VENUS AS A BOY





 その場の勢いで声をかけてしまったことを後悔する一方で、誰も話したくても話し 掛けることができない男に声をかけたという優越感を、浅ましいと思いつつ感じていた。
 でも、これだけは信じて欲しい。
 他人と差をつけたくて、声をかけたんじゃぁない。
 誰かがとてもいいプレイをしたら、拍手で称えるのが当たり前だろう。
 そう、当たり前のことをやっただけなのに、そう目に映らないバカどもが世の中何 故か多いんだよな。
 オレは鬱々とパソコンのディスプレイに視線を走らせた。
 
 『送信者:      件名:警告
 いい気になるな。いつか天罰がお前にくだるだろう。』

 ・・・・・・あイター。
 送信者のところブランクだけど、絶対ウスイ教信者からだろこれは。
 天罰って辺りがそれっぽくないか?
 警告ってなんだ、何様のつもりなんだろう。
 名前を隠して送ってくるところからして陰険だ。
 まぁ誰がやったかとかは、オレが探ろうと思えば簡単に探ることができるのだけれど 、そんな奴の精神なんて覗くどころか触れるのも嫌だから、実質的被害を受けるまでや めておこうかな、と思う。
 今までにいた学校でも、同じようなことが何度もあった。
 内容に関しては、思い出すのも鬱陶しいような悪質で低レベル極まりないものだった、 とだけ言っておこう。
 それもメールボックスを起動させるたびに、受信にやたら時間がかかるくらい数多く届いた。
 最高では1日986件だったかな・・・。
 ペースト使った同じ文面のメールがわんさか届いたもんだから、バラエティもへったくれ もありゃしない。
 授業に関する必要なメールを捜すのが面倒だわ、ホストコンピューターがパンクして、オレは悪 くないのに教師に文句言われるはえらい目にあったっけ。
 さっき読んだメールなんて、あれらに比べたら可愛いもんだ。
 しかし、さっき一言口きいただけでこれだからなぁ・・・。
 体育の時間にオレがウスイに声をかけたことは、次の授業までには全校生徒に知れ渡って いたといって過言じゃない。
 誰が言いふらしたかは知らないけど、運動場から教室に戻る途時点で、他のクラスの生徒 達から嫌というほど視線を浴びたからだ。
 おそらくこれからもっと、この手のメールが届くんじゃないかな・・・。

 実はもう3件ほど似たようなメールが、オレのパソコン宛に届いている。
 学内メールのアドレスは、学年クラスと出席番号さえわかれば、誰でも送りたい奴に送る ことができるから、オレの顔を知らない、口をきいたことのない奴でも簡単に送りつけるこ とができる。
 たいした内容じゃないけど、あんまり続くようだったら担任に言って、メアドを変更させ てもらおうかな・・・。
 そんなことを考えていると、隣の席から小さく、ぶっきらぼうぶった声がかけられた。  

「・・・・・・おい・・・・・・」
 オレはポンコツと共に、視線だけそちらを向けると、ウスイが身を屈めてパソコンの影に 隠れながら、こちらを見ているのが見えた。
 今、現代文の授業の途中で、男性教師がハイディス・ヒス・キャロルとかいう詩人の書いた 詩の解説をしているところだ。
 現代文教師の声は野太く大きく、ちょっとした囁き声くらいならかき消されるだろう。

 「何?」

 オレは前に座るノスの耳にも入らないくらいの、小さな声を心がけた。
 そんなオレの努力をウスイは、教師に聞こえないようにしている、くらいにしか思 っていないに違いない。

 「・・・・・・シャーペンを貸してくれないか」

 ウスイの囁きながらもよく通るテノールに、ノスどころかその前の席の女子までが、 肩をビクッと震わせるのがポンコツからよく見えた。
 また広まりそうな予感がする・・・。
 オレは疲れた顔にいつもの人好きする笑顔を貼り付けると、ウスイに顔を向けた。
 
 「シャーペン?さっきまでの授業で使ってなかったっけ。なくしたの?」
 「・・・・・・あぁ」
 
 少し間を置いてから頷いたウスイ。
 制服ではなくて、何故か体操服を着たままだ。
 今日、体育の授業はもうない。
 オレはふと自分の経験からあることが思い当たり、黙って予備のシャーペンをウスイの 机の上に置いた。

 「消しゴムは?」
 「・・・・・・余分に持ってるか?」
 「あるよ。使い残しの小さいやつでいいなら」
 「・・・・・・貸りる」
 「いいよ」

 教師の目を盗んで、おずおずと差し出されたウスイの綺麗な右手に、オレはぽとんと消 しゴムを落とした。
 ウスイの手には触れなかった。
 けど、ウスイのまとう闇が、格段に薄くなっているのは感じた。
 
 「・・・・・・あの・・・」
 「何?」
 周囲の席の者がオレたちの会話に聞き耳を立てているのを感じながら、オレはできるだ け小さく、なんでもないように返した。

 「俺に授業ノートを送ったのは・・・・・・あんたか?」
 「うん、そうだよ」

 アスティに頼まれて送ったあのメールのことだろう。
 1時間目の始まる前に送ったのだけれど、それを見たウスイの反応は見ものだったっけ。
 顔の変化は見てなかったけど、なんかこう、花がぱーーっと飛ぶような、そんなわかり やすい感情の変化をオレは感じた。
 
 「僕が送ったってなんでわかったの?」
 「・・・・・・あんた、転校生だろ?」
 「そうだけど」
 「それに、地球人じゃない」
 「うん」
 「だからだ」
 
 ちょっと考えてから、オレは「ふーん」とだけ答えた。
 ウスイは自分がエイリアンハーフだから嫌われている、と思っているようで。
 でもそう思ってしまうのも無理ないと思う。
 おそらく体育の時間中に、他のクラスの奴らか誰かが、ウスイの筆記用具一式や制服を盗 んだんだ。
 今まで見たウスイファンの熱狂ぶりから考えて、好きな人の持ち物を肌身離さず持ち歩い ちゃう〜とか、売りさばいたら金になる!とかそういう意図からの盗みっぽいんじゃないか なとオレは楽観的に推測する。
 案外学校の中には、本当にエイリアンハーフとしてウスイを嫌っている奴がまざってい るのかもしれないけど、それはいたとしても少数派だろうし、数多いるウスイファンや宗教 家を敵にまわしてまで彼に危害を加えるようなバカな真似はしないだろう。
 間違いなく袋叩きだ、恐ろしい。
 しかしこいつ自身はそんな強大なバックがついていることを全く気付いていない。
 宝の持ち腐れとはまさにこのことで、無知は大概他の人におぶさって迷惑をかけるものだ けれど、ウスイの自分自身に関する無知の罪は、哀しいかな、四方八方に立ち塞がる崇拝の 壁にぶちあたって、ことごとく己にはね返っているから、壁の外の誰もがその罪に気付かず 断罪する者がいないわけだ。
 まぁ、今のところ唯一オレだけが断罪者になれる可能性を持っているわけなんだけど・・・ ・・・はてさて。
 
 「僕の耳がどうかした?」
 「あ、いや・・・・・・」

 さっきからオレの耳をじぃっと見ていたウスイに声をかけると、しどろもどろの返 事が返ってきた。

 「その、・・・長いなと思ってただけだ・・・」
 「君のも長いじゃん」
 「お前の方が長い。・・・・・・61α人なのか?」
 「ん、・・・61αと地球のハーフ」
 「ハーフ!?」

 驚いたようにウスイが言った。
 その声はけっこう大きくて、クラスみんなどころか教師までが肩をビクッと揺らした。
 オレはしぃっと人差し指を口の前に立ててウスイに注意を促しつつ、クラスの中の様 子を観察した。
 ・・・・・・大丈夫だ、教師を含めた全員がとろけそうな表情をしている。
 さすがウスイ様、声まで絶品らしい。
 オレは愉快でたまらず、にっこり笑みを浮かべて隣を向いた。
 意図せずして授業を中断させた当の本人は、デスクトップの影に隠れながら、複雑な 表情でこちらを見ていた。
 自分の起こした反応に全く気付いていないようだから、ほんとたちが悪い。

 「61αの純血じゃないのか・・・?」

 我に返った教師が授業を再開するのを待ってから、ウスイがさっきよりも小さな声で 話し掛けてきた。

 「そんなこと、一言も言った覚えないよ。どうして?」
 「だって・・・・・・」
 「だって、僕に友達がいるから?」
 「!」

 図星的中、この世で最も美しい少年はわずかに目を丸くした。
 オレは気分の高揚に任せて、ズケズケ言う。

 「僕はエイリアンハーフだけど、ここの人たちはみんな親切にしてくれるよ。友人も たくさんできた」
 「どうして・・・」
 「どうしてって?」
 「俺も・・・ハーフだ」
 「うん、知ってる、61αと地球のハーフだよね。僕と同じだ」
 「・・・・・・同じなのに」
 「同じだね」
 「どうして・・・」
 「どうして?」
 「・・・・・・どうして・・・・・・」
 「・・・どうして君は、友人がいないのだろうね?」

 オレの囁きに、ウスイはさらに目を見張った。
 
 「エイリアンハーフだから、じゃなくて、他に理由があるんだろうね」

 そう言うと、オレはやおら手を挙げて「先生、保健室に行ってもいいですか・・・?」 と、か細い声を出した。

 クラスメイトの視線を一身に浴びながらさっさと退室する背中に、ひときわ強く突き 刺さる感情があったが、オレはあえてそれを無視した。
 はっきり、ひどいことを言った。
 さらにわざとらしく保健室に行かれてしまっちゃ、突き放されたように感じただろ う。(ウスイの感情から逃げたかったのが理由なんだけど)
 これでいい。
 なんでかって、オレはウスイと表面上の友人ですらなりたくなかったのだから。
 断罪人候補としてウスイの考えの間違いを指摘してやった上で、オレは君と友人 になる気持ちはこれっぽっちもないんだぞオーラを出して、拒絶をさりげなくアピ ール・・・・・・すごいなオレ、いきなり憎まれ役街道まっしぐらだ。
 地球人と幸せそうに(一見)友情を育んでいる同族のエイリアンハーフに、不幸の どん底に全身浸ったままの男が好意をもてるわけがない。
 なんて可哀相なウスイ。
 去り際、ちらりと視聴覚伝達器越しに見たウスイの顔は蒼白で、悲哀に満ち溢れていた。
 誰かが直視しようものならショックのあまり昏倒するにちがいない。
 そんな美しすぎる顔が友人の出来ない理由だなんて、本人が気付くのはいつのことやら。
 あのぶんだと、まず自分の性格から分析をはじめてるんじゃないかな・・・。
 もし、違った形で出会ってたなら、オレは色々気を遣わずにウスイと友情なんて モノを築けたのかもしれない。
 でもそれは例えばの話だ。
 オレはサイコキネシスを使えないテレパシストで、ウスイはみんなの視線を集め る容姿を持つ男である・・・・・・それが現実なのだから。
 
 そんなこんなで、体育の時に培われかけたウスイとの縁を断ち切るべく、健気に頑 張ったオレだったのだけれども、このことがまさか裏目に出ようとは思ってもいなかった。


 :::


 昼休みも終わりかけ、アスティが届けてくれた弁当を、消毒薬臭い保健室で一人食 べたオレは、すっかり顔なじみになった保健医に挨拶してドアを閉め・・・・・・そして そのまま数人の生徒に囲まれた。
 普段なら、漏れ出る能力がオレに害を成そうとする奴らの思考をキャッチしてき てくれるから、出会わないように出会わないようにうまく逃げ回ることができるの だけれど、今回は新薬が効いて完璧に押さえ込むことができていたので、それが逆 に災いとなってしまった。

 「ちょっと顔貸してくんない?」

 心を読まないでも、こいつらが自分に対して悪意を持っていることは、その剣呑 な表情からわかる。
 無理矢理手を掴んで引っ張られるのだけは勘弁してもらいたかったのと、男として のプライドが手伝ったこともあって、オレは大人しく黙ってついていった。
 途中、何人かの生徒とすれ違ったけど、オレが堂々とついていっているので、この 状況に誰も不審を抱かなかったみたいだ。
 ただ、ウスイに話し掛けたエイリアンハーフとして、好奇の視線を向けてくるだけである。
 校舎1階の奥の警備室の横にある非常口から外に出ると、相変わらず眩しい人工太 陽がオレの頬に光を射す。
 校舎の建物沿いを歩いて花壇の横を過ぎ、人気の無い方へ無い方へと進んでいく。
 誰もいない校舎にひっそりとある花壇の脇にまで来ると、オレは壁を背にする格好 で取り囲まれた。

 「お前さ、アステリエと仲良くするわ、ウスイに話し掛けるわ、ちょっと調子のっ てるんじゃねーの?」

 そう言ってオレを軽く突き飛ばしたのは、さっき体育の時間で相手をしたマッチョ チームの一人。名前は確かオーランドとかいったかな。
 さっきの試合でライトフライを打上げてダブルプレイになったやつだ。
 他にいる3人のうち、二人は覚えのない顔の男だけど、もう一人はやっぱりオレと同 じクラスで、名前は覚えてないけどオーランドと同じチームだった体育会系の男だ。
 
 「おいっ、聞いてんのかてめー」
 「・・・僕がいつ、調子に乗った?」
 「あぁっ?」
 
 オレの言葉に、オーランドが声を張り上げて、オレの胸倉を掴んだ。
   
 「アステリエやウスイに話し掛けること自体が調子のってるっつーてんだ」
 
 そう言って力任せにオレを揺さぶったが、オレはそれに構うどころじゃなかった。
 直接つかまれた胸倉から、オーランドの心内がどっとオレの中になだれ込んでき たからだ。
 こうなると、オーランドたちが現実に何を口に出して言っているのか判別が難しく なってくる。
 頭の中にたち込める厄介な雑音と、オレに向けられた悪意・感情が、入り混じりな がら視覚・聴覚・触覚を圧倒し、踏みつけながら蝕もうとする。
 安定剤のおかげで能力制御がだいぶ効くようになっているとは言え、それは暴徒と化 した大群衆を数十人程度の警官が鎮圧にあたろうとする程度の効果しかなく、つまると ころ無意味だった。
 それでも抵抗するしか術がなく、襲い掛かる洪水に飲み込まれないよう、安全弁を必 死に駆使して中に入れまいとした。
 そんな泥水のような感情の奔流の中、淡く輝く小さな光のような存在が見えた。
 アスティだった。
 オレが毎日見て感じている彼女の顔よりも、美しくて綺麗だった。
 はにかんだような笑み、弾けるような笑み、温かな笑み、怒ったような顔、拗ねた ような顔、真剣な顔。
 こんなに色々な表情を彼女はもっている。
 オレはそれを知っていたけど、何も感じずにただ流すだけだった。
 それほどオレにとってはとるに足らないことなのだ。
 しかしオーランドにとってはそうではなく、彼女という存在は彼の心の中の神聖な 部分を占めている。
 そんな彼女の横に突如、「オレ」の姿が現われた。
 貧弱のひょろひょろで、オーランドとは似ても似つかない「オレ」。
 アスティは「オレ」のことを、今まで現われた表情の中でもとびっきりの笑顔で見つ めている。
 いや、彼女があんな顔をオレに見せたことはないはずだ。
 オーランドの嫉妬心が、現実を曲げてそう見せているだけなんだ。
 彼女は「オレ」に友情を感じていてこそすれ、愛してなどいない。
 間違いを正そうと、オレはしっちゃかめっちゃかになっている頭を宥めて、口を開 こうとした。
 その時、アスティと「オレ」を取り巻くどろどろとした赤黒い壁から誰かが溶け出 すように現われた。 
 オーランド自身だった。
 手に斧を持った彼は、楽しそうに談笑・・・・・・というかむしろイチャイチャしている 「オレ」の背後に忍び寄る。
 だらしない顔をしている「オレ」は(あんな顔、オレは絶対しない)、それに全く気付 いていない。
 憎悪と喜悦を迸らせながら、オーランドは斧を振り上げた。
 鋭い刃は、鈍い音を立てて肩から袈裟懸けに「オレ」の身体を真っ二つにした。
 血が飛び散る。
 青い血だ。
 血は「オレ」の切断面から噴水のように噴出すが、アスティの身体にはかからない。
 彼女は綺麗なままだ。
 崩れ落ちた「オレ」はそのまま横たわり、薄汚い青い血に染まってぼろくずのようだ。
 あまりにも哀れな「オレ」に、一部始終を眺めていたオレは駆け寄ろうとした、が、 体が動かない。
 見ると、粘々した縄がいくつもオレに絡まっている。
 周囲に目を走らせると、四方八方からさらに縄が伸びてきてオレに絡みつくのが見えた。
 絡み付いた縄は溶け、体に染み、青黒く変色させていく。
 悪意だ。
 オレの体が悪意に染まる・・・!

 『離せ!!』

 叫んだ。

 途端、頭にたち込めていた悪意がいっきに薄まり、代わりに右足の甲に鈍痛を感じる。
 ひどく息苦しい。
 荒く、浅く息をつきながら額に手をやった。
 冷たい汗がべっとりと手についた。
 あぁ・・・・・・、またオレは感情に取り込まれてしまったらしい。
 視聴覚伝達器から送られてくる映像に、いつものように神経を集中させると、目の前で オーランドが脛を抱えながら悪態を付き、他の連中が頭を押さえながらこちらを睨みつけ ているのが見えた。
 
 「いってーー!何すんだてめーー!」
 「でっかい声いきなり出してんじゃねーよ!」
 「びっくりしただろうがちくしょう!」

 声・・・・・・あの調子だと、おそらくオレはテレパスで直接発したのだろう。(ついでに オーランドの腕を振り解こうと、脛を蹴り上げたみたいだ)
 運のいいことにこいつらは気付いていない。
 しかしこいつらの敵愾心を煽ってしまったみたいだ。
 
 これ以上こいつらに関わって、今みたいに思念にとり付かれでもしたら、今すでに貧 血の症状を起こした時みたいにふらふらなのに、さらにえらいことになる。
 だからといって走って逃げようにも、オレは足が遅いのですぐに捕まるだろう。
 叫んで誰かに助けを求めるしかない。
 ・・・・・・でも、声が届いたとしても誰も助けにくれてくれなかったら?
 そう考えてオレはとあることに気付いて、鳩尾の辺りをつかまれるような気がした。
 今思えばさっき、オレの体に巻きついていた縄は、オーランドのものだけではなかった。
 オーランドの悪意に触発されて暴走しかけた超感覚が、付近のオレに悪意を持つ奴の 意思をも引きずってきて、オーランドの意思に同調してオレを拘束する形をとったんだ。
 力を抑えよう、抑えようとそればかりだったから、オレに悪意を持つ人間がかなりい ることに気付かなかったけど、ふたを開けてみればこういう状況だった。
 青い血は、エイリアンハーフに対する偏見の象徴だ。
 アスティのこともあるけど、エイリアンハーフとしてもオレは憎まれているとみて間 違いない。
 わかっていたからこそ、危惧していたからこそ、オレは気付きたくなくて押さえ込ん でいたのだろう・・・・・・って悠長に分析している場合じゃぁない。
 
 誰かを呼ぶか、どうしようか・・・迷っているうちにオーランドの蹴りが鳩尾に食い込んだ。
 
 「・・・・・・ッ!」

 頼りないオレの身体は、踏ん張りきれず後ろの壁にぶつかり、頭をごちっとぶつけた。
 痛みもさることながら、詰まった息のほうが苦しくて、オレはその場にうずくまると 空気を求めて喘いだ。
 
 「顔はやめとけよ」
 「わーってるって」

 他のクラスの奴のうち、オレンジ色の髪をした柄の悪そうな男の方が、オレの髪を掴 んで無理矢理身体を起こさせる。
 そしてむせ続けるオレのがら空きの脇腹に、拳をめり込ませた。
 
 痛い・・・。
 ・・・・・・痣になるな・・・。
 そんなことを考えながら、激痛を訴える脇腹を押さえる。
 明日、研究所で検査を受ける予定が入っているのだけれど、その時見られるに違いない。
 あいつらはオレの身体の心配なんかしたりしない。
 実験体としてのオレを心配するだけだ。
 お袋が見たら、「ありとあらゆる手を使って仕返しするのよ!」と怒るだろう。
 怒りながら心配するんだ、いつも。
 だからオレはなんでもない顔をしていなくちゃならない。
 余計な心配なんかかけさせたくない。

 拳や蹴りから受けるダメージは仕方ないとして、伝わってくる悪意によるダメージを 少しでも軽減させようと、オレは意識して別のことを考えるよう努力した。
 何がいい、・・・『溶岩』だ、アレがいい。
 イントロを思い出そうとしたオレの腰に、鈍い衝撃が走った。
 気にしちゃダメだ。
 軽やかなコーラスがオレの頭の中で響きだす。
 
 「何とか言ったらどうだ、エイリアンハーフがぁ!」

 胸倉をつかまれ、また引きずり起こされた。
 目の前にはオーランドの顔。
 振り上げられた拳。 
 斧だったら一撃で何もかも終わるのに・・・・・・。
 
 オレは痛みを想像して目を瞑った。


   ・・・・・・が、いくら待っても痛みはやってこなかった。
 代わりに、覚えのある気配がすぐ側からした。

 「そんな状態じゃ何も言えないだろう」

 底冷えのするような冷たい声が、美しい感触を伴って、その場にいる全員の耳に滑り込んだ。
 
 「4対1で何が楽しい。・・・・・・俺が相手をしようか」

 そう言うと、無表情のシノブ・ウスイは、固まったまま動けないでいる4人の筋肉バ カどもに歩み寄った。

 「問題ないだろう。俺もハーフだからな・・・!」



 :::



 「・・・・・・天はいくつも与えすぎ・・・」
 
 オレは痛みを訴える全身のあちこちをさすると、ほうほうの態で4人組が逃げて いった方を見やった。
 ウスイは体操服についたほこりを払うと、自然な動作で上をジャージのズボンの中に入れな おそうとして、ふと思い直したようにまた引っ張り出した。
 あくまで不良スタイルにこだわりたいらしい。(ジャージで微妙なところだけど)
 でも上履きはきっちりと履いている。
 
 「いくつも?」

 乱闘の際にピアスが落ちなかったか、耳を触って確かめながら、ウスイはオレ のほうを振り返った。

 「容姿、声、勉学の才、運動神経、んでもってケンカの才」
 「ケンカというか・・・・・・護身術もかねて空手をちょっとかじったことがあるからだ」
 
 少し顔をしかめながら、ウスイは地面にへたり込んで息を切らしているオレ の前に立ちはだかった。
 
 「言っておくが、べ、別に、あんたを助けようと思ったわけじゃない。乱闘 に加わりたいのが男の性というものなんだから」
 「ふーん、さが、ね」
 「なんだよ」
 「別にぃ」
 
 生返事を返していると、どう受け取ったかは知らないけど、ウスイはオレを 助太刀する羽目になった経緯を聞いてもいないのに詳しく語り始めた。
 要約すると、屋上で一人寂しく昼ご飯を食べていたところ、突如「離せ」と いう叫び声が聞こえたので、下を覗いて見ると、オレが4人にぼこぼこにやられ ているところだったので、サイコキネシスを使って下まで降り立った・・・そんな感じだ。
 
 「どうして・・・リンチ受けてたんだ?」
 
 ぶっきらぼうに聞くウスイに、オレは首を傾げて見せた。

 「恋愛に関する揉め事だよ、君には関係ない」
 「れ、恋愛・・・・・・」
 「そ。・・・・・・それより君こそなんで僕を助ける気になったの?」
 「いや、それは・・・・・・だっ、だから助けようと思ったんじゃなくて、たまたま そういう形になってしまっただけであって」
 「ケンカに加わりたいという男の性?」
 「そ、そうだ・・・・・・あと・・・」

 ウスイはオレの座っているところを指差した。
 
 「ここは花壇だから」
 「・・・・・・・・・・・・は・・・・・・?」

 オレは予想外の言葉に目を点にした。

 「花壇?」
 「そう、花壇だから」

 機械で下を見ると、確かにオレは花壇の上に尻餅をついていた。
 オーランドたちにぼこぼこにされながら転げまわったのだろう、花やら草やら がぐんにゃりと地面にへばっている。

 「・・・・・・えっと・・・その・・・、ウスイって、花が好きなの?」
 「ああ、好きだ。・・・・・・あ、似合わないと思ったな、・・・ち、ちきしょう!」
 「『ちきしょう』って、そんな思い出したように付け加えなくても・・・」
 「いや、さらりと言った」
 「言ってないよ」

 頬を少し染めるウスイが、なんだかとっても面白かった。
 なんだかんだ言っているけど、オレに冷たいことを言われたにも関わらず、ウ スイはオレを助けようと駆けつけてくれたわけで。
 リンチを受ける原因の一端を彼が担っているのだけれども、それでもオレは今 、ウスイの存在をとてもありがたいと感じていた。
 それは、危機の際に助けてくれた母以外の初めての存在に対する感情であり、 孤独を分かち合える同種に対する親近感でもあり、そして何よりウスイという存 在に対する興味でもあった。
 
 仲良くなりたい。
 そんな想いが、焼けるような痛みとともに胸を横切った。
 孤独を知るこのエイリアンハーフなら、オレがたとえどんな手ひどい裏切り をしたとしても、手を放さずにいてくれるだろうか。
 偽りの自分を脱ぎ捨てて正体を曝け出しても、変わらずに居てくれるだろうか。


 「そろそろ午後の授業が始まる」

 オレの逡巡にこれっぽっちも気付かず、ウスイは腕時計を見た。

 「授業は出れるか?」
 「ん〜〜、僕は保健室に行くから・・・先に帰りなよ」
 「まともに歩けないだろ、保健室にくらい連れて行ってやる」
 「不良が言うセリフじゃないなぁ」
 「・・・・・・うるさい」

 ぶつぶつ言いながら、ウスイはくるりと背中を見せた。
 まさか、おぶってくれる気だろうか。
 「そんないいよ」というオレの声に構わず、ウスイはぶつぶつと独り言を言っている。

 「不良っぽく見えてはいるんだな・・・・・・誰も注意しないから間違ってるかと思ってた・・・・・・」

 それを聞いて、ぷっ、とオレは思わず吹き出した。
 
 「やっぱりワルぶってたんだね」

 笑いの止まらないオレ。
 そんなオレにウスイは何故かぎょっとしたように振り返った。
 
 「お前・・・・・・」
 
 ウスイのただならぬ様子に、オレは最初ちょっと疑問を感じただけだった けど、しばらくしてふと気付いた。
 その瞬間、血の気の引く音が聞こえた気がした。
 オレは、ウスイが実際に発声していない心の声に、返事をしてしまったらしい。

 「ひょっとして・・・・・・テレパシストなのか・・・?」

 ウスイは唾を飲み込むと、わずかだけど後ずさった。


 その声には色濃い恐怖とともに、かすかな『期待』のようなものが混じってい たと感じたのは、オレの望みが感じさせた錯覚だったのだろうか・・・・・・。