第5章BLACK HOLE SCRAMBLE
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『笛吹、何かあるか?』
『くそっ!グラウがあると期待して遠路はるばるやって来たのに、なんで無いんだ』
『・・・やっぱりグラウが目的だったんだな。いきなり明日の調査のための下見とか言うから怪
しいと思ってたぜ、まったく』
『失礼な、グラウ目的率95パーセントといったところだ』
『いや、それほとんどじゃん』
『そうかもしれないね・・・・・・しかし・・・ここ、何か変だぞ・・・』
『何が?』
シェダルとテレパシーで会話しながら、岩場を乗り越えると笛吹は辺りゆっくり見回した。
『グラウどころか、なんにもない。無さ過ぎておかしい・・・』
支部から、沈むアルゴル星に背を向けて歩いて3キロほど進んだ地点に採掘所・・・
らしき場所はあった。
メディフの資料によれば、採掘のための機械、ベースなどがあちこちに
あるはずだったのだが、どこにも見当たらない。
あるのは虚無観を漂わせる、ぽっかりと開いた穴のみ。
採掘の跡なのだろうか、直径30メートルほどの黒々と開いた穴の淵に笛吹は立
って覗き込んでみた。
もはや地平線上に少ししか頭を出さないアルゴル星の光は穴の中に届かず、底は全く見えない。
能力を駆使すれば底に下りることはできるが、チャレンジしてみようと
いう意欲は全く起こらなかった。
ふと、暗闇の中で何かが動いたような気がした。
笛吹は右手に持っていたグラウを制服の胸ポケットの中に大切にしまうと、
四つんばいになり、少し身を乗り出して目を凝らした。
『シェダル、何かいない?』
『いや、何も感じないぜ・・・あ、ブレイズ、・・・・・・ちょっと会話を中断
するぞ、日がもう沈むからそろそろ帰ってこいよな』
「ああ、そうだな」
頭からシェダルの意志を感じなくなると、笛吹は立ち上がって空を見上げた。
紺色から紫色への絶妙なグラデーションが展開されている頭上には、いくつ
かの気の早い一番星が小さく自己主張を始めている。
視線を下にずらすと、地平線と岩場がまるでプラネタリウムで見るかのごとく、
黒く影絵のように夜空を切り取っていた。
なんとなく風景に見入っていた笛吹は、後ろから吹き付けてきた冷たい風に我に返
ると、背後に黒々と口を空けた穴のことを思い出してブルっと震えた。
「帰るか・・・」
アルゴル星が完全に沈んだことを確認すると、笛吹は『カルティケーヤ』に向
けて歩き出そうとし・・・そして顔面から転んだ。
「??」
何かにつまづいたような感覚だった。
赤くなった鼻をさすりながら、笛吹は涙目で自分の足元を見た。
地面から突き出した赤黒いぬめぬめとした物体が、笛吹の左足に絡まっている。
「うっわ!きしょっ!」
それが何であるかを考えるよりも嫌悪感が先立った。
気色悪いそれを振りほどこうと、笛吹は反射的に自由な右足で蹴りつけたが、びくともしない。
そのとき、シェダルの声が飛び込んできた。
『笛吹!囲まれてるぞ!!』
ブレイズが置いていった金属片を最新型アナライズ・ボックスにかけ、数千年にわ
たって蓄積されたありとあらゆるデーターと照合してみると、円環形口蓋無臓類
の歯列に似た個所がアップされた。
「もの凄い歯形だわ」
この種類の代表的な生物としては、アステロイドの一部地域に生息するフ
ァリという微生物、ガニメデの海に生息するグィムと呼ばれる寄生生物に
が挙げられるが、いずれも小さく、この歯形から推測されるような円環形口蓋
無臓類は今のところ発見されていない。
アンバーの巨人は歯もなければ口もない。
かなりの硬度を誇るダールアンスティールに歯形を残すほどの未知の生物が、
巨人とは別にアンバーに生息しているというのだろうか。
あるいは巨人が変貌したか。
キネッサが顔をしかめたそのとき、『カルティケーヤ』の外周探知センサーから
スクランブルが発せられた。
すぐさま『カルティケーヤ』にリンクしたキネッサは、大きく目を見開いた。
「あら」
船の周りにはいつのまにか数千の生体反応があった。
「どうしたものかしら」と口では言いながら、キネッサは悩む素振りも見せず
、まっすぐに操縦室へ歩いていく・・・・・・。
周囲の地面があちらこちらでもこもこと盛り上がったかと思うと、
緑色の肌が覗き、赤い爛々とした輝きがいくつも現れた。
『数が多すぎる!ひとまず逃げろ!』
突如笛吹は寒気を感じた。
殺気を身体が感じたのだと気付く前に、笛吹は本能的に足元にありったけの念動力を放った。
ビシャッと弾ける音がして、今まさに笛吹の足に喰らいつかんとして
いた巨大な口が、赤い液体を撒き散らしながら地面に叩きつけられる。
そして間髪をいれずに笛吹は半径20メートル以内の地域の重力を増加させた。
地下鉄が急停止する時のような音が周囲から巻き起こった。
どうやら押しつぶされて身動きが取れなくなったそれらが、苦悶の鳴き声をあげているらしい。
笛吹は足首に巻きついたままの赤黒い物体・・・舌を今度こそ手を使わずに振
りほどくと、立ち上がって周囲に無数に転がる緑色の物体を観察した。
それらはまるで引き伸ばしたひょうたん、いや、へちまのような体型をしていた。
ぶよぶよの肌には腕や足はなく、くびれから上には爛々と光る2つの赤い目と、そ
の間に小さな4つの赤い目が、そのすぐ下からくびれを越えて地面に届かんばかり
に大きく開けた口が始まっている。
口の周りには所狭しと巨大な牙が生え揃い、それらをかみ合わせてギシギシ
と嫌な音を立てていた。
大きさは様々だが、平均して笛吹の胸までぐらいの大きさをしている。
「な、何だよこいつら・・・アンバーには巨人以外に生息している動物の類はい
ないって聞いてたぞ・・・?」
『笛吹、こっちも囲まれちゃったよ』
危機感をいまいち感じさせない声が頭に響いた。
『か、囲まれちゃったっておい、大丈夫か!?』
『こっちは攻撃タイプのSクラス能力者が3人も揃ってるんだぜ、
もう全然大丈夫よ。お前こそ一人で大丈夫か?こいつらわんさか出てきて
この辺り一帯の地表を覆い尽くしているといってもいいくらいだぞ?』
『そんなにいるのか!?』
『で、笛吹、どうする』
『どうするって・・・』
思い当たることがあったのか、嫌そうに顔をしかめる笛吹の頭の中で、
シェダルの声は無常に響く。
『スペシャル・スカッドの隊長だけの特権があっただろう。行使する時だぜ』
全ABの中でも、スペシャル・スカッド隊長・・・笛吹にだけ許された特権。
すなわち、任務中、エイリアンと出会った場合、上官の指示を仰がずに彼らと
交戦をするか判断をくだすことができる権利。
『笛吹』
『・・・・・・』
『・・・笛吹』
『・・・・・・「やる」しかないだろう、俺はもうすでに一匹殺した』
『わかった・・・・・・来た・・・ちょっとこっちに集中する、・・・・・・ごめんな』
シェダルとの交信がきれると、笛吹は少し躊躇ったあと一気に周囲の重力を増やした。
スライム状のモーラには効き目のなかったこの攻撃だが、この正体不明のエイリ
アンたちには痛恨の一撃となり、見えざる重みに耐えかねて次々と圧死する。
もし彼らが地球人系の外見をしたタイプのエイリアンだったら、笛吹は殺
すことができずにいただろうか。
しかしあいにく彼らは、全身に鳥肌が立つほど不気味で醜悪な外見をしていたし、
うち一匹は笛吹の足をその鋭い牙でもって食いちぎろうとした。
「・・・・・・殺される前に殺しただけなんだ」
足元に転がる死体を直視しないよう、どこか遠いところに視点を合わせて、
ぽそりと呟くと、一呼吸置いて笛吹はふわりと宙に浮かび上がった。
そのままぐんぐんと上昇し、地上25メートルほどの高さに差し掛かったとき、
笛吹は眼下に広がる光景に、小さいころ家族と一緒に見た、迫り来る蟲の群れ
から谷を守ろうとする勇敢な少女を主人公にしたオールド・ムービーのワン・シ
ーンをおもわず重ねた。
「お、多すぎだろ!」
地面はぼんやりと赤く光っていた。
もちろん「奴ら」の目の輝きである。
先程まで笛吹がいた地点は、すでに赤い光に埋め尽くされており、死体は
全く見えなくなっている。
遠くまで見渡すと、奴らは笛吹の周囲と、遠くにもう一箇所、おそら
く支部のところだろうが、夜間飛行したとき上空から見える都市のよう
に特に集中して輝く地点があった。
そう、彼らは今、足元に集中している。
周囲には仲間もいない。
笛吹はドキッとした。
超巨大重力場を作るほどの状況はそうないだろうと笛吹は思っ
ていたのだが、予想は外れ、本領が発揮できる最高の条件がいきなり揃ってしまったのだ。
試してみたい、と好奇心が顔を出して心をちくちくとくすぐっているのを笛吹は自覚している。
かれらとの話し合いの余地、それ以前に意志の疎通の可能性が無いことは雰囲気
から察することができる。
いくら他のメンバーがSクラス能力を持っていようと、これだけの数を相手
に戦っていては力尽きることは間違いない。
それなのに自分は、あからさまに敵意を剥き出しにした醜悪なエイリ
アンに対して力を振るうことに、何を躊躇しているのか。
シェダルに「やる」と言ったばかりではないか。
エイリアンへの良心の呵責か。
そんなものは偽善だ、と笛吹は小さく首を横に振った。
では、生き物を殺すことへの好奇心を持ってしまった自分に嫌悪を感じているからか。
現在、嫌悪感よりも好奇心の方が勝っていることは否めない。
そしてそんな自分をまた嫌悪しようとも、憎みきれず自己憐憫に落ち込み、そ
んな馬鹿な自分に呆れまた嫌悪するが、そんな自分が可哀相で誰かに気付いてもら
い、慰めてもらいたがり、そんな甘ったれた自分をまた憎む。
結局俺は自分が大切なんだ、と笛吹は唇にうっすら笑みを貼り付けた。
自分が肉体的にも、精神的にも傷つくのが嫌でたまらない。
自分がブラックホールを造る、とわかっていながらうじうじと時間延ばし
をするかのごとく悩んでいる。
こんな状況に置かれた今、堂堂巡りの悪循環の輪に思考をわざわざ沈めたのは何故か。
理由は明白。
そのとき下から風を切って何かが飛んできた。
「あぶなっ!」
右肩に刺さろうとしたそれを、上体を後ろに倒すことで間一髪避ける。
冷や汗を流して下を見ながら笛吹は、嘲るような笑みを浮かべた。
そう、これを待っていたんだ。
躊躇いながら、考え込みながら、この状況が訪れるのを待っていた。
自分の心を守る、『言い訳』という名の鎧の装着。
瞳が紫に染まり、笛吹と地上の彼らとのちょうど中間の空域の一点に巨大な重力場が発現した。
地上から笛吹目掛けて矢のように浴びせられた細長い物体は、重力に負けて軌道をそら
し、次々と重力場へと引きずり込まれていく。
そしてその一点を中心に紫色の球状のバリアが展開され、見る見る
うちに広がり数え切れないほどのエイリアン、大地、そして笛吹自身を飲み込んだ。
バリアの中、紫色の輝きに包まれながら笛吹は全身に溢れんばかりの力、
漲る高揚感とそれに伴う歓喜に満たされていた。
今、まさに彼は無敵であり、それを自覚・・・否、知覚していた。
鎧を完全装備した絶世の美青年は、まとわりつく重みを全く忘れたかのよ
うに無邪気に神々しく微笑むと、最高の力を注ぎ込んだ。
胸ポケットからはみ出たグラウが、紫のエネルギーの奔流にさらされ、ゆらゆらとなびいている・・・・・・。