第7章 Image


T



 ルークは目を覚ますと、まず最初に身体チェックをする。
 自分の体に何か異常はないか、そして意識がなかった間、もう1つの 人格が何をしていたかを推測するためだ。

 パフィオぺディルムが意識の表層に出ている間、ルークの意識は完全に眠りにつく。
 その間にあったことをルークは知る由も無く、しょっちゅう身に覚えの無い 理由から襲撃されていた。
 「父の仇!」や「ボスの仇!」などと叫ばれても、パフィオペディルムがやっ たことであってルークにはわからない。
 もしルークがやっていたとしても、殺した相手のことをしっかり覚えているかどう かは疑問なところではあるが。

 意識を失う、あるいは覚醒するほんの数瞬の間だけ、ルークはもう一人の人格の 存在を感じることができた。
 赤い色をたたえた意識の水面ですれちがう、「我」とも言うべき強い部分。
 普段は水底に潜んでいるが、ひどく動揺したときなど、水面に大波が生じた時、隙 をついてゆらりと浮上してくるのだ。
 そして見るも無残な死体の山の中で我に返ることがほとんどで、まさに獲物の口に大 鎌を突き立てた瞬間に目が覚めたこともあったし、右手に敵対する勢力のトップの頭 部をいつのまにかぶら下げていた時もあった。

 ルークは獲物を殺す時、最小限度の動きで急所を狙って体力を無駄に使わないよう にするが、意識を取り戻した後足元に転がる死体を見ると、必ずといって良いほど滅 茶苦茶で、破壊のみを楽しんでいる傾向が見て取れた。
 また、ルークは返り血をなるべく避けるように努力するが、パフィオペディル ムは好き好んでわざわざ浴びているようにも感じられる。
 そんな洗練されていないやり方をルークは好まず、そんな戦い方をするもう 1つの人格を嫌っていた。

 今回、ルークに残されていたのは、背中のひどい裂傷、全身に走る細かな裂 傷、体中に浴びた血、そして目の前の白い壁にある「キンパ」という血文字。
 
 身体の怪我はルークにとって意外なものであった。
 ここが母星の戦場で、数百名のカストル人を敵にまわしていたのならともかく、個 々の攻撃力が極めて低い(ルークにとっての話)緑のへちまどもが、人海戦術でいく ら押し寄せてきたところで、自分に深手を負わせることができるとは思えなかった。
 破壊衝動に駆られて視界が狭まり、防御を怠ったのか・・・・・・。
 この場に鏡が無いので、背中の傷がどんなものか確認することはできない。
 仕方なく比較的浅い腕の裂傷と擦過傷を調べてみると、どうも牙や槍によるものではなく 、何かに強くこすれることによってできたものらしい。
 おそらく高いところから落下でもしたのだろうと、ルークは見当をつけると、次に 目の前にある血文字に注目した。
 もう一人の人格からメッセージらしきものを残されたのは、これがはじめてであった。
 初のコミュニケーション達成にも全く喜ばず、至極不機嫌な表情で血文字を見つ めるルークの口からは低い唸り声が漏れた。
 「わけがわからない・・・キンパ・・・・・・キンパ・・・・・・」
 頭脳労働はいつも笛吹やブレイズに任せ、彼らの言う通りに動いているだけだっ たルークが、こんなに頭を使ったのは久しぶりのことだ。
 「キンパ・・・」
 頭脳はお世辞にも明晰とはいえないルーク。
 頼れるのは己のカンのみである。
 「・・・・・・・・・・・・!!」
 ふと、ルークの右眉がぴくりと動いた。
 「わかったぞ」
 アイス・ブルーの瞳を雷光が駆け抜ける。

 「キンパツ、金髪と言いたかったのだな!」
 ルークは力いっぱい叫んだ。

 「違う、違うぞもう一人の私!私の髪は銀髪だ!!もちろん白髪ではない!!」

 カンの鋭さは証明されたが、ほぼ同時に頭の悪さも示してしまったようである。
 眉間にしわを刻んだまま不敵な笑みを浮かべるとルークは、「『キ』ではなく『ギ』 だ!」と偉そうに言いながら壁に顔を近づけ、文字を書き直そうとした。

 とその時、何か覚えのある臭いをルークは嗅ぎ分けた。

 グリードの血の臭いと自分・・・カストル人の血の臭い、そしてもう1つの血の臭い。
 文字を書こうと近づけた右手に付着した血が、どうやらそれであるらしかった。
 「?」
 ルークはふんふんと血の匂いを嗅ぐと、躊躇いもせずぺろりと舐めてみた。
 「61α人系・・・・・・」
 口の中に広がる血を吟味して呟いたルークは、自分の言葉にはっと我に返った。
 「61α人といえばシノブ・・・・・・あと少年」
 その時ルークは、意識を失う寸前に見た光景をやっと、思い出した。

 紅い血に彩られた黒髪の青年。
 この手の血は間違いなく、彼のものだ。
 
 ルークは心臓をアヴィゲイル教官の水色の手で鷲づかみにされたような感覚を覚えた。
 
 笛吹が死んでいるかもしれない。
 最悪の場合、自分が殺したかもしれない。
 「ヤツ」ならやりかねない。
 それも、もうメチャクチャのグチャグチャのギッタンギッタンに。

 「ミンチなシノブはシノブじゃない!!!」
 頭を巡る様々な悪い推測に理性を欠いてしまったルークは、悲鳴のような声をあげ ると、戦友にしてベスト・フレンドの笛吹(ルーク談)をやみくもに外へと捜しに 向かうべく、顔を土気色に変えながらハッチの開閉ボタンを1秒間に30連打の勢 いで押し続けたのだった。



 「あ〜、エネルギーぎれだ」
 シェダルの手の中で、スカッスカッとサブマシンガンの引き金がむなしく音を立てた。
 「ブレイズ、もうカプセル持っていない?」
 「もう無いよ」
 「あっちゃ〜、困ったな」
 全然困ったような顔をしていないシェダルの肩の上に、リーがぴょんっと飛び乗った。
 「シェダルさん心配しないで!わたしがんばるわ!とってもがんばるから!」
 リーは実はこの3人の中で一番体力があった。
 そういえば持久走でも、スペシャル・スカッドの中ではルークについで良い タイムを残している。
 ちなみに3番目は笛吹、かなり遅れてシェダル、そしてものすごく遅れてブ レイズといったところだ。
 この小さな身体のどこにそんなエネルギーを秘めているのか、とみんな首をかし げていたが、シェダルにはリーのオーラの輝きを感じることができたので別に不思 議とも思わなかった。
 今現在、リーのエネルギーは満タン時の半分ほどにまで落ちていたが、それでも 『カルティケーヤ』につくまで十分の力だった。
 「ブレイズもまだ大きいの2回くらいはいけそうだな」
 「うん、船までバッチリだよ!!」
 火の幻を放ったばかりの少年は、額の汗をぬぐうと親指を立ててにっこり笑った。
 「さ、いまの隙にできるだけ船に近づこうよ!」
 先頭に立って歩き始めたブレイズの肩に、リーが軽やかに飛び移った。
 「どうして仲間の死体を食べるのかしら?気持ち悪いわ、嫌だわ」
 3人の周りには無傷の死体が大量に散乱し、遠くからはガツガツと耳に障る咀嚼音と 、たまに硬いガラスがこすれ合うような鳴き声が聞こえてきている。
 シェダルは空になったサブマシンガンを肩にかけると、顔を少ししかめてみせた。
 「ブレイズ、ナイス!まさしくグリードって感じだよな」
 「そうでしょー、エヘへ」
 照れるブレイズの肩の上で、リーが目をくりくり光らせた。
 「ねぇ、グリードってどういう意味なの?私ね、わからないの」
 「あのね、『貪欲な』って意味があるんだよ」
 「どんよくな?」
 「そう、意地汚くて、欲深で、貪って飽きることを知らないことを言うんだ」
 「いけないことなのね?」
 「そう、だから殺しちゃってもいいんだよ」
 「そりゃ過激だな、ブレイズ」
 シェダルが茶化した口調でたしなめた。
 「この緑のへちまちゃんたちはこうやって生きていくのが普通であって、俺た ちの常識を押し付けて存在を否定するのはどうかとお兄さんは思うぞ」
 グリードよりな意見に、ブレイズは驚いたようにシェダルを振り返った。
 「じゃぁ、何でシェダルさんはこいつらを殺すことができたの?」
 「そりゃ、殺らなきゃ殺られたからさ」
 シェダルは何を当たり前のことを訊く、といった感じでさらりと答えた。
 「まだ死にたくないし」
 「シェダルさんはグリード数千匹の命よりも自分のたった一つの命を躊躇いも無く優 先してしまえるわけ?」
 「オレの命を助ける努力をすることは、他のメンバーの生還率を上げるこ とにつながるから、詳しくは5人の命のためだな。自分と仲間の命がかかっ ていたら、オレは別に躊躇わない。ブレイズは違うのか?」
 「それは・・・」
 予想外の反撃に、少年ははうつむいた。
 元気を失ったブレイズを心配して、リーが嘆願の眼差しでシェダルを見上げた。
 「シェダルさん、ブレイズをいぢめないで〜!!」
 「ああ、ごめんごめん、そんなつもりは無かったんだ」
 シェダルは線の細い顔を優しく和ませると、ブレイズの頭を軽く叩いた。
 「別にオレと違うことを感じても、それは悪いことじゃない。性格や育った環境で価値 観は全然変わってくるし、何が正しいかの基準なんて誰にもわからない。だろ?」
 「うん」
 「さっき、グリードを殺していい生き物じゃないと言ったのも、あくまでオレの 意見であって、お前は参考程度に聞いておけばいいのさ」
 「・・・・・・うん、ありがとう!まあまあの参考にはなったかな?」
 神妙そうな顔でうつむいていたブレイズが、顔をあげて生意気なことを言いな がら笑ったのをポンコツを通して見届けてから、シェダルはにいぃっと笑みを浮かべた。
 「61α系はすぐ沈むからなぁ。考えるのは頭を使っていいことだけど、笛吹なんて 考えているのか落ち込んでいるのか最終的にわからなくなって、自ら渦巻く海溝目指 して沈没していくんだぜ?困ったもんさ・・・・・・・・・さーて、やっこさん、そろそろ食べ終わるぞ」

 

 もちろんシェダルは自分の語りで、この頭のよい少年を説得できたとは思っていない。
 ブレイズは悪に対する少年らしい潔癖さを抱え込んで、持て余しているようだった。

 リーの放つ緑の炎を眺めるブレイズの表情は、普段と変わらないものに戻っている。
 「オレにはわかるけど、わからないなぁ・・・・・・」
 小さく呟くと、攻撃の術を持たないシェダルは意識の網を広げて、付近一帯のグリー ドの様子を調べようとした。

 そのとき、何かグリードの意識とは異質なものが感覚に引っかかった。

 遠く、『カルティケーヤ』の方から猛スピードで接近しつつあるそれは、ルークの 気配に違いなかった。
 しかしその側にあるはずの笛吹の気配は感じられない。

 「船に置いてきたのか・・・?」
 シェダルは『カルティケーヤ』にまで超感覚のフィールドを広げた、が・・・・・・。
 「・・・いない・・・?」
 ルークの思考がひどく乱れていることも気にかかる。
 浅く、ルークの意識を探ってみると、「死」というキーワードが浮かび上がってきた。
 
 シェダルは限界までフィールドを広げたが、どこにも笛吹の気配を感じることは出来ない。
 「冗談じゃない・・・・・・」
 シェダルがはじめて、真剣な表情を顔に映した。
 「どこかにいるだろ・・・!!」
 額に脂汗を浮き上がらせながら、シェダルは笛吹を捜すべく、精神を自分の 周りの全てに向けて集中させた。
 

 金髪の青年の異変にブレイズは気付いた。
 「シェダルさん?」
 凄まじい精神集中を行っているのか、シェダルは呼びかけに気付かない。
 「何かあったの・・・・・・」
 「ブレイズ!避けて!!」
 ブレイズの声にかぶさるように、リーが突如甲高い声で叫んだ。
 瞬間、閉じられていたシェダルの目が開き、もの見えぬビリジアンの瞳が 少年目掛けて飛来する槍を捉えた。

 シェダルはブレイズをリーごと抱きかかえると、横っ飛びに跳んだ。
 次の瞬間、寸前まで立っていたところに刺さる槍。

 そこまでは良かった。
 シェダルが飛び込んだ地面に、テレビ大の大きさの岩が転がっていたのはいけなかった。

 ゴチッ、と大きな音が冷たい夜の空気に響く。

「わーー!!シェダルさん大丈夫!?」
「キャ〜〜!!シェダルさーーーん!!」
 
 音にビックリした少年と小動物は、慌ててシェダルの腕から抜け出した。

 「アハハ〜〜〜、桃色のゾウさんが星の倒立プレリュード的喉飴〜〜☆」とど こか遠いところを見るような目つきで言うと、シェダルはそのまま白目をむいて 意識を失ってしまった。
 「キャーーー!!よくわからない遺言遺して死んじゃイヤーーー!!だめなの〜〜!!!」
 泣き叫ぶリーの周りでは、仲間の死体を食い尽くしたグリードたちが、じりじりと包 囲を狭めて接近しつつあった。
 「ブレイズブレイズ!どうしよう、どうしたらいいの!?」
 「よくも・・・」
 リーに応えず、ブレイズはゆらりと立ち上がった。
 「お前らなんか殺すのに誰がためらうもんかっ!!」
 凄まじい形相でブレイズはある幻を練った。
 「殺す!絶対殺す!!」
 「いやー!!!ブレイズがキレたわーーーーーー!!!」
 リーが怯えて泣き叫んだが、完全に頭に血の上った少年の耳には入らない。


 「嫌いだ!!このバカヘチマーーーーーーーー!!!」



 叫ぶや否や、ブレイズの足元から本邦初公開、最大級のイリュージョンが 周囲に向けて放たれた。