VENUS AS A BOY





 オレの向かいには、金髪の髪を肩まで伸ばした頼りない風体の青年が椅子 に深く腰掛け、つまらなさそうな表情でこちらを見ていた。
 上半身は裸で、薄そうな皮膚の下に貧弱な筋骨が浮き上がっている。
 骨ばった指が暇を紛わせているかのように、膝の上に載っている視聴覚伝 達器を何度もタップしていた。
 彼のこめかみや腕からは赤・黄・黒の何本ものコードが延び、それらは彼 の後ろにある機械へと蛇のようにのたくりながら続いていた。
 機械は部屋の後ろ・・・ドアのすぐ側にあった。
 小さな部屋で、奥行きは3メートル強、幅は3メートル弱といったところか。
 中央に座る青年と、白い椅子と、黒い計測器、そして部屋を白く照らす飾り 気のない蛍光灯以外には何もない。
 オレはつまらなくて欠伸をもらした。
 向かいに座る青年も全く同じタイミングで欠伸をした。
 何が悲しくて鏡に映る自分の姿を何分もじっと見なくちゃならないんだ。
 部屋の外にいるバカどもの手際の悪さにうんざりする。

 このつまらない部屋に入れられてから4分近くたっていた。
 別に時計で確認したわけじゃない。
この椅子に落ち着いてから、オレは頭の中でゴールドムーンの『溶岩』という 歌をイントロから終わりまで反芻した。
 『溶岩』は3分56秒の曲だから、オレのリズム感がよっぽど狂ってなければ、 4分前後で歌いきるはず。
 そんなわけで4分近くたったと思っただけで。
 別にいつもこんな風に時間を計算をしているわけではなく、今日たまたまそう思っただけだ。
 オレは椅子に座りなおすと、もう一度『溶岩』を頭の中でイントロから歌い始めた。
 この椅子はオレができるだけリラックスした状態になれるよう、計算されて 作られたものらしい。
 確かに背中から、腰、尻、太腿、膝裏のラインがとてもしっくりきている。
ふわふわなような、しっとり落ち着くような、ぺったり吸い付くような、不思議な感触だ。
 家にもひとつ欲しいところだけれど、この部屋に負けず劣らず空っぽのあの家 にこの白い椅子をぽつんと置いても似合わないだろうことは簡単に予測できる。
 お袋は喜ぶかもしれない・・・でもダメだ、これはオレの身体に合うように作ら れていて、お袋の身体に合うようには作られていないから。
 オレは鼻歌を歌いながら鏡に映る自分を見た。
 鏡の中のオレは唇を片方だけつり上げ、皮肉げな笑みを浮かべていた。
 「欲しい、と頼んだところでここの奴らがほいさと作ってくれるわけがないじゃ ないか」、とでも言っているような表情だった。

 とその時、頭の上から『実験開始10秒前』という耳慣れた女の声が降ってきた。
 ちょうど『溶岩』では「小さな豚を描くため小さな豚を描く〜」というわけのわ からない歌詞の部分だった。
 そこが曲の開始から何秒あたりになるのかまではわからないけど、 1分もたってはいないんじゃないかなと思う。
 オレは鼻歌を止めると、椅子に預けていた背を起こして正した。
 カウントダウンする女の声はいつも無機質で温かみのかけらもなく、マ イクの前にカウントダウン専用のアンドロイドがスタンバッているんじゃ ないかと、オレはいつものように邪推した。
 例えアンドロイドなんて高級な代物でなくても、機械音声であることは 間違いないだろうと思う。
 だからといって、下手に温かみのある声でカウントダウンされたところで 、オレがよりリラックスできるかといえばそうでもなく、むしろこのつまら ない部屋に据えられている豪華な椅子と同じく周囲に溶け込むことが出来ず 、浮き上がった存在として違和感を感じるのだろうけれど。
 
 『5秒前』

 オレはゆっくり息を吐くと、視聴覚伝達器の背面にある小 さなスイッチに手探りで指を這わせた。

 『4』

 まぶたを閉じても、伝達器は映像をオレの脳に向けて発してくるので、 オレは鏡に映っている目を瞑った自分の姿を見ることができた。

 『3』

 リラックスしている風な自分。

 『2』

 それもそのはず。
 だってここは他の精神と完全に遮断された密室なのだから。
 
 『1』

 その密室を打ち破るべく、オレは好き勝手に漂わせていた能力に方向性を持たせてやった。
 目標は、目の前で泰然と目を瞑っているオレ・・・・を映し出している鏡だ。
 
 『開始』

 声と同時に視聴覚伝達器のスイッチをオフにする。
 映像と音が一時に失せ、代わりにまろい闇が弾け、広がった。
 

 :::


 帰ってきたオレの顔色を見て、仕事に出かける用意をしていたお袋は学校を休むよ うオレに勧めた。
 
 「大丈夫だよ、安定剤の副作用で血の巡りがちょっと悪くなってるだけなんだから」
 「そんなの全然大丈夫じゃないわよ!!」

 短く刈った薄い色の金髪を勢いよく揺らしてこちらを向くと、 お袋はオレの腕をひっつかんで視聴覚伝達器ごと布団に押し込めた。
 抵抗しようにもオレは軽い貧血状態でふらふらだったし、なにより 情けないことにオレの基礎体力はお袋のそれを下回っている。

 「今日さ、数学の小テストがあるんだ。休んだりなんかしたら アホ教師がまた陰湿な嫌味をねちねち言うに違いないんだよ」
 「陰湿な嫌味なんてポンコツの耳ふさいだら聞こえないわよ!全 く、朝っぱらから呼び出して何様のつもりなのバカジは!!」
 
 ちなみにバカジとは、さっきまでオレが実験を受けていたハガジ研究所のこと。
 お袋は言い間違えたのではなく、わざとそう言っているのだ。

 「うちの息子をなんだと思ってるの!?」
 「調度いい実験体だと思ってるんだろ・・・・・・いてっ!」
 
 皮肉交じりに言うと、お袋の鉄拳がオレの頭目掛けて飛んできた。
 息子がふらふらしていようが、このへん容赦ない。

 「卑屈になってんじゃないわよバカ息子!オレは実験体様だ 、様付けで呼べっ!くらいの気概でぶつかっていきなさい!」
 「どんな気概だよそりゃ」
 「嫌になったらやめてやってもいいんだぜって雰囲気を漂わせるのよ」
 
 そう言うとお袋は、小さな子供にするみたいにオレの布団をかけなおした。
 
 「ほんと、やめたかったらやめていいんだからね。家計のことなんか考え なくていいのよ、私の収入だけでもなんとかなるんだから」
 「・・・別に金のことを気にして実験体様になってるんじゃないし」
 「そうならいいけど」

 お袋はにっこり笑うと、オレの頬を軽く叩き、「学校に欠席の電話かけとくわー」 と言いながら部屋を出て行った。
 隣の部屋でお袋が電話口で話す声を聞きながら、オレはクリーム色の天井を見上げた。
 前にここに住んでいた人間が何か吊るしていたのだろうか、野暮ったいねじ 穴が3箇所あいているのが見えた。
 三角形に並び、それぞれ目、目、口みたいだ。
 ん〜、アホ面だ。
 豆鉄砲を食らったような顔とはこういう感じなんだろな。
 しかし天井に取り付けるものといったら何だろう。
 ・・・・・・・・・シャンデリア・・・?
 この部屋に合わないな・・・・・・あの白い椅子がこの部屋にあれば、ち ょっとはマッチするのかもしれないけど。
 こういうときに物体の記憶を読むことができるサイコメトリー能力 があったら便利なのにな、と思う。
 あのねじ穴に触れさえすれば、ねじ穴を作った人物の記憶を読み、 何をしようとしていたのかわかるのだから。
 ・・・・・・あぁ、何が据え付けられてたんだろう。
 ねじ穴を見るのはこれが初めてじゃないのに、今はどうしてこんなにも気になるのか。
 バカジの連中にうたれた安定剤のせいかもしれない。
 最近能力がやたら不安定だから、効果がきついものをうったと言っていた。
 きっとそのせいだ。
 だからいつもなら気にも留めないようなつまらないことに、意識が持 っていかれてしまうんだ。
 今回はたまたま、天井のねじ穴だったんだ。
 天井、天井・・・・・・吊るすものなんてそう思いつかない。
 首を吊るためのフックとか・・・?
 前の住人が自殺して誰も住みたがらないような部屋に、オレたち家族を 住まわせる・・・・・・バカジの奴らならやりかねない、ありえる話だな。
 そうでなくちゃ、オレの研究(オレが研究者みたいに聞こえるな。 オレを実験体とした研究だな)に興味を持ったアホみたいに金持ちな 出資者がいるとはいえ、エイリアンハーフの実験体様にこんな高級マ ンションをあてがってくれるわけがない。
 前住人自殺説か・・・・・・なかなかいけるんじゃないか。
 でもそうなると、今オレが横たわっているベッドの上に、死体が一つぶら 下がっていたかもしれないわけだ。
 うっはー、えぐいなぁ・・・とか思っていたら、ズボンのポケットの中で携 帯電話が微動し、メールの着信を告げた。
 
 ゾフィエル・ハイスクールにやってきてから、メールの使用率がぐんと上がった。
 転入してから一週間近く経つけど、それまで空だったメールボックスにはすで に40件近くのメールが入っている。
 クラスメイトからのものが殆どで、他にはクラス担任から送られてくるプリン ト提出日の確認だったり、授業の休講通知だったり。
 オレはどうもこの携帯電話の小さな液晶画面が苦手で、ポンコツ視聴 覚伝達器のズーム機能をフルに活用してメールをうったり読んだりする。
 見づらいんだよな・・・とぶつぶつ言いながら、オレは身体を起こし、オレの 枕の隣で一緒になって天井を見上げていたポンコツを胸元に抱き込むようにし て携帯画面を覗き込んだ。
 メールは・・・・・・アスティからだ。
 『体の具合大丈夫?授業のノートは任せておいて』とあった。
 オレは赤毛の燃え立つような少女を脳裏に思い浮かべた。
 誰に対しても面倒見のいい彼女だが、オレにはとりわけ親切にしてくれる。
 別にオレにラブラブだとかそういうことではなくて、庇護欲をそそられている・・・ とかそういう感じらしい。
 女の子の庇護欲をそそるなんて男として情けない話だけど、利用できるも のは利用させてもらおう、・・・と割り切って考えるしかない。
 あれこれ文面を考えた挙句、『大丈夫だよ、ありがとう』と簡潔にいこう と、いざ打ち込み始めようとした。
 と、画面上にぱっと紙飛行機が現われ、新たなメールの着信を表示した。
 開いて見ると、またアスティからだった。

 『今日休んで残念だったわね。ビッグニュースよ!』

 ビッグニュース・・・?
 まぁオレにとってはたいしたことじゃぁないだろう。

 『ノートのことありがとう。具合はまあまあだよ。それよりビッグニュースって何?』

 送信し終わったところで、部屋がノックされ、お袋がドアの隙間から顔をのぞかせた。

 「それじゃぁ行ってくるね。今日も帰りは9時をまわると思うわ。 冷蔵庫の中にシチューが入っているから食べてね」
 「あの中の具、キャベツの芯ばかりじゃん」
 「食べれるだけありがたく思いな、じゃぁ」

 勇ましく去っていく足音を、オレは聞こえなくなるまでじっと聞いていた。
 2LDKの家にオレは今、一人だ。
 お袋の精神による外部からの刺激がなくなり、安定剤の効果もあって少し眠くなってきた。
 そういえば今日は研究所から朝の6時に呼び出されたんだっけ。
 学校にそのまま直行しようと制服を着て行ったけど、無駄に終わってしまった。
 携帯の時計を見ると、今は8時30分過ぎ。
 1時間目の前の休み時間だな。
 今日の1時間目はたしか化学だった。
 今まで転校を何度も繰り返してきたから、腰をしっかり据えて勉強 に励んだことなどないオレは、全ての教科が苦手なのだけれども、 その中でも化学がダントツで嫌いだ。
 化学というと実験、実験といえば実験体のオレ。
 そんな単純な公式が頭にあるからだ。
 
 メールが来た。
 眠い目をこすりながら画面を見ると、『ウスイ様が来たのー!!』とあった。
 ああ、オレの隣の席のエイリアンハーフ。
 両親を交通事故で無くしたとかで、何ヶ月も欠席していると聞いてい たけど、今日登校して来たのか・・・。
 オレは心地よい眠気に脳をくすぐられながら、ぼんやりと思った。
 思っただけで、思考はついていってない。
 それよりも天井のねじ穴が気になって仕方がない。
 オレは再びベッドに仰向けに寝っころがると、アスティにメールを送った。

 『天井って普通何をぶらさげる?』

 今までの会話を全く無視した、唐突な話題のふり方だ。
 ウスイ様熱に水を差したかなぁ・・・とほんの少し心配したけど、返事はすぐに返ってきた。

 『んー、風鈴とか?突然なぁに?』

 風鈴・・・風鈴・・・・・・ダメだ、この部屋には似合わない。
 死体がぶら下がっている方が似合っている。
 死体・・・死体・・・・・・誰がいいかな。
 バカジでオレをいつも嫌な目つきで睨みつけてくるおっさんなんかいいかもしれない。
 オレはカーテンの隙間から漏れる朝の日差しの中でまどろみながら、想像上の おっさんの首吊り死体とベッドの中でにらめっこした。
 むなしい復讐方法だけど、オレにはこれくらいしかできなかった。


 :::


 次の日、いつものように始業開始時間ぎりぎりに登校すると 、学校は普段とは違った雰囲気に包まれていた。
 大体オレが校内を歩くと、好奇心いっぱいの視線が嫌というほ どふってくるのだけれど、今日はそれがなく、生徒達はとろーんと した瞳でなにかしら話し込んでいる。
 そしてその度合いは、オレのクラス・・・1年Cクラスに向かうにつれて酷くなっていった。
 十中八九、『ウスイ様』効果だろう。
 
 昨日注射した安定剤のおかげで、オレは能力のたずなをとりやすい 状態にあったので、周囲のとろ〜んとした雰囲気に精神を取り込まれる こともなく、オレは教室のドアを無事に開くことが出来た。
 同時にホームルーム開始のチャイムが鳴る。
 教会の鐘の音を模した機械音をBGMに、オレは自分の席へと真っ直ぐ歩いた。
 教室は静まり返っていた。
 アスティやノスを含む何人かの意識がこちらに向けられるのを感じる。

 この教室で一番後ろの列の席というのは二つしかない。
 片方は窓から2番目のオレの席。
 もう一つは一番窓際の席で、いつも空席だったけれど、今は一人、 何か雑誌を読みながら座っている者がいる。
 黒い髪を肩まで伸ばし、少し長めの耳にはシルバーのピアス。
 横からのアングルなのでよくわからないけど、シャツの襟元は第2ボ タンまで開け、裾はズボンからはみ出し・・・・・・でも上靴はきっちり踵まで入れて履いている。
 この中途半端な不良が皆の言う『ウスイ様』なのか・・・?
 品行方正とか聞いていたけど、そういう風なスタイルには見えない。
 ワイルド系に路線変更したのかな、とか思いながら席にたどり着き、あの 白い椅子とは比べ物にならない安っぽい椅子に腰掛けると、隣の席から視線 が向けられたのがわかった。
 視線はオレ全体を捉え、顔を捉え、そして耳に移ったようだ。
 オレの耳は他のエイリアンハーフと同じく、外耳が地球人のそれよりも長く、大きい。
 オレが地球人でないことに気付いたのだろう。
 しばらく何か言いたげにしていたけど、オレがパソコンを起動させ、 キーボードを忙しく叩き始めたのを見ると、微かな溜息をついて雑誌に視線を戻した。
 
 奴がまだこちらを意識していることを感じながら、オレはアステ ィ宛のメールをうち終えた。

 『件名:おはよう
昨日はどうもありがとう。HRのあとでノートを見せて欲しいんだけどいいかな? ところで僕の隣の席の人がウスイ?』

送信すると、程なくして教室の前中央のあたりからひそやかな歓声のような声が漏れ聞こえた。
 アスティの席に周辺のクラスメイトがわらわらと群がるのが見える。
 返事を待つ間に・・・とオレは腰を浮かすと、前の席で固まったまま動けな いでいるノスの肩を筆箱でちょいちょいとつついた。
 ノスは「ひぃっ」と変な声を上げるとぎこちなく首だけをこちらに向けた。
 
 「おはよう、先生遅いね」
 「おっ、おはよう・・・・・・今朝は緊急の職員会議があるとかでHRがないんだ」
 「そっか・・・。ダリアンの奴、オレが数学のテストにでなかったことに何か言ってた?」
 「大丈夫だ、だ、だって、昨日はダリアン先生、無口だったから・・・」
 「どうして?」
 「ど、どうしてってそりゃ・・・なぁ・・・具合が悪かったんじゃないのか?」
 「ふーん」

 オレが椅子に座りなおすと同時に、パソコンの受信箱にメールが一着届いた。
 アスティからだ。

 『件名:おはよー!
  そう、ウスイ様よー!!セイラン君、普通に席に座るもんだ から驚いたわ!私なんてこの距離なのに頭が麻痺してぼーっとしているのに!!』

 やっぱり隣の席の男がウスイらしい。
 頭を麻痺させるほどの何かをウスイは持っているらしいけど、オレにはとんとわからない。
 オレはウスイをさりげなく見てみた。
 ウスイもそんなオレに気付いたようにこちらを見た。
 
 奴の蒼い視線と真正面からぶつかった時、オレの頭の中で何かが弾けるような感覚がした。
 美形だ。
 とにかく美形だ。
 はっきり言って美形だ。
 それ以外の何者でも無い。
 このオレが言うのだから間違いない。
 クラスの奴らがいかれてしまっても仕方がない、それくらいの美形だ。
 
 でも、オレが衝撃を受けたのはそこじゃない。
 外見もそれなりにガツンときたけど、オレが揺さぶられたのは内面の方だった。
 
 これが61α系エイリアンハーフの思考なのか!?
 空虚?
 そんなの嘘だ。
 こんなにも昏い感情で溢れかえっているじゃないか!