第5章BLACK HOLE SCRAMBLE


V



 暗闇の中、突如膨れ上がった紫の輝きに戦闘は一時中断された。

 何故か光を凝視して固まったかのように動かなくなってしまった周囲のエイリアン たちを、好都合とばかりに右腕から出した大鎌で一閃する。
 噴き出す白濁した黄色の液体を避けるように、ルークは助走無しにバネを効 かせて10メートルほどバック転ジャンプすると、建物の入り口付近に立ち尽 くしているブレイズの脇に降り立った。
 「アレは君の創ったものか?」
 「違う、僕じゃないよ」
 「ありゃ笛吹だ」
 ぶんぶんと首を振る少年の傍らで、ドッグラーカプセル装填型のサブマシンガ ンを連射したままシェダルが振り返った。
 「バリアになっていて、中はブラックホールっぽいものができてんのさ」

 視聴覚伝達器で標的を視界に捉えたまま、顔はこちらに向けているのがな んともおかしかったが、現在の状況では些細なことで誰も気に留めることもなかった。
 「シノブの身に何かあったということか」
 すでに80匹以上切り刻んでいながら返り血1つ浴びていないルークは、い つもと変わらず不機嫌そうだったが、笛吹が一人で発掘所に向かってから普段よ り眉根の影が濃くなっていることにシェダルは気付いている。

 「うーん、今はよくわからん・・・あの中は俺の能力でも読めない。完璧に断たれるから」
 「助けに行かなくていいのか」
 「大丈夫じゃないか?ああなったらあいつは無敵だから・・・それより俺たちの当面の敵!」
 シェダルたちの周りで、エイリアンたちはぴくりとも動かなくなっていた。
 「何でいきなり動きが止まったかな・・・?アレのせいか?」
 シェダルが言うところのアレは、ゆらゆらと濃く、淡く色を変えながら大きさを増し 、支部から200メートルほど離れた地点まで侵食すると、成長を止めた。
 「で・・・でかっ!マーズドームの10数倍はあるんじゃない!?」
 ブレイズの言ったマーズドームとは、大人気長者スポーツである野球に使われる施設 で、東京ドームと同じくらいの規模をもつ。

 「やっぱり笛吹さんってすごかったのねぇ!」
 リーは興奮したのか、ブレイズの肩の上でプルプルと身震いした。
 「ブレイズが言ったとおり、ただのオカマじゃなくて、すごいオカマだったんだわ!」
 「オカマ〜〜!!?」
 青年二人は思わず声を合わせて叫んだ。
 「何だそりゃブレイズ!?」
  掃射を止めて、シェダルは今度こそ勢いよく視聴覚伝達器もろとも少年の方を向いた。
 「お前そんなこと言ってたのか!?」
 「ち、違うよ!リーの勘違いだよ!!」
 「え〜、勘違いなんかじゃないわ、ブレイズは確かにそう言ったもの」
 予想外の反応に戸惑うリーの言葉に、ルークが目をぎらりと光らせた。
 「シノブがオカマ・・・私は聞いていない・・・聞いてないぞ!!」
 「あ〜あ、笛吹が知ったら激怒だな。間違いなくあの紫の中放り込まれるぜ」
 「言ったのは事実だけど、それは笛吹さんに会う前!うわさを聞いた時にそう言 っただけなんだってば!!」
 顔を真っ赤にして自分の無実を訴えるブレイズをからかっていたシェダルは 、ふと顔を紫のドームの方へ向けた。
 「・・・すごいエネルギーだ・・・・・・」
 「何、今クライマックスって感じ?」
 話題をそらそうと食いつくブレイズに、金髪の青年はにっこり笑ってみせた。
 「ああ、あいつ力入れすぎなんじゃぁ・・・」
 そのとき、紫の輝きがいきなり消え失せ、辺りをまた暗闇が支配した。
 光に慣れていた瞳孔はすぐには広がらず、闇は先程までのものよりも、どんよりと 深いものに感じられる。
 シェダル以外の者は、満天の星明りを頼りに周囲に目を凝らした。
 と同時に、彫像と化していたエイリアンたちが、命を吹き込まれたように活動を再開し始めた。

 大挙して押し寄せてくる獰猛なへちまのようなエイリアンたちは、大口を開けると巨大な舌 をぬっと出し、その先から槍状の物体を吹き矢のように勢いよく繰り出した。
 「弾く」
 それだけ言うと、ルークは目にも止まらぬもの凄いスピードで飛び出す。
 銀の輝きが闇の中冷たく閃いたかと思うと、乾いた連続音が響き、飛来する 槍は全て弾き返された。
 それを見た最前列のエイリアンたちがルークに向けて更に槍を繰り出そうとした が、いち早くリーがライトグリーンの瞳を淡く光らせる。

 と同時に生成される清らかな緑の炎。

 包まれた一番右の一体が本物の彫像と化す。
 さらに炎は横一列を薙ぎ、8メートルにわたるエイリアンの形をした彫像の壁を作り上げた。
 これは堤防を作って、エイリアンたちの視界を悪くさせるための考えだったのだが・・・。
 「いやーーー!また食べてるわ〜〜!」
 リーの悲鳴が響き渡る中、彼らは石になった仲間に群がるとバリバリ音を立てて貪り始めたのである。
 彼らは石になった仲間だけでなく、シェダルやルークの攻撃をくらって死んだ生身のもの、そし て致命傷は受けなかったもののまだ動いている仲間にまで、その凶暴な牙を向けた。
 「あ〜〜ん、気持ち悪いの〜〜!」
 「なんっちゅー食欲してるんだ、くそ!」
 シェダルはベルトからハンドガンを取り出すと、死体に群がるそれら一匹一匹に狙い をつけて撃ち始めた。
 銃口から放たれるエネルギー弾は、的確にエイリアンの頭部を撃ち抜いていく。
 そうして新たに生まれた死体に更に群がる緑色の群れ。
 「うっはー、こいつらの頭の中、食べることばかりだぜ!」
 並行して読心能力を使ったシェダルは、額に汗を浮かせながら顔を大げさにしかめてみせた。
 「多分先発の部隊も、ラージスの作業員達もこいつらにやられたんじゃないかぁ!?」
 「シェダルさん、僕、こいつらに名前付けようと思うんだけど!」
 突如ブレイズがのんきなことを言いはじめた。
 忙しいときに何を言い出すと跳ね除けるところだが、しかしそこは以心伝心なシェダルの能 力、『便宜上名前があった方がいい!』というブレイズの内心をきっちり拾っていた。
 それでも時と場所を考えていないことは確かだったが、余裕ぶりをかもし出した方がみん な安心するかな・・・とシェダルは0.12秒ほど思案してみる。
 「うーん、そうだな、名前があった方がいいもんな、それで?」
 ハンドガンからまたサブマシンガンに切り替えながら先を促すシェダルに、先程イリュ ージョンを使って疲れたため、一人のびのびと休憩している少年は自信満々に応えた。
 「ゴウルド!ヘチマって意味なんだ!」
 「ヘチマー?ヘチマっぽいもんな・・・ヘチマ・・・」
 「ヘチマじゃなくて、ゴ・ウ・ル・ド!」
 「なんだか覚えにくいわ、ゴウルドって。ストレートにへちまちゃんというの はどうかしら?可愛くて親しみがもてると思うのだけれど」
 6匹ほどへちまちゃん(仮)を石に変えながら、リーが口を出した。
 親しみを感じたい相手にすることではない。
 「親しみなどもてるわけがない。アヴィちゃんの件で証明済みだ!」
 へちまちゃん(仮)を1匹つかんで投げ飛ばし、10数匹ほどに大ダ メージを与えながらルークが叫んだ。
 「へちま君。これで決まりだ!」
 「いや、あんま変わってないってそれ」

 呆れ顔でつっこんでからシェダルは、戦闘に集中しろと続けようとして口をつぐんだ。
 笛吹がいれば、無駄話をするなと隊員たちを静かに諌めているところなのだろうが、 各自話しつつも戦闘をきちんとこなしているので注意の必要はないと思い直したのだ。
 どうも笛吹が欠けると、シリアスな状況も締まりが無くなることに敏感なシェダルは気付いていた。
 小心者の隊長が、状況と自分たちの言動のギャップに心を痛めるのをなんとなく感じとってか ら、やっと他のメンバーはちょっと気を引き締めて、一般で言うところの普通の行動 をとってもいいかな?と善処しようとする・・・・・・者もいるのである。
 
 そういえば笛吹は大丈夫だろうか。
 ふと気付き、ピアノで右手と左手、別々に操作するように感覚を分けると 、シェダルは片方を笛吹のいるだろう辺りに見当をつけて伸ばした。

 「ルーク!」
 へちま君(仮)を薙ぎ倒しながら、呼ばれたルークは金髪の青年をちらりと振り返った。
 「笛吹を手伝ってやってくれないか!!?」
 叫ぶシェダルの表情はいつもと同じだったが、声にはわずかながら焦りを含んでいるようだった。
 ルークは眉間のしわの影を僅かに濃く変化させると、背後からかぶりつこうとしたへちま君(仮) に、強烈な後ろ回し蹴りを食らわせた。
 ブレーカープレートを破壊する程の衝撃を浴びたへちま君(仮)は、悲鳴も発さず全身 粉々になりながら吹き飛び、その際多くの仲間をあの世への階段の道連れにした。
 「シノブがどうかしたのか」
 「今からブレイズが特大のイリュージョンをかますから、その隙にあいつのところまで 行ってやってくれ!」
 聴こえなかったのか、意図してか、問いに答えないシェダルの声にルークは目を細めた。

 「隙なら自分で作る」
 言うが早いか風の音のみを残し、瞬間移動並みの速度で10メートルの距 離を移動すると、建物の壁際に放り出してあった対戦車用ERPG9・・・グレネー ドランチャーを軽々と手にし、無造作に狙いをつけた。
 そして、放つ。
 鼓膜を震わす発射音にリーが小さく悲鳴をあげたが、続いた爆音にかき消されてしまった。
 「作る必要もないが」
 不機嫌そうな顔のまま、唇の端を心もち上げて不敵な笑みを浮かべると、ルー クは爆音と爆風が交錯する一帯をジャンプで一気に飛び越え、そのまま姿を消した。
 「おい、そっちじゃない、2時の方向だ!」
 「そう・・・そうじゃない・・・そんな可愛い名前じゃいけない・・・嫌な、嫌なイメージ の名前じゃなくちゃぁ駄目だ・・・でなきゃ・・・・・・」
 その時、叫ぶシェダルの後ろで、さっきから何事かぶつぶつ独り言を言っていた少年が にやりと笑った。
 「・・・そうだ」
 その笑い方は、少年の魅力をマイナスにさせるような類のものであったが、 戦闘に夢中のリーやシェダルはもちろん、本人すら気付いていなかった。
 「そうだよ・・・もっと適切な名前があった!」
 ブレイズは炎を頭に浮かべた。

 灼熱の炎。
 赤い。
 触れるもの全てを焼き尽くす・・・!
 
 「くたばれ、『グリード』!!」
 声変わり前の透明な少年の声が響き渡る。

 解き放たれたイリュージョンは、『貪欲』な彼らを貪欲に飲み尽くした。





 笛吹は失敗した。
 いや、目的は100パーセント完璧に達せられたといって過言ではない。
 笛吹の放ったフィールド内に存在したものは、有無を言わさず超重力場に引 きずる込まれ、ほんのひとかけらの高密度の物質へと生まれ変わった。
 しかしそのあまりにも使用する際の環境が限定された能力であるため、トレーニング を積む機会がなかったことが禍となり、また能力解放時、本人自身自覚していなか ったが、極度の興奮状態にあったことも相俟って、力加減がうまくいかなかった。
 要するに、力を注ぎすぎたのである。
 10の力で十分事足りたことに、120もの力を注ぎ込んでしまったのだ。
 
 「・・・・・・っくそっ!」
 すり鉢上にくりぬかれた巨大な穴の最下部にいた笛吹は、砂煙を立てて斜面 を滑り降りてくるグリードたちの重力を一気に増加させた。
 瞬間、首の後ろから背中にかけて走る悪寒。
 視界がちかちかと瞬くのと同時に、全身からどっと冷たい汗が噴き出し、胃を揉ま れたような重い痛みが吐き気を誘う。
 「・・・・・・くっ!」
 笛吹は早い動悸と呼吸を必死になだめながら、周囲に視線を走らせた。
 水袋がはじけるような音を立てて潰れた40匹ほどのグリードに、他の者が群がっ て吐き気を誘うような咀嚼音を立てている。
 隙を狙えとばかりに、笛吹は歯を食いしばると自分を中心とした半径5メートルの重力 を増加させ、そのまま走り出した。

 「道を空けろ病人が通るぞーーらぁっ!!!!」
 涙目で叫ぶ笛吹。
 長いゆるやかな斜面を50メートル走6秒8のスピードで駆け上りながら、群がって こようとするグリードたちを押しつぶし、強引に道を作る。
 斜面が急になると、重力制御と同時に念動力を発動させ、宙に浮かび上がり一気にクレー ターの外へと飛び出した。
 運が悪いことに、これはシェダルたちのいる支部とは逆の方向であった。
 地面に降り立つと同時に、こめかみに血管を浮かべながら能力を放って大量の死 体を作ると、ジャンプし、そのまま宙に浮かび上がる。
 そして赤の光が少ない地面を素早く捜すと、そこ目掛けて空間転移した。

 強烈なめまいが笛吹を襲った。

 思わず地面に膝をついた笛吹だが、休むことは許されず、風を切る音に反射的に身をそらした。
 間一髪、槍状の物体が頭をかすめる。
 笛吹は瞳を紫色に光らせると、槍が飛んできた方向に向かって吐き気をこらえながら 重力を加圧させようとした、その時。
 頭に聞きなれた声が響いた。
 『それ以上使うな!頭がやられるぞ!』
 「だけどシェダル!」
 泣きそうな表情で笛吹はよろよろ槍をよけた。
 『照明弾を打ち上げろ!ルークがそっちに向かってる!』
 笛吹はぱらぱらと降ってくる槍をふらふらと懸命によけながら、腰のホルスターから ハンドガンを取り出すと照明弾を装填し、空に向かって発砲した。
 
 宙空に光が炸裂し、白の輝きが痛みを伴って視界を覆う。

 『目ぇいったーー!超痛ッ!!』
 『我慢しろ〜笛吹、周りはどうだ?』
 光に慣れない目を一生懸命開きながら、笛吹は周りを見た。
 「あ・・・・・・」
 急に光に照らし出されて、グリードたちは巨大人面へちまのオブジェの如く、固まったまま動かない。
 「なんだ、動かないぞ・・・」
 『どうもこいつら、光に弱いみたいなんだ』
 『・・・・・・ルークは?俺が持っている照明弾、この一発だけなんだけど・・・』
 『もう着くぞ、じゃ、頑張れ!』
 ぷつりと頭の中からシェダルの声が消え、笛吹は不気味なオブジェに囲まれぽつんと立ち尽くした。
 目を細めながら頭上を見上げると、照明弾が徐々に閃光を弱めつつあった。
 「なに・・・・・・寿命こんなに短いものなのか・・・?」
 心に焦りが生じる。
 「ルーク!」
 思わず叫んだが応えはない。

 笛吹は肩からかけっ放しだったサブマシンガンを手にした。
 「ルーーーーーク!」

 光がどんどん弱くなるにつれて、周囲の彫像がぴくぴくと動き始める。
 それに気付くと笛吹は、震える手でサブマシンガンを構え、グリードたち に向けてレーザー弾を連射した。
 ブブブブブと低い発射音が響き、鳩尾の辺りを緩慢に刺激する。
 数匹が液体を撒き散らしながら動かなくなった、が、それ以上の数が徐々に動きを見せ始める。

 「ルーーーク!!ルーーーーーーク!」
 光は今まさに消えようとしていた。
 グリードたちがゆっくりと笛吹のほうを向く。
 「はよ来―――い!!」
 完全に動き始める前に無理してでもとどめを刺した方がいいと、恐怖心に駆 り立てられながら判断した笛吹が瞳を紫に変えたその時。

 「シノブ!」
 思っていたのと逆の方向・・・背後からよく通る低い声が聞こえた。
 「遅いッ!!」
 怒声とは裏腹に喜色満面で振り返った笛吹。
 その視界にちらりと入った金色の光。

 勢いよく振り返った弾みに、胸ポケットから飛び出たグラウが、ふわりと宙を舞っている。

それに気をとられた笛吹は一瞬だが気を緩めてしまった。
 
 慌てて掴もうとグラウに手を差し出した笛吹の左腕に、風を切って飛来した茶色の槍が突き刺さる。
 続いてその衝撃で90度反転した身体・・・今度は左太腿に槍が刺さった。

 ルークが何か叫んでいるが聴こえない。
 血に染まる左手に掴んだ金色の植物の背景・・・地面が急速に迫り・・・・・・そして笛吹の意識は途切れた。