第5章 BLACK HOLE SCRAMBLE


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 新米社員が初めての、しかも難易度が高い任務につく場合、上司が同行して手 本を見せるのが普通なんじゃないのだろうか、と笛吹は思っていた。
 むせ返るような血の臭いの中、視界の隅では、少年と小動物がべこべこに 歪んでいる鉄製の壁を叩いて騒いでいる。


 そう、ここは銀河系を飛び越えたはるか遠い地、アルゴル系アンバー星。

何が起こるかわかったものじゃない宇宙開発の最前線に、いくらSクラスの 特殊能力が使えるからといって、1年前までランドセルを背負っていた少年 と生まれてわずか5年の小動物まで送り込むなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
 スペシャルスカッドなどと大げさなネームを着けられたものの、蓋を開けて みれば5人中4人が未成年、しかも実戦経験無しの素人揃いである。

 「いくらマニュアル叩き込まれたからって、それが実戦で通用するとは思 えないんだけどなぁ・・・」
 「何を先刻からぶつぶつ言っている」
 先を歩いていたこの部隊最年長、それでも21歳の銀髪の男が、相変わらずの むっつりした顔で振り向いた。
 肩にかけたグレネードランチャーが様になっているルークは、激戦の星カス トル出身者で、戦闘経験豊富な歴戦の兵・・・なのだが、なにぶんピントの外 れた性格をしているので、笛吹は頼もしいと心の底からは思えないでいた。
 「ああ、いや、なんでもない」
 無表情に適当すぎる返事を返すと、笛吹は左隣を歩くシェダルを横目でちらりと見た。
 ABの制服をしっかり着込み、長い髪を一つくくりにし、UZY82SMG(サブ マシンガン)を肩にかけたシェダルからは、いつもの風に揺れる柳のような雰囲気 は感じられない。
 「何か感じるか?」
 「・・・いんや、相変わらず建物どころかこの付近、半径1キロメートル以内に は俺たち以外にゃ何も感じない」
 声はいつも通り飄々としていたが、額にうっすらと浮かぶ汗が、常人には図 り知ることのできない精神集中を物語っている。

 シェダルの邪魔にならないように、笛吹は静かに傍を離れると、銃撃戦の跡 のように醜く歪んだ壁の前に立った。
 乾いて赤黒く変色したおびただしい量の血痕が、壁一面、床一面にに付着している。



 あらかじめアヴィゲイル教官から指示されていたとおり、笛吹達は『カルティ ケーヤ』をラージスのアンバー支部の建物のそばに着陸させると、キネッ サを船に残してアンバーの大地に降り立った。

 地を覆うグラウと呼ばれる黄金色の草が、アルゴル星の光を受けて視界を焼き 尽くさんばかりに輝いている・・・というのが、アンバー星を知らない人間に説 明する際、1番最初に教えるぐらい基本中の基本的な風景なのだが、何故か笛 吹たちの視界には、黒々とした大地と、ごつごつした岩肌が広がっていた。

 グラウを見ることを唯一の楽しみにしていた笛吹はひたすら不思議がり、土壌を調 べたい欲求に駆られたのだが、最近著しい成長を遂げた鉄の自制心と責任感でもっ て感情を押さえ込んだ。
 クールを装う彼の心の中の葛藤は、シェダルのみぞ知る・・・と言いたいところだが、ルー クを除く他のメンバーも笛吹の性格と行動パターンから察知し、「ああ、葛藤している んだろうなぁ、笛吹さん」と温かい目で、澄ました顔の美青年を見守っていた。
 これにはもちろん、本人は気付いていない。

 支部は強度のかなり高いダールアンスティールを使用した2階建てのプレハブの建 物で、学校の体育館くらいの大きさである。
 近づいてみると、ちょうつがいを壊されたドアが湿気た土の上に身を 横たえており、ぽっかり空いた空間から生臭い鉄の臭いがぬるい風とともに 運ばれ、5人の鼻を刺激した。
 付けっ放しの蛍光灯が切れかかっているのだろうか、光と闇が交錯している。
 シェダルのサーチで付近には敵やラージス社の社員、そして先発した エイリアンバスターたちも、生きては存在していないことはわかっていた。
 「死体となって存在しているかもしれないわけだ」と、死体馴れしたルークを 偵察に建物に送り込んでみると、いたるところに飛び散った生々しい血痕以外、 建物の中には何もないという。

 「しかし、机とか椅子とかぐらいはあったはずだよな。どこにいったんだ?」
 資料によると、1階事務室にあたる部屋のはずなのだが、事務用品どころか机 や椅子までもなく、引越し後の部屋のように空虚でがらんとしていた。
 「他の部屋も全部見てみたが、どれも同じような状況だった」
 ルークは笛吹の持つ建物の図面を広げると、従業員寝所、食堂をちょんちょん と指差し、「特に大量の血糊のあった部屋」と言った。

 「相当死んでいるな。大量の地球人の血の臭いに混じって、私の血と同じ臭いの もの、知らない臭いもいくつか混じっていた」
 「第4チームにカストル系ハーフが3人いたはずだから、多分そいつら・・・っ てお前、血の臭いの区別がつくのか!?」
 「シノブはわからないのか?」
 怪訝そうなルークに対して何か言おうとした笛吹に、リーを肩に乗せたブ レイズが走りよってきた。

 少年はABの戦闘服の上から黄色と黒の縞々のちゃんちゃんこを羽織ってい たので、近未来版ゲゲ○の鬼太郎のようであったが、これでもブレイズなりに (何かを)妥協したつもりであるらしい。
 「隊長!壁は外からと中から、両サイドから衝撃を与えられてへっこんでいるけど 、銃撃戦だけが原因じゃないみたい!」
 ダールアンスティールの強度だと、銃弾を受けても穴はあかず、この部屋の壁 のようにへこむだけである。
 「確かに弾は見当たらないよな・・・」
 笛吹は再び視線を壁に移すとじっくり眺めた。
 「数ヶ所で見つけたけど、ほとんどはそれ以外の何かによってできた跡だと思うよ!」
 「何か・・・ね・・・上のほうは凹凸が少ないな」

 凹凸は笛吹の身長の少し上、下から190センチほどの高さのところ から極端に減少していた。
 先程見て周った2階の壁は、外からの加圧は全く見られなかった。
 天井や、蛍光灯は無傷である。
 対して下に行くほど凹凸の量は増し、床ともなると凸はないが、うっす らとしたへこみだけでめちゃくちゃになっている。
 「マシンガンファイトが原因じゃない、家具も無い、これだけ血が流れれば 死体もあるはずなのに転がっていない、敵も味方も姿を見せない。・・・な いない尽くしだなぁ、おい」
 シェダルは肩をすくめようとしたが、サブマシンガンが邪魔をして上手くできなかった。
 「外には生えているはずのグラウまで無かったぞ」
 残念そうに呟いた笛吹は、隊員たちの意味ありげな視線を感じると、ごほんと1つ咳をした。

 「さて、ブレイズ、俺たちの今回の任務を復唱してくれ」
 「はい!生存者の確認と保護。死亡者が確認された場合は遺品の確保と原因究明、証 拠品の確保、そして追加任務として巨人の捕獲、です!!」
 「すごいわ、ブレイズ!パーフェクトな復唱!!」
 勢いよく手を挙げるブレイズに、リーは感嘆の表情を向けた。
 「でも今のところできそうなことはほとんどないと思うわ!」
 「そう、リーの言う通り、生存者も遺体も遺品も巨人も無い」
 笛吹は4人の顔を見回した。
 「考えられるパターンは・・・生存者が死体を含むこの建物内の全てのものご とどこか遠くに移動したか。巨人が死体、あるいは生存者と、建物内の全 てのものをどこかに移動させたか。移動させたのではなく、破壊し尽くした のか。生存者はおらず、巨人も死に絶えたか・・・。机などは、破壊した跡の痕 跡が全く見られないから、運び出したという感じだけど運び出すメリットが思い浮かばない」
 ジジッという音とともに頭上の蛍光灯が数回瞬くと、輝きが一回り小さくなった。
 笛吹の顔が青く見えるのは、光の加減だけではなく、粘つくような血臭のせいもあるだろう。
 「ルーク、この壁を30センチ四方ほど切り取ることはできるか?」
 笛吹の視線に、ルークはビシッと親指を立てて答えた。
 「できる」
 「じゃぁ頼む。壁をキネッサに調べてもらおう。何かわかるかもしれない。 俺と・・・ブレイズで持っていくから、他の皆はもう1度、建物内と外周を見てくれないか」
 「外の調査は?」
 サブマシンガンを抱えなおすと、シェダルは少し首をかしげた。
 「ここにいないとなると、発掘所かどこかが怪しいよな」
 「日も傾いてきたことだし、暗くなってからは視界が悪くて危険だ。明日明るくな ってから、時間をかけて外は調べよう」


 建物内の温い空気とうって変わって、外の空気は冷たく清清しかった。
 体にまとわりついていた血の臭いを心地よい風が拭い去ってくれる。
 地平線に触れんばかりに傾いているアルゴル星の光に映し出される大地は、草 木が1本も生えていない剥き出し状態だったものの、黒々と良く肥えた土壌の ため、寒々しさは感じない。

 『カルティケーヤ』に壁を持って戻る途中、笛吹は歩きながらそんな風景に 見入っていたのだが、ふと、視界に異質なものが入ったことに気付いた。
 金色の光を放ちながら風にもてあそばれるそれを念動力で手繰り寄せる。
 全身黄金色のイネ科の植物に似た形状。
 「グラウじゃないか!」
 グラウの黄金色の輝きに負けないぐらいに目を輝かせる笛吹の手元を覗き込んで 、ブレイズがひゅいっと口笛を鳴らした。
 「やったねウス・・・じゃなかった隊長!!」
 「なんだブレイズ、無理して『隊長』って言ってたのか?いつも通り名前を呼んでく れていいけど?」
 「ダメダメ、雰囲気が大切なんだから!」  わかるようなわからないようなことを言うと、ブレイズは目を細めて風が吹い てくる方向を見た。
 日の沈む方向とは逆で、紫がかった空の色を映すようにごつごつした 岩山がはるか遠くに浮かび上がっていた。
 「あっちは確か発掘所があったはずだよね。あの辺りにはグラウが生えているのかも・・・」
 慌ててブレイズは自分の口を押さえたが遅かった。
 顔色が悪く、テンションの低かった先程までの笛吹はもはや見る影もない。
 「調査を何も明日まで先送りすることはないな、時間は有効に使わなくちゃ、 うん。悪いがこの壁を一人で船まで持って行ってくれないか?俺はちょっと発 掘所の下見に行ってくるよ」
 「隊長、さっき暗くて危険だって自分で言ってたじゃない!」
 「だーいじょうぶ大丈夫大丈夫、暗くなる前に戻ってくるから・・・シェダル 、聴こえるか?・・・・・・・・・うん、・・・」
 シェダルとのテレパシーによる会話に入った笛吹を見て、ブレイズは小さく苦笑した。
 普段はストッパー役に回ることの多い笛吹だが、1度導火線に火をつけ られたら一直線に空高く飛んでいくロケット花火を心に抱えている。
 暴走と言われようが最後に散ろうが、植物を目の前にぶら下げられた状態 の笛吹は、シェダルにきつく止められない限り猪突猛進あるのみだ。
 「・・・・・・・・・よし、シェダルが今サーチしてくれたけど、発掘所付近にも 何もいないらしい。ちらっとだけ見て帰ってくるから、その間だけブレイズ 、みんなの事頼んだぞ」
 シェダルはどうやらGOサインを出したようだ。
 「念のため白髪だけでも連れて行ったら?」
 「いや、俺の能力は周囲に味方がいないほうが思う存分発揮でき るから・・・って敵がいないんじゃ使うこともないだろうけどな」
 生き生きした表情で笑うと、笛吹は持っていた30センチ四方の板をブレイズに渡した。
 「角で手を切らないように気をつけて・・・。凹凸の並びの規則性や原因を、 キネッサに調べるよう言ってもらえないか?」
「うん、わかった!」
「じゃ、行ってくる」
 近所に買い物にでも行くかのように、笛吹はさらりと後姿を見せた。


 ここは銀河系を飛び越えたはるか遠い地、アルゴル系アンバー星。

 何が起こるかわかったものじゃない宇宙開発の最前線・・・なのだが、自他 ともに認める植物オタクの美青年は、わらしべ長者のごとく右手にグラウを 握り締め、意気揚揚と一人発掘所の調査(?)へと向かったのである・・・。