第4章 BASIC INSTINCT
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火星はガニメデに並んで経済水準の高い星で、超高層ビル群が立ち並び、
他の星から来た者達を圧倒する。
地球人系企業の本社のほとんどが火星に軒を並べてどんぐりの背比
べ状態のにらみ合いをしている中、1つずば抜けた威容を誇っているビ
ルが、Ma25番街に陣取っているメディフの本社ビルである。
なんといっても大きい。
495メートルもの高さを誇るそのボディは、他のビル群に混じると、
小学生の低学年の中に混じる中学生並みの体格差だ。
全面強化ガラス張り、ありとあらゆる科学技術を凝らされた建物の構造
と機能、防犯システム、快適な内装など全てが最高傑作であり、社員
達の誇りである。・・・はずなのだが、社員達の中には地球系企業
中年間利益最高を誇る会社で働けることを快くおもわず、あろうこ
とか本社ビルをおもちゃにして遊ぼうと計画をたてている危険分子が、
ごく少数ではあるが存在した。
「本社ビルを破壊するというのはどうだ?」
「面白そう!でも真面目に一生懸命働いている一般社員さん
たちを巻き込んじゃったりしたらかわいそうだわ!」
「それに僕たちはまだ未成年だからいいけど、白髪頭は報道で顔が出るし罪は重いよね」
「銀髪だ」
ここは開発環境部実動課所属のエイリアンバスター達の宿舎である。
彼らのチーム編成が行われ、正式な入社式が行われてから2
ヶ月たち、暦は6月になった。
1〜9隊の隊員たちははそれぞれ様々な任務につき、日々を忙しく
過ごしており、宿舎内の人影もまばらである。
しかし特別小隊・・・スペシャルスカッド(SS)の5人には何故か1度
も出動命令が下ったことはなく常に宿舎に入り浸り、暇を持て余した彼
らはテレビゲームに興じたり、読書したり、物思いにふけったり、植物の
栽培に熱中したり思い思いに日々を送っていたのだが、そろそろ飽き始め
た者が出てきたようだ。
「あーあ、あのゲーム面白かったのになぁ」
ブレイズがオレンジ色のクッションを抱きしめながら、ソファ
ーに座るとため息をついた。
ぼやきモードが入っている少年と、彼の肩に乗っているリー、
そしてその向かいのソファーに腰掛けているルークの前に、冷たい麦茶
とクッキーを置くと、笛吹はブレイズの隣に身を沈めた。
自室で昼寝をしているシェダルを除いて、スペシャルスカッドの
4人はいま笛吹の部屋にいる。
2ヶ月間する事も無く、自由な時間ができたということで、笛吹
は他のメンバーとは違い一人かなり充実した日々を送っていた。
まず自分の部屋のコーディネートから始まった。
部屋はダイニングキッチンと寝室、リビングの3つで、洗面所とトイレ
、風呂がついている。
まず、最初から備わっていた無趣味で質の悪い家具類は、全て
中古家具買取業者に売り払い、火星最大の家具屋「カグゼン」で見
つけた白と黒を基調にした一式をまとめ買いした。
趣味の悪いじめじめした肌触りのカーペットも取り除き、板張りの床に変える
と、その上に快適・便利さを重視して家具を配置する。
次に、笛吹は持ち運び可能な室内観賞用植物を7点ほどガニメデから
配送してもらったのだが、それらを日当たりのいい場所に設置した。
もちろんベランダにも植物をいくつか置き、それら全ての手入れ
キットもきっちり揃えた。
さらに雑誌で調べて見つけたMa19にある雑貨屋にせっせと足を運び、
笛吹目当ての客とアルバイトが店に殺到するようになった頃には、彼の部
屋はよくまとまり、居心地の良いものになっていた。
しかし、こつこつとがんばって整えた部屋を見るのは、恐ろしく
趣味の悪いブレイズや、無神経でずぼらなルーク、視覚で得た情報
をあくまで情報として考えてしまうシェダル、どこでも快適なリー
・・・と、人並みの感受性をもたない者ばかりだったので、笛吹はち
ょっとさみしいなと思ったりしていた。
まあ、大体5人がこうして溜まるのは笛吹の部屋だったので、隊員
たちは無意識に居心地のよさを感じている・・・のかもしれない。
「何、そのゲームって?」
「やだなぁ、隊長が考えた『遊園地に行かなくても身近なものを
使ってスリルを味わえるゲーム』のことだよ!」
「ああ、あれか」
「私はあのゲームは苦手なのね」
略して『綱無しバンジー』という、正気を疑うような名前をもつ
このゲームは、1ヶ月前ほどに笛吹が考案したもので、社員達の誇
りの象徴である本社ビルの屋上から飛び降りて、地上ギリギリのと
ころで念動力を使って宙に浮くというとんでもない遊びである。
笛吹とブレイズは人目のつかないようにビルの裏側で繰り返し実行し、
とても楽しんでいたのだが、ビルの中の人間が多数、窓の外を落ちる人影
を何度も目撃し、「集団自殺か!?」と社員達が恐慌状態に
陥り騒ぎになってしまった。
シェダルがそのことにいち早く気が付いたので、空間転移で逃げ、
なんとか見つからずに済んだのだが、それ以来屋上にものものしい警備
体制が敷かれてしまい、2度と遊ぶことは出来なくなってしまったのである。
「そうだっ!」
「どうした、ブレイズ?」
「警備の人たちをやっつければいいんだ!」
過激な意見に笛吹はちょっと考えてから「それはそうだ」と顎に手をやった。
前向きに検討しようとしている笛吹を見て、ルークが眉間にしわを寄せた
相変わらずの不機嫌そうな表情のまま手を挙げた。
「ちょっと待て。私もやりたい」
ちなみに前回ゲームを実行した時、ルークは「探しに行ってくる」と、
意味不明の言葉を残して3日間ほど失踪しているところだった。
リーは落ちるときの感覚が苦手らしく、高所恐怖症のシェダルと共に見学していたのだ。
「いや、お前は念動力持っていないだろ」
「シノブが私も一緒に浮かべてくれたらいい」
「やだね。そもそも俺は二人も宙に浮かべるほどの念動力は持っ
ていない。ブレイズに頼んだら?」
「えーっ、やだよ僕。こんな図体でかい重そうな白髪頭はさ。それ
に念動力は駄目でも、重力制御があるじゃん、笛吹さん」
「銀髪だ。私もビジュアル的にシノブの方が面白い」
「何が面白いんだ!?!?とにかくこのゲームはやっぱり却下だな」
巻き起こるブーイングを尻目に、笛吹はテーブルの上に置いてあった
新聞を開き、軽く目を通し始めた。
無視を決め込もうとする笛吹の気配を感じ取り、ブレイズがあわてて考えをめぐらせた。
「そうだ!僕が幻で敵を出して、本格リアリティゲームを創ろうか」
「それはいい考えだ!」
ブレイズの提案に、ルークが口にクッキーを詰め込みながら大きくうなずく。
「それで、敵キャラは何を出す?」
「決まってるじゃない。白髪頭の筋肉バカそうな男をたくさん出すんだ。
やる気が倍増してちょうどいいだろうからね☆」
ルークの目が光った。
「君が嫌味を言ったと私は認識したのだが」
「あれ、わかった?」
「君は年上に対する礼儀というものがなっていない」
「それなら僕が礼儀正しく接したいと思うような言動を取らなきゃ駄目だよ。
年上だからえらいとかいう年功序列的な考え方は、今の時代ナンセンス、
ナンセンス、意味わかる?馬鹿げてるってことなんだけどね」
「馬鹿にしないでもらいたい。その程度くらい知っている。しかし念少女
レツの考えはなんで馬鹿げているのだ?彼女は何かしでかしたのか?そ
もそも念少女とは何なのだ?レツとはどういう少女なのだ?かわいいのか?」
「・・・年功序列!!ね・ん・こ・う・じょ・れ・つ!!念少女ってなんなのさ!!?」
「知らない。だから訊いている」
「こっちが訊きたいよ!!いい?白髪が聞き間違えたんだよ!」
「聞き間違い?私はそんな間違いを犯さない!それに銀髪だ!!」
エキサイトする二人の雰囲気を感じ取り、笛吹が一時活字を読むことを中
断して口を挟もうとした時、
「けんかはナンセンス。馬鹿げていると思うのね、わたし」
それまでひたすらクッキーを食べることに専念していたリーが、ここ
に来てやっと口を開いた。
もちろん彼女に出されたクッキーが全部なくなったからである。
「荒げた声は耳に悪いわ。二人とも、クッキーいらないならわたし
にちょうだいね。わたし、このクッキー大好きなの、とても美味しいの」
エメラルド色の瞳をクリクリと動かして二人を見上げる彼女の姿は大変可愛らしかった。
「そ・・・そうだね、ごめんね、リー」
「すまなかった」
小動物に思わず胸をときめかせてしまった少年といい年した青年は、
とりあえず終戦協定を結び、敵キャラを何にするかリーを交えて前向きに
検討し始めた。
毎日似たようなことを繰り返している3人である。
けんかが不発に終わったことを確認すると、やれやれと首をぐるり
と回し骨を鳴らして、笛吹はまた新聞に目を落とした。
近頃は政治に大きな変化はなく、相変わらず「ハッピー・フライデー」
に関する記事くらいしか目を惹くものはなかった。
面白くなさそうにページをめくると、ある記事の上で笛吹の目が止まった。
そこはイベント蘭で、「海王星グランプリ」と大きな文字が印刷されている。
懐かしそうに目を細めると、笛吹は詳細を読もうとした。
そのときである。
部屋の電話が鳴り響いた。
外に知り合いのいない笛吹の部屋の電話が鳴ったのは実はこれで2度目で、
1度目はブレイズが修学旅行でホテルに宿泊した学生のノリで、
面白がってかけてきただけである。
同じ寮内に住んでいるし、携帯電話を持っているし、とまあそんな利用
状況だったので、今も「ああ、電話なんてあったっけ」とか言いながら、
かけてきた相手に不審を感じつつ笛吹は受話器を取った。
「シェダルさんかな?クッキー残しておかなくて大丈夫だったかな?」
ブレイズに分けてもらったクッキーを口の中でもごもごさせながら、
リーが困ったように言った。
ブレイズはシェダルの部屋の方角に視線をチラッと走らせる。
「シェダルさんなら、この距離だとテレパシーで話して来るんじゃないかな?」
数秒間の短い応答の後、笛吹は受話器を置くと、神妙な表情を顔に
貼り付けて他の3人に向き直った。
「アヴィちゃんから呼び出しだ」
「えっ!?笛吹さん何したの!?」
ブレイズの失礼な問いに人差し指をちっちっと横に振り、一拍置いてから笛吹は言った。
「俺だけじゃない、全員だ」
「えっ!?わたしたちもなの!?」
「僕、アヴィちゃんに怒られるようなこと、何もしてないよ!」
「あの御仁は何か勘違いされているようだ。何かあったら私たちのせい
だと決めつけているのでは?」
「決め付けているのは、ルーク、お前だろ」
笛吹が美しく苦笑すると、部屋に華やかな花々が咲き乱れるようであった。
「全員に出動命令がかかったんだよ。スペシャル・スカッドにね。」