第5章 BLACK HOLE SCRAMBLE


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 ルークは自分のカンに絶大な信頼を置いている。
 カンのランク付けがあったなら最低でもAクラスだ、と以前笛吹に語ったことが あるのだが、そのときは「お前のその自信満々っぷりはトリスタンクラスだな」と艶 やかに笑い返された。
 意味はよくわからなかったが、誉められたに違いないとルークは素直に喜んだものだ。

 それは生まれもった才能であり、戦場を生きることでさらに研ぎ澄まさ れた、経験の賜物であった。
 そのカンが、危険信号を鳴らしている。
 嫌な胸騒ぎに駆り立てられながら、ルークはひたすらグリードたちを踏み 越え、赤い闇の中を走りつづけた。
 
 笛吹が造ったクレーター状の穴を覗き込み、12.5の視力でもってくまなく見渡 したが、まばらに赤い光が見えるだけで目的の人物の姿は確認できなかった。
 どこにいるのか・・・と鋭く周囲に視線を投げかけた時、突如遠くで光球が空に上った。
 はじける光のシャワーに、周囲のグリードたちがまた活動を停止する。
 「あの下か」
 一人ごちて、ルークは光に向かって猛然とダッシュをかけた。

 自分の名を呼ぶ笛吹の声が聞こえる。
 続いて響くマシンガンの音。

 ルークの脳裏に一人の女の顔が浮かんだ。
 笛吹に少し似たその女は、いつも明るい笑顔を振りまいていた。
 
 「シノブ!」
 薄れゆく光の下に立ち尽くした笛吹のシルエットはとても頼りなく見えた。
 黒髪の青年はアメジストの瞳に涙をうっすら浮かべながらも、ほっとしたように振り返る。
 「遅いっ!」
 その時、こちらに駆け寄ろうとした笛吹の胸ポケットから金色の何かが落ちた。
 はっとした表情で視線をルークからそれに転じると、陶芸美術館の展示品のよ うな手を咄嗟にという感じで差し出し掴む。

 瞬間、鮮血が舞った。
 「シノブ!!」
 叫ぶ自分の声に重なるように、とてもきれいな赤だ、という声がどこかからか聞こえた。
 
 赤く彩られた笛吹は、衝撃でくるりと舞うように身体を回転させると、声 も出さずにそのままへたりとうつ伏せに地面に倒れこんだ。
 赤かった。
 赤が広がっていく。
 赤が侵食し始めた。
 赤が蝕み。
 赤が飲み込もうとする。

 とてもきれい――――――。

 全てが赤く染まり。
 赤は闇へと変化する。
 赤は窒息させ。
 赤が。
 赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が赤が

 赤が―――――。

 「やめろっ!!!」
 


 明らかに周囲の空気が変わった。
 愚鈍そうなグリードたちにもそれがわかったのか、倒れた青年に群がろうとはせ ず、粘着質の空気をまとったまま、まんじりとも動かない銀髪の青年に注意を向ける。
 照明弾の効果も消え、再び訪れた闇に阻まれ青年の表情を伺うことはできなかったが、 全身から放たれる濃い存在感が、異星の生き物たちまでも圧倒していた。

 長身の青年は周囲が攻撃を仕掛けてこないことを熟知しているかのように、 ひどく悠然としている。
 おもむろにゆっくりと両手を上げると、右手で頭頂部、左手で左顎を持ち、右に頭を傾けた。

 ゴキリ、と首が鳴った。

 「甘い甘い」
 ため息混じりの声が、嬉しそうな響きを伴って青年の口から紡ぎ出される。
 首を元に戻した時には、もう音はしなかった。
 大きく鼻で息を吸い込み、長く口から息を吐くと、青年は軽快なリズムを全身 にたたえながら笛吹の元に歩み寄った。
 ぴくりとも動かない黒髪の青年は、自らが流した血に浸りながら気を失っているようである。
「どうするべきだと思う?」
 うつ伏せに倒れていた笛吹を足でひっくり返すと、しゃがみこみ、その白 い頬をにゅっとつまむ。
 「むー」とうなり、眉を少ししかめただけで、笛吹は目を覚まさない。
「助けなかったら死んじゃうな。助けよっかなぁ、助けないっかなぁ」

 いつもからは考えられないくだけた口調で2、3度楽しそうに繰り返してから クスリと笑うと、笛吹の左腕に深 々と刺さっている薄気味悪い槍をむんずと掴み、いきなり引き抜いた。
 苦痛で歪む笛吹の白い顔に、噴き出した鮮血が点々と付着する。
 長い睫毛がわずかに震えたが、それでもまぶたを開く気配は無かった。
 青年はズボンのポケットから迷彩柄のバンダナを取り出し、何か鼻歌を歌 いながら素早く止血帯を施した。
 
 その背後にゆっくりと緑の影が忍び寄る。
 
 相対距離1メートル。

   口を開き、きしんだ声をあげながらグリードは銀髪の青年に襲い掛かった 、その途端、グリードの身体が突如はじけ飛んだ。
 「邪魔するなよなァ〜〜〜アッ!!」
 青年はグリードを殴った拳を握り締めながら、激したように叫んだ。
 噴きあがる殺気は先程までのものとは比べ物にならない程で、大気が震え 、見えないぶよぶよした何かが圧迫してくるようである。

 青年は笛吹を抱きかかえると大地を蹴り、20メートル先の岩場の上に降り立った。
 「・・・・・・礼儀知らずはこれだから困るんだよねぇ」
 元の穏やかな声。
 今度は笛吹のサブマシンガンのたすきを引きちぎって左大腿部の止血に使う。
 応急処置を済ませると、その身体を軽く左肩の上に担ぎ上げ、青年は笛吹の耳元にささやいた。

 「助けてやろうか」

 暗い星明りに映し出されるルークだった青年の顔には、眉間の しわはなく、代わりに歪んだ喜悦の笑みが浮かんでいた。



 「ィィイイイヤッハァーーーーーーーーーァアッ!!!!!」
 カストル人の血を濃く反映した戦闘狂の人格は、最悪の凶暴性を全身からほ とばしらせ、笛吹を担いだまま嬉しそうにグリードの群れの中につっこんでいった。

 右腕からするりと出したのは、1メートル以上もある巨大な大鎌。
 正気ではない、はっきり言ってヤバ気な気迫に思わず飲まれながらも、筒状 の舌から槍を吐き出そうと迎撃体勢をとった勇敢なグリードが数匹、 一瞬にして細切れだかみじん切りだか千切りだかなんだかわからないが 、とにかくめちゃくちゃのズタズタにされた。
 普通の動体視力では、彼の残像しか視認することができないだろう。
 「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ァ〜〜〜ッ!!」
 ルークの時はいつも、研ぎ澄まされたナイフのような色を放っていた瞳が 、今はロケット花火の刹那的噴射炎を噴き出している。
 彼の進むところには、銀色の閃きと危ない奇声と共に大量の肉の山が築かれた。
 人間台風というありきたりの表現では、そのすさまじさは物語りきれない。
 見えない巨大殺戮プロペラが、縦横無尽に駆け回っているようである。
 「ひゃっっはーーーー!!」
 切り裂き、濁った返り血を浴びながら愉快そうに奇声を発する青年。
 そのあまりのけたたましさに、肩に担がれていた笛吹が少し目を開いたが、 すぐ横にあった凄まじい形相を見ると、森でクマに遭遇したかのような表情で 絶句し、せっかく取り戻した意識を自ら進んで手放してしまった。
 
 
 「わはははははーー!!」
 ちょうどこのとき、ルークの異常に気付いたシェダルが読心を 行ったのだが、凄まじい感情の奔流に飲み込まれ、同じような狂気 に取り付かれてしまっていた。
 「ハッハ――ッ!ヤバイ、やばいぞーー!!」
 「シ・・・シェダルさん!?」
 マシンガンを掃射しながら、いきなりテンションが高く笑い始めたシ ェダルの様子にブレイズがギョッとあとずさる。
 「どうしたの!?何が!?ひとまずシェダルさん自身ヤバイよね?!」
 「ドれクラいヤバイかと言うとォ、コノくらイ!い!イーーーッ!!」
 いつになく激しいマシンガン掃射と異様な気迫に圧されて、グリードたちだ けでなくブレイズとリーまで一方後ろに下がった。
 「あ〜〜〜ん!!怖い〜〜〜〜!!!!」
 リーは恐怖のあまり泣き出し、自己防衛反応からか緑の炎を大量に発生さ せ、辺り一帯のグリードを石化させる。
 「すごい!すごいよリー!!今までで一番最高だよ!!」
 「それよりブレイズ〜、シェダルさんが変なの〜〜!」
 「うーん、シェダルさんが潜在的狂人だったか・・・いや、それよりも誰か の思念に感応している可能性のほうが高い!!」
 「で、どうするの?」
 リーが怯えたように、高笑いを続ける金髪の青年を見た。
 「うーん、バーサク入って攻撃力高くなっているからいいんじゃない?」
 少年はゲーマーらしい答えを意地悪く返した。
 「いや〜〜!!絶対イヤー〜〜!!アーーーーーン!!」
 「ごっ、ごめん!冗談だよ!」
 目からぽろぽろと大粒の涙をこぼす親友を見て、ブレイズは慌てて謝ると、すぐさ まシェダルに向けて水のイリュージョンを放った。
 頭から大量の冷水を被った感覚を受けて、金髪の青年は黄色の泉の世界からこち らへと戻ってくる。
 「・・・・・・あ・・・・・・」
 「シェダルさん!」
 「元?普通なの?いつものシェダルさん?」
 どこか茫洋とした表情のシェダルだが、リーたちの声に切れ長の瞳を数回瞬かせた。
 「・・・あ・・・・・・ごめんな、時々とり込まれるんだ」
 陽気な照れくさそうな笑みは、彼が自分を取り戻したことを語っていた。
 ポンコツを怯えるグリードたちに向けたまま、シェダルは少年と小動物にゆっくり顔を向ける。
 「だから決して俺じゃないぞ、さっきのは。マジだぞ?」


 とまあ、直接的にどころか、間接的にまで影響を及ぼしたルークのもう1つの人 格は、その間もグリードたちに膨大な被害を与えながら爆走、いや暴走していた。
 実はこのときアンバーにいるグリードの数は、スペシャルスカッドが到着する前 の3分の1にまで減少していたのである。
 それでも数は多いことに変わりなく、優に5000匹以上が残っている。
 その半分、2500匹を銀髪の青年は一人で、しかも気を失った役に立たない お荷物を抱えながら相手にしているわけだが、一向に疲れた様子は見えず、 一度叫びすぎてむせた以外は息を乱すこともなかった。
 それどころかテンションはよりいっそう高まるばかりだったのである。

 「スピニン・バード・キック!!」
 どこかで聞いたような技名を言うと、銀髪の青年はものすごい勢いで連続回し 蹴りを繰り出した。
 巨大回転コマに数10匹のグリードたちが弾き飛ばされ、そのまま絶命する。
 肩に担がれている笛吹の足も一緒に振り回され、何匹かのグリードにヒット したが、こちらは相手にダメージを与えると同時にダメージを受けていたらし く、ズボンの下の足は赤く腫れあがっていた。
 そんなことは露知らず、知っていたとしても構わず攻撃を続けていただろう カストル系ハーフの青年は、回転を止めると、少しもよろめかず鎌攻撃を再開する。
 
 たくさんの返り血を浴び、青年のテンションは今や最高潮を迎えていた。
 そしてウナギのぼりのテンションとは逆に、判断力は急降下のグラフを描いている。
 

 ふと気付くと周囲に動いているものはいなくなっていた。
 周囲のグリードたちを皆殺しにした青年は、頬についた生臭い液体を手の甲でぬぐった。
 しかし手の甲にはさらに大量の液体が付着していたので、よりいっそう汚す結果となった。
 むっとした表情を一瞬作ると、笛吹の制服がまだ自分の制服よりきれいな状態であ ることを確認し、だらりと力無く垂れ下がった笛吹の腕を持ち上げ、服の裾で汚れ をぬぐおうとした。

 その時、笛吹の手の中に光る金色の光が目に入った。

 「よっぽど大事なものなんだねぇ」
 青年はにっこりと笑みを浮かべると、固く握り締められたまま の笛吹の手をこじ開けようとした、その時、遠くから電車が急停車する時 のようなきしんだ音が聞こえてきた。
 顔を上げると、大量の星明りの下、赤い異質な光が50メートル先程に大量に接 近しているのが見える。
 「団体さん、いらっしゃーーい」
 青年は禍禍しく笑うと、舌なめずりをした。
 笑みを顔に貼り付けたまま、ゆっくり歩き出し、そしてダッシュにはいる。
 「いっくゼ〜〜〜〜!!」

 笛吹の手の中のグラウのことなど、すでに頭から吹き飛んでいた。
 彼には赤い光しか見えていない。
 闘牛士の翻す赤いマント目掛けてやみくもに突進する猛々しい雄牛のよう に、青年は獲物の赤く光る目のみを見据えていた。
 
 右腕を一振りすると、鎌に付いていた血はきれいに振り払われた。
 孤を描く大鎌に星明りを鈍く反射させ、瞳に狂気を宿し、青年は雄叫びを上げる。
 「ハアァァァーーーーーーー!!」

 そしてその次の瞬間、いきなり青年の足の下の地面が消失した。

 「あ?」

 赤い光から足元に視線を転じると、そこにあったのは巨大な暗闇。
  
 青年は爆走しながらシェダルたちのいる建物とは反対の方向に進んでいた。
 そしてその方向にはアンバー星最大のクレバスが大口を開けて待ち構えていたのである。

 その深さ約785メートル。
 
 「謀ったなァ〜――――――!!」

 青年は勝手に逆ギレしたまま、そして可哀相な笛吹を担いだまま、深い、深 い闇へと飲み込まれていった。

 最後の叫びが虚空にむなしく、しばらくの間こだましていた・・・・・・。







→あとがき