第4章 BASIC INSTINCT
V
視界を白いような青いような光が覆い尽くしたかと思うと、明らかに先程までとは違う
スピードで船は移動を始めた。
ハイ・スペースへのゲートをくぐったのだ。
軽い酩酊感が収まると、笛吹はほっと一息ついて、隣の座席でうなじと
腰からコードを生やしているキネッサを見た。
彼女は今、『カルティケーヤ』に直接リンクして、操縦の一切を一人で行っているのだ。
笑い上戸という点さえ除けば、18シリーズの名に恥じない非常に優秀な
アンドロイドであり、『カルティケーヤ』の船長である。
「自動操縦に切り替えました。これからは私は食事を作りに行きますが、
笛吹隊長はどうなされますか」
細い首に生々しく開いた連結部からコードを外しながらやさしく微笑むキ
ネッサの姿は、機械であることをいやでも笛吹に見せつけたが、それでも
本当に命を宿しているかのような細かな表情・仕草のため、作り物なのではな
く、そういう生き物なのだと納得してしまう方が感情的には容易であった。
「俺は…もうちょっとここにいていいかな」
「操縦パネルに手を触れさえしなければ構いませんが」
「あ、それじゃあこの部屋の照明消してくれないかな。暗いほうがきれい
に見えるだろうと思って…」
「承知しました。食事の用意が出来ましたら呼びにまいります」
連結部を肌で隠し、普通の女性に戻ったキネッサの後姿を見送ると、
笛吹は操縦席に深く座りなおした。
一人きりになった操縦室は機械音の1つすら聞こえず、ただただ静かだった。
ディスプレイに映し出された黒い空間に浮かぶものすごい勢いで後
方に流れていく星々は、船がハイ・スペースに入っていることを示している。
何10光年、何100光年もの長距離を移動するために発明され
たハイ・スペース航法は、この宇宙開発時代には欠かせないものになっている。
高性能・高設計のスペースシップの場合、自ら精製した超圧縮エ
ネルギーを船前方に大量に放出し、空間の壁をこじ開け、距離が
圧縮された1つ上の時空間「ハイスペース」へのゲートを自在に作ることが出来た。
この空間を利用すると、通常空間よりもはるかに短時間で目的地に
到着することができるのだ。
ちなみに空間をこじ開けるほどのエネルギーを作ることが出来ない小
型船や普通の船は、エイトコミューンが建設した公共のゲートを使用する。
韋駄天の名を持つ『カルティケーヤ』はメディフが開発した長距離運行
型最高級中型船で、ハイ・スペース航法を自在に行うことが出来た。
白銀の流線型のボディに3つついた巨大なエンジンのうち、両サイ
ドの二つのエンジンがエネルギー砲に変形可能な、ブレイズ曰く「あ
りきたりだけどステキにかっこいいデザイン」をしている。
船内は2層に分かれており、2階にあたる第2層には隊員それぞれの個室
、キッチン、ミーティングルームに浴室、洗面所が納まっている。
現在笛吹がいる操縦室は、機械室と共に第1層にあった。
ディスプレイを眺めながら、笛吹は静けさを久々に味わっていた。
両親を不慮の事故で亡くしてからというもの、笛吹の家は常に静寂に包まれていた。
外出するたびに、類稀な外見のために視線を浴び、神経をすり減らしながらも
不信感をもたれないように普通を装い、装い続けて、いつしか感情を表に出す
ことをためらうようになった。
外にいる限り、仮面をかぶりつづけなくてはならない笛吹が心底くつろげる
場所は、自然、植物以外の生物がいない自宅のみとなる。
亡き父親の趣味であった造園を気まぐれから引き継いで、庭に立ち、あれ
これと植物のことを考えていると、暗澹とした自虐的な思考の海に沈まないようになった。
そんな人との交わりを厭い、植物ばかりを相手にしていた自分が現在置か
れているのは、静かどころかうるさすぎる仲間達に囲まれた植物の少ない生
活であり、しかもそれは自分の意志によって選択したものではなく、事件の
真相を知る人物によって決定された状況である。
まさしく最悪な状況…であるはずなのだが、どうしてか、笛吹は悲観的に
なることが少なくなった。
数年間隠しつづけていたことを吐き出してしまったのも大きな要因ではある
が、嫌悪していた喧騒を思いのほか心地よく感じていることを自覚したとき、
事件が起こる前、自分はどうだったかがふと気になった。
「性懲りも無く、ま〜た考え込んでやがんの」
突然背後から聞こえてきた声に思考を中断された笛吹は、ふっと軽くため息をついた。
「驚かすなよシェダル、心臓が縮んだ」
「驚かすつもりは無かったんだけど。自動ドアもウィーンって音鳴
らしたし、気配も消していないし」
そう言うと長い金髪を首の後ろで1つにまとめ上げた青年は、笛吹の座っている
椅子の横に立ち、ディスプレイに視線を走らせた。
「すごいな、星」
「ん」
「船の中にいたらわからないけど、俺達、もの凄い高速で移動しているんだな」
「通常空間に換算すると光の速さをはるかに上回る速度で移動し
ているんだよね…面白いな」
「どれくらいで目的地に着くんだっけ?」
「86時間。キネッサが言ってただろう」
「そう、それなんだよ」
口調に困惑のしみを感じた笛吹が隣を見上げると、暗い操縦室の中で、
シェダルの横顔がディスプレイの中の星の光を受けて白く浮かび上がっていた。
その向こうに浮かぶ視聴覚伝達器の目の役割を果たすレンズ部分はこち
らを向いているので、シェダルは視線を合わせずして笛吹の顔を見ているはずだ。
「オレはこのポンコツだけで世界を見ているわけじゃない。僅かではある
けれど、気配を感じ取ることができる程度の能力を使って探査のアンテナ
を周囲に広げて、それと並行してポンコツを使い、人間や物を認識している」
「無意識に?」
「うん、無意識なんだな、これが。親父方の習性をやっぱり受け継
いじゃっているわけ。・・・だからキネッサさんに会ったとき、なんという
か変な感じだった…視覚では人間を捉えているのに、全身の感覚がそ
の存在を否定するんだわ」
視聴覚伝達器のカメラの死角にキネッサが入ると、シェダルにとってキネ
ッサはキネッサでなくなる。
「・・・その感覚を体験したわけではないけど、聞いた感じでなんとなくわかる気が
する。・・・見た感じはあんなに人間っぽいのにな」
顎に手をやり真面目に答える笛吹に、シェダルは相好を崩して実際の視線を合わせた。
「初めて会ったころの笛吹はあの逆だったぜ」
「は?」
「表情無くて見た感じ歩くマネキンみたいなのに、漂ってくる気配はやたら暗くて濃いの」
「まぁ、あの頃は、それはまぁ…」
シェダルから視線を外して決まりの悪そうな表情を作った笛吹は、
普段よりも子供っぽく見えた。
その形のよい鼻先にシェダルはびしりと指をつきつける。
「あの頃は、ナ。とにかくお前は考え込みやすい。さっきもど
んよりした気配まき散らしてたぜ」
「まき散らすって、…そんなに暗かったか?」
「いや、ちょっとだけ。別に思考の海に沈むことが悪いとは言
わないけど、せめてオレが部屋に入ってきたことくらい気付く程度の
水深にしときなよ。これから先、お前が過去に犯した罪以上のことを、場合に
よっちゃ俺達はやってのけなくてはならないんだから」
「それは覚悟の上だ」
「覚悟はしているようだけど感情はついて行ってないだろ?過去のことでそんな
んじゃ、そのうち溺れ死にするぞ」
鼻先に突きつけられる細く骨ばった人差し指から、シェダルの光の宿らな
いビリジアンの瞳に視線を移すと、笛吹はぽつりと言った。
「やっぱりオレが犯したのは罪なんだよな」
シェダルは見えない目で、笛吹の脳裏にはっきり浮かぶブラウン管
の中の死んだ少女の写真を見つめた。
楽しそうに笑っている。
「笛吹がそう思うのならそうなんだろうな」
「・・・お前は・・・どう思う?」
笛吹の張り詰めた気配を感じ取り、ふざけたような表情を自然な笑みに和
らげると、シェダルは笛吹の鼻を人差し指で弾いた。
「いつっ!」
「さぁな。オレは地球人に惚れるようなシェダル人の血をひいているから、
考え方がどうも大雑把でね、思考の持っていき方も普通とは違うんだわ」
「・・・はぐらかすなよ」
鼻をさすりながら、笛吹は怒ったような口調で頬を膨らませた。
「そもそも意識的に思考の切り替えを完璧にこなすなんて芸当、シェダル人
特有の思考だろ。暗いほうへ考えたくなくても、ズルズル考えてしまう奴のほうが多いよ」
「・・・そうだな。悩まない笛吹だったら友人にはならなかっただろうな」
「なんだよそれ」
「さっきのお前の質問への答えのつもりだけど」
「なってないって」
嬉しさを表に出すことを我慢して不満げな表情を作る笛吹を機械越しに
見ると、シェダルは笑いをこらえていることを誤魔化すため、腕を組む動作
をしようとし、ふと瞳をドアのほうに向ける。
「あ、いけね。オレ、食事が出来たこと知らせに来たんだった」
シューッという機械音と共に自動ドアが開き、不機嫌そうな顔のルークが姿を表した。
「遅い。食事の準備はもう整っている」
「ごめんごめん、ちょっと話し込んでてさ」
表情だけでなく本当にむっつりとしたルークに、シェダルが手を合わ
せ、拝む格好をした。
「少年と小動物の相手を私一人に任せるなんてひどい。騒々しくて適わんのだが」
「でもさ、結構楽しんでいるんだろ?」
「そうかもしれん」
不機嫌さ以外読み取れない表情のまま鷹揚に頷くと、ルークはきびすを返す。
「お前よりあいつのほうがよっぽど素直だぞ」
シェダルが愉快そうに笛吹にささやく。
憮然とした笛吹の様子を知ってか知らないでか、シェダルはにっこり笑うと銀
髪の青年の背中に声を投げかけた。
「ルーク、今まで何人殺したことがある?」
いきなりの質問に、日々激戦が繰り広げられるカストル系惑星の出
身者は振り返ると、ギョッとしている笛吹を何故かちらりと見た。
そして、親指をビシッ、と立てる。
「数え切れないほど」
「じゃあさ、子供を殺したことはあるかい?」
「おい、シェダル」
笛吹は思わず立ち上がってシェダルの肩をつかみ、顔をこちらに向けさ
せたが、繊細な容貌の青年の顔は楽しんでいるかのような口調とは裏腹に真
面目な表情をしており、深緑の瞳は視力がないにも関わらず、ルークをひたと見据えていた。
笛吹のカンは、彼の良識的な親友が読心能力を解放していることを告げた。
何かを言いかけてすぐに口をつぐんでしまった黒髪の美青年から視線を外
すと、ルークは視線を床に移してちょっと考えるような表情を見せた。
「おそらく、殺したことはあると思う」
「おそらく?」
「おそらく」
「お前、ルークの心を読んでいなかったか?」
ドアの向こうにルークが姿を消したことを見届けてから、笛吹はシェダルの顔を見た。
「言っておくけど、プライベートな部分は覗いていないぜ。質問に関する部分のみだ」
「わかってるよ。でもお前が意識的に『読む』なんて珍しいな。何かあったの?」
「ん?いや、でもな・・・」
「でも?」
一重の切れ長の目を細めて、シェダルは首をこきこきと鳴らした。
「・・・とにかく変な奴ってことさ、うん」
「何だそれ」
「ここは俺に精神的負担をかけない奴らばかりで大助かりだよ、全く」
シェダルはわざとらしく疲れたような顔をして見せたが、その表情はとても柔らかかった。