第4章 BASIC INSTINCT


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  老舗の大手アクセサリーメーカである地球系企業ラージス社は、3年程前、 右下がりだったガニメデの景気を反映したのか突如訪れた「安くても良いもの 嗜好ブーム」に乗り遅れ、売上に伸び悩んでいた。

   数百年にわたる無計画な搾取のため地球は資源が枯渇し、宝石の原 石ももはや採取できない状態にあり、宝石業界は他の星に地球産の宝 石になり代わるものをこぞって求めた。
 ラージス社も例に漏れず、業界での生き残りをかけてかなり早い時期か ら探索に莫大な資金をつぎ込んでいた。
しかし消費者が飛びつくような、質の良い石を大量に発見することはなかなか出来なかった。
皮肉なことに、探索を後から始めた最大のライバル企業であるマックス・ルパル ゴ社が、衛星ナイアッドの地下で後にフェアリと名付けられる宝石の原石を大量 に発見するという成功を収めてしまった。
 マックス・ルパルゴ社は「安くて良いもの嗜好ブーム」に乗るため、店内のフェ アリを使用したアクセサリー全てを1000デイル(1デイル=1円)で売る「1 000デイルジュエリーショップ」なる店を出したがこれが大当たり。
 マックス・ルパルゴ社の年間売上はラージス社のそれを一気に飛び越え、アクセサリ ー業界のトップに踊り出ることとなったのである。

 さて、無限に広がる広大な宇宙で良い石を大量に発見できる確率は思いの他低い。
 ラージス社もいくつか心動かされる石を発見したことはした。
 しかし、その星の状況から採掘作業は非常に困難で、自然と馬鹿でかい数字が 値札に書かれることとなったのだが、それらはそんな高級家屋が1軒建つほど の金額を出してまで購入するほどの魅力ある宝石とは言い難く、宇宙資源探査費 用ばかりが無駄にかさむ赤字状態が続いていた。
 「もうそろそろ探索やめよっか?」と、ラージス社の社長が心労のために薄くなっ た頭を重役たちと寄せ合いながら話し合っていたとき、アルゴル星系を探索中だっ た社の船から果報がもたされた。

 アンバー星の発見である。

 黒々とした宇宙空間に浮かぶその姿は、宝石箱の中でひっそりと独特の輝きを放つ 琥珀のようであったので、そのままアンバー(琥珀)星と名付けられた。

 アンバー星には、黄金色の稲に似た草に一面覆われた大地と、その地下に眠る 大量の琥珀色の石、そして3メートルの高さはあると思われる琥珀色の石で 出来た巨人がゆるやかな時の中で静かに存在していた。
 産出される石はとても美しく、商品価値は非常に高いと思われたので、ラージ スの社員達はウキウキ気分でシェダル人に依頼して、先住民である巨人とのコミ ュニケーションを図ろうとした。
 しかしこの交渉は不成立に終わる。
 シェダル人は巨人に非常に微かな生命を感じるものの、意志を感じることができなかったのである。
 
 物言わぬ先住民達は、ただずしりずしりと金色の植物を踏みし めながらゆっくり歩き回るだけで、異星からの侵入者である地球人 が周囲をうろちょろしても、何の反応を見せない。
 社は生物・科学者チームを派遣して巨人の調査を試みようとしたが、Aランクの 念動力保持者の能力をもってしても持ち上げられないほど巨人は重く、捕獲は失敗に終わる。
 仕方なく空間転移でもってブレーカープレート製の檻に移動させたのだが 、檻に入れたとたん、何故か巨人はガラガラと音を立てて崩れ、ただの琥 珀色の石と化してしまった。
 原因は未だに解明されていない。
 凹凸のないのっぺりとした巨大な石の塊が動いているだけ、と判断したラージス 社は、アンバー星の私有許可がエイトコミューンから降りるや否や、すぐに本格的な 採掘作業に入った。
 大気、気候、重力など、地球と似たような環境条件を持っていたため、この星 は金額のかかるテラ・フォーミング(地球化)をする必要すらなく、まさしく金 の成る星だった。
 黄金色の草原に掘削機や土砂運搬用の大型機械が運び込まれ、激しい 機械音が鉄砲水のようにゆるやかな時の流れに動きをもたらし、それら波紋は日 に日に大きさを増していった。
 こうしてスーリィと名付けられた琥珀色の石は瞬く間にエイトコミューンの女 性達の心を捉え、一斉を風靡することになったのである。

 そんなアンバー星で最近おかしな事件が相次いでいるので調査をお願いし たいという依頼がラージス社からメディフ社に舞い込んできた。
 最初は採掘現場が何者かに荒らされるだけだったらしいのだが、どんどんエスカ レートし、作業員が突然行方不明になったりするようになったという。
 ラージス社は、ライバル会社の陰謀か!?と息巻いてお抱えの調査員達を送り込ん だのだが、採掘現場に調査に行ったきり彼らは戻ってこなかった。
 そんな時、現地からアンバーの巨人の姿が少なくなりつつある、との情報が入ってきた。
 いかにも怪しかった。
 ついに採掘作業現場で大量行方不明者が発生するに至り、ラージス社は自社の手 に余る緊急事態と判断し、エイリアンハーフを抱える専門業社に依頼したのである。


 「マスター、追加指令の件ですが・・・」
 会議室からエレベーターに向かう途中、いつも斜め後ろを歩くアルカミルが、つ いと横に並んだ。
 毛の長い絨毯が敷き詰められた通路には、彼ら二人以外の人影は見当 たらなかったが、彼の声は周囲の壁に溶け込みそうなほど静かで柔らかかった。
 「ああ、どうでしたか、反応は?」
 ボリュームは同じ程度だったものの、トリスタンの声は対称的にとても明瞭だっ たため、廊下の隅々にまで届くように感じられる。
 「笛吹隊長は珍しいことに指令内容に不満を訴えたものの、最終的には受けたそうです」
 「その『珍しいことに』という部分はアルカミルの私的見解ですか?」
 アルカミルはニコニコと笑った。
 「いいえ、ミスター・アヴィゲイル自身がそうおっしゃいましたので」
 「ハハハ、なるほどなるほど」
トリスタン氏の口元で、歯並びの良い白い歯がきらりと光る。
 「あの笛吹さんが素面で絶対零度の彫像に反論するなんて、よっぽど指令が不満だ ったのでしょうね」
 「不確定要素が多々あり難度の高い指令ですが、彼の能力を駆使すれば成功す る確率はかなり高いですし、なんとか頑張ってほしいですね」
 脇に抱えた書類の束を、歩調を緩めずに丁寧な仕草で抱えなおす秘書を見て 、トリスタン氏は愉快そうに笑った。
 「いや、アルカミル、笛吹さんが不満に感じたのはそこではありませんよ」
 「ではどこに不満を感じられたのでしょうか?」
 「指令自体、にです」
そう言うとトリスタン氏はさわやかな笑みに17パーセントほど困ったよ うな表情を混ぜた。
 「アルカミルはこの社の・・・特に上層の人間にばかり接する仕事を通して経 験をつんできたから、笛吹さん達の感情や考えを理解するのが難しいかもし れませんね。君の妹は妹で、笛吹さん達との仕事ばかりになるだろうから、 その逆になるのかな。しかし計算で動く社の上層部の人間に比べて、生の感情で動 きがちなエイリアンハーフの方が人工感情では図りかねない部分があるだろうか ら、案外キネッサは苦労しているかもしれませんね」
 「彼らの感情で考えると、先程の指令はどのように受け止められるのですか?」
 「それはですね・・・」


 そのころ『カルティケーヤ』はアンバーの地上900メートル付近を緩やかに飛行していた。
白銀の優美な船体が風を切りながら飛行する様はさながら孤高の白鳥のようである。
 しかし、その涼しげな外観とは裏腹に、船の中は重苦しい雰囲気が支配していた。
 先程アヴィゲイルから追加指令が届いたのである。

 内容はずばり、『アンバーの巨人の捕獲』。

 「なんというか、やっぱりというか・・・」
 シェダルのため息に呼応するかのように、ブレイズは幼さの残る顔をキュ ッと引き締めた。
 「僕たちが渋ることをわかっていたから、アヴィちゃんはブリーフィングの時 に言わないで今になって通信を使って命令してきたんだ。巨人の捕獲なんて命 令ききたくない!僕は嫌だ!」
 「何故だ?」
 難しそうな顔で1番重苦しい雰囲気を放っているルークだが、この中で 1番何も考えていないことは言うまでもない。
 「なぜって、捕獲された未知の生物は研究機関にまわされるのが普通じゃない! もちろん被験者の意思なんてないも同然、知識レベルが低いと決め付けられた数 多の星の生物が年間どれだけ一般人の知らないところで実験と称して殺されているか!」
 「それは言えてる」
 実験中殺されかけた笛吹が、実感を込めて頷く。
 「巨人を殺すことはないと思うけど、実験を強制的に行うことは間違いない だろうね。それに殺そうとする意志がなくても、環境のちょっとした変化で 死んでしまうこともあるだろうから、未知の生物を生け捕りにして連れて帰る というのは難しいことだな。特に巨人はさっきの資料にもあったように、何度か 捕獲に失敗している」
 笛吹の言葉に後押しされ、いつになく熱くなっている少年はこぶしでテーブ ルをドンと叩いた。
 「そうだよ!そもそもラージス社が勝手に星を占領しようとして返り討ちに 遭っているわけじゃない!先住民は自分達の生活を守ろうとしているだけなんだ から、向こうは全然悪くないよ!」
 「では命令を無視するのか?」
 ルークの問いにブレイズは意気込んで口を開こうとしたが、誕生日席で腕を組 んだ笛吹が先に答えた。
 「いや、ちゃんと実行するよ」
 「笛吹さん!?」
 「どんな嫌なことでも社員である以上、社の命令には従わなくちゃいけないだろ?」
驚愕と非難の入り混じった視線を笛吹は真正面から受け止めた。
 「俺は強制スカウトを受けた時点で、こういう任務への覚悟はしていたよ」
 「でも・・・!」
 「それに捕獲どころか、場合によっては俺たちの手で巨人達を殺さなくち ゃならないかもしれない」
 「それはわかってる。僕だって死にたくないもの。でも僕たちに危害を与え ないような生物だったら・・・・・・」
 ブレイズは、テーブルの上で耳をピンと立てて事の成り行きを見守っている親 友をちらりと見た。
 リーは死んだ母親の傍で、他の兄弟達と一緒に泣いているところを 捕獲されたのだ。
 幼すぎたのでリー自身は兄弟がいたことすら覚えていないだろうが、父親の 書斎で小さなゴーレムメーカー達の実験動物としての最期について書かれ た報告書を見つけたとき、少年の心は悲しみと罪悪感で張り裂けそうになった。
 「・・・それでも、捕まえなくちゃ駄目?」
 自分が感じている罪悪感は見当違いだと頭では理解していたものの、同じエイトコ ミューンに属し、彼らと同じ種の血を半分ひいていることが幼い少年の潔癖な性格が 許さなかった。

 詳しい経緯は知らないものの、ブレイズがリーに関することで気が立ってい ることを笛吹はなんとなくではあるが理解していた。
 理解していたが、笛吹は先頭にたって任務を放棄できる立場ではなかった。
 「お前が嫌なら俺が捕まえる」
 リーは親友の静かなため息を聞いた。
 ブレイズの大きな目に映る青年は、少年の表情をじっと見つめてから、 いたずらを思いついた子供のように笑った。
 「でも俺は昆虫採集でさえあまり得意なほうじゃなかったから、巨人の捕獲 なんて失敗する確率のほうが高いだろうけど」
 そのときちょうど部屋に入ってきたキネッサが、「船内標準時刻14時28分 、笛吹隊長、135パーセント魅力解放(平常時比)」と旅日誌につけるほど、 その時の笛吹の笑みは艶やかで、万民を魅了するものだった。
 リーは「キャー☆」と声をあげたし、レモンスカッシュを飲んでいたルーク は思わずむせてしまった。
 さらに突如調子が悪くなった視聴覚伝達器をシェダルが慌てて触ってみると、 もの凄い熱を持っていた。
 機械にまで影響を及ぼすほど放たれた笛吹の魅力は、並みの感性を持たない ブレイズの神経をも直撃し、笛吹の言ったことを数秒間理解できなくなるほど の衝撃を少年に与えた。
 「まぁ、この指令は隊にではなく俺個人に下されたものだから・・・キネッサ、着陸準備は?」
 目をぱちくりさせている少年にもう一度、今度は優しく笑いかけると笛吹は ドアのところに立ち尽くしたままのキネッサを振り仰いだ。
 「整いました。いつでも着陸態勢に入れます」
 「そうか・・・それじゃぁそろそろ仕事に取り掛かることにするか・・・みんな、いいか?」
テーブルに向き直った笛吹は、そこでやっと口を開いたままのブレイズや、 おろおろとポンコツを叩くシェダル、激しく咳き込んでいるルーク、興奮し てキャーキャー言っているリーに気付き、首をかしげた。
 「おいおい、みんな気が緩んでいるんじゃないのか?」




→あとがき