる?」
「クティ!!あれ大好き!!」
「ゴーレムメーカーの主食だったよね。クティとパカラカはよく似ているんだ。
パカラカは食べたことあるけど、美味しいな。茎の中に甘い蜜が入っていて」
「そうなの、すっごくおいしいの!元気になるの!」
リーはすっかり喜んでしまい、シェダルの肩から笛吹の肩に飛び移る
とぴょんぴょん跳ねながら騒ぎ始めた。
植物の話で目に一旦生気が灯り始めた笛吹も、耳元の甲高い騒音に、
小さくうめくとこめかみを指で押さえた。
会話に入るタイミングを失っていたブレイズは、笛吹の様子に気付き、
シェダルに小さく話し掛けた。
「美形のお兄さん、具合悪いの?」
「二日酔いだって。朝からずっとああなんだ」
「ふーん・・・僕に任せて!!」
言うが早いか、ブレイズは想像の中で笛吹の頭上に氷水の並々と入った
バケツを思い描くと、それをひっくり返した。
「っ!?」
その場にいたブレイズ以外の3人にぶつけられたイメージは、
各々の頭の中で具現化され、五感を騙した。結果、現実そのままな幻覚が生じる。
「な、どこから水が・・・」
全身ずぶぬれになった笛吹の肩の上で、リーが愉しそうに笑いながら全身を
プルプルと震わせ、水気を飛ばした。
「よっ、笛吹!水も滴るいい男〜」
「俺はこれ以上水を滴らせる必要ないのに・・・」
シェダルを軽く睨みつけると、笛吹は自分の身体を情けない気持ちで眺めた。
その時、全身を濡らしていた水と、足元の水たまりが忽然と消えた。
「・・・これは・・・」
一瞬呆気にとられた笛吹の前に少年が元気に進み出た。
笛吹の反応を間近に見て自分の考えが正しかったことを知り、にっこり会心の笑みを浮かべる。
「僕がやったんだ、気分はよくなりました?自己紹介が遅れてごめんなさい。
ブレイズ・スタンフィールドです。ヨロシク!」