第9章 JUDGEMENT KNIGHT


T






 宇宙船内で角を曲がる時など、シェダルはしょっちゅうキネッサと出 会い頭の衝突事故を起こしていた。
 笛吹やブレイズたち相手だと、お互い相手の姿を捉えることが出来な い位置にあってもシェダルは気付いて自らすすすっと避けていくし、ル ークが相手だと、向こうがシェダルの気配に気がついて気を配ってくれる。
 しかしキネッサが相手の場合は勝手が違い、完全に視聴覚伝達器に頼ら なくてはならず、高性能とはいえ古い型のポンコツは、主人よりも先に角 の先を覗いて情報を伝えようとし、運悪く角を曲がろうとしていたキネ ッサの顔面にクリーンヒットすることなどしばしばだった。
 そんなとき、美人船長はぶつかった個所を撫でたり気にしたりするでもなく、 何事も無かったように微笑み、盲目の青年は困ったように苦笑する。
 日常茶飯事、当たり前のような光景だった。
 そんなことを思い出しながら、ブレイズは金髪の青年が横たわるベッドから、手元に あるキネッサの頭に目を移した。
 頭部に埋め込まれた非常用バッテリーの消耗を避けるため、彼女は現在スリー プ状態に入っている。
 目を瞑った状態の彼女は、顔色が悪いわけでも無く、良いという事も無く、 滑らかな肌に無表情をたたえて首の切断面からいくつものコードの束を覗かせていた。
彼女は無機質であるがために、人間に一番近い形態をとっていながら全く違った存在である。
存在の距離においてはグリードやモーラの方が人間にはるかに近いだろう。
外見はどうあれ、彼らは生きているのだから。
 
 「僕たちは、もっと近い存在だよね・・・・・・」
 
 ブレイズは傍らでうたた寝している小動物に、独り言ともとれる小さな呟きを向けた。
 その声に反応したのか、リーはビクッと身体を揺らすとエメラルドグリーンの 瞳を全開にして少年を見る。
 「何か言った、言ったかしらブレイズ??」
 「ううん、独り言だよごめんね。起こしちゃった?」
 「問題なっしんぐなのー!」
 シェダルの言いまわしを真似ると、リーは目を細めて笑った。
 彼女の本来ふわふわと白い可愛らしい長毛は、ルークに飛びついたときに 付着したのか、誰のものか定かではない赤黒い血でごわごわと汚れてしまっ て、かなり可哀相な状態だった。
 早く風呂に入れてブラッシングをしてあげたいところなのだが、 ブレイズには何よりも優先すべき『壊れた船長の修復』という任務があったのだ。
 破壊された照明系統をキネッサの頭にアドバイスを受けながら修理したあと 、休憩も入れずにキネッサにとりかかった天才少年ブレイズ。
 10歳の時に特殊機械生体工学検定1級に合格している彼にとって、 アンドロイドの切断された首と胴体をくっつける作業など、本来ならお 茶の子さいさいな任務であるはずだった。
 しかし今回の『壊れた船長』は宇宙に数体しかないA級18シリーズだ ったので、そんな最上級アンドロイドをいじった経験のなかったブレイズ は、まずキネッサの構造図から勉強しなくてはならなかった。(若干興味 も手伝ったことは否めない)
 キネッサは『カルティケーヤ』の操縦の一切をとりしきっているので 、火星に帰る際の宇宙空間・・・特にハイ・スペースで誤作動でも起こされたら大変なことになる。
故に修復は確実に、念を入れて行う必要があるのだ。
 
 工具キットを片手に胴体部の方の首を覗き込み始めたブレイズに気を使って、 リーは出かけたあくびを噛み殺す。
 「難しい?大丈夫?」
 「大丈夫だよ。・・・・・・でもこのBDラインのセンターコネクターがレー ザー焼かれて完全にいかれちゃってるから代用物を作って・・・・・・でも これだと末端への指令がうまく行き届かないだろうから、AP42の ところをエイヤード51で接続してみよ、う、と…・・・ダメだ、大きすぎる・・・」
 ぶつぶつ言いながら作業に没頭するブレイズ。
 邪魔をしてはならないと、リーはその場をこっそり離れた。

 医務室の時計は標準時刻22時25分を回っている。
 この星に到着してから約8時間、ブレイズたちが『カルティケー ヤ』に戻ってから6時間近く経過していた。
 シェダルは相変わらず眠ったままで、いつも彼の傍らに浮かん でいるポンコツは枕もとに置いてある。
 額を汚していた血は綺麗に拭われ、部屋の隅にあるエッグの蒼い 光を映しているせいか、顔色が非常に悪く見えた。
 ぶつけた個所が頭なだけに容態が気になるところだが、首だけの キネッサが簡単に診察したところ外傷以外では特に異常は見られず、 脳震盪という診断が下された。
 頭部の怪我の処置は、応急手当に慣れているルークが行った。
 そのルークはといえば、シャワーを浴びてさっぱりした後、「眠れば治る」 と言ってろくに自分の怪我の手当てもしないまま、青く発光する卵形の医療 器械の側面を背に、どっぷり眠ったままである。
 規則正しく寝息をたてている男の眉間にはしわはない。
 珍しいものを発見した心境で、リーはルークの左肩にそろそろとよじ登った。
 起きる気配は無かった。
 シャンプーの香りだろう、シトラス系の香りが鼻に触れる。
 リーは尻尾をふわりと持ちあげると、銀色のしっとり濡れた髪がかかる褐 色の耳元へとそれを伸ばし・・・・・・。
 「そこは駄目だと言っただろう」
 突然ルークが口を開いたかと思うとリーをゆるりとつかんで、肩膝立て た自分の左足に乗っけた。
 「あ〜ん、成功すると思ったのに・・・」
 耳をくすぐってやろうとしていたリーは、いたずらを直前 で発見されてしまい、ちょっとむくれるような口調だ。
 「起きてた?それとも起こしちゃった?」
 「両方だ」
 よくわからない返事をしながら、ルークはまぶたを開けた。
 それと同時にアイスブルーの瞳が、そして眉間のしわが姿を現す。
 「怪我の手当てはしなくて大丈夫?大丈夫かしら?とっても痛そうだったの!」
 「もうふさがった、問題ない」
 強がりではなく、ルークの背中の痛々しい傷口には新しいピンク色の肉 が盛り上がってつき始めていた。
 カストル人ならではの驚異的な治癒力だ。
 「キャー!!ルークさんすごいわーー!」
 「ククッ、崇めろ。そして奉るがいい!」
 「・・・・・・筋肉バカ」
 とても自慢げなルークに、黙々と作業をしながらブレイズがぼそりと呟いた。
 「何か言ったかブレイズ。聞き逃してしまったのだが」
 「筋肉バカって言ったんだ」
 「私は筋肉天才だ、間違いなく。ところでまだ修理は終わらないの か?私が眠ってから6時間は経過しているだろう」
 無神経なことを言う男の頭目掛けて、ブレイズは手元にあったスパ ナを思いっきり投げたが、軽々とキャッチされてしまった。
 「武器に頼るな、ハートでぶつかってこい」
 不敵に笑いながら自分の胸をぽんぽんと叩く銀髪の男に、寝不足の 脳みそを抱えた少年は心の底から苛立った。
 「何もしないで寝ているだけの奴が何言ってるのさ!ちょっとは役に立つことしたら!?」
 「例えばどんなことだ、例を述べよ」
 「ご飯を作るとかリーの身体を洗ってあげるとか、それくらい なら白髪にもできるんじゃないの?捜せば色んなことがあるんだから!」
 「私は一応、超・無防備なシノブの護衛をして役立っていたのだが。さら に早く目覚めるよう念じている」
 そう言うとルークは、もたれかかっていた背後のたまご型の物体をちらりと振り返った。
 中では超・無防備・・・もとい素っ裸の笛吹が膝を抱え、白いゆるやか なカーブを描く座席に身を沈めて胎児のように眠っている。
 『カルティケーヤ』に帰還したルークたちは、笛吹が生きていたこと を知って心の底からほっとしたものだったが、液体の中の笛吹はシェダ ルと同じく依然ぴくりとも動かない。
 青く光る液体に成長を促進されて短時間で伸びてしまった黒髪が、循環 する液体の流れにゆらゆらとゆらめくだけである。
 俯いているためにその表情はよくわからないが、苦悶しているようではない。
 左腕と左の太腿に見える無残な傷口がとても痛々しかったのだが、い つのまにやら回復を促されたのか、今は殆ど塞がっているように見えた。
 その致命傷となった傷は、ルークが意識を失う前に見た光景とリンクするの で、自分が殺したのではないことをルークは確信して安心しつつも、何故、殺 すことしか知らないようなもう一人の自分が笛吹を助けてここまで連れて きたのかという疑問が生じ心の中で燻っている。
 知る限り、これまでもう一人の自分の前に立った者の中で、 生きている者は誰一人としていなかった。
 それほど奴にとっておのれ以外の全てがどうでもいい存在であるはずだ。
 いや、憎むべき存在であるのかもしれない。
 何を思って殺しているか・・・・・・同じ身体に住み、一番近いところにあ る存在であるにも関わらず、ルークにはそれを知る手立てがなかった。
 しかし今回の人格の入れ替わりでは、笛吹とキネッサの二人が、 もう一人の自分と接触をしながらも生き残っている。
 キネッサからは、もう一人の人格が笛吹を助け、そして更に笛吹 に言われてシェダルを助けに行こうとしていたことを聞いた他、「わ かりやすい方ですね、うふふ」というコメントをもらい、自分が奴に 抱くイメージとかなりのズレが生じた。
 もっと詳しいことを聞きたかったのだが、ブレイズからドクタース トップ(?)をかけられ、船長はあの後すぐに修理に入ってしまった。
 「シノブが早く目覚めれば・・・・・・」
 笛吹が目覚めたら話したいことがルークには山ほどあった。
 ちなみにそのうちの殆どが、「今度エアバイクを買う予定なのだがどこの 機種がいいか」や「ラーメンは45番街の『うまい軒』が美味しいと思う」等など 、別に今でなくても構わないしょうもないことだ。
 それら優先順位の低いものをふるいにかけてパラパラ落とすと、話すべきこ とは二つくらいしか残らない。
 一つは、先ほどから悶々と考えているもう一つの人格について。
 二つ目は、隊長なのにチームワークを乱すな、ということだ。
 二つ目に関して注釈をつけるなら、ルークはカストルで軍にいた時の経験 から、チームワークの効率性を信じて疑っていない。
 それゆえ、単独行動をとった笛吹にちょっと怒ったりもしたのだが、今は 心配の方が勝り過ぎて、もうそれほど怒っていないらしい。
 なんにせよルークは、笛吹の目覚めを心の底から願い、そしてさっさと 目覚めるよう念じていた。

 「テレパシストが念じるならともかく、ESPを持たない白髪が念じても意味無いじゃん」
 念を送りつづける風のルークの姿をちらっと横目で見ながら、手を休めることなく ブレイズは現実を踏まえた意見を口にした。
 「ただ座って笛吹さんの裸眺めているだけならサルでもできるよ。もっと役に立つ ことしなよ」
 「あら、わたしはシェダルさんみたいじゃないけどさっきからずーーっと祈って いるの!笛吹さんとシェダルさんとキネッサさんがはやく元気になりますようにって!」
 耳をくすぐろうとずっとルークの隙をうかがっていたリーがそれに答えた。
 この世で一番愛すべき親友のセリフに、少年は作業の手を止めて顔を上げる。
 「リーのは無駄なんかじゃないよ!とっても有効に決まってるよ!!」
 「でもわたしも何か役に立つことをした方がいい?いいかしら?」
 「リーはもう、存在だけで充分僕のためになっているから、そんな細かいこと は気にしなくていいんだよ?だからそんな変態白髪男に構わずにこっちに来なよ」
 「ハーーイ!」
 肩から毛玉のような生き物がぽんっと飛び降り、自分につっかかる少年の 元へ走り去るのを、ルークは剣呑な目つきで見やった。
 「変態白髪男という言葉が私を指しているように聞こえたのだが気のせいだろうな」
 ゆらりと立ち上がるルーク。
 と、その後ろでコツンと何か硬いものを叩くような音がした。
 リーの笑い声や少年の声でかき消されてしまいそうな微かな音だったが、 ルークの耳はしっかりと聞き取っていた。
 後ろに何があったかなど考える間なく、ルークは反射的に後ろを振り返る。
 はたしてそこには。
 
 「・・・・・・シノブッ・・・!」

 ルークはエッグのガラス面にがばっと張り付いた。
 一瞬、目の錯覚かと疑ったが、間違いない。
 青年のアイスブルーの瞳に映った水の中の笛吹は、ぱっちりと 目を開き、深い海のような瞳でもってガラス越しにこちらを覗き込もうとしていた。

 「目を覚ました!!」
 「えっ!?」
 「キャーー!笛吹さーーん!!」
 臨戦体勢をしいていたブレイズと、どう仲裁するか考えていたリ ーはそれぞれ思考を止めると、エッグに駆け寄った。
 「念が通じた!念が通じた!!」
 「た、助かったーー!肩の荷がこれでおりるーー!」
 「わたしのお祈りが通じたのねーー!」
 大騒ぎする三人。
 囲まれた笛吹は、エッグの中で「ここから出せ」と頼み続けたのだが、な かなか聞いてもらえなかった。



 数秒後、スリープモードを解除されたキネッサが笛吹の様子を診て、エ ッグから出す許可を出した。
 誰からともなく起こる拍手の中、笛吹は促進液をむせながら肺から吐く。
 液体に代わって侵入してきた空気ははじめ、気道の中でゴロゴロ暴れまわ り、宿主にただ苦痛を与えるだけだったのだが、液体を全部吐き出し、肺に空気 が満たされたころにはまた普通に呼吸できるようになっていた。
 呼吸が楽になり、落ち着いたところで笛吹は鼻と口の周りをさりげなく 拭いながらぼんやり周囲を見回した。
 「イェー〜ィ!笛吹さんスッポンポン!」
 「すっぽんぽーーん!」
 ブレイズがにこにこ笑いながら親指をビシッと立て、その肩の上でリーが やはり笑いながら追従している。
 この世で最も美しい裸体も、センスの狂った少年にかかればただのスッ ポンポンに過ぎないらしい。
 「私が服を脱がせました。私は女性という設定ですが、男性の裸体を見 て鼓動を早める、あるいは観察するなどの、一般の人間の女性が起こしう る行動はプログラムされておりません。しかし人間の行動にできる限り近 づけるよう、データーにある人間の一般的行為は日々実践しております・・・・・・ふふっ!」
 少年の腕の中ではキネッサが、遠まわしなようで実は直接的にとても不躾な発言をした。
 その後ろからルークが毛布を手に現われた。
 「これを」
 そう言ってふさりと投げかけられた毛布は、ごわごわとして肌触り が良くなかったが、微かに温く感じる。
 笛吹はぼんやりと毛布に顔をうずめた。
 消毒薬の微かな匂いが鼻腔をくすぐった。
 久々に匂いを感じた、と笛吹は思った。
 そういえば温度も久々に感じるようだ。
 暑いも寒いも感じなかったあれらの体験を、夢として押し流してし まいそうなほど、五感をフルに使って生身で感じる現実世界の存在感 は圧倒的で、印象的であった。

 「今、いつ?」
 自分の声を確かめるように、笛吹は丁寧に発音した。
 ブレイズは医務室の白い壁にかけてある、花模様の可愛らしい時計をちらりと確認した。
 「えーと、6月10日の午後10時半だよ」
 「俺はどれだけ眠ってた?」
 「エッグ投入時間は6時間17分です。『カルティケーヤ』に帰 還するまでの意識不明時間については残念ながら解答を用意できません」
 キネッサの正確な答えに、笛吹は自分の時間のギャップを感じて目を瞑る。
 1ヶ月近く。
 笛吹が6時間の中で過ごした時間だ。
 なんと長く感じただろう。
 アンバー星の夕日を、朝日を何度見ただろう。
 人工の明かり一つない星空の下で、不安と焦燥にかられてなかなか 寝付けない夜をどれだけ過ごしただろう。
 夢で片付けてしまうにはあまりにも生々し過ぎる体験だ。
 
 一方、毛布に顔をうずめたまま、まんじりとも動かなくなってしま った笛吹に、ブレイズたちは気勢をそがれる形となってしまった。
 それどころかちょっと不安にさえなってくる。
 「笛吹さん、身体の具合が悪いのかしら?」
 心配そうなリーに、頭部のみの美人船長が瞬きで同意を示した。
 「私の先ほどのセクハラともとれる発言に対して通常の笛吹隊長な らひどく反応なさるのですが、全く反応をお見せになられませんでしたね」
 「ていうかキネッサさんの生首を見て驚かなかった時点で、もうおかしいよ」
 ブレイズが至極まっとうな意見を言った。
 「ちょっとの間とはいえ呼吸と心臓が停止してたんだから、脳に障害が出てるとか・・・」
 「いや、シノブは裸で恥ずかしいからこうしているのだ、きっと」
 もったいぶった口調でルークが言ったが、その発言は軽視どころか無視された。

 ごにょごにょと小さな声で展開される議論に終止符を打ったのは、当の笛吹だった。
 「シェダルは?」
 毛布から上げられた笛吹の顔に浮かぶ表情はぼんやりと虚ろだ。
 夢見るような視線に問い掛けられたブレイズは少し焦ったものの、隣 の寝台を指差して、「頭を打って意識がないんだ」と答えた。
 「検査で異常は見当たらなかったらし・・・」
 「あいつまだ戻ってないのか」
 ブレイズに最後まで言い終わらせず、笛吹が突然声を張り上げた。
 「途中ではぐれたんだ、大きな手につかまれた時点では一緒だったのに・・・!」
 「シェダルならちゃんとそこにいる。それにシノブははぐれたのではなく、自ら離れたのだろう」
 「そうじゃない、精神体がだ!」
 ルークに怒鳴ると、笛吹は毛布に身を包みながら立ち上がろうとした。
 「急に動いたら駄目だよ」とブレイズが制止したが、無視してエッグの中で立ち上がった。
 左の太腿に鈍痛が走る。
 足に力が入らず、おもわずよろめいた笛吹は左手をついて身体を支えよ うとしたが、何故か左手を動かすことができず、床に倒れこんでしまった。
 左手が・・・・・・笛吹は毛布の隙間から見え隠れする、自分の左腕を見た。
 傷口自体はピンクの肉に覆われ、殆ど塞がっている。
 しかし、動かそうとすると強い痺れを感じ、指先一つ動かすことが出来なかった。
 どうやらグリードの槍は、左腕の神経を傷つけたらしい。
 「どこか痛いのか?」
 周囲の慌てふためく声も耳に入らないかのように、うずくまったまま、また動 かなくなってしまった笛吹にルークが声をかけたが、「なんでもない」と首を振る。
 結局ルークの手を借りて笛吹は立ち上がると、寝台へと歩み寄った。
 シェダルの肉体がそこにあった。
 しかし、シェダル自身はそこにはいない。
 渦の中ではぐれてしまったままだ。
 
 俺はうまい具合にここへ戻って来れたのに、と笛吹は思った。
 時間の強制移動は、十中八九あの巨大な『手』が行ったとみて間違いないだろう。
 あの『手』によって、自分は自分の肉体へと戻された。
 しかし一緒にいたはずのシェダルは何故まだ戻ってこないのだろうか。
 ちょっとしたタイム・ラグなのかもしれないが、どうにも不安でならない。
 ひょっとしたら自分が『手』を挑発したことに原因があるのかもしれない。
 『手』が怒って、シェダルだけ遠い過去に置き去りにするなどの報復措置をと っているとしたら。
 「そんなの逆ギレだ・・・」
 そもそも自分を怒らせるようなことをした『手』が悪いのだ。
 あんな光景をわざわざ見せつけるから・・・・・・そこまで考えて、笛吹は第 5部隊の二人の最期を思い出した。
 

 「笛吹さん、一度検査受けた方がいいと思うよ。仮にも一度死んだんだ から、どこか悪いところがあるかもしれないし・・・」
 物思いに沈む笛吹の背中を、ブレイズが軽く叩いた。
 「それに早いところ仕事に戻らなくちゃ」
 「仕事・・・」
 笛吹がぽつりと言った。
 「そうだよ。生存者の確認や遺品の回収は、全部食べられちゃってるから無理、 アンバーの巨人の姿も見当たらない。このことをアヴィちゃんに報告しなくちゃ」
 「巨人なら見た」
 「えっ、どこで?!」
 「谷底にいた。俺と・・・もう一人のルークとで見た」
 笛吹はブレイズたちの方を振り返った。
 「アヴィゲイルに全部話す。2度手間になるから、みんなもそこで一緒に聞いてくれ」