第6章 DR.JEKYLL AND MR.HYDE
W
視聴覚伝達器が、大地を揺るがすような轟音を拾った。
「キャーーッ!!」
轟音に驚いて甲高い悲鳴をあげると、リーは大きな耳を伏せて少年の首に身体を寄せた。
「『カルティケーヤ』だ!」
ブレイズが指差すはるか先で、いくつもの光が爆音と共に炸裂している。
土煙が舞い、刹那的閃光が炸裂するその一帯の上空には、白銀
の流線型の宇宙船が浮かんでいた。
遠目なので詳しいことはよくわからないが、『カルティケーヤ』が地
上に向かって爆撃を行っているらしい。
「船も攻撃を受けたのかな・・・」
リーの身体を撫でながら、ブレイズは心配そうに呟いた。
建物を背にした3人に群がるグリードは、遠くで行われている爆
撃の光を浴びて、動きが明らかにぎこちなくなった。
シェダルはサブマシンガン掃射の手を止めず、すぐさま並行して
超感覚のフィールドを展開して『カルティケーヤ』の探査を行ったが
、彼の能力にヒットするものは何もない。
「キネッサだな」と言うと、シェダルは目を細めた。
「船には笛吹やルークはいないぞ」
キネッサを苦手としていることを、シェダルは笛吹以外に
語ったことはなかったが、彼がキネッサと会話する時のちょっ
とした不自然さをブレイズはなんとなく感じとっていたらしい。
「自分で判断して攻撃を開始したにしてはちょっと時間がか
かりすぎているね、シェダルさん」
ブレイズは金髪の青年の表情をなんとなく伺った。
オレンジ色の閃光に照らし出されたシェダルの表情は、疲労の
影がかすかに見えるだけで、いつも通り飄々としていた。
「んーー?本部と交信していたんじゃないか?俺たちよりも上か
らの命令が直に下ったんだろうな」
「やっぱり?」
「それよりチャンスだぞ、ブレイズ」
「うん!!・・・・・・リー、今だ!」
「はーい!」
ブレイズの掛け声と共にシェダルは掃射を止め、仲間の死体に群がろうとす
るグリードたちに向けてリーが緑の炎を放った。
残りのグリードが、そうして新たにできた石製の死体にガツ
ガツと群がる間にシェダルはマシンガンのカプセル型マガジンの装填を行う。
そしてグリードが死体を全部たいらげるのを見計らって、ブレイズ
が炎のイリュージョンを放つ。
交代交代に各自休める上に無駄がなく、攻撃の効率がよいので、3
人は先程からこの繰り返しを延々と行ってきていた。
別に誰が考案したというものではなく、同じ対象に攻撃が被って
力を無駄に使わないよう、なんとなくお互いのタイミングを計
っているうちに、このようなサイクルが自然と生まれたのである。
物理攻撃・対物理防御を得意とする、主戦力とも言うべき年長組の二人であ
る笛吹とルークが欠けて、ここに残ったのはテレパシストに少年、小動物
という一見心許ないパーティではあったが、実際にはお互いにフォローし
あって効率よく、確実にグリードたちを仕留めていっていた。
まさにチームプレイ、である。
石化した仲間、銃撃で死傷した仲間を食い尽くしてこちらに向かってこ
ようとしたグリードに向けて、精神統一を行っていた少年は力漲る双眸を開いた。
「燃えろ!!!」
叫ぶと同時、ブレイズの足元から赤い炎がめらめらと燃え立ち、あっと
いう間に放射状に広がった。
火炎は渦巻き、膨れ上がり、巨大なあぎとでもって緑色のへちまたちを飲み尽くす。
「ギシイィィーーーーーッ」と耳に突き刺さるような悲鳴を上げながら、
幻の炎にのたうちまわるグリード。
シェダルは、彼とリーには熱くない炎の中に立ちながら、その様をポンコツ越しに見つめた。
機械を通して見ているので、もちろん彼には炎は見えていない。
ブレイズがシェダルにイリュージョンをぶつけなくても、うっかりテ
レパスを使おうものなら、自分からイメージを拾ってダメージを受けてし
まう恐れがあったので、超感覚を完全にシャットする必要があったのだ。
また、グリードたちの死に至るまでの意識を読み、逆に取り込まれでもした
ら、シェダル自身まで感覚をトレースして死ぬ可能性がある。
特に先程、反応のない笛吹の思考に焦りを感じ、よく確かめもしないまま
ルークの思考を読もうとして逆に取り込まれ、とんだ醜態を晒すという失
敗を犯したばかりであった。
結果的にグリードを圧す形となったものの、狂気懸かったときの記憶がしっか
り残っているシェダルとしては、自分らしからぬ言動はかなり痛く、恥ずかしいものだ。
リーの怯えようを思い出しただけで、ひどく居たたまれない気分になる。
しかし狂気にとらわれた時、一種の爽快感を感じたこともまた事実であ
ると、シェダルは自覚していた。
あの時の狂気はルーク、いや、ルークのもう一人の人格が抱えているもの
をそっくりそのままもらったのではなく、感化された結果、シェダルの中
にあるそれと一番似た部分が引きずり出され、増幅されたものである。
つまり、あれは多少誇張されたものの、紛れもなくシェダルであった。
愛用のUZY82SMGにエネルギーカプセルを装填し終えると、シェ
ダルは疲れた腕で抱え直して、グリードが無傷のまま次々と地面に崩れ落ちる様を見つめた。
気配を読み取ると、756匹少なくなっていることがわかった。
確実に減っている。
時間は少々かかっても、グリードを全滅させることは可能だ。
しかし、何かがシェダルの心に引っかかった。
日が沈み、支部を出ようとした瞬間、大地の下で膨大な数の意識が目覚め、
そこでやっとシェダルはグリードの存在に気付いたのである。
あの時の気味の悪さをシェダルは生涯忘れないだろう。
地面の下から湧き上がる感情。
ただ、「喰らい尽くしたい」という貪欲な意識。
どっと渦巻く思念の波を必死でかき分けて、笛吹とコンタクトをとったの
だが、その最中にもどろどろとした赤黒い泥に足をとられそうになった。
それほど彼らの『食欲』は凄まじいものである。
『食欲』・・・・・・。
やはり何かが引っかかる。
先程まで間断なく激しかった遠くの爆撃は、あらかた目標物を片付けたの
か、今では10秒おき程度に行われていた。
一時的にではあったが明るさを感じてしまった分、再度訪れた闇は更に濃
縮されたような錯覚を受ける。
しかしシェダルの視聴覚伝達器は、ポンコツながら暗視装置へのスイッチ
をオートでオンにしてくれる優れものだったので、非常に鮮明に周囲の様
子を「見る」ことができた。
シェダルは話し掛けようと、ブレイズにポンコツの焦点を合わせ、そしてはっとした。
「ブレイズ」
「ん、何?」
少年はいつものあどけない表情に戻った。
「いや・・・・・・」
いつになく煮え切らない返事を返すシェダル。
ブレイズの肩の上ではリーが心配そうに親友のことを見つめている。
「どうしたの、みんな?」
「あ・・・あぁ、いつまでもこんなところにいてもきりがないし、一度船に
戻った方がいいんじゃないかなと思ってな」
「そうね、そうだわブレイズ!私も実は疲れてきたの、一度帰りましょう!」
「うん、そうだね!この隙に一度体勢を立て直した方がいいかもね!」
にっこり笑って額の汗をぬぐうブレイズからは、先程の表情の闇は一片も感じとれない。
こっそりため息をつくと、シェダルは遠く、『カルティケーヤ』の方に顔を向けた。
爆撃はいつのまにか終わり、白い船体は土煙の中に沈んで見えなくなっていた。
「カースレイン副隊長・・・」
「オレはカースレインじゃぁない。パフィオぺディルムって名前があるんだよ、わかった?」
「???・・・は、はい、それよりも・・・」
「この名前ね、こいつ、ウスイシノブにつけてもらったんだ、いいだろう?」
「そう、その笛吹隊長ですが・・・」
動揺からいち早く立ち直ったキネッサは、医務室のベッドの上に横たわる血
まみれの青年の身体チェックを終えて、生真面目な表情をルークもとい、パフ
ィオペディルムに向けた。
「大量出血のため、心肺機能が停止しています」
「何だって?」
笑みを貼り付けたままのパフィオペディルム。
「すぐに蘇生処置を行います」
素早く言うと、キネッサは放電装置を内蔵してある左手を笛吹の冷たい胸の上に置いた。
瞬間、笛吹のからだがバタンと跳ねた。
「今、元気に動いたよ?」
銀髪の青年は、腕を組むとキネッサを見下ろして言った。
「電気ショックです。適切な処置を行えば、蘇生する可能性はまだありますから・・・」
「よくわからない。結局どゆこと?」
「亡くなられています。でも生き返るかもしれません」
笛吹の反応を確かめながら、非常にわかりやすく、キネッサは説明した。
「つまり死んでいると?」
「ええ」
銀髪の青年の冷たいアイス・ブルーの瞳に、灼熱の炎が一瞬にして宿った。
「なんで死ぬんだよ!?オレが、このオ・レ・が、わざわざ運んだんだぞ
!?死ぬわけないだろう!?」
「ええ、パフィオペディルム副隊長が素早く運んでくださったので、笛吹隊
長は蘇生するかもしれません」
叫ぶ銀髪の青年に、キネッサは冷静に応対した。
「・・・じゃあさ、ウスイシノブはオレのおかげで生き返るかもしれないってこと?」
「ええ、そうです。状態から分析するに、心臓が停止したのは約1分前でしょうから・・・」
キネッサはルーク・カースレインに関する情報を素早く検索し、も
う1つの人格の性格への対処の仕方を即座に判断していた。
そしてその判断は正しかった。
「そうか、そうか!!」
機嫌を直したパフィオペディルムはにっこり笑うと、笛吹の顔を覗き込んだ。
青ざめて透き通るような肌をしていた。
激痛に襲われていただろうに、その表情は眠るように安らかであどけない。
死してなお、類稀な美は損なわれることなく、他者を魅了しつづける。
「んーー、オレにはそんな似ているように思えないけどなァ、さん・・・」
「すみません、お願いしたいことがあるのですが」
心臓マッサージを続けながら、キネッサはぶつぶつと独り言を呟いている青年に話し掛けた。
「うん?なんだい?」
「ディケンズ様にこのことを伝えて欲しいのです」
「ディケンズ?」
「シェダル様のことです」
そう、シェダルの姓はディケンズ。
「テレパシストによる心的支えは、蘇生率及び回復力を高めます。ですから・・・」
「あぁーーーーー!!!そうだ、シェダルだよ!!」
突然、思い出したようにパフィオぺディルムが叫んだ。
「ほら、金髪の!頼まれていたんだよねぇ、奴の周りの緑のへちまどもを
ぶっ殺せとサァ!!」
「ヒャハハッ!」と笑って部屋を出て行った副隊長の後姿を見送ってから、
キネッサはやっと肩を震わせた。
「まさか笛吹隊長がこういうことになるとは・・・・・・」
表情は曇り、紫紺の瞳は人工の水分で潤んでいる。
キネッサが機械であることをわかっていながらも、フェミニストな姿勢を崩
さなかった美しい青年。
年若くして、このまま辺境の星で散っていくのだろうか・・・。
「あんな不気味な緑色の・・・へちま・・・・・・・・・」
キネッサが驚いたように身体をビクッと震わせた。
「へちまっ!?」
驚きついでに、笛吹の体に流す電流の量も間違えて増やしてしまい、笛吹のか
らだが派手に大きく跳ねたが、キネッサはそれを気にしているどころではなかった。
「へちま・・・へ、へへへちちま!!っく、ふふ、ふふふ・・・言いえて妙だわ!!」
ほっそりとした肩に走る悲しみによる震えは、いつしか笑いの発作による震えへ
と変わっていたが、それをとがめる第3者はこの場にいなかった。
一方、船の外へ向かおうとしていたパフィオペディルムの身にも異変が起きていた。
「クソォッ!!なんでこんな時に・・・・・・!!!」
内部ハッチの手前で突然襲ってきた眩暈に、銀髪の青年は思わずよろめき壁に手をついた。
視界が縦に横に揺らめき、まぶたが重くなる。
「なんでバカに主導権があるんだよ!?」
のしかかる眠気をこらえようと、パフィオペディルムは拳を壁に叩きつけた。
激しい破壊音が響き、白い鉄製の壁に穴が開く。
と同時に火花が飛び散り、船内の照明がブゥンと音を立てて消えた。
「チキショオォォ!!・・・・・・ックソーーッ・・・あいつは何も覚えてやしないのに・・・!」
薄暗い非常灯の下、銀髪の青年はふらふらとハッチにもたれかかる。
背中の傷から滲み出る紅い血が、べっとりと白い隔壁に付いた。
「・・・へへ・・・でもオレはァ・・・あいつと違って・・・賢いんだ・・・・・・」
いい様身体を気だるげに反転させると、ハッチに付着したおのれの血に指を這わせ
て、なにやら文字を書き始めた。
「一度・・・やってみたかったんだよねェ・・・コレ・・・・・・」
閉じかけのまぶたの奥の瞳からは、急速に狂気の色が薄れ始めていた。
「また・・・・・・誉めて・・・く・・・・・・」
再びまぶたを持ち上げた銀髪の青年は、床に両膝を、白い壁に両
手と額をついている自分を発見して、眉間に濃いしわを刻み込んだ。
「ここはどこだ?何故私はこんなポーズをとっている?」
きりりとつり上がった銀色の眉の下には、銀色の睫毛に縁取られた冷たいアイス・ブルーの瞳。
先程までの獣じみたぎらつきは消え失せ、研ぎ澄まされたナイフのような光が
静かにちらついている。
「また奴が出てきたのか・・・・・・ん?」
忌々しげに立ち上がったルークは、目の前の壁に血文字が書かれていることに気付いた。
「??」
読んで首をかしげるルーク。
「きんぱ?」
自らの血を使ったキャンバスには、カストル語で『キンパ』とのみ書かれていた。
実は、『金髪の男のもとへ行け』、とパフィオペディルムは続けたかったのだ
が、こういうことに関する勘の鈍いルークにそんなことが判るわけがない。
薄暗い非常灯の下、ルークは意味不明の文字に混乱しながら、しばし立ち尽くす
ことになったのであった。
あとがきへ