第7章 Image
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たったの今まで人工の光が介在しない暗闇の中、星明りを頼りに他の隊
員たちがいるであろうラージスの建物に向かって、黒々とした大地を蹴り
、ついでに立ちふさがるグリードたちをも蹴り倒しながら突き進んでいた。
はずなのだが。
一瞬のうちに変化した周囲の様子に、ルークは足に急ブレーキをかけた。
「・・・っ!?」
緑の醜悪な生き物も、黒い大地も、暗い闇も、その中で美しさを小さく盛大に
強調する満天の星も、何もかもすべて消え失せ、今目の前に広がっているのはただ水色一色。
限りなく透明な色は無限の広がりを感じさせ、遠近感、方向感覚全てを狂わすほどだ。
肌寒い程度だった気温も、凍てつくような寒さに変わっている。
ひどい危機感を感じたルークは、とっさに自分の足元を見た。
足の下には宙に浮く、一塊の大地があった。
そのはるか下にはもくもくと白い綿菓子のような物体・・・・・・雲が見える。
「空か!?」
気付くと同時に大地はパラパラと崩れ、ルークは白い雲目掛けて急降下し始めた。
ブレイズの放ったイリュージョンに、ルークは巻き込まれたのだ。
積乱雲に突入すると、体は一気にびしょ濡れになった。
顔に水滴が弾丸のようにあたり、呼吸をするのも一苦労である。
しかしルークはそんなことはあまり気にしなかった。
頭からまっ逆さまに急降下する銀髪の青年が気にしていたのは、雲の下に何があるか、である。
何が起こったかはわからないが、ひとまず自分が生きるために何をすればいいか。
それだけをルークは妙に冷えた頭の中で考えていた。
もし、下に広がるのが大地だったならば、Sクラスの頑強な身体をもってし
ても、打ち所が悪ければ死ぬかもしれない。
たとえ上手くガードしても、この高さからの落下の衝撃ではかなりの
ダメージを受けることは推測できた。
腕を顔の前でクロスしてガードしながら、ルークは下を睨みつけた。
雲がきれる・・・!
「楽勝だ」と唇が動いたが、身を切るような風にかき消され自身の耳には届かない。
白い雲を突き抜けたルークの目に映ったのは、真っ青な海。
スカイダイビングの要領で体を大の字に広げ、空気抵抗を増やして落下速度を
軽減させようとしながら、ルークは360度回転して周囲を観察した。
陸地はどこにも全く見えず、四方六方、ただ海が広がっている。
上を向いて何か指標となりそうな天体を捜したが、これほど明るいにも関わら
ず、空には輝く星は1つも見当たらない。
色々な星を渡り歩いたルークだが、今までそんなへんてこな風景に出会ったことは無かった。
はじめ、空間転移でどこかわけのわからない場所に飛ばされたのかと思ったが、こういう
場所はおそらく現実には存在しない。
「少年の仕業だな・・・!!」
反復学習によるルークの推理が冴えた。
突然水をかけられたり、シェダルから後光が射したり、不思議な動物が
現れ襲ってきたり、笛吹がおさげを生やしたり、ものすごいカストル系美
女(超筋肉質)が現れたかと思うと老婆に変身したり、リーが50匹くらい
現れ大騒ぎしたりなど、スペシャル・スカッドに任命されて以来、突然の意
味不明・理解不能な現象が度々ルークの周りで起こったが、それらは全てブレ
イズ少年の仕業であった。
しかし所詮現実のものではないからといって侮ってはならない。
ブレイズの力の入れようによっては、暗示の強烈さ故に、実際に攻撃を受け
たかのように体が自ら傷を作ってしまうこともあるのだ。
先ほどまでルークが一緒に行動していた時に少年が数度創った炎のイリ
ュージョンは、広範囲の不特定多数向けて放つため、最低限の力で殺そうと計
算されたレベルの暗示力を持っていたので、グリードたちの実際の体には火傷1つできなかった。
しかし毎回そうであるとは限らず、しかも今回のイリュージョンは今まで見た
ことが無いものなので、より一層の警戒が必要だ。
下手すれば精神、肉体共にひどいダメージを受けかねない。
炎の幻であったなら、ルークは抵抗する術も無く身を焼かれて死んでいたかもしれない。
しかし運がよいことに、今回の幻は即死を狙ったものではないらしい。
心を強く持って上手く対処すれば生き延びる術はあるはずだ。
海面が近づいてきた。
ルークはちょっとだけニヒルに笑みを浮かべようとしたが、激しい風圧
のため歯が剥き出しになり、ものすごい笑みとなった。
衝突まで100メートル、50メートル、10メートル・・・!
ギリギリまで水平に保っていた姿勢を衝突の寸前、海面に対して垂直に変える。
一番抵抗が少ないフォームで、ルークは水深が深いことを祈りつつ、真っ青な海
へ頭からロケットのように突っ込んでいった。
激しい水音の直後、うるさかった風の音は消え失せ、うって変わって無音が周囲を支配する。
落下の勢いが失せるのを待ってから、体勢を立て直して上を見上げた。
頭上はるか遠くきらめく海面が見える。
目を眇めて一層人相を悪くしながら、海水による目の痛みをこらえると、
ルークは海面目指して泳ぎ始めた。
ルークは水泳がもちろん得意で、「銀のカジキマグロ」の異名を持
つなどと笛吹に自慢したこともあった。(笛吹はそれほど水泳が得意ではない)
普段であればジェットモーターばりのバタ足を駆使して、ものの数秒で水面にた
どり着けるはずだった。
しかしここはイリュージョンの世界。
いくら水をかいても一向に海面に近づかない。
ふと、視界を赤いものが横切った。
(魚・・・)
こんな状況にも関わらず、ルークの腹がグ〜ッと鳴った。
そういえば当初の予定では、ラージス支部の建物の簡単な捜索後、さっさと
『カルティケーヤ』に戻ってキネッサの作る夕食を食べる予定だったのだ。
どこで予定が狂ったのか・・・考えるルークの周りをいつの間に近づいてきたのか
、赤、黄、青のたくさんの魚が取り巻き始めた。
エウロパの南の海洋に生息するそれぞれガチャ、ノマン、ヴェラリーリョと
いう種類の魚で、味にくせがあるため食用には向かず、派手で美しい色の外
見から観賞用としてポピュラーなのだが、そんなことをルークが知る由も無い。
一向に近づかない海面目指して必死に水をかくルークの周りを、瞬く間に
増えた色鮮やかな魚達がぐるぐると回る。
魚達の動きは徐々に加速し、ルークの眼には赤、黄、青の色と、ぎらぎらと
鈍い光を放つ鉄じみた魚の目ばかりが映るようになった。
目。
四肢からゆっくりと、力が抜けた。
泳ぐのをやめ、ルークはそれらに魅入る。
いつも刻まれている眉根のしわが消え、鋭い眼光がなくなりどんよりと曇る。
早送りの映像のような勢いで回る魚達は、いつしか溶け合い、混ざり合っていった。
渦を巻き、濃くなり、新たな色を生み、変化し・・・・・・それでも無機質な目だけはは
っきりと捉えることが出来た。
ルークはそれらから目を離せない。
ぼんやりとするルークの口が半開きになった。
銀色の気泡が少しずつではあるが漏れ出したそのとき、ルークの頭の中で声がした。
――――――――見るな・・・・・・
しかし恍惚とした表情のルークは、その声に耳を貸そうとせず、銀色の『目』だけを見つめる。
――――――――視線をそらせ・・・・・・
ルークの目がちらりと動いた。
――――――――・・・・・・。
数瞬を置いて、声の主が早くもキレた。
――――――――見るなっつってんのがわかんないのかよこのうすらバカが!!
突然大きく響いた声に、ルークはびくりと肩を震わせて我に返った。
瞬間、魚の目は消え失せ、周囲には極彩色のどろどろとした渦の壁が残される。
ルークは再度海面目指して泳ごうと、全身に力をこめた。
そのとき、足に何か触れた。
下を見て、ルークは表情を強張らせた。
長い金髪をゆらゆらとたなびかせながら、血の気のない、青白い肌をした美し
い女が足にまとわりついていたのである。
現実離れした美貌からは生気は感じられなく、地獄の亡者さながら陰湿
な分子を体中にまとわりつかせている。
海水よりも冷たい手でするするとルークの体を登ると、首にしがみつき
、暗い表情で薄く笑った。
笑う口元から紅い血が溢れた。
女の左腕に槍で穿ったような穴があき、そこからも血が流れる。
続いて左大腿部にも穴が穿たれる。
海水は大量の血で濁り、視界が急激に不明瞭になった。
赤い水の中、女の金色の髪がするすると抜け、黒髪の短髪に変わり、顔の
パーツもそれに合わせていつのまにか更に美しい友人のそれへと変貌していた。
笛吹は透き通るような笑みを浮かべながら、ルークの太い首に白い指を絡ませい
きなり力をこめる。
右腕がルークの意思に反してひとりでに動き、頭上高く振り上げられた。
腕からするりと出される銀色の大鎌。
必死の形相で右腕に言うことをきかせようとするルーク。
しかし右腕は水の抵抗をものともせず、ルークの首を締める笛吹の首にうな
りをあげて大鎌を・・・・・・!
「ルークさ〜ん!!!」
突然耳慣れた声が響いたかと思うと、笛吹も血も海も極彩色の壁もたちどころに消え失せた。
周囲を支配するのは暗闇。
空には満天の星。
足元には粉々になった緑色の物体。
全身に汗をかきながら肩で荒く息をするルークに、白い小さな小動物が駆け寄った。
「やっぱりルークさんだったのね!無事で良かったわ!」
リーは晴れやかに笑うと、ルークの肩にぴょいっと乗った。
そしてひどい血のにおいに驚いたようにルークの全身を眺め回した。
「あら・・・ルークさん血がすごいわ!?無事じゃないのね!?」
「・・・・・・私の血ではない・・・・・・」
「ああ、それなら良かったわ!」
笛吹の血も混じっていることを言えないルークに、リーはさえずるように言った。
「あっちにブレイズがいるの、来て来て!!」
ルークは額の汗をぬぐうと、眉根を寄せて無言で頷いた。
肩の上の小さな温もりが、冷え切った体にとても心地よかった。