第8章 DAYDREAM BELIEVER
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身を思わずすくませてしまうような叫びを聞くや否や、笛吹は反射的に宙に飛び上がって
距離を置き、身を震わせているヘチマ状の物体に念動力を放とうとした。
が、何故かシェダルがその間に立ち塞がる。
「・・・っ!?」
あわやのところで念動力を散らせた笛吹は、早鐘を打つ心臓を押さえながら金髪をなびか
せている親友を睨みつけた。
今放った一撃は、当たれば頭を砕く程度の威力をもっていたのだから、美貌の青年が冷
や汗をかいて怒っても仕方がない。
「何やってる、危ないだろ・・・!?」
一般人だったなら自分に非があろうとなかろうと、美の化身笛吹の一睨みだけで恐れお
ののきひれ伏しひたすら許しを乞うか、はたまた耐え切れず気絶するかなのだが、あいに
くシェダルは元からの素質と耐性のため、「あはは怒ってやんの」くらいにしか感じなかった。
「お前こそ何やってんだ?過去か未来かわからんが、ここはオレたちのいたところじゃないんだぞ」
「だから何だ」
「なるべく干渉するなって言ってんだ。オレたちは本来ならここに存在しないんだぜ。
こいつ一匹殺しただけで歴史が変わる可能性があるかもしれないんだからな」
「・・・・・・大げさじゃないか?」
「と・に・か・く、手出しすんなよ、わかったな?」
言い聞かせるように語るシェダルの表情を見ながら、笛吹は少し前に巨人を破壊した時のことを思い出した。
あの時もシェダルはやけに真面目な顔で破壊を止めようとしたのだが、おそらくこのことを考えて
のことだったのだろうと今更ながら気付き、笛吹は胃と二の腕の裏あたりがむずがゆくなる
ような気がして、なんとなく腕を組んだ。
「・・・・・・巨人を粉々にした時は言わなかったじゃないか」
「なにをブツブツ言ってんだ?」
「別に」
「巨人は無生物だからなぁ、それに自慢そうにしている笛吹見てたら注意する気も失せてさ〜」
「聴こえてるじゃないか」
「あはは・・・・・・あ、こいつグラウ食ってるぞ」
「なっ・・・あぁーーっ!!」
バリバリと音がする方を見て笛吹が血相を変える。
グリードは大口を開け、周囲のグラウに片っ端から食らいつき飲み込んでいた。
その勢いたるや凄まじいもので、いつのまにか短い小道ができている程だ。
「やっぱりこいつらだったのか・・・!」
宙に浮かびながら全身を淡く紫に染め出した笛吹を見て、シェダルは「どーどー」と笛
吹を押さえるジェスチャーをした。
「落ち着け、いいから落ち着け」
「だってこいつらがグラウを全滅させたに違いないんだぞ、これが我慢できるか・・・?!」
「我慢しろよ、牧場の牛だって牧草を毎日むしゃむしゃ食ってんじゃん、同じことさ」
「しかしだな、グラウ大殺戮シーンをわざわざ俺に見せつけようとするこのへちま野郎の根性が気に食わない」
「・・・根性ってお前・・・」
「わかってる、俺がどんだけ馬鹿なこと言っているかわかってる、ちゃんと自
覚しているから言わせてくれ、俺はこいつらがどうしても好きになれない、牛
と同列に見ることができないんだ・・・!!」
自分のイメージ造りのため感情をなるべく外に出すまいと意識して努めている
笛吹だが、よほど溜まっていたのだろう、このときばかりは嫌悪を表情に露わ
にし、先ほどシェダルを睨みつけた時とは違った鋭い視線を依然バリバリと食
に興じているグリードに突き刺した。
「俺はこいつらのせいで死にかけたというか現在進行形で微妙な位置にある、
そんな俺の目の前で愛すべきグラウを食いつくさんとばかりにがっついている
、非常に不愉快だ・・・!そもそもこいつはなんなんだ!?」
「そうだな、こいつほんとなんなんだろうなぁ〜・・・」
久々にエキサイトする黒衣の青年とは対照的に、シェダルは穏やかな声で言った。
「グリードたち、どこから来たと笛吹は思う?」
「グリード?」
ルークのように眉根を寄せながら、笛吹はキッとシェダルを見た。
「なんだそれ」
「あぁ、ブレイズがこいつらに名前付けたんだ」
「ぴったりだろ〜」とのんびり言うシェダルに気勢をそがれたのか、少し黙りこ
くってから笛吹は眉間のしわを解いていつもの無表情に戻ると、柳のように立つ
友の前にふわりと降り立った。
「・・・・・・こいつら、日が暮れるとともに土の中から涌いて出てきた。だからここ
の地中に生息する生き物なんだとなんとなく思っていたけど、空から降って来た
ところをみるとそんな簡単なもんじゃないな。・・・・・・さっきまでの時間にはこい
つらはいなかったから、順当に考えて、さっきまで俺たちがいた時間をはるか過
去と仮定すると、ここはちょっと過去・・・」
「うん、オレもそう思う」
「そうだとしたら、このヘチマ・・・グリードは元からアンバー星に生息していたのでは
なくて、どこかからかやってきたと考えるのが一番だと思う」
笛吹は夜空を見上げた。
「多分、宇宙からだな・・・・・・俺たちと同じく、だ」
心持ち唇の端をつり上げた笛吹を見て、シェダルは切れ長の目をわずかに細めた。
親友がいい感じにマイナス思考モードに入ってきたからだ。
シェダルが心の中で親指をビシッと立てていることなど露知らず、笛吹は空を見
上げて人間の愚かさなどを真面目に考え浸っていたのだが、しばらくしてふと
思いついた様子でシェダルに視線をやった。
「この一匹以外には何体いる?」
「ン?・・・・・・・ここら一帯では今のところ3匹・・・だな」
早速サーチしたシェダルの答えに、笛吹は2度瞬きした。
「3匹だけ?」
「あぁ・・・それがどうかしたのか?」
「少なすぎないか?」
「まぁ、もうちょっと降ってくるみたいだけど、それでもオレたちの元いた時間に存
在した数よりははるかに少ないけどな」
「・・・つまり、こいつが宇宙からこの星にやってきた第1陣なわけだ」
「あ〜・・・そういやそうだな・・・」
「グリードの第1陣が降って来る、そんな時と場所を狙って俺たちを移動さ
せたということだよな、どこの誰かは知らないが」
「あ・・・・・・」
はっとして、シェダルは笛吹を見つめ返した。
笛吹は伊達に隊長ではなかった。
「そういうことになるなぁ〜、・・・でもなんでまた?」
「そこまではわからないけど・・・・・・まだ視線や気配は感じるか?」
「ん〜・・・いるような、いないような・・・・・・気配をわざと消している気配がする」
「・・・どっちだよそれ」
「微妙なんだよ〜・・・気配をもやのようにそこはかとなく薄めて散らした感
じといったらわかるっかな〜・・・・・・・・・あ」
目を閉じて首をかしげていたシェダルが、突然目を開いた。
「シェダル?」
「あっちに人がいるぜ」
「は・・・?!」
「地球人だ・・・・・・多分、ラージス社の」
笛吹とシェダルの精神体が現在いるのは、元の時間から遡ること半年前、宇宙歴3231年
のアンバー星で、ちょうどラージス社による独自の調査が終わり、スーリィの採掘がなされ始めた頃であった。
行程はオートメーション化されており、ラージスが雇った採掘の専門家の指揮の下、ショベルカーに
よって掘り出された土をトラックで小さな選別工場まで運び、水洗いし、選別機械にかけて細か
い塊だけ残して、最後に人の手でスーリィの原石とただの石とに分類する。
選別されたスーリィの原石は7日に一度やってくる運搬船によって地球に届けられる。
そしてそこで専門のカッターによって宝石の形にカットされ、その後、表面研磨により宝石の透明度を出し、
美しく磨いた上で、初めて宝石とよばれるものになるのである。
二人が見ることができたのはもちろんアンバー星での過程のみだったが、初めて見る作業
であったし他にすること・できることもなかったので、繰り返される単純な動きを飽きもせず眺めつづけた。
笛吹は特に選別機械にかけるところが気に入ったらしく、機械の横にふわふわ浮かんで日がな
一日坂を転がる石を観察していた。
しかし残念なことに霊感の強い作業員がいたらしく、しばらくして「選別所に出る」
という噂を聞きつけたシェダルが、俺は幽霊じゃないと言い張る笛吹を引っ張り出さなくてはならなかった。
そんな昼間は、光を嫌うグリードたちは地中に身をひそめ眠りについていた。
この状態になると完全に意識や一切の活動を停止させるらしく、シェダルの感覚にか
すりもしなくなってしまう。
昼になってから地中に潜ったグリードを捜すのは大変なので、ある日二人は夜のうち
に一匹を定め、地中に潜るまで徹底的に尾行してみた。
日が暮れて岩を砕く音、工場の機械音が消えると、草原はアンバーの巨人と緑のヘチマ
たちのフィールドとなる。
シェダルが言うには、グリードは人間が寝泊りしている建物に少なからず興味を持っているらしい。
しかし今のところ警戒しているらしく、人間が寝静まっても建物には近づかず、ただグラウを貪
るだけにとどまっている。
歩き回る巨人にも手を出す気配はない。
日の光が射すと、草で腹を膨らませたグリードたちは変形しながら、土の中にずぶずぶと潜っていった。
完全に意識が消えるのを確認してから、笛吹は念動力を使ってグリードを掘り出してみた。
丸まった状態は、宇宙から飛んできた時と同じでどの角度からも顔などが見当たらない。
触れてみるとひんやり冷たく、意外に固かった。
ゴムでできたおもちゃの怪獣の鱗部分のような感触だった。
笛吹はどうしても、グリードのこの状態に納得がいかないようだった。
食べたあれだけのものは一体いつ消化し、いつ排泄しているのか、と。
「オレたちの常識がこいつらの常識じゃぁないだろう」
考えに没頭し始めた笛吹に、シェダルはのんびりと声をかけた。
「しかしだ、こいつらが排泄しているところ見たことあるか?」
「口から出してた槍は?」
「あれは敵や獲物に対する攻撃の手段として造られるものなのだろうけど
、生理現象としての排泄は見たことがない」
「そうだなぁ・・・槍が排泄物だとしたら、お前、やりきれないよなぁ〜、うん●が突
き刺さって死に掛けました、なんてさ」
「・・・・・・と、とにかく、摂取したあれだけのものはどこへ行ったのか・・・土の中で眠りながら出しているのかな」
口の両端をなでながら考える笛吹に、それよりも、とシェダルが声をかけた。
「こいつらの食欲こそ異常じゃない?なんっかひっかかるんだよな〜・・・」
「腹が減ってるだけじゃないということか?」
「あ〜、そんな感じだなどうも」
二人の疑問は日が沈んでから一度に解決した。
観察に使ったグリードを埋めなおしたところから2匹も出てきたのだ。
どうやら日が沈む直前に土の中で分裂したらしく、大きさ・体格はそっくりそ
のままでどちらが観察していた元のグリードかわからない。
「そういやはじめ5匹くらいだったのに、いつの間にやら20匹近くになって
るもんなぁ。宇宙から飛んできた気配も別段感じなかったのに」
「冗談じゃない・・・」
謎は解けたものの、二人は戦慄を感じずにはいられなかった。
生殖無しでも食物さえあれば、短時間でもう1つの個体を生み出すことができ
る生物であって、つまるところ最後の一匹に至るまで殺し尽くさない限り、グリ
ードは鼠算式に増殖を続けることがわかったからだ。
「今のうちにこいつら叩けたらなぁ・・・」
ちらちらと視線をぶつけてくる笛吹に、シェダルは容赦なく首を振った。
「ぜーったいダメ。・・・・・・例えばさ、こいつらを殺すとするじゃん。そしたら作業
員達が死ぬことはなくてラージス社はメディフに依頼しないし、オレたちがこの星
に派遣されることもなかったわけよ」
「万々歳じゃないか、俺はこんな目に遭うこともなかったわけだ」
「あれだけの数の人間が死なずに生きる。作業員さんたちはそれから子供を作る
かもしれない。子孫の中には何か偉人が出てくるかもしれない、殺人鬼が出てく
るかもしれない、そうなったら歴史は大きく変わるよな・・・・・・オレたちはこの星
に派遣されなくて、別のもっと危険な星に行かされてたかもしれない、そこで
はもっと不気味で気持ち悪くてやってられないような生き物がうじゃうじゃいて、
お前とかもの凄く悲惨で痛い殺され方をすることになったかもしれない、オレたち
全員死んでいたかもしれない・・・・・・この星に来たことで生じたメリットが何かある
はずだぜ、きっと。火星に帰って怪我の治療のため病院に行く笛吹、そこで美人看
護婦とのステキな出会いがぁ〜っ!とかさ。ルークは面食いだから絶対取り合いに
なるぜ、そーなったら見モノだなぁ〜!最終的にはルークが譲りそうだけど。ブレ
イズはこの体験をもとに本なんか出しちゃったりしてさ、エイリアンハーフが綴る暴
露本とかいってベストセラーになったりして。んでリーが何故かクローズアップされて本の
マスコットキャラとして売り出されたり・・・」
シェダルの話に、笛吹は微かに笑みを浮かべた。
看護婦との出会いに期待したわけではなく、殺伐としたことばかりぐるぐる巡ってい
た思考に、友人の前向きな話がなんだか眩しくて嬉しかったからだ。
それからしばらくして、二人はまた強制的に時間移動させられた。
時は夜。
あれほど生えていた金色の草の姿は一本も見当たらず、代わりに数万にも増えたグリードた
ちの赤い目が大地を覆い隠していた。
巨人の姿もどこにも見えない。
建物から銃声と怒声が聴こえてくる。
グリードは建物に群がり、ダールアンスティール製の壁に無駄だと知りつつ牙を立て、槍を放っていた。
槍は時々仲間のグリードに刺さり、悶絶するそれに他のグリードが食らいついている。
いきなり目の前につきつけられた光景に、笛吹とシェダルはしばらく言葉もなく、宙に浮かび
ながらただ遠巻きにそれらを眺めていた。
と、その時笛吹たちから100メートルほど離れたところにいたグリードが数匹吹き飛んだ。
誰かがグリードを相手に戦っているらしく、すぐさまシェダルは意識を伸ばした。
「・・・・・・第5部隊の2人だな・・・日暮れ前に帰れなかったんだ。建物の中にいるのも第5部隊の奴らだ・・・・・・」
ラージスの社員や雇われ作業員達はすでに死に、第5部隊がアンバー星に到着した日だったらしい。
外にいたのは61α系の念動力者と、カストル系の二人で、笛吹はその顔に見覚えがあった。
二人共それなりに能力は高かったはずだが、押し寄せる赤い闇の前にその力はあまりにも小さすぎた。
立て続けに念動力を放ち疲労した念動力者の腹に槍が1本突き刺さった。
身体を折るように倒れた61α系ハーフに更に槍が浴びせられる。
笛吹はおもわず力を放った。
槍は獲物に刺さる直前で一旦停止すると、向きを変えて取り巻くグリードたちに襲い掛かった。
「止めろ笛吹!」
「こんなの放って置けるか!」
気付いたシェダルが前に立ちはだかったが、紫に輝く笛吹は空間転移を用い更に前に出る。
「駄目だってわかってるさ!だけど俺にはこんなの耐えられない!」
言い様笛吹は紫の力を放ち、地上で苦戦している二人の周囲のグリード100匹近くを一度に潰した。
「止せって!」
「シェダルどけ!」
「笛吹!」
シェダルはなおも止めようと笛吹の肩をつかもうとした、が、紫に輝く笛吹の体に触れた瞬
間、火花が飛び散るような音がしてその手が吹き飛んだ。
「シェダル!?」
悲鳴を上げてうずくまった友人に笛吹は目を丸くし、慌てて覗き込もうとした
が「触るな!」と一喝されて動けなくなる。
「その紫の・・・消せよ・・・・・・」
自分の力が原因だと気付き、笛吹の顔が歪んだ。
「シェダル、その手・・・・・・」
全身に漲らせていた力を消してから、笛吹は恐る恐るシェダルの右手を取る。
青白いもやもやとした何かがまとわりついているので断面の様子はよくはわからないが
、右手首先からがなくなっていた。
絶句したまま失われた右手を凝視する笛吹。
何をどう言って謝ればいいのか全くわからないといった表情の友人を見て、シェダルは苦笑を浮かべる。
「精神体だってこと忘れてないか?あくまでイメージなんだから」
そう言うとシェダルは右手先に力をこめた。
「あ・・・・・・」
呆然とする笛吹の前で、青白いもやは形をなして右手になった。
「だ、大丈夫なのか、手・・・・・・ごめん、本当にごめん」
「だいじょーぶだいじょーぶ・・・!お前も悪いけど、精神体であること忘れて力
の塊だったお前に触ったオレも悪かったから気にするない、ちょっとエネルギーを削られただけなんだから」
泣く一歩手前といった態の笛吹の目の前で修復した右手を握ったり広げたりしながら
、シェダルはにっこり笑った。
その時、雄叫びが聞こえた。
地上に目をやると、筋肉質の男の背中から槍が2本突き出ているのが見えた。
それでも戦意を絶やさず、一匹でも多くのグリードを道連れにすべく、腕から出した大鎌を振りかざしている。
その背中にまた一本の槍が突き刺さった。
シェダルは笛吹の震える腕をしっかり握り、能力を使わせないようにした。
「笛吹、過去のことなんだ、もう起こってしまったことなんだ」
シェダルの言い聞かせるような声が、食い入るように地上を見つめる笛吹の耳に入った
かどうかはわからない。
瞬きを忘れたかのように、笛吹は目を大きく見開いてその光景を最後まで凝視していた。
ぐったりと動かない・・・もう死んでいるのであろう仲間の上についに崩れ落ちた男。
それに群がるグリードたち。
咀嚼音が聞こえなくなっても、しばらく笛吹の震えは止まらなかった。
肉を貪る音が耳にこびりついて離れない。
頭に反響するたび、笛吹は自分が食べられているような錯覚を感じた。
建物の方からはまだマシンガンの掃射音が聞こえている。
しかし二人共、そちらを見に行く気には到底なれなかった。
シェダルが手を放すと、笛吹は子供の手から解き放たれた風船のようにふらふらと離
れて、もう一度眼下を見つめた。
その顔はいつもの無表情だったが、目だけは爛々と光っている。
ブレイズが戦闘時に時々そんな表情を見せていたことを、シェダルは思い出した。
何かに渇いた顔だった。
「こんな光景見せつけやがって・・・・・・・」
笛吹の真下にいた数十体のグリードがまとめてぺしゃんこに潰れた。
緑色のずた袋が破裂し、中に入っていた赤い液体が飛び散るようだった。
その死体に群がる仲間のグリード。
よくよく見れば、笛吹が手を下すまでも無くあちこちで共食いが行われている。
甲高い叫びと肉を食む音に笛吹の苛立ちはますます募る。
迸る感情の矛先は、グリードよりも自分を時の間で翻弄し監視する何者かに向けられた。
紫に輝く友人を、シェダルはもう止めようとはしなかった。
本気で怒った笛吹を止める自信がなかった上に、先ほど笛吹の精神体に触れたこと
で思念が直に流れ込み、感情のシンクロ状態に陥っていたからだ。
笛吹によってここまで激しく心が揺さぶられたのは久々だった。
シェダルは隊服の胸元を握り締めながら、笛吹の激情に支配されつつ湧き上がる高揚
感を噛み締めて唇を舐める。
「誰なんだ・・・出てこいよ・・・・・・!」
笛吹は空を睨みつけた。
咀嚼音が耳の奥で反響している。
「隠れるな!出て来い!!」
怒鳴り声と共に放たれた力は凄まじい勢いで地上に広がり数千のグリードを覆い、そして押しつぶした。
「この臆病者!怖いのか!?」
周囲はグリードの目が放つ赤色にとって代わり、紫の輝きが満ちていた。
笛吹の精神体から溢れ出るエネルギーだ。
使い過ぎると痛んでしまう肉体という枷はない。
シェダルも止めずにじっと笛吹を見ている。
ストッパーも無くただエネルギーの塊となった今の笛吹は、爆弾を投下されようが
某カストル系ハーフのもう一人の人格が渾身の力で斬りつけようが首を締め
ようがダメージを受けない無敵状態。
何をもってしても止められないのではないかと思われた。
が。
挑発する笛吹の前に姿を現したものは、あらゆる意味で『意外』なものだった。
手、である。
突如空に巨大な光り輝く渦が巻き起こったかと思うと、その中からメディフ本
社ビルよりも巨大な手が1本、にょっきりと突き出てきたのである。
「なっ!?」
「なんだこりゃ!?」
手は愕然とする笛吹とシェダルをUFOキャッチャーのアームの如くつかむと、上昇をはじめた。
あまりの展開に呆けていた笛吹だが、先ほどまでの激情を思い出すとなんとか立ち直り、渾
身の力をこめた一撃を巨大な腕に向けて放った。
それははるか過去に飛ばされ、暇を持て余していた時に会得した新技『重力波』(シェダル命名)だった。
念動力による攻撃と同じ形態であるし、同様の効果をもつのだが、力の出所はあくまで
重力制御に費やされる紫のエネルギーである・・・・・・ので、念動力とは違うと笛吹は主張している。
そんな笛吹の攻撃は見事腕を捉え、巨大な手首部分を9割方吹き飛ばした。
「やったぜザマーミロ!」
歓喜の声をあげるシェダル。
しかし笛吹の顔は険しい。
「いや、修復してる・・・」
吹き飛んだ手首付近に青白いもやが起ちこめた。
先ほどのシェダルの手と同じように、巨大な手首もすぐに修復を果たすと、何事
も無かったかのように、騒ぎ立てる二人を渦の中へと引き込んだ。
またもやあの酩酊感が笛吹を襲ったが、かれこれ3度も経験しているので初めの頃に
比べるとまだ慣れたほうであるかもしれない。
慣れたとは言っても気持ちが悪いことには変わりは無い。
しばらく上昇しているのか下降しているのか、回っているのかジグザグなのか、
停止しているのか動いているのかよくわからない状態が続いた。
目を開けても巨大な手の白い肌が見えるだけで何もわからない。
体をやんわり包む肌が暖かいのか冷たいのかさえも感じとれないでいるほど、五感が混乱している。
その感覚は数秒続き・・・そして覚えのある感覚へと変化した。
確かメディフ本社ビルの屋上から綱なしバンジーをしたときと同じ感覚・・・・・・そこまで思
い出して笛吹はギョッとした。
自分は落下している。
慌てて念動力や重力制御を駆使してどうにかしようと足掻いたが、どうにかなっ
たような気配や感覚は感じられない。
いつのまにか巨大な手は溶けてなくなり、周囲で色々なものがぐるぐる回っているのが見えた。
初めてこの流れに身を投じた時見たものと同じモノなのだろうが、今度は余裕があるためか
眺め回すことができた。
海、髪、戦車、象、恒星、本、飛行艇、爪、アメーバー、紅葉、銃を構える
人間、愛し合うどこかの星の見たこともない生物たち。
まるで色々なものを無造作に取り込み巻き上げる竜巻の中心部を、下に向け
て真っ逆さまに突っ切っているかのようだ。
時々周囲から溢れるモノがあり、それが笛吹を通り抜けていくこともあったが
、その情報の余韻を笛吹が感じる間もなく次々と新たなモノが笛吹に襲い掛かかる。
音、静、快、不快、熱、冷、柔、硬・・・・・・目まぐるしく変化する感覚に身体が粉々になっ
てしまいそうで、笛吹はあえいだ。
突然視界から渦が消えた。
全てが白くなった。
それでも落下は止まらない。
笛吹は下を見た。
黒い点が見えた。
それは徐々に大きくなり人であることがわかった。
このままだと激突する。
笛吹は声をあげた。
その人はこちらを見上げた。
黒衣をまとった無表情な男だった。
黒いさらさらの髪、白い陶器のような肌、かっきり孤を描く眉、熱帯の海
の色をした瞳、中心をすらりと通る鼻、引き締まった赤い唇。
それがいつも鏡の中で見ている顔だと気付いた時、笛吹は今度は叫び声を上げた。
何故自分がもう一人いるのか。
落下してくる笛吹を抱きとめるように、地上の自分は腕を広げた、その腕はしなやかで
長く、黒い布に包まれている、黒い麻地の開襟シャツ、黒いスラックス、襟元から上をた
どれば皮膚の薄そうな白い首、細く尖った顎、そして自分は唇の端を持ち上げ、にぃっと笑う。
笛吹は目を閉じた。
衝撃はなく、ただ、ドクン、と大きな音が体の中から響いた。
その音に驚いて、笛吹は目を開いた。
青い光が目に射し込む。
視界は最初ぼやけていたが、次第にはっきりと周囲の像をなしていく。
笛吹はどこか狭い空間の中で、膝を抱えて座っていた。
上と右、左に細長く発光する筒・・・蛍光灯のようなものが見える。
前方はガラスがあるのか、光が反射してうまく外を覗くことができない。
体を起こし、右手を持ち上ると前方に伸ばしてみた。
こつんと何かに阻まれた。
やはりガラスか何かがあるらしい。
笛吹はガラスに顔を近づけ、外を覗き込もうとした。
と、自分が作った影の中に見知った顔が現れた。
今は全てが青く見えるが、男の髪は銀色で、肌は褐色のはず。
男はガラス越しに笛吹に向かって、必死に何かを言っている。
全く聞き取れないので、笛吹はひとまず「ここから出せ」と言った。
声は何故かいつもよりも低く響いたように感じられた。