第7章 Image
V
依然として笛吹はぐったりとして動かないが、その胸の中で心臓は微弱
ながらも確実に鼓動をうっている。
薄暗い非常灯の中で傷口の簡単な縫合を済ませたキネッサは、医療室の
右隅に設置されている銀色のたまご型の機械・・・・・・・エッグの電源を入れた。
この医療機械は非常時に備えて独自の発電機を内蔵しているので、
船全体が停電しようが関係なく作動することができるようになっているのだ。
血を吸って重くなった笛吹の服を下着まで全部脱がせてから、キネッサは華
奢な外見に似合わない力を発揮して、軽々とその体を抱きかかえ、エッグの
中にセッティングした。
情けなさ全開の笛吹。
このことを本人が知ったら、恥ずかしさのあまり悶絶すること間違いなしである。
ガラス蓋を閉じて、側面にあるスイッチを押すと、ブゥンという低い起動音と
共に、エッグの内部に青い光が灯る。
ゲームセンターでシューティングゲームに勤しむ男子学生並みのスピー
ドで、操作パネルを連打して細かな設定をすると、最後に赤い大きなボタンをぽちっと押した。
透明な液体が見る見るうちにエッグ内部に満たされる。
胎児のようにうずくまる笛吹の黒髪が、水流に翻弄されてゆらゆらとなびいた。
左大腿部の動脈損傷による大量出血が死因だった。
エイリアン・ハーフはその特殊な血故に、他者からの輸血を受けることはできない。
たとえ両親の種族・血液条件がすべて合致しているハーフ同士でも、何故か
上手くいかないのだ。
そういうわけでハーフたちは万が一に備えて、定期的な採血を義務付けられていた。
今、笛吹の体中にはストックされていた笛吹自身の血が、キネッサの輸血によって流れている。
破損した細胞はエッグの液体によって再生・成長を促進させられる。
これで笛吹は何とか助かるだろう。
キネッサは笛吹が羊水に似た液体の中で呼吸を始めたことを確認すると、にっこり微笑んだ。
都合のいいことに、この部隊にはSランクのテレパシストがいる。
ともすれば黄泉路を突き進みかねない不安定な精神を、彼は身体に引き止め
ることができるだろう。
テレパシストに期待できることはそれだけではない。
体に深い傷を負うと同時に、心に傷を負う者はかなり多く、後から悪夢
や強迫観念に悩まされるものも少なくない。
テレパシスト・・・シェダル人はそういう精神的外傷を負った者のケアにも適していた。
気がかりなのは左腕の傷である。
神経を傷つけていたので、左手が動かなくなる可能性があった。
火星に帰って、早急にヒーラー(治癒能力者)の治療を受ける必要がある。
しかし火星まで無事に帰り着くことが出来るだろうか・・・・・・キネッサは微かに目を細めた。
そもそも、危険な場所に出向かなくてはならないエイリアンバスターの一
隊に一人はヒーラーをつけて置きたいところだ。
現在のABの状況をRPGで例えるなら、攻撃力重視の回復専門ユニッ
トがいないパーティで、ボスに挑んでいるようなものである。
この無茶を通さなくてはならなかった原因は、治癒能力を有するメツ
ク人と他の種とのハーフが存在しないために、ヒーラーに対する強制ス
カウトできなかったこと、そしてヒーラーを雇う金を渋ったメディフ社の上層部にあった。
また、永世中立、宇宙平和をうたってやまないメツク人たちが、自らエイリアンバス
ター(名前からして彼ら的にはアウトらしい)に志願することはもちろん無い。
メディフ社は、地球人の医者を船に同乗させることでこの問題を片付けるしかなかった。
ただ、難度の高い任務に借り出されるスペシャル・スカッドに、医者としての知識をもっ
たA級アンドロイドをつけるよう取り計らったのが金髪のさわやかな青年だったことは、隊
員たちが知らないだけで社内では有名な話だったりする。
そしてこのことで、『開発環境部部長とスペシャル・スカッド隊長が実は大親
友☆』説の信憑性が増したことは言うまでもないことだ。
さらにこの噂を部下から仕入れたトリスタン氏本人が、「早く笛吹さんの耳
に入らないかなぁ!」と愉快そうにさわやかに語っていたという話まで流れた
が、こちらが本当かどうかまではわからない。
わからないが、ありそうな話である。
どちらの噂を聞いても憤慨すること間違いなしの笛吹は、皮肉なこ
とに嫌ってやまないトリスタンの取り計らいが功を奏して、現在キネッサに
よって蘇生され、なんとか生き延びることが出来た。
キネッサはエッグの中にうずくまるそんな薄幸極まりない美青年を、瞬きも
せずにしばらく見つめてからくるりと背を向けると、彼女の船『カルティケー
ヤ』の照明系統を直すために医務室を後にした。
非常灯が灯っているはずの廊下は何故か真っ暗だった。
キネッサの目には暗視装置が組み込まれているので、暗いところでも太陽の下
にいるかのように見ることが出来る。
更にズーム機能を駆使して天井部に設置されている非常灯を見ると、何故か
粉々に破壊されていた。
視線を足元に転じると、透明プラスチックの破片に散らばって、黒いものが
転がっている。
手にとって観察してみると、土や岩を凝縮したような物質で出来た、太さ約8セ
ンチ、長さ約30センチほどの槍状の物体だった。
船の付属品リストや、隊員たちの持ち込みリストの中にはこんなものは入っていない。
ブレイズかルークが持ち込んで電灯に投げつけたとしか考えられないが、まずブレイズは
そんなことをしないだろうし、何かの理由でやったとしてもダールアンスティールを渡
した時に、キネッサに報告したに違いない。
可能性として高いのは、パフィオペディルムである。
理由はわからないが、いや、理由がなくても彼ならこういう行動に出るかもしれ
ない、とキネッサはなんとなく考えた。
もう1つの可能性としては、外部からの侵入者の存在があった。
グリードたちへの爆撃終了後、猛スピードで接近してきたパフィオペディルム
の姿をモニターで確認して、キネッサは彼らを乗船させるために『カルティケーヤ
』を着陸させた。
彼らを船に入れたときには何も問題はなかったが、パフィオペディルムがシェダル
を呼びに外に出て行った際、入れ替わりにこっそり入ってきた何者かがいたとすれば・・・・・・。
群青色のおさげ髪を揺らしてハッチへ続く暗い廊下を歩きながら、キネッサは身体の内部
構造を戦闘モードに切り替えた。
ハッチ手前の壁に何故か穴があいていた。
ちょっとやそっとの力では傷つけることが出来ない鉄製の壁に黒々と開
いた大きな穴からは、中の配線まで破壊の力が及んだのか、火花と共に白い煙が
うっすらと立ち昇っている。
この壁を破壊するためには、ショットガン以上の威力のある武器が必要だが
、破損の具合から見て武器を使用したようには見えない。
となると、キネッサのデータにある限りでは、壁に穴をあけることが出来る人物
はただ一人しかいなかった。
「副隊長ね・・・・・・」
犯人は容易に推測することが出来たが、キネッサにはやはり行動の理由を理解
することは出来ない。
さらに理解不能なことに、内部ハッチにはカストル語で「キンパ」という、ダ
イイング・メッセージよろしく血文字が書かれていた。
「金髪、金八、・・・・・・前者よね、おそらく。人格交代の際の引継ぎメモかしら・・・」
キネッサは首をかしげた。
その群青の髪がかかる華奢な肩が突如小刻みに震えだす。
「金八って・・・・・・ふふっふ・・・・・・ふふ・・・ダメダメ、一人笑いするアンドロ
イドなんて廃棄処分になっちゃうんだから!!」
独り言を言うアンドロイドの方がよっぽどおかしいということを何故か知らないキネッサ。
自分を一生懸命叱咤し人工筋肉の痙攣を押さえると、キリッと締まった顔に戻って、破損
の度合いを確かめるべく更に暗い穴の中を覗き込んだ。
その横顔に円環状に並んだ牙がかぶりつこうとした。
即座に穴から飛びのくキネッサ。
獲物に食いつき損ねた牙が、がちりとむなしい金属音を立てる。
腹をかきむしりたくなる程きしんだ叫び声を上げながら、壁の穴から飛び出した
グリードに向けて、キネッサが右手をひるがえした。
手のひらに穴があき、そこから飛び出たのは銀色の棒状の物体。
ブォンと低い音を立てて、淡くオレンジ色に輝くレーザーヴィップが出現する。
キネッサは廊下の船内部へと続く側にいったん立ちはだかると、グリード目掛けて
軽やかに突進した。
身に迫りつつある危機を察知したのか、緑色のヘチマはだらしなく開いた口
から赤い筒状の下を出すと、例の槍状の物体を発射した。
レーザーヴィップの柄でそれを軽く払いのけると、キネッサは無表情にグリー
ドを打ち据えた。
動作自体は打ち据えた、という言葉が適切なのだが、レーザーの威
力を考えると、実際には『鞭でもって切りつけた』という表現が正しかった。
胴体部の一番くびれた部分を鞭で真っ二つにされたグリードは、五右衛門に斬られ
た灯台の如く、上の部分を斜めにスライド落下させた。
血飛沫は上がらなかった。
レーザーにより、傷口が炭化しているためだ。
更にキネッサは返す一閃で、穴の中に潜んでいたグリードたちを壁ごと横に薙いだ。
高出力のレーザーは、いとも簡単に壁を切り裂き、中のグリードにも致命傷を与えた。
しかしパフィオペディルムが壊した穴部分にスタンバっていたグリードは、ギリギリでその難
を逃れ、キネッサに向けて槍を発射した。
槍はキネッサの振り上げた細い腕に深々と突き刺さった。
ガシャリと音を立てて床に落ちた右肘先に構わず、美人船長は二の腕に仕込んで
あったショットガンを穴から飛び出そうとしたグリード向けて放った。
ボヒュッというこごもった音と共に、グリードの腹部が吹き飛び、続けて放たれ
た2発目によって頭が消し飛ぶ。
子供達に中途半端にかじられたへちまのような物体は、赤く濁った大量の血液
を撒き散らしながら倒れた。
熱移動解析装置をオンにして、キネッサは壁の中を透視したが、ヘチマ
型の物体は見受けられない。
潜んでいたグリードは全て倒したようである。
キネッサの推測どおり、彼らはひどく慌てていたルークが外に出るのと
入れ替わりに内部に潜入したのだった。
非常灯の薄暗い明かりの下、ゆっくりではあるが動くことの出来たグリードた
ちは、非常灯を槍でもって破壊し、パフィオペディルムの作った穴のふちから牙
を立て、壁を食そうと試みていたのである。
「美人アンドロイドだからって、バカにすると痛い目に遭うのよ」
キネッサはやんわり微笑み・・・・・・そして突然爆笑した。
「あっははははは!!なに今の!私ってばきめ台詞のつもり!?アッハッハハハ
ッハハ、ハヒーー!!」
足元に転がる自分の右手を拾いながら笑い続けるキネッサ。
かなりシュールな光景だ。
「ふふふ・・・さて、配線の修理をしなくっちゃ・・・!」
軽やかに笑いながら、笑い上戸の船長は船の照明系統の修理をすべく、工具キッ
トをとりに操縦室へ向かった。
暗い廊下を歩き、突き当りを左に曲がり・・・・・・そこに1匹のグリードがいた。
キネッサが船の中に持ち込んだ一体が麻酔から目覚め、ケースを食い破
って出てきた、というのが真相だったりする。
キネッサは渾身の力をこめて、間近に迫るぶよぶよした緑色のどてっ腹に蹴りを叩き込んだ。
ギシィーーという耳に悪い鳴き声が、船内の静けさを引き裂く。
邪魔な右手を後ろへ放り投げながらキネッサがショットガンを放ったの
と、グリードがよろめきつつ槍を発射したのは同時だった。
頭部をはじけ飛ばせるグリード。
槍はキネッサのこめかみをかすめただけに済んだ。
槍はそのままキネッサの後方に飛んでいき、ちょうどゆるやかな放物線を
描いて落下しつつあったキネッサの右肘先に接触した。
運の悪いことに、右手にはまだレーザーソードヴィップが握られていた。
レーザーヴィップは不規則な動きでしなりながら、キネッサのがら空きの首元にヒットした。
首を失い立ち尽くす胴体の足元に重い音を立てて頭部とおさげ髪が落ち
、そして孤を描くように転がった。
「・・・不測の事態発生だわ・・・・・・」
頭だけのキネッサは低く呟くと、すぐ近くに落ちた自分のおさげ髪を見て顔をしかめた。
「お気に入りだったのに・・・・・・」