第7章 DAYDREAM BELIEVER
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二人はなだらかな丘陵の頂上付近に立っていた。
大地には少しの起伏があるだけで、山や建物などの大きな遮蔽物は存在せず、
また空気がとても澄んでいるので、水色と黄金色の境界線まではっきりと見通すことが出来る。
ちょうど真正面の方向には、柔らかな光を放つ天体が、雲にさえぎられること
無く水色の空にぽっかりと浮かんでいる。
小学校の時、アルバムの棚にあった薄汚れたスケッチブックに、白味
部分を青色のクレヨンで塗ったくった目玉焼きの絵が描かれてあるのを
見つけて、台所にいる母親に大笑いしながら見せに行ったことを笛吹はなんとなく思い出した。
地球人だった母親が笑いながら、「4歳の時にしのぶちゃんが描いたの
よ」と言ったのに対し、笛吹はなんだか恥ずかしくて自分が描いたのではな
く、当時いじめっ子として名を馳せていた2組のリック君が描いたのだと反論した。
仕事から帰ってきた61α人の父は、美しく整った無表情でじっと絵
を見つめると、「案外美味しいかもしれないな」と抑揚の無い声で言い
、愛する息子の頭を不器用に撫でたものだった。
61α人らしく、ほっそりとしたマネキンのような手だったが、幼い
笛吹にとってはとても大きく頼もしく、そして温かかった。
当たり前のように受けていた温もりは、二人亡き今でも思い出すこと
によって、苦いような切なさとともに心に甦らすことが出来る。
胸に広がるもどかしい感情に笛吹は目を細めると、地上を照らす天体から視線を外した。
暖かな春めいた黄色の日差しを浴びて、地表を隈なく覆うグラウ
が視界いっぱいにさんざんと輝きを放っている。
そう、グラウ。
アンバーに向かう途中、『カルティケーヤ』の中でキネッサから
配布された資料に載っていた写真そのままの光景が、笛吹たちの前に広がっていた。
資料どおりの風景なのだから、アンバーであることに疑いの余
地は無いのだが、それでもスペシャル・スカッドが数時間前に降り立った大地が
実際は荒れ果てた荒野だったために、いつの間にやら大量に咲いたグラウに笛吹
は違和感を感じずにはいられなかった・・・というよりも、明らかにおかしい。
さらには。
「なぁ、あれがうわさの巨人?」
シェダルが顎で指し示した方向には、谷底で笛吹が見たものと同じ
、べっこう飴で造られたような巨人がのそりのそりと歩き回っている。
しかも一体だけではなく、かなりの数だ。
「さっきまでこんなんじゃなかったよな〜・・・ってことは・・・・・・?」
首をひねるシェダルの傍らで、笛吹は地面に片膝をつき、グラウをじっと観察した。
笛吹の知識によれば、グラウは種の状態からここまで成長するのに、少なくとも6ヶ月
はかかるはずであった。
「さっきのムタとカッチ、エウロパピクシーサボテンの共棲と同じくら
いの謎だぞこれは・・・・・・!」
宇宙の神秘を垣間見たとばかりに学者魂を燃やす笛吹に、シェダルは呆
れたような眼差しを突き立てると軽くキックを繰り出した。
「って!何するんだよ」
「落ち着け笛吹。さっきのはありゃ、現実の世界じゃなかったんだぜ」
「は・・・?」
笛吹が瞬きした。
「じゃぁどこだったんだ?」
「ん〜、オレもよくわからんのだけれど、多分精神世界だったと思うのな」
顎をさすりながらのほほんと言うシェダルに、今度は笛吹が呆れたような眼差しを向けた。
「・・・マンガの見すぎじゃないの?」
「真面目な話だよ笛吹くん」
にっこり笑いながらもシェダルの足は笛吹の肘をぐりぐりといじめている。
「お前さ、自分が死にかけたの覚えているんだろう?」
「え、ああ・・・でもあれは夢だったのかも」
笛吹は立ち上がってシェダルの攻撃から逃げると、自分の左腕を軽くさすった。
「不気味な奴らに攻撃されて、ここにかなり酷い怪我をしたんだけど、まったく
そんな傷跡残ってないし。太腿の傷も酷かったんだよホント、骨が見えてたんだ」
「じゃぁお前はいつから夢を見て、いつ、目を覚ましたんだ?」
シェダルの問いに笛吹は視線を足元にやって少し考えるような素振りを見せた。
「・・・・・・・・・・・・この星にやってきて、ブラックホール造って、死にかけながらも
ルークに助けられて・・・・・・あのリアリティを夢だと考えるのは難しいし、どこか
ら夢かという問いにもわからない、としか答えようがない」
笛吹は考えながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「ルークに、あ、詳しくはルークじゃないんだけど、奴の背中におぶさったあ
たりから俺の記憶は怪しい。気がついたらさっきの森の中に立っていたんだ」
シェダルの目を、笛吹は見つめ返した。
「そしてあの森の生態系はしっちゃかめっちゃかに狂っていた。あんなのあり
えない。確かにあれを現実じゃなかったと考えるほうが納得がいく」
真面目に言う笛吹の根拠が実に笛吹らしくて、シェダルはふっと笑みをこぼした。
「うん、あの森の世界は笛吹の心から抽出したもので造られた、死後の世界
のイメージだったんだろうな」
「へ・・・死後?」
「多分な。ああ、お前は本当に死にかけていたんだってば。オレが連れ戻して
やったの、感謝しろよな。あのまま奥に向かっていたら、も〜マジで死んでたね」
シェダルの言葉に、谷底で感じた絶望を笛吹は思い出した。
服を重く濡らしていた血を見て、自分の身体の中にはこんなにも血があった
のかと驚き、そして失われた量を考えて死を身近に感じたのだ。
あの時、痛みは麻痺して急速な眠気が笛吹にまとわりついていた。
あまりにも疲弊しきっていたので、死に抗おうという意思すら起きず、ただ
受け入れようとしていた。
苦痛のない「死」の誘惑は非常に甘美で、友人達のことを心配しつつ、このま
ま死んだら楽になれると思ってしまった甘えがあったことを笛吹は否定できない。
そんなろくでもない自分のために・・・・・・!
「感謝する。シェダル本当にありがとう。さっきはバカって言ってすまなかった・・・!」
「え、あ、おう・・・」
突然目に涙をためて手をがしっと握ってきた友人に、シェダルは少し動揺し
つつも握り返して応えてやった。
「あ〜でもな、今の状況を見る限りうまく連れ戻してやったか、という点につ
いてはか〜なり疑問が残っているわけだから、まぁ、そんなに感謝されてもな・・・」
「ということは、ここはまだ精神世界なのか?」
「『精神世界』という表現はちょっと正しくなかったな・・・・・・『肉体ではたど
り着けない領域』という表現が一番近いかもしれないな〜・・・。といっても精神
の状態のレベルが低い領域だけどな。だからこうして体のイメージを保っていら
れるし、お互い手を握ったり、蹴ったりぐりぐりしたりできる。高いとさ、ホン
ト思念だけの存在になってさ、何がなんだかわからなくなって溶けあっちまう。
本家シェダル人はよくそこで遊ぶらしいよ。オレにもできるけどやったら戻りた
くなるだろうからなぁ・・・」
「はぁ」
抽象的過ぎて何がなんだかわからないが、一応曖昧に頷いてみせる笛吹。
不安げな親友の表情を読み取って、シェダルはコホンと一つ咳払いをした。
「ひとまず、今お前が見ているオレや、オレが見ているお前の姿は生身じゃない
って事だけは確かだ。だからお前の身体には傷がないし、いつもお前が着ている
服をまとった姿をとっている。オレは今までの一連の展開の連続性を知っている
から、現実世界で着ていた隊服を着ているわけだ」
言われて笛吹が慌てて自分の身体を見ると、確かに黒のブラウスに黒
のジーパンという笛吹定番の服を身に付けていた。
「ン・・・、なんとなくわかった」
「そして何より!」
シェダルがにやりと笑った。
「オレの愛すべきポンコツがない!無いのにお前と会話がスムーズに成立している!」
「あ!ホントだ!」
笛吹がおもわず感嘆の声をあげる。
確かにいつもシェダルの周りをふわふわ飛び回っているポンコツの姿が見えない。
「これすなわち、重苦しい肉体という枷から解き放たれた状態にあるという
証拠なのだよ笛吹くん」
芝居がかったシェダルの口調に苦笑すると、笛吹は「で?」と続けた。
「ここも俺たちの心から抽出されたものから創られたイメージの世界なのか?」
「そう、そこがいまいちわからないんだよな〜」
肩にかかった金髪を払いのけると、シェダルは眉をしかめる。
グラウの燦然と輝く濃い黄金色と違って、シェダルの髪は透き通るように
柔らかな色をしているので、髪が周囲の色に混じってしまうようなことは
無かったが、細身の身体はとても頼りなくて、何かの拍子にグラウの海に
溶け込んでしまうのではないかと、的外れで変な心配を笛吹はした。
「こんなのオレも初めてでさ・・・確かにオレたちの中には資料で見た在りし
日のアンバーのイメージがあるけど、そこから抽出したにしては出来すぎ
ている気がしないでもない・・・・・・」
「ここから出る方法とか思いつく?」
独りごちるシェダルに笛吹は心配げに質問したが、「全然」というきっぱ
りとした返事が返ってきて真っ青になった。
「さっきみたいに茂みに飛び込んだらなんとかなるんじゃないのか?」
「どこに茂みがあるんだどこに。ていうかあの時はたまたまオレが開けた
穴が茂みと重なっただけで、特に茂みに意味は無いんだ。それにあの時は
オレが主導権を握っていたから出来たんだ」
「今は?」
「今はねぇ」と言うと、シェダルは腕を組んだ。
「オレの意志でここに来たんじゃなくて、さっきお前も感じただろ?何か
大きな渦に巻き込まれて・・・・・・巻き込まれる形でここに存在するのだから
、オレには現在主導権はないし、この領域から自由に出ることも出来ない
わけ。つまり、なす術なしってわけさ」
「落ちる落ちるストップストップストーーーーップ白髪!!」
「私は白髪ではない。だからノン・ストップで行く」
「んじゃ若白髪!」
「若白髪でもない!若銀髪だ!!」
「そんな言葉ないよ!!いいから止まっ・・・うわっ!リーーーーー!!」
「キャーー!!ブレイズーーーーー!!!」
高速で移動していたルークが、ブレイズのイリュージョンにやられたグリード
の死体を避けるべく15メートルの大ジャンプをし、着地したそのとき、ブレ
イズの懐に入っていたリーが着地の際の衝撃で投げ出されてしまった。
少年と小動物の愛の絶叫により状況を察知したルークは、土ぼこりをあげ
て踏みとどまり、Uターンすると慌ててリーを拾いに戻る。
「あ〜〜ん!怖かった、怖かったの〜〜!!」
「す、すまない」
ピョンピョン飛び跳ねながらものすごい勢いで腹目掛けてタックルしてき
た白い物体に、ルークは真面目に頭を下げて謝った。
その後頭部を、首にしがみついたブレイズがバシッと叩く。
「ひどいよ白髪!!なんてことするのさ!!」
「いや、私はただ急いでいただけであって酷いことは何一つしていない、ほら」
ルークはリーを手の平に乗せると、自分の肩のところに持っていってやった。
「殺小動物未遂だよ!!笛吹さんに言いつけてやるんだから!!」
ルークの手からリーをひったくるように奪うと、空いた左腕でルークの首を締めた。
「やるんだから!」とリーも面白がって、ルークの耳をしっぽでこちょこちょくすぐった。
「こんなに可愛いリーを死なせかけたって知ったら、笛吹さん激怒して白髪な
んか蟻んこのようにつぶすに決まってる!!」
「決まってるわ!」
「そ、それはやめてくれ!」
非力な少年の力では首は一向に絞まらなかったが、言葉によってダメー
ジを受けたようである。
リーの耳への攻撃を微妙に避けながら、銀髪の青年は情けない表情をした。
「わかった、もう少しスピードを落とせばいいのだな」
「あんなスピードに耐えられるのは筋肉バカのカストル系だけだってこと
を覚えておいて!それにシェダルさんは頭に怪我しているから、あまり衝撃
を与えたら危ないんだからね!!シェダルさんに何かあったら、笛吹さん絶
対白髪を砂粒くらいの大きさにまで潰しちゃうに決まってる!!」
「決まってるわ!!それはとても怖い、怖いことなの〜!!」
「りょ・・・了解・・・、確かに怖い」
カストル星ではその戦闘力ゆえに恐怖の象徴だった男も、少年と小動物の
マシンガントークにかかっては白旗を揚げて撤退せざるをえなかった。
依然気を失ったままのシェダルを慎重に抱えなおすと、ルークは今度は先
程のスピードの0.4倍くらいで走り始めた。
それでも100メートルを8秒で走るペースだったので、振り落とされたが最
後、受身の取り方を身に付けていない少年は大ダメージを被ること間違い無しである。
戦闘以外のことで余計な怪我を増やしたくない一心で、ブレイズは濃厚な血の
臭いを漂わせているルークの首に腕を回してしがみついていた。
なにせルークの手はシェダルで塞がっているので、ブレイズの足に絡めて補
助してやることは出来ないのだ。
さっきまでは安全ベルトを装着しないでジェットコースターに乗っている気分だった。
今は座席の無いバイクに二人乗りしている気分を少年は味わっている。
しかしこのギリギリのスリル感は、ともすれば最悪の考えに走ろうとする思
考を吹き飛ばすのに一役買ってくれていた。
ルークの背中側にいるので風は直接当たらないが、首に回した手が切るような
冷たさに晒されている。
ごうごうという風の音が次々と耳を通過していき、それが一層寒さを煽った。
ただ、リーの納まっている懐部分だけがとても温かい。
生きているグリードに遭遇したのか時々不規則な動きをとる時以外、ルークの
一定の走るリズムは崩れることなく、腕を通してブレイズの体に響いてくる。
自分は生きている、とブレイズはふと実感した。
それは奇妙な実感で、何故か罪悪感と羞恥心を少年の胸の中に煽った。
「もうすぐ『カルティケーヤ』に着く」
背中に背負った少年がぐるぐると考えていることなど露知らず、ルークは飛
行機のアナウンスのように淡々と言った。
「船周辺にヘチマ君たちがいる。君の能力で何とかならないか」
「白髪がやってよ」と言いかけて、ルークの手が塞がっていることを思い出し
、ブレイズはなんとなく恥ずかしくて頬を膨らませながら「仕方ないなぁ」と言った。
ルークに止まるように指示すると、少年はルークの肩から顔を出して前方を確認した。
船まで約50メートルほどの距離に二人と一匹はいる。
そしてその50メートルほどの間にグリードらしき影が数10体、闇の中でう
ぞうぞと蠢いているのが見えた。
「ちなみに走りながら飛び越えていったヘチマ君たちも、後ろからこちら目掛けて接近中だ」
ルークがブレイズを振り向いて、心持ち疲労の影を落とす顔ににやりと笑みを浮かべた。
「できるか?」
「できるよ!」
ブレイズはルークの顔を見ないように、接近する黒い影を睨みつけ
ると、頭の中で炎を作り出した。
そしてそれを周囲に向けて放つ・・・!
炎の幻影が消え去るとルークは再び走り出し、新たに出来上がった
屍を飛び越え、ようやく『カルティケーヤ』にたどり着くことが出来た。
忍が変わり果てた姿でいたらどうしようか。
忍がこの船にいなかったら更にどうしようか。
そればかり考えてきたルークは、ハッチに伸ばそうとした手を引っ込
めようとしたのだが、数秒躊躇った後、意を決して掌紋センサーに掌を置いた。
重々しい電動音が響いた。
開閉アナウンスをBGMに船内に入った銀髪の青年は、予想外の「もの」を
発見して、思わず足を止める。
「ちょっと待ってよ、なんで船の中にこいつらがいるのさ!?」
足元に転がるグリードの死体に、機内に降り立ったブレイズは素っ頓狂な声をあげる。
「暗いし壁に穴があいてるし!どうなってんの一体!?白髪がやったの!?」
親友の声にリーは懐からもぞもぞと出てくると、「ありゃりゃ〜」と呟い
てやはり目を大きく見開いた。
「ルークさん、壊しすぎ〜!」
何故か嬉しげにさえずると、リーはルークの肩の上にぴょいっと乗り、ま
たも耳を尻尾でくすぐった。
「あっ、駄目だそこは!」と色っぽい声を放つと、ルークは耳をくすぐり続
ける小動物をひっつかんでブレイズにパスした。
「・・・・・・し、白髪・・・」
ポスト・アヴィゲイル教官も夢ではないという勢いで冷たい視線を送るブレ
イズに、ルークはひとつ咳払いをした。
「何だそのひいた目は。・・・あ〜、それよりも、腕だ」
「腕?」
「腕だ。あれを見るがいい」
ルークが指差した先・・・T字型通路の突き当たり部分にブレイズが目をやる
と、薄暗がりの中、確かに腕上のものが転がっている。
ギョッとしたブレイズとリーの頭の上から、「キネッサのものだな」という
低い声が振ってくる。
「腕以外の部分の状況も気になるところだ。食べかけなどが残っていたり、
挙句の果てにシノブのミンチな死体なんかが近くに転がっていたりした日にはもう・・・・・・」
「え、縁起でもないこと言わないでよ!!」
眉根に力をこめながら暗く語る銀髪の青年の背中を、ブレイズは手加減無しにひっぱたいた。
「ほら!さっさと船の中確認しに行ってよ!!」
「くぅっ・・・私に虐待行為を行ったと必ずシノブに報告するからな・・・必ずだ!」
「ふんだ!隊長は僕の味方だもん!」
「いや、私の味方だ!!」
「白髪の味方なんて、笛吹さん一度もしたこと無いよ!シェダルさんも僕の
味方なんだからねー!リーも絶対僕につく!はい!多数決で白髪の負け!!
一人ぼっちであ〜可哀相、同情してあげるよ、社交辞令でね!!!」
「なんてひどいことを・・・!そんな理不尽な・・・」
ルークが反論しようとした時、コツコツという足音が通路の突き当たり・・・腕
の転がっているところを曲がった奥のほうから聴こえた。
「シノブ!?シノブか!!」
鋭い目を輝かせると、ルークは腕の転がっているほうへとダッシュする。
「シノブ!君は私のみか・・・・・・・・・・・・うっ!?」
イリュージョンで犬の尻尾を生やしてやろうかと企んだブレイズの視界の中
で、突き当りに到着したルークが、ブレイズの死角に当たる通路の方向から
近づく何かを見て顔を強張らせた。
「・・・どしたの、白髪?」
「ルークさ〜ん?」
二人の呼びかけにも応えず、ルークは何かを恐れるように一歩後ずさりした。
いよいよおかしいルークの様子に、ブレイズがホラー映画のワン・シーン(
T字型の通路の正面突き当たって左から不気味な化け物が姿を表すオールド・
ムービー)を思い出してちょっぴり怖気づいた時、耳慣れたやさしい声が通路に響いた。
「カースレイン副隊長で間違いありませんか?戻られたのですね」
ブレイズとリーはお互い目を合わせてにっこり笑った。
「キネッサさん!!」
「キネッサさ〜〜ん!」
船長の無事を知って喜ぶ二人。
突き当たりに向かって走り出したブレイズの前に、あのルークを驚愕させ、
怯えさせた「それ」がついに姿を表した。
一瞬置いて、マンドレイクの叫びの如く凄まじい絶叫が『カルティケーヤ』に響き渡った。
失神したブレイズ。
恐怖に泣き叫ぶリー。
そんな二人を見やってキネッサがルークに尋ねた。
「一体どうなさったのですか?お二方とも極度の恐慌状態に陥っている
ように見受けられますが」
「船長こそ一体どうなっているのだ」
「ウフフ、私は見たままの状態です。捕獲した未知の生物が間接要因とし
て挙げられます。直接要因はそこにある私の左手。まさか自分の左手に攻
撃されて、おさげまで失うとは誰が予測し得たでしょう。ふふっ、アッハハハハハ!!」
首の無い胴体に髪をひっつかまれてぶらさがりながら、キネッサの頭は爆笑し始めた。
せめて腕に抱えて持って欲しいものだ、というルークの見当違いな願いをよ
そに、キネッサはひとしきり笑ったあと、涙目でにっこり静かに微笑んだ。
「笛吹隊長の蘇生に成功しました。こちらも実は予測外だったのです。あの
段階で息を吹き返す確率は8パーセントに満たなかったのですから。予測は推
測に過ぎず、完璧な予知ではないということを再認識しましたわ。生物とは
なんて不思議で、なんて興味深い存在なんでしょう・・・!」