第4章 BASIC INSTINCT


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 第5チームの連絡は、3日前の6月3日に受信したものを最後 に完全に途絶えてしまった。
 ペルセウスのアルゴル星系、アンバー星に着陸してから3時間後のことだ。
 12名の技術者も同乗していたので、通信装置の故障だったとしても 故障のまま長時間放置されることは考えにくく、また、故障の際の緊 急通信装置も船には搭載してあったので、故障以外のトラブルが生じた 可能性のほうが高い。
 さらに、最後の通信で5チーム隊長のケトカが、先住民の姿が見えな いと語っていたという。
 「知ってる!"アンバーの巨人"だよね!!」
 目を輝かせるブレイズを、アヴィゲイル教官は冷たいナイフのような瞳で一閃した。
 「私は君に発言を許可した覚えはないのだが」

 スペシャル・スカッドの5人は今、ベテルギウス系エイリアンであ り実動課係長、地球系名アヴィゲイル中佐の執務室で、教官机を前に 姿勢よく並び、ブリーフィングを受けているところであった。
 ちなみに彼の本名を発音すると○☆÷★■★>>となる。
 地球人はまず発音できない。
 「絶対零度の彫像」の異名を持つ御歳165歳のアヴィゲイルは、地 球人の目で見ると、60代といったところだろうか、冷厳・冷淡・冷血・冷酷 ・冷静な性格は、外見・雰囲気にもそのまま表れている。
 教官達の頂点に立ち、Sランクに限りなく近いAランクといわれている念動力 を駆使して訓練の際AB達をしごき倒した鬼教官は誰からも恐れられ ており、そんな彼がスペシャル・スカッドの直属教官に就いたと知った とき、恐いもの知らずのルークまでもが「うへ〜〜っ」と嫌そうな顔をしたものだ。
 
 「ごめんなさい、僕の知っていることだったから、思わず話したくなっちゃって・・・」
 アヴィゲイル教官の氷の一突きにもめげず、物分りがよいちょっと間抜け な少年をわざとらしく演じているブレイズ少年は、1ヶ月前、この鼻持ちなら ない上官のことを「『アヴィちゃん』とかわいい愛称で呼んで、苦手意識を 無くそう」、とほかの面々に提案していた。
 この提案は受け入れられ、4人と1匹は本人の前以外ではこの愛称を面白がっ て連発していたのだが、苦手意識を無くす効果は発揮されないままのようである。

 「教官の話をさえぎるつもりは全くなかったんです」
 わざとしつこく弁解を続けるブレイズに、教官は水色の肌と長い頭の中に小 さくまとまった顔に、完璧なまでの無表情を宿して対応した。
 「失礼しました、とだけ簡潔に謝ればいい」
 「失礼しました!これでよろしかったですか、教官?」
 『その辺にしとけ、ブレイズ』
 少年の頭の中に、笛吹をはさんで二つ隣に立っているシェダルの声が直接響いた。
 『笛吹がおろおろしているぞ』
 ブレイズが右隣を見上げてみると、笛吹は相変わらずの無表情で前を 向いていたのだが、シェダルが言うのだから間違いないだろう。
 『わかった、もうやめとく』
 目の前で交わされた読心能力による会話に気付いたかどうかは定かでは ないが、アヴィゲイル教官は、「よろしい」というと、白くにごった赤色の瞳 を少年から正面に立つ笛吹に移した。
 「連絡を絶った者たちの安否が気遣われる。君たちにはすぐにでも出動し てもらいたい。アンバー星についての情報・資料は船の中で目を通してもらいたい」
 「船!宇宙旅行だわね!ワーイ☆」
 「リ、リーっ・・・!」
 歌をさえずりだしかねない勢いで喜ぶリーの口を、笛吹が慌ててふさいだが遅かった。

 「・・・これほど進行しにくいブリーフィングは、初めてだ」
 室内の温度が6度ほど下がったような錯覚を笛吹は覚えた。
 「ブリーフィング最中に寝ている者を見るのも初めてだ」
 笛吹、リー、ブレイズ、シェダルは一斉に列の1番右端に立った、ずば抜けて背 の高い男の方を見た。
 ルークは姿勢よく直立していたが、顔は少しうつむき加減で瞼が閉じられ ており、対照的に口は半開きになって、よだれが端から少し流れている。
 「う、うわっ、バカ!」
 シェダルが慌ててつついて起こそうとした瞬間、アヴィゲイルが念動 力をルーク目掛けて放った。
 鈍い音を立てて、銀髪の青年は後方へ吹っ飛んで壁に激突し、さらに壁に飾 ってあったABの心得が箇条書きで書いてある額縁が落ちてきて頭にヒットした ・・・はずだったのだが、実際には放たれた念動力は何もない空間を凪いだだけであった。
 「私は寝首をかかれるような醜態は晒さない!」
 「うわっ、お前いつの間に俺の後ろに!?」
 アヴィゲイルが能力を解放する際の僅かな殺気を察知し、ルークは寸前 で目を覚ますと笛吹の後ろに高速で移動していたのである。
 ちょっとした距離なら瞬間移動並みのダッシュスピードを誇るルークの動 きは、常人の動体視力では捕らえることが出来ない。
 「寝首をかかれようものならカストル人の恥だ!」
 「作戦指示を受けている最中に寝ていること自体恥だろ!!・・・っておい 、えらそうなこと言ってないで俺から離れろ、盾にとるな!」
 ルークに思わずつっこみを入れていた笛吹は、アヴィゲイル教官の視線がこ ちらに向いたことに気付き慌てた。
 教官がルークにもう一度念動力を放とうものなら、笛吹まで巻き込まれることは必至である。
しかし意に反して、アヴィゲイルは静かに口を開いた。
 「カースレイン副隊長。君の危険感知能力の高さはわかった。しかし私が 殺気を出さずに念動力を放っていたら君はどうなっていたか、そしてスペシ ャル・スカッドの副隊長という責任ある地位についていることを忘れずにい てもらいたい。笛吹隊長、君もだ。部下の教育は君が徹底しなくてはならない」
 「・・・以後気をつけます」
 神妙な顔で返事をした笛吹の背中をルークがつついた。
 「ところで私は何故攻撃されたのか?」
 「・・・」
 アヴィゲイルは静かに氷よりもさらに冷たいため息をつくと、 4人と1匹をゆっくり見回した。
 「君たちに与える任務は、生存者の確認と保護。死亡者が確認された 場合は遺品の確保と原因究明、証拠品の確保だ。急ぎが必要なため説明は簡略化 させてもらったが、詳しい内容については船の中で説明を受けてもらいたい。出発 はこれより20分後の14時40分。3番ゲートに集合。そこから先は専属アン ドロイドが案内するので指示に従うように。また、発着港に向かう際、空間転移 などの能力を行使してはならない。これは罰だ。以上」
 何者にも口を挟まれないように一息で言うと、初老の教官はもう1度頼りな い最強の直属の部下達を見回した。
 「解散」


 メディフ社私有の宇宙船発着港の3番ゲートに余裕なく5人がたどり着い たのは、解散してから正確に言うと19分36秒後のことであった。
 「・・・着いた・・・」  笛吹が低めのテンションでゲート入り口に滑り込み、続いて5 人分の荷物を右脇に、シェダルを左脇に抱えたルークが現れ、最後に真っ 青な顔をしたブレイズと元気そうなリーが到着した。
 10分で宿舎を出たものの、タイミングの悪いことに交通事故が近場で発生し、 道路が停滞してしまったため、5人は送迎車を乗り捨てて2キロほどの道のりを 激走してきたのである。

 その途中でまずシェダルが脱落した。
 体力のないシェダル人の血をひいている上に、道を歩く人々の間を走り抜け ることは機械に頼る青年には困難なことだった。
 心配してシェダルを振り返り振り返り走る笛吹などは、前方不注意で若 いOLにぶつかってしまい、そのまま逆ナンされてしまうという有様であった。
 結局その場はブレイズが「お父さん、早く行かなきゃ飛行機出ちゃうよ」、と 笛吹に声をかけたことで何とか切り抜け、シェダルは「チームプレイだ」と言う ルークに小脇に抱きかかえられる羽目になった。

 「ルーク、助かったよ」
 「仲間とはこうあるべき。礼には及ばない」
 「ぼ・・・僕は仲間じゃないの〜?」
 親指をビシッと立てて友情(あったのか?)を確認し合うシェダルとルークの足 元にブレイズがへたり込んだ。
 「出発、前に、こんなに、疲れるなんて、・・・最悪だい!」
 「ブレイズ!ファイトなのね!」
 「うん、僕ファイトしたよね、でも、無駄な、ファイトって、嫌いなんだ、 それも、これも、白髪が居眠りしてたのがいけないんだ!」
 「私の居眠りとどう関係がある!?」
 「居眠りの罰で空間転移禁止されたんじゃないか!」
 「しかし君もアヴィちゃんの会話に口を挟んだと聞いたが」
 「おい、お前ら、こんなところで喧嘩するなよ」
 笛吹が仲裁に入ろうとしたとき、後ろから小さな笑い声が聞こえてきた。
 ちらっと振り返ると、身体にピッタリとした白色のスーツに映える鮮やかな群青色 の髪を後ろで1つに束ねた女性が、口に手を当て、笑いをこらえるように震えていた。
 「ほら、恥ずかしいだろ、もうよせ」
 「でもさ隊長、アヴィちゃんはどう考えても白髪の居眠りに対して1番怒ってたよね」
 「あっははははははははははははは!!!」
 割って入ってきた笛吹に食い下がろうとしたブレイズの声にかぶさるように、 突如笑い声が大きくなった。
 「あはははは、は、は、はひー、はぁ、…失礼しました」
 4人と1匹のひいた視線に気付くと、涙を流さんばかりに大笑いしていた 女性はいきなり真面目な顔になった。
 すっきりとした小顔に、快活そうな蒼い光を宿したアーモンド型の形のいい瞳、 ふっくらとした唇は今はきゅっと結ばれている。
 相好を崩していた時はわからなかったが、10人中10人が「きれい系」と答える ような顔立ちをした美人である。
 そして笛吹は何故かその顔に見覚えがあった。
 「はじめまして、スペシャルスカッド専用スペースシップ『カルティケーヤ』 のキャプテン、A級18−4型アンドロイドのキネッサと申します。以後よろし くお願い致します」
 敬礼の構えをする美女に、何故か浮かない顔のシェダル以外の全員 が驚きの声をあげた。
 「え、A級アンドロイド!?しかも18シリーズって現在最高級で数体しかなか ったんじゃ・・・!?しかも専用船って僕たちの!?」
 「ああ、だからか…」
 驚愕と喜びで思わず声が上ずるブレイズの隣で、笛吹は納得したように頷いた。
 「アルカミルと同じシリーズなんだな」
 「はい、彼は私よりも先に作られたので兄のようなものです。笛吹隊長はア ルカミルとお会いになったことがあるのですか?」
 「ああ、何度かね」
 「シノブ、その女性はアンドロイドなのか?」
 生でアンドロイドを見ることは初めてのルークが不信感を表情に丸出しに して、珍しく楽しげに話している笛吹の肩をがしっとつかんだ。
 「ああ、そうだよ」
 「本物の人間に見える。まるで生きているようだな。しかし気配が全く 感じられない。さすが機械」
 眉間に濃くしわを刻んだまま、ルークはキネッサにずんずん近づくと、 じっと顔を覗き込んだ。
 恐ろしく不機嫌そうな男の急接近に、キネッサは行動の意味を適確に推測 することが出来ず1つ瞬きをした。
 「シノブには劣るが美人。女性。目の保養だ。男所帯へのアヴィちゃんなりの気使いだろうか」
 至極真面目な口ぶりのルークの顔に、至近距離から激しい笑い声が浴びせられた。
 「あっはは〜はっははっは!あ、アヴィちゃん!!ヒ〜〜っ!ふふ っふっふっふ!!あの、あのアヴィゲイル教官をア、アヴィ、ンハハハハハ!」
 エモーショナルシステムの笑いを司る部分がゆるいとしか思えないアンドロ イドの大爆笑ぶりに、スペシャルスカッドの面々は珍しく度肝を抜かれ、 またも呆然と立ち尽くす。
 「ハッ…、失礼いたしました」
 笑いが収まると、キネッサは元の真面目な表情に戻り、ぴしりと敬礼した。
 ギャップについていけない笛吹がそんな彼女におずおずと声をかける。
 「なんだか…アンドロイドにしてはよく笑うような気がするんだけど…18シリーズ ってみんなそういう風なのか?」
 笛吹の脳裏にはいつもニコニコと大人しく笑みを浮かべていた、紅茶色の 髪の青年の姿が浮かんでいた。
 しかし彼の大爆笑は見たことがない。
 「いえ、隠すことでもないので話しますが、私はエモーショナルシステムに 軽いバグがあるらしいのです」
 「バグ!?大丈夫なのか?」
 「ええ、仕事を遂行する上では何の問題もありませんわ。ただ少しば かり笑い上戸なだけです」
 「わ・・・笑い上戸…」
 「ええ、先程はあの冷血で有名なアヴィゲイル教官のことをア、ア ヴィ…ふ、ふふふふふックックック!!」

まさしく、たがが外れやすいらしい。
また笑いの発作を起こし始めたアンドロイドを見て、笛吹は「あはは」と乾いた 笑いを浮かべるしかなかった。