第3章 NATURAL BORN KILLER


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 メディフ社の入社式は4月1日にある。
 笛吹達は3月2日に社員寮入りしたので、丸々1ヶ月宙ぶらりんな日が続いた・・・ というわけではない。
 宿舎の空いた教室などを利用して、宇宙に関する基本知識に始まり、 高速飛行船の乗車知識、武器の取り扱い方法から戦術など様々な教室が設けられた。
 基礎知識などの必須授業の他に、自由選択授業があったが、これは参加を 強制しないが、単位を取得すると能力給として給料に加算される制度になっている。
 必須授業の他に参加を義務付けられたものとして、基礎体力のトレーニングと 実戦トレーニングが上げられる。
 実戦ではESP系と肉体系特殊に分けられ、それぞれ得意能力の向上を目的に、 あるいは弱点補強のための実戦さながらの訓練を受けるのだ。
 週6日、1日3時間あるそれは毎回怪我人が続出する(主に肉体系特殊) 危険なトレーニングだが、笛吹は今のところなるべく消極的に参加し、 あまり得意ではない念動力と空間転移を駆使し、BやAランクのハーフたち相手に ほとんど頭脳プレーによって目立たないながらも、かすり傷1つ負うことなく 結果を出してきた。
 ・・・・・・もちろん神が黄金の手で作り上げた美貌が、他者を精神的に圧倒させていたことは 言うまでもない。
 笛吹に本気で攻撃しようにも、絶対美を目にすると「傷をつけてはならない・・・!」と 本能で感じるのか、攻撃意欲が萎えてしまうのだ。

 ちなみに実戦向きの能力を持たないシェダルはその時間、武器の取り扱い方の 特別講習と基礎体力をつけるトレーニングをすることになっている。
 部品のほとんどを新しいものと換えたものの、外見は以前と全く変わらない ポンコツ視聴覚伝達器も今のところ絶好調で、なれない武器に戸惑う主人のために せっせと飛び回り、情報の誤差をできる限り0に近づくようにすべく計算をくり返していた。
 そのおかげか、シェダルは1番期待されていなかった射撃の点数が異様に高く、 「自分が盾になってでも伝達器を守れよ」と教官に苦笑混じりに忠告されてしまったりした。


 「笛吹さん、掲示板見た?」
 基礎体力訓練の時間、屈伸をしながらなんともいえない紫色のジャージを 着たブレイズが笛吹に話し掛けた。
 出会いの形はどうあれ、あれから4人は意気投合し、一緒に行動することが多くなった。
 ブレイズの思惑通り事は進んだのである。
 笛吹の友人がテレパシストのシェダル人の血をひくと知った時は驚いたが、 精神系能力に属する能力を持ったブレイズは、笛吹と同じく見せたくない 部分にガードを創ることが出来たので、特に気にすることはなかった。
 むしろ「えっ!?シェダル系なの!?めずらしーー!」と喜んでいたくらいである。

 「チーム編成の発表があるらしいよ」
 「チームか・・・いつ?」
 部屋の隅で柔軟体操の体勢に入りながら笛吹が聞き返した。
 「明後日、10日の朝9時に第4会議室に集合だって。…あ、笛吹さん、足のつま先まで 届くようになったじゃん!」
 「ふふっ、毎日やるもんだね。柔軟体操って体にいいことをしている 感じがするよな…で、明後日か」
 「同じチームになれるといいね、なりたいね!」
 柔軟に励む二人の間で、教官の号令に合わせてリーが嬉しそうに跳ねた。

 エイリアンであるリーの能力は、一撃必殺なので実戦訓練は免除されている。
 本来なら基礎もしなくていいのだが、ダッシュと持久走とブレイズと一緒 にいることが大好きなリーは、教官におねだりして参加させてもらっているのだ。

「そうだな。一緒のチームになれたらいいのにな」
 そんなリーを見ながら笛吹は、長いまつげで眼に影を落とし、極上の笑みを浮かべた。
 その笑みの中に持ち前の観察眼で微量の翳りを読み取った天才児は、 肘で笛吹の腕をつついた。
 「シェダルさんのこと、心配?」
 笛吹は小さくため息をついた。
 「ああ・・・性格が良いとは言いがたい奴ばかりがここには多いから。 周囲の人間の感情に影響を受けやすいあいつには、かなりきつい環境だと思う。 補助系の能力しか持っていないから、喧嘩になっても対等には戦えないだろ うし・・・なんとかして同じチームになれたら良いんだけど、ちょっと難しそうだな」
 「どうして?ねぇ、どうして?」
 リーが跳ねるのをやめた。
 「ここの戦闘員は全部で77人。おそらく7人11チーム作るだろう。 普通に考えるとその11チームの戦力が対等になるように、A・Bランクはもちろん、 Sランクもバラバラに振り分けられるだろうな。残念ながら俺達はみんなSランク保持者だ」
 声をひそめる笛吹に、リーは悲しげな瞳を向けた。
 その愛らしさに、思わず美貌の青年は胸をきゅんとさせてしまった。
 「い、いやまぁ、逆に考えると同じチームになるけれど」
 柔軟運動をしているだけにしてはやたら動悸の速い笛吹の横で、 ブレイズがうんうんと頷いた。
 「そう、逆に同じレベル同士でチームを作って、仕事の危険度数に応じて派遣すると いう手もあるよ。効率的だけど、そんなことしたら能力の差を見せ付けら れてチーム間に溝ができることは間違いなし!血気盛んな奴等ばかりだもん」
 「振り分けたとしても、チーム内での能力差による感情のいざこざは出て くるかもしれないな・・・といってもスカウトされたことだけあって、 皆Cランク以上の能力保持者だろ。それほど差はないといえばないけど・・・」
 「CとSSじゃ天と地の差だよ、笛吹さん」
 「・・・まあね」

 初めてすれ違った時、笛吹が何も無いはずの4階で降りたことを ブレイズが訊いたので、笛吹は二人に地下の実験施設でのこと、 自分の能力についてをある程度語っていた。
 SSというランクについてはあまり笛吹は言いたくなさそうだったが、 シェダルが自分のことのように二人に自慢したのだ。
 子供二人組は素直に驚き、笛吹と知り合いになれたことを喜び合ったものである。
 ただ一人のSSランク保持者が肩をすくめた時、教官が笛を鳴らした。
 「こらっ!そこ、私語を慎め!」
 「・・・はい」
 「うぃーっす」
 「はーーい!ごめんなさーい!!」
 こうして3人はそれぞれ、思考の泉にどっぷりと浸かりながら ストレッチを黙々とし続けたのだった。



 ドクター・パーキンスが収容先の病院から脱走したという連絡が入ったのは、 笛吹たちが教官から睨まれながらストレッチを始めるよりも 6時間前の午前4時のことだった。
 メディフ社の者が躍起になって探している時、本人はいかなる方法 をもってしてか本社ビルに潜伏していた。
 そして社の者がパーキンスのもつIDがまだ有効で、 社の大概の部屋に出入りが可能であると気付き、慌ててロック した時には、すでに彼は目的の部屋の前に着いていた。
 部屋の主が週末以外は彼専用のこの部屋で寝泊りすることは、 社内でかなり有名な話である。

 パーキンスは小さくドアをノックした。
 しばらく待ってみたが反応がなかったのでもう1度ノックしようとした時、 カチャリと音をたてて電子錠のドアが開き、白いガウンを羽織った短い 金髪の男・・・カール・トリスタンが姿を現した。
 「非常識ですね、こんな時間に」
 さわやかな発音だったが、声質と表情は来訪者に対する不快感を明らかに滲ませていた。
 それを感じ取ってか、パーキンスはひたすら頭を下げる。
 「夜分遅くに伺いたててまことに申し訳ありません」
 「夜分も何も明け方じゃないですか」
 突き刺さるような視線を感じ、パーキンスは醜く萎縮した。
 「申し訳ございません!ですが私は知ってのとおり、地下実験場破壊の全責任、 さらに今まで行われてきたエイリアンハーフの生体実験の全ての責任まで負わされ、 挙句の果てに精神異常者という不名誉な病名で持って幽閉されてしまいました」
 きょろきょろと周囲を見回しながら、周囲をはばかるように小声で パーキンスが話すのを見ながらトリスタン氏は興味無さそうに1つ欠伸をした。
 「ええ、知ってますとも。本当のことじゃないですか」
 「他の者にも責任はあります!何で私だけ、私だけが責任を負わなけれ ばならないのですか!?そもそも私はあなたの言う通り、実験をしただけじゃないか!」
 「実験?そんなことを言った覚えはありません。最高責任者である あなたに検査の依頼をしたはずですが。最高責任者にふさわしい特権 を与えてきましたが、それと同じ大きさの責任もあなたの肩にのしかか っていたことを、知らなかったとは言わせません。それにあなた方のチーム は優秀です。全員逮捕されら社の大損害です。あなた一人で済んでよかった、 といったところでしょうか」
 額に落ちた金髪をうっとうしそうにかきあげると、トリスタン氏はドアの 奥に引っ込もうとした。
 慌てたパーキンスがその腕をつかむ。
 「まっ、待ってくれ!あんたが1番この社の上層部で一番話がわかる人間だと 聞いている!あんたの力でなんとかしてくれないか?僕の才能を知っているんだろう!?」
 「駄目です」
 トリスタン氏はにべもなく手を振り払おうとしたが、パーキンスは放そうとせず、 口から唾を飛ばし話し続けた。
 「あの危険人物・・・いや、ハーフの暗殺でもなんでもやってのけるから!!」
 トリスタン氏の動きが一瞬止まったかのように見えた。
 「あいつは意思1つで無差別な大量虐殺を可能にしてしまうんだ。 SSランク?デスデモーナの惨劇を知っているでしょ?SSランク保持者が 何を起こしたか、そしてどうなったか!この社に限らず、連邦もエイトコミ ューンの上層部も奴の存在に注目しているはず。そして仲間にしたいところだけど、 結局邪魔になってくるはず。いくら人間が武装したところで勝てるはずがない。 みんな恐いはずだ、恐いでしょ、あんたも恐いんでしょ、ホントは、誰かに殺して 欲しいんだ、あいつを」
 恐怖感に駆られていたのはパーキンスの方だった。
 額に脂汗を滲ませ、充血した目を見開き、その瞳はあの時彼を射抜いた 紫色の瞳を見ていた。
 「あんな能力を持った人間がこの世にいていいはずがない、秩序が保たれ ないじゃないですか、あんな眼をした奴がいて良い訳が無い・・・」
 ガマ蛙のような顔に浮かぶ狂気を感じ取り、トリスタン氏は大きくため息をつ くと、うって変わりゆっくりした声で話し始めた。
 「私は眠いのです。あなたの脱走の連絡が入るまで起きてたんですから。 実はさっきまで飲んでいたんですよ。偶然、近くのバーである人と出会いまして、 一緒にワインやカクテルを合計8本もあけてしまったんです」
 話しながらトリスタン氏はドアを大きく開け、部屋の中に入っていった。
 「ほ、ほう、それはすばらしい飲みっぷりですなぁ」
 トリスタン氏の後に続いて部屋に入りながらパーキンスは手をもみ、 典型的へつらいポーズをした。
 「その方はどんな方なんです?」
 「私が今まで出会った人の中で、一番秀麗な人です。今回でアルコールに 弱いことが判明しましたが。それに私のことをどうも嫌っているみたいでして」
 「そんなことあるわけないです!あんた、いやあなた様は男なら誰でも羨 む容姿、さらに権力、富、才能をお持ちです!惚れない人がいるわけない! その方だってあなた様にぞっこん、好意を寄せているはずでございますよ!」
 トリスタン氏の機嫌をとることに必死なパーキンスは、慣れない敬語に四苦八苦である。
 そんな元・権威あるドクターを憐れみをこめた温かい目で見ながら トリスタン氏は軽く微笑した。
 「そうだといいんですけどね」
 「そうですよ!大丈夫に決まってます!」
 「・・・実はですね、その人は凶悪な男に命を狙われているんですよ。 私は心配で心配で・・・」
 「な、なんと!!そうなんでございますか!?先手を打つべきです、 そういう輩は放って置いたらろくなことがありません!!」
 「そうですよね、笛吹さんはそんな輩に殺されるほど弱くありませんが、 もしもの場合がありますしね」

 パーキンスの顔から愛想笑いが消え、驚愕が代わりに浮かぶ。
 何かを言おうとするが、口がパクパクと動くだけで言葉が紡ぎ出されない。
 「私はなんであれ美しいものが好きなんです。あなたが彼ほどの 容姿と品性を持っていたなら私ももっと別の道を用意していたんでしょうけど」

 得体の知れないさわやかな笑みを浮かべてトリスタン氏がパーキンスの 方へ一歩、足を踏み出した。

 おもわずパーキンスは後ずさりした。

 トリスタン氏がまた一歩、ゆっくり詰め寄る。

 パーキンスはよろめくように後ろに下がった。
 背中に閉まったドアがあたる。

 震えが小波のように全身を伝うのを彼は知覚した。
 同じ感覚を彼は最近経験したばかりだ。

 「醜いものは醜いなりに使い道がありますが、」
 トリスタン氏がゆっくりとパーキンスに向けて腕を伸ばした。
 「ここまで醜悪だと不快感を誘うだけで優越感さえ沸いてこない」

 伸ばされた手の指の隙間から見える男の目を見て、パーキンスは紫色の瞳を思い出した。

 目を閉じても、まぶたの裏にキツネ火のように暗く灯るアメジスト。

 それはぼんやりとした輝きではあったが、狂った科学者の背筋を突き抜け視床下部を直撃し、 虫の息だった理性を蘇生するだけの力を持っていた。

 理性は鈍重な感情に何年かぶりの恐怖を呼び起こす。

 覚醒しきった恐怖に縛られ、パーキンスは腰が砕けて自分が尻餅をついていることすら 気付いていない。

 今目の前にある鳥肌が立つほどさわやかな蒼い瞳にかの青年の瞳を重ね見、そこから 視線を外すことが出来ずにいた。

 凝視しつづけ、目が渇きを訴え、痛みを潤すかのように涙腺から塩辛い水が溢れ出したとき、 青年の瞳に映る無様な男の姿を視認し、その醜さに。



 なぜか口から吐き出されたのは湿った笑い声だった。