第3章 NATURAL BORN KILLER
V
4月10日、午前9時。
第4会議室でチーム編成発表に先駆けて、開発環境部部長代行の挨拶が始まった。
あくまで目立たないように後ろの方に立っていた笛吹は、大きく欠伸を1つすると、
窓の外を見た。
夜更かしすると朝日が赤く見えるというが、火星では1日中空自体が赤い。
右隣ではシェダルが直立したまま微動だにしない。
実は心を閉じ、視聴覚伝達器の電源を切り、準備万端の体勢で眠っているのだ。
笛吹も眠ればいいのだが、神経質なところがある美青年はいかなる状況だろう
とすぐ眠れるシェダルと違って、横になって納得のいく姿勢をとらないと気
になって眠れない。
もちろん立ったまま眠るなんて言語道断である。
笛吹は視線を会議室前方に移した。
特設の壇上で脂肪のたるんだ60代半ばほどの男がつっかえながら延々と話している。
あんなのでも上司は上司か、と冷淡に見やっていると、左腕の裾
をちょいちょいと引っ張られた。
「話し長いしつまらないよー、あのオジサン」
そう言ったブレイズの大きな目の下にはうっすらとクマが出来ていた。
「僕、低血圧で貧血症なんだ。朝早くから立たされたままで役にも立た
ない話を聴かされるなんて拷問だよ、横暴!!」
ささやく少年の顔は青白かった。
いつも一緒のリーの姿は見えないが、彼女はブレイズの懐で眠っているらしく
、時々少年の胸のあたりがもぞもぞと動いている。
「昨日、つい『ドラゴンスレイヤー7』にはまり込んじゃって、
気が付いたら午前3時だったんだ」
「俺も今朝の5時までプレイしてた。光の泉のダンジョンが長い上
に途中でセーブポイントが無くて、切るに切れなかったんだ」
笛吹が囁き返す。
ブレイズが目を丸くした。
「あっ、僕も光の泉!エンリケがパーティ抜けたのが痛いよね・・・って笛吹さん、
睡眠時間3時間ぐらい?」
「ああ」
「凄いなぁ!平気そうじゃん!僕、8時間寝ないと駄目人間・・・
というかハーフなんだ。羨ましいよ」
「いや、俺も昔は体が弱かったんだ。貧血とかよくなってたし
・・・今も勿論眠いけど」
「僕もそのうち大丈夫になるかな?」
「大丈夫だと思う。ところでエンリケにエクスカリバーを装備させてた?」
「そう!HP少ないからカバーするため最強武器持たせてたのに、
武器欄から消えてるし、最悪だよね、主人公の恩も忘れて」
延々と新作RPGについて話し始める二人だが、周囲のハーフたち
も部長代行の話など真面目に聞かず、あちこちで好き放題話している輩
がいるので、ざわめきにかき消され浮くことは無かった。
部長代行の話が何の感銘も起こさないまま終わり、壇の下で待機していた
軍人上がりの5人の教官のうち、壮年の男が壇上に上がった。
「では早速だが、隊編成を発表したいと思う。隊ごとに名前を読み上
げていくので、返事をしてから指示された場所に移動すること。
隊で一番最初に名前を読み上げられたものが、その隊のリーダーだ」
「おい、シェダル、起きろ」
「ん、終わったのか?」
笛吹が揺すってやると、シェダルはすぐに目を覚ました。
「今から隊発表だって」
教官が名前を読み上げ始めた。
「第1隊、そこの窓際に固まれ。レイトン・モンテイリオ、ヨウ・ジョハン、
マイク・ハッキネン・・・・・・テテカ。以上8名」
呼ばれた7人がだるそうに窓際に移動するのを見ながら、ブレイズが首をかしげた。
「8人?てっきり7人ずつきれいに分けると思ってたのに」
「何か変なの?おかしいところでもあるの、ブレイズ?」
すでに目を覚ましていたリーが、ブレイズの肩の上で小さくさえずった。
「いや、たいしたことじゃないんだけどね」
その間にも第2、第3、第4と名前を読み上げられていく。
今のところ全隊8人構成である。
「まだ呼ばれないね、僕たち」
「同じ隊になれそうな感じじゃない?」
壁際、窓際に8人ずつの集団が出来始め、それらに混ざらないよう
にまだ名前を呼ばれていないもの達が部屋の中央部分に移動する。
その中央部分にいた者たちも段々と減っていく。
そして第8隊が壁際に移動し終わった時、13人が部屋の中央に残った。
厳密に言うと、壇の真ん前に一人はぐれて仁王立ちしている銀髪の男がいたが、
先程からぴくりとも動かず、何故か教官達から呆れたような視線を受けている。
「6人、7人で分けるのかな?」
「まさか13人じゃないよなぁ」
部屋の周囲から視線を浴び、いつものくせで固まってしまっている
笛吹の傍でブレイズとシェダルがのんびり話す。
「案外同じ隊になれるかも・・・って笛吹、大丈夫か?」
「何が?俺は何とも無いぞ」
サングラスを持ってくれば良かったと後悔しながら、無表情に笛吹が答えた。
「第9隊、後ろの壁際へ。バルマン、パーハッティン、
カイ・ヤガミ・・・・・・セクレキ、以上8名」
第9隊の8人が不審そうな顔で窓際の一番後ろに移動し、5人、
正確に言うと4人と1匹がぽつんと残った。
「私たち、余っちゃったわよ、少ないわ、ねぇ」
「でも同じ隊になれそうだね、リー」
「・・・危険分子につき退職させられるとか・・・」
「笛吹、それ希望が混じっているだろ」
こちらに後姿を向けたまま相変わらず動かない男と、
視線におびえる笛吹を除いて本人達はさして気にしたふうでもなかったが、
他のハーフたちがざわつき始めた。
「なんだか貧弱なのが残ったぞ」
「う、ウスイがいるぜ・・・あいつがまともに訓練しているところ見たことないぜオレ」
「あぁ、いかにも弱いよな〜・・・あとは子供と、機械に頼っている奴と、
ちんちくりんの獣と・・・」
「おい、でもあの銀髪の奴は・・・」
一人のカストル系ハーフが、銀髪の男の後姿を見て、仲間に何か言おうと
とした時、壇上の教官が口を開いた。
「笛吹忍、ルーク・カースレイン、シェダル・ディケンズ、ブレイズ
・スタンフィールド、リー。以上5名はスペシャルスカッドに任命」
半瞬の沈黙を置いて、会議室はブーイングの嵐に包まれた。
特別小隊、つまりエリートによって造られた小隊で、意味するところはこの
5人が77人のハーフたちの中で一番強いということだからだ。
「何でそいつらの方が強いんだ?!」
「納得いかねぇ!!」
主に単細胞のカストル系ハーフたちのものである猛々しい殺気が5人を包んだその時、
初めて銀髪の男がぴくりと動いた。
それに気付いた教官の一人が、「あ、起きた」と言ったが、
ハーフたちの中で誰も気にする者はいなかった。
どうやら彼は教官たちの真ん前で仁王立ちしながら眠っていたらしい。
一方笛吹達はというと。
「どうしよっか笛吹〜」
緊張感の相変わらずないシェダルの声に、笛吹は少し首を傾げて見せた。
「・・・というか、このチーム発表の仕方は俺たちにむしろ喧嘩させようと教官たちが仕組んだ
気がしないでもないのだけれど・・・・・・」
「僕たちの実力を見せ付けろってわけだね・・・」
ブレイズはほほを膨らませた。
「僕眠くて頭が痛いからあまりイリュージョン使いたくないんだけどな〜」
冗談ではなくて、本当にまだ貧血の症状は収まらないらしく少年の顔色は悪かった。
笛吹はブレイズの顔をちらっと見ると、「俺がやる」と言ってその頼りない肩をぽんと軽く叩き、
今にも飛び掛らん勢いでブーイングを唱えている一群の方に歩き出した。
突き刺さる視線が恐いことは恐かったが、それよりも自分よりも小さいものに対しての
庇護欲のほうが笛吹の中で勝ったのである。
「どうした笛吹、珍しいなぁ、ハハ、怖くないのか?」
「うるさい」
からかうシェダルに、笛吹は照れたような表情を見せると、少年と小動物のほうをちらりと見た。
「いざというときはシェダルを頼む。シェダル、ESP系の
攻撃にだけ注意していてくれ」
「任せといて、隊長!」
いつに無く頼もしげな笛吹にブレイズは親指をびしっと立てた。
「安心しろよ、いきり立ってるのはカストル系の一部だけだ」
「笛吹さ〜ん、ファイトで〜す☆」
シェダルは相変わらず飄々として落ち着いているし、リーはクラブの先輩を
応援する女子高生のノリでキャーキャー言っている。
「何ぶつくさいっとんじゃ、どんなに強いんか試したるわ、われ!!」
余裕たっぷりの笛吹達の表情に刺激され、血気にはやったカストル系
のハーフが数人笛吹の美貌を意識しまいと努めながら、教官達の一応の制止も聞かず飛び掛かった、が、いきなり何かの
力によって地面に叩きつけられ、そのまま動けなくなる。
黒衣の青年の蒼い瞳はすでに藤色に染まっている。
彼の意思は会議室を満たし、重力を完全に掌握していた。
それは人前で大っぴらに使ったはじめての重力制御だったが、
そのことはシェダルと教官たち以外には知る由もなく、傍目には念動力を発動したように見えた。
ちょうどその時、銀髪の男がくるりと後ろを振り返った。
浅黒い肌に、鼻筋の通った彫りの深い端正な顔は、眉根が寄せられ目つきは鋭く、
ひどく不機嫌そうに見える。
冷たいアイスブルーの瞳はエキサイトしている周囲をぐるりと見回し、
部屋の中央に立っている笛吹のところで止まった。
その眼が大きく見開いた時、友人をつぶされいきり立ったカストル系のハーフ
が笛吹目掛けて拳を振りかざした。
彼は筋力・瞬発力・持久力・防御力がオールAクラスという将来を嘱望された
素晴らしい社員で、笛吹のことを知らないハーフたちは彼の勝利を疑わなかった。
笛吹の頭がスイカのように弾け飛ぶかと見えた瞬間、オールAクラスの将来嘱望な
男が、彼のダッシュを上回るスピードでいきなり現れた銀髪の男のまわし蹴り
を空いた脇腹に喰らい、傍観を決め込んでいたハーフたちのほうに吹き飛んだ。
「うわっ!」
「あぶなっ!!」
運悪く、そこには念動力を得意とする61α系ハーフが数人
固まっていた。
空間におなじみの意志による力がいくつも炸裂する。
吹き飛んだハーフは彼らの念動力によってさらに弾き飛ばされ、
二重のダメージを受けることになってしまった。
泡を吹いてぴくぴくと動いている彼の姿は、残念ながら三下のやられ役であって、将来を嘱望された
エリートには全く見えなかった。
一方。
銀髪の男の動きを見て、カストル系のハーフたちに動揺が走っていた。
銀髪の男もカストル系のハーフであり、その能力が桁外れのもので
あることを戦闘種族の本能で悟ったからである。
能力を発動しかけていた笛吹はいきなり目の前に現れた長身の男に、
少し驚いたものの顔には出さず、その銀髪を見やって、彼が同じ隊に任ぜ
られた仲間であり、壇の前で仁王立ちしていた男であることに気付いた。
2メートル近くはあるだろうと思われる青年は、身を屈めて笛吹の身長
に合わせると、自分の顎に手をやりながら笛吹の顔をまじまじと観察し始めた。
「な、なんだ?」
銀髪の男の険しい表情に押されながらも、笛吹は深い海の色に戻った瞳で睨み返す。
衆人環視の中でいきなり始まったにらめっこに呆気にとられ、完全
に殺気が鎮火したのを見計らって、壇上の教官が再び口を開いた。
「ちなみにスペシャルスカッドの隊員達は全員Sクラス能力保持者だ。
数少ないSランクの中でも特に状況判断力に長けた5人をチョイスして
みたのだが。納得いただけたかな、諸君?」
「Sクラスって・・・マジかよ・・・!?」
いかにも強そうな階級にその場にいたハーフ達は慄然とした。
異様なざわめきの中、銀髪の長身の男・・・ルーク・カースレインは、
どこかぼーっとした目つきの悪い表情をふっと和らげると、低い声で静かに言った。
「黒い・・・」
「・・・は・・・?」
「しかし・・・いや・・・あるいは・・・・・・つまり何故?」
「・・・はい・・・?」
ついていけず目が点になる笛吹に、ルークは不気味な笑みを返した。
銀髪の青年が笑ったのは実に2年ぶりのことだということ、
そして彼が変わり者ぞろいのABの中でも極めつけの存在であること
を笛吹は知る由もなかった。
状況が飲み込めず、ただ美しくおろおろとうろたえるばかり笛吹の耳を、
教官の渋い声が素通りしていった。
「本日付で諸君は開発環境部実動課に配属される。
エイリアンバスターとしての誇りを持って任務にあたるように。諸君の活躍を期待する」