第7章 Image


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 おでこと右頬に何か温かいものが触れた。
 異様に冷たい額に触れたものはガサガサと温かく、頬に触れたものはふわふわ気持ちが良い。
 「ブレイズ」
 「ブレイズ〜〜〜ッ」
 少年は名前を呼ばれて、気だるげに目を開いた。
 もたれかかった岩の大きくごつごつした部分が、ちょうど右肩甲骨にあたり 、痛くて少し不快に感じる。
 ブレイズはほっと一息吐くと、どんぐり眼を数回しばたいて闇に目を凝らし たが、真っ暗で何も見ることができなかった。
 「生きてるか」
 頭の上から声がしたのでそちらに目を向けると、星明りの下、銀髪の青年がこち らを見下ろしていた。
 大柄なルークが小柄なブレイズの前にヤンキー座わりして視界をさえぎっていた ので、闇が深いとカン違いしたのだ。
 「ブレイズ・・・?」
 肩の上で心配そうにリーが囁いた。
 「大丈夫なの?」
 「・・・こんな辺境の星で散るには、僕は若すぎるし賢すぎるし美少年過ぎるし でもったいないことこの上ないよ」
 「そのとおり、ブレイズ!すぎると思うわ!!」
 ブレイズは口の端を上げて笑うと、右肩に乗っているリーに頬擦りした。
 このとき、ブレイズの鼻を鉄の臭いがかすめた。
 「・・・リー、怪我したの!?」
 「ううん、わたしはひとつも怪我していないの!」
 「私だ!」
 ルークが元気よく手を挙げて自己主張した。
 「背中に傷がある!」
 「えっ!?大丈夫なの!?そういや・・・うげっ、血臭いよ白髪〜っ!!」
 「銀髪だ。そして痛いけど痛くない。私に任せておくがいい」
 よくわからないけど、頭はともかく傷は大丈夫のようである。
 「君こそ怪我はないのか?」
 「ちょっと貧血起こしただけだい!それよりシェダルさんが・・・・・」
 ブレイズは隣で視聴覚伝達器と共に地面に転がっている金髪の青年を見やった。
 「岩に頭ぶつけて気を失っちゃって・・・・・・それで僕もついカッときちゃってイリュ ージョンに必要以上の力入れちゃったんだ・・・・・・」
 「そのようだな」
 ルークは周囲に無数に転がっているグリードの死体に視線を走らせた。
 どれも無残にひしゃげている。

 実はブレイズの放った先ほどのイリュージョンのフィールドは、半径約110 メートルにまで達していた。
 その範囲内に存在した生き物全てに、生身の肉体を騙すほど強烈な暗示をかけてダ メージを与えた少年の能力は、Sクラスに恥ないものであることは間違いない。
 しかし笛吹が先ほど超重力場を創る際、力加減を間違えて疲労してしまったのと同 じように、ブレイズも必要以上のエネルギーを放出してしまったので、貧血を起こす 程度の疲労を感じていた。

 「わたしね、もうたくさん死んでいるって教えてあげたの!でもね、夢中になっ ちゃってイリュージョン創りつづけるんだもん!わたしね、わたし・・・すっごく怖かったの!」
 「ゴメンね、リー・・・・・・ちょっとどこまでやれるか挑戦していたんだ」
 「挑戦?」
 ルークが訊き返した。
 「あれのなにが挑戦なのか?」
 「ああ、白髪は僕のイリュージョンに捕まったんだね・・・・・・何が見えた?」
 「空から海に落下したあと、なにやら色々な事があった」
 「よく海に叩きつけられて死ななかったね」
 「あれ如きで死んでは、ルーク・カースレインの名が泣く!」
 「キャーー!ルークさんカッコいい!!」
 ふんぞり返るルークに、リーが可愛らしくエールを送った。
 それを聞いて、ブレイズは唇を尖らせて「ふんっ、白髪のくせに・・・」 と不服そうに呟いたが、幸運なことに誰の耳にも入らなかった。
 「・・・・・・じゃぁ海の中では?」
 「そう、それだ。君に訊きたいことがある」
 ルークはブレイズににじり寄った。

 「君は何故、私の三番目の義母上のことを知っていたのだ?」

 「え?僕そんな人知らないよ?」
 首をかしげるブレイズの胸倉をルークはぐいっとつかんだ。
 「しかし海の中で三番目の義母上の死体が私に絡まってきた」
 「ちょっ、ちょっと苦しいよ白髪!」
 一日に少なくとも5回、会う度話す度口げんかじみたことをしてきた 二人だが、ブレイズがどれだけひどいことを言っても、いたずらでイリュー ジョンをかましても、ルークは少年を殴りもしなかったし、胸倉をつかみ さえしたことが無かった。
 もちろん、左頬を打たれたら右頬を差し出す聖人君子ではない。
 パフィオぺディルムや他のカストル系ハーフに比べると格段に理性が発達 しているものの、平均的地球人から見ればすぐに殴り合いのけんかをする危険人物である。
 しかし殴る蹴るの暴行を加えるのは同じカストル系ハーフに対してのみであって、自分 よりも身体能力がはるかに劣るもの・・・・・・リーやブレイズはもちろん、笛吹やシェダルに は手を振り上げたことすらない。
 しかし今、彼にしかわからない理由から平常心を失っているため、自分なり の規律を少し破ろうとしていた。

 「何故知っている?どこで会った?」
 ルークにつかみあげられ、少年の足が地面から離れる。
 「何を隠している」
 「しっ、知らないっ・・・苦しいって・・・っ、放してよ・・・」
 「言うんだ」
 襟元を強くつかまれ、服が首と胸元を圧迫し、ブレイズの顔が息苦しさに赤くなる。
 少年は目の前の男を必死の形相で睨みつけた。
 至近距離から睨んでくる銀色の髪の青年の双眸。

 苛烈な閃光を灯す瞳に、ブレイズは突然、既視感を覚えた。

 (まずい・・・・・・!!)

 心の奥底深くにしまいこんであった感情の蓋が外れ、触発された眠 る脳が活性化し、少年の意識による統制下から抜け出そうと暴れ始めた。
 溢れ出すブレイズの能力によって、二人の周囲が陽炎のようにゆらめき、不鮮明になる。
 少年は必死に押さえ込もうとしたが、頭部から流出する膨大な力は、感情に後押しさ れて留まるところを知らない。
 このとき、緊迫感に固まっていたリーが溶け出した周囲の様子に気付き、慌ててブレイ ズとルークの間に飛んで入った。
 「ルークさんやめて!!石になりたいの!?」

 リーの悲痛かつ脅しを含んだ叫びにルークはようやく我に返った。
ばつが悪くて、なんとなく頬を膨らませるとブレイズから手を離した。

 地面に着地したブレイズはそのままへたり込むと、リーの小さな身体を胸に抱 きしめながら、頭に飼っている幻という名の化け物を必死になだめた。
 「大丈夫、ブレイズ?ねぇ、大丈夫?」
 「リー、大丈夫だよ・・・・・・大丈夫だから・・・・・・」
 殆ど自分に言い聞かせるようにつぶやく少年の姿を見て、何が起こったかわかっ ていないルークは、弱いものいじめをしてしまった後に感じるような罪悪感を感じた。
 「・・・・・・すまなかった・・・・・でも君が黙っているのがいけない」
 「言いたくても締め付けられて声が出せなかったんじゃないか!!」
 幻の暴走を何とか静めることに成功すると、ブレイズは大きく深呼吸してから、 膨れっ面のルークをどんぐり眼で思いっきり睨みつけた。

 「・・・・・・あのねっ、あのイリュージョンはっ、その人の一番の恐怖が出てくるよ うになっていたんだっ!」
 「・・・・・・恐怖?」と、ルークは口の中で呟いた。
 「そう、つまり白髪はその三番目のお母さんだかなんだかが一番怖いってこ となんでしょ!・・・・・・だから僕はそんな人知らないよ。白髪の心から呼び起こ したものなんだから」
 「・・・・・・」
 ルークはそれを聞くと急に黙り込んでしまった。
 この男ほど、表情と頭の中が一致していない者はいない、ということを少年 は知っているが、それでも珍しく考え事をしているように見えた。(ブレイズはトリスタンと話したことがないのだ)

 ブレイズはなんとなくルークから目をそらすと、気を失ったままのシェ ダルの方へ座ったままずり寄った。
 ゴムが解けかかって中途半端に地面に広がった金髪に埋もれるように青年は仰向けに横たわ っている。
 額を伝う赤い血は、岩に頭をぶつけた時にできた傷からだろう。
 「シェダルさん起きてよ〜!大人が白髪だけなんて緊急事態だよ〜!!」
 かなり真剣に、ブレイズは呼びかけた。
 リーもブレイズの肩から飛び降りて、シェダルの鼻を尻尾でくすぐって援護した。
 「ねぇねぇシェダルさん、がんばって起きて〜〜!」
 が、二人の子供の頑張りもむなしく、シェダルは切れ長の目を閉じたままでぴくり とも動かない。
 シェダルの胸元をバシバシ叩きながら、ブレイズはなんとかまともな年長者を呼び 起こそうとし・・・・・・まともな年長者?とふと気付いた。
 「あれ?笛吹さんは?」
 ブレイズはルークを振り返った。
 「笛吹さんはどうしたの?」
 少年の声に、うつむいていたルークがギョッとしたように身体を揺らした。
 「シノブは・・・・・・」
 銀髪の青年のこわばった顔を見て、ブレイズが嫌な予感にとらわれる。
 「・・・・・・なに、そのリアクションは!」
 「・・・・・・」
 「ねぇ、ちょっと!やめてよ、黙らないでよ!」
 「・・・・・・先ほど・・・」
 「先ほど?」
 「その・・・・・・」
 「何さ!?」
 ルークはキリッと顔を上げた。
 「・・・・・・捜してくる!!」
 「ちょっと待ったぁ!!」
 逃げ出そうとしたルークの腕に飛び掛るようにしてしがみつくと、ブレイズは迫力 のある大きな目で睨みつけた。
 「何があったの!?」
 「色々あった!かもしれない!!」
 充血した目でルークはブレイズを睨み返した。
 「私は無実だ!と思う!!ミンチの責任はもう1人にある!!わかるか!?」
 「よくわかんないよーー!!ちゃんと説明してよー!!」
 「何故一度で理解しない!?」
 無茶を言いながらルークが腕を振り回してブレイズを振りほどこうとしたが、少 年も必死にルークにしがみついてスッポンの如く離れまいとする。
 「できないってば!ちゃんと説明してよ!!」
 「そうよ!男らしくないわ、ルークさん!わたしたちお友達なのに隠 し事はいけないと思うの!」
 リーの「男らしくない」と「お友達」という言葉が、カストル人としての誇りが 微妙に高いルークの心にスコンッと突き刺さった。

 混乱状態からなんとか脱却したルークは、心を落ち着けるように自分の胸をとんとんと叩いた。
 「・・・・・・つまり。私はシノブを殺していない」
 ブレイズがぽかんと口を開けた。
 口に負けないくらい大きく見開いた目には、じわりと透明な液体が浮かぶ。
 「・・・・・・あ、あのさ・・・・・・・つまり・・・その、笛吹さん・・・・・・死んじゃったの・・・?」
 シェダルの腹の上でリーが小さく息を呑む音が聞こえた。
 ルークは眉根のしわを普段の1.4倍ほど濃くして、はっきり答えた。
 「それを私も知りたい」
 「・・・・・・」
 ブレイズはこめかみを押さえた。
 「・・・・・・・・・・・・つまり笛吹さんの死体を白髪が確認したわけじゃないんだね?」
 「だから捜している。そして白髪ではない」
 「じゃぁさ、なんで死んだかもしれないの?」
 「もう1人なら、おそらく殺す」
 「??」
 要領を得ない答えにブレイズは大きく溜息を吐くと、一生懸命ルークを誘導 して最初から語らせ、なんとか今までの推移を掴むよう奮闘した。
 それは血の滲むような努力であった。
 普段のブレイズなら笛吹に任せて横からツッコミを入れるなど、茶化す立場 にいるのだが、今回はその笛吹の生死がかかっているので、真剣にならずに入られ なかったのである。
 シェダルさんがいれば心を読んで一発で理解できたのに・・・!とブレイズは 心の底から運命やら神やら緑のヘチマやらルークやらを恨んだ。


 「・・・・・・ひとまず船に戻ろうよ。笛吹さんは船にいるかもしれないし、シェダ ルさんをキネッサさんに診てもらわなくちゃ」
 一通り訊き終わると、ブレイズは立ち上がって言った。
 少し身体がよろめいたが、ルークとの会話による疲労のせいだと言っても過言ではなかった。
 「ほら、さっさとシェダルさんを担いで僕を背負って!!」
 「・・・・・・シノブは船にいるのか?」
 ブレイズに背を向けて身を屈めたルークが、気弱に低い声を出した。
 物分りの悪い大人に一発かまそうかと口を開きかけた少年は、薄暗がりの 中、広い背中に縦に走る大きな傷を見て、言葉を小さな溜息へと変換させた。
 「あー・・・・・・あのね、地上に転がっていたらもう死体は食べられて残って いないでしょ。・・・・・・そうじゃなかったら船の中しかないよ。生死までは判断できないけど」

 「・・・・・・もしもだ、・・・もしも、私が殺していたら・・・・・・」
 ブレイズからはルークの顔は見えない。
 見える背中は少年の倍以上大きいにも関わらず、酷く小さいように感じられた。

 「大丈夫、きっと元気!船の中できっと紅茶を飲んでるわ!!」
 重い空気を感じたのか感じていないのかはともかく、リーの明るい声が沈黙を破った。
 「笛吹さんは強いのよ!だってすごいオカマなんだもの!」
 ブレイズの先ほどの必死の答弁むなしく、完全に思い込んでいる小動物。
 微動だにしなかったルークの背中が、気のせいか、少し震えた。

 「そうだな・・・・・・」
 「そうだよね・・・!」
 「そうよ!」
 肩の上にぴょいっと飛び乗った小動物に頬擦りすると、ブレイズはルークの 太い首に腕を回してしがみついた。
 凄まじい血臭が鼻をついたが、少年の嗅覚ではどれが自分と同じ61αと地球 のハーフの匂いかかぎ分けることが出来ない。
 ルークの鼻は笛吹の血の臭いをかぎ分け、ずっと感じているはずだ。
 「大丈夫だって!」
 ブレイズはまわす腕に力をこめた。
 「なんったってSSクラスだよ!?」

 少し裏返ってしまった自分の声の明るさが、とても不自然に感じられた。
 


 先ほど聞き出した話から推測するに、ルークのもう1つの人格は、シェダルのことに 関する伝言を残そうとしたのだろう。
 ルークは残忍・残酷・冷酷、そして狂った性格であると強調していたが、 伝言を残そうとする辺りに少しはまともな理性を感じる。
 おそらく笛吹さんを殺してはいないんじゃないかな、と希望交じりにブレイズは考えた。
 この推測の誤差は0パーセントで、実に拍手喝采ものなのだが、真実を知るものは 残念ながらこの場にはいない。

 「『カルティケーヤ』に戻ればわかるはず・・・・・・」
 半乾きの血で肌触り最悪なルークのジャケットの後ろ襟に顔をうずめると、 ブレイズは小さな声で呟いた。
 気絶する前のシェダルの必死の形相がまぶたにこびりついて、少年の胸に 黒いもやを立ち込めさせる。

 笛吹の身に何か起こったことだけは、間違いなかった。






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