VENUS AS A BOY
7
夢を見た。
白衣の男が、眼鏡をかけた同僚の男の首を締めている。
眼鏡の男は抵抗するでもなく、されるがままになっていた。
充血した目が飛び出し、舌をだらしなく口からはみ出させ、どう見ても生きて いるようには見えなくなってからも、男は血管を浮き上がらせた手を離さなかった。
と、鈍い音がして、眼鏡の男の首が地面に落ちた。
そのままごろごろと音を立ててこちらに転がってくる。
思わず目を背けた。
すると今度は、どんよりした闇の中で、女が足踏みするようにして、何かを踏 みつけている姿が見えた。
目を凝らすと、女の足元に黒々とした小さな穴がぽっかり開き、そこから無数 の蟻が這い出ている。
ぶつぶつと何か言いながら、白衣に似合わないワインレッドのハイヒールを踏 み鳴らして、女は蟻を一心に潰し続けた。
そのうち、潰し漏れた蟻の群れがさわさわと近づいてきた。
身体をよじ登ってこようとするので、気持ち悪くなり、後ずさって逃げようとした。
その踵に何か柔らかい、生暖かいものが当たった。
振り返ると、さっきの眼鏡の男の生首が落ちている。
男はどろんとした目の焦点をオレに合わせると、口から血の混じったあぶくを吐 き出しながら、鬼のような形相で睨んできた。
「また、見たな?」
瞬間、腹に鈍い痛みが走って現実に戻された。
目の前には、同僚の首を締めていた白衣の男が、怒りと嫌悪感を顕わにして立っている。
でもそれに構ってられないほど、地球人の精神に触れたダメージは大きかった。
不快感が身体の奥底からこみあげ、我慢できず胃の中のものをその場にぶちまけた。
息荒く床に膝をつく幼いオレの頭上から、冷ややかな男の声が降ってくる。
「ほんと使えない屑だな。人を不快にすることしか出来ないのか?」
そこでオレは目を覚ました。
:::
初め、研究所にいるのかと錯覚した。
というのも外部から遮断された部屋にいることを、知覚したから。
勿論物理的にではなく、ESPを通さないという意味でだ。
オレの能力はさっきからずっと垂れ流し状態だったらしく、でも部屋からはみ出すこと はなく、無駄に室内に充満している。
おそらく壁にブレーカープレート(ESPを遮断する素材)を使われているか、ジャミング (この場合、怪しげな電波を流してESP能力を撹乱・遮断すること)を施されているかのど っちかじゃないかな・・・そう判断しながら、じっとりと湿ったベッドから身を起こした。
かびの臭いがくすぐるように鼻をつく。
それだけでここが、清潔好きな研究所ではありえないような、不衛生な環境だということが わかった。
愛すべきポンコツは電源が入ったまますぐ近くに置かれていたらしく、オレの動作にタイミ ングを合わせて宙にふわりと浮かび上がると、薄暗い室内をオレの脳に映し出した。
狭い室内にはオレの座っているベッドと、その頭方向の壁に取り付けてある棚以外には入 り口があるだけで、そのドアも扉は外され、そこから差し込んでくるほんのり薄暗い夕焼 けのようなオレンジ色の光が、この部屋の唯一の光源となっている。
何時だろう・・・と思い、携帯電話を見ようとポケットを探ったが、どこかで落としたのか 取られたのか、見つからなかった。多分後者だと思うけど。
漆喰の壁は元は白かったのだろうけど今は薄汚れてひびが入り、ところどころ剥がれ落ち て、灰色のコンクリートを覗かせていた。
どうしてオレはこんなところで寝ていたんだろう。
確か学校に行って、ウスイに会おうとして・・・いやいや、61α人っぽい男にいきなり気 絶させられたんだった。
スタンガンを押し付けられた腹付近を触ると、軽い火傷のような痛みが疼く。
現実の痛みだ。
あの男はそのままオレをここに連れてきたのか・・・・・・ということは誘拐?
オレの顔をあらかじめ知っていたことといい、スタンガンといい、計画的であること は間違いない。
多分、オレの能力が目的だろう・・・・・・そんなことを考えていると、ドア付近に人影が 現われた。
「おっはよー。気分はどうだい?」
右手に簡易式のカンテラを掲げ、左手にコンビニの袋を下げた男は、場違いな明るい声 をオレに投げかけた。
部屋の中が一気に明るくなったように感じたのは、光源が増えたためだけじゃなく、男 が放つ雰囲気も一役買っているっぽい。
この男が何者なのか、いつもならオレの超感覚がさっさと情報を拾ってきてくれるの だけれど、どうやら男はジャミングを体に施しているらしく、彼の身体付近で超感覚は拡 散されてしまうため、外見から情報を得て判断するしかなかった。
年齢は20代後半くらいかな・・・。
男の身長は172センチくらいで、すらりと締まった体に黒い皮のジャンパーと、破 れかぶれのジーンズを身に付けている。
青みのかかったドレッド風の黒髪は、ゴム製のヘアバンドでもって束ねられていて、 その中心にある顔には人懐っこそうな雰囲気が滲み出ている。
彼には左のこめかみから頬にかけて、醜くひきつれた傷跡があったが、それでも快活 な印象は薄れることはない。
「あんた身体弱いんだろ?心臓発作でも起こしたらどうする気だったんだろーなぁ、 ほれ、水飲みなよ」
男はコンビニの袋からガサガサとペットボトルのミネラルウォーターを取り出すと、 オレの座ってるベッドの上にぽいっと放った。
「言っとくけど、買ってきたばっかしで変なもん入れたりしてないから安心しなよ。あ の陰険野郎ならともかく、オレは絶対んなことしねーし」
「・・・陰険野郎ってスタンガンの人のこと?それよりあんた誰?ここはどこなの?」
至極まっとうな疑問を素直にぶつけてみると、ドレッドの男は軽く眉をしかめてみせた。
「んぁ?テレパシストなのにんなこともわからねーのかよ・・・って、あー、この機械のせ いかー。ジャミングだっけ、体になんか悪そーだなーとか思ってたんだけど、なんか知ってる?」
「長時間浴びてると脳に悪影響が出るとか聞いたことはある」
「やっぱそっかー!ボスにそこんとこ教えてあげなくちゃなー。・・・で、さっきの質問な 、陰険野郎ってのはお察しのとおりスタンガン使った奴のこと。いっかにも陰険ですって 顔してただろーあいつ。次の質問には答えられないなー、仲間じゃない奴にはむやみに教 えちゃいけないってのがしきたりだからさ。でもすぐに教えることになると思うぜ。だか らがっかりしなさんな。んで3つ目の質問だけど、ここはオレたちの仮のアジト。町から めっちゃ離れた所にあるから、逃げ出そうとしてもあんたの体力じゃ途中でへばること間 違いなし。汚いとこだけど、あんたが身体弱いってんでボスが気を利かせて二番目に清潔 そうな部屋をあてがってくれたんだぜ、感謝しろよな」
「え、こんなにかび臭いのにこれでも清潔そうな部屋なの?」
「贅沢言うなよー、屋根とベッドがあるだけで充分だろーが!この建物、あっちこっち ボロボロで崩れそうなところばかりなんだわ。あんましかび臭くないけど、天井がバラバ ラ崩れてくる部屋でいいなら代えてやるけど?」
「結構です」
即答するオレに、ドレッドの男はかかかっと笑った。
顔は整っているけど人形じみてないし、筋肉質だけどカストル人ほどじゃない。
地球人かな・・・・・・なんにせよ感情豊かな男だ。
「だろ?オレもあちこち覗いてみたけど、床に注射器の破片が散らばってたり、ペンキ で『喧嘩上等』とか書いてあったりすげーんだぜ!廃病院なんて暴走族の格好の溜まり場 だからなぁ!あ、いけねーっ言っちまった。ここ廃病院なんよ。どこかわかった?」
「ううん。まだ町の地理でさえよくわかんないし」
「そうか、そりゃ助かった!ありがとなー!」
いや、そんなニコニコと感謝されても。
隣に腰掛けてペラペラ喋りだした男に、オレは心の中でツッコンだ。
「・・・それで、オレはどうしてここに連れて来られたの?」
「それなんだけど、オレの口から言っていーのかどーだか、まぁどうせ後で教える んだからオレから言ってもかまわ」
「その必要はない」
ドレッド男の喋りは、第三者の声によって遮られた。
入り口のところに、さっきのスタンガンの男が立っている。
「お前は喋り過ぎる。さっさと見張りにまわれ」
感情の全くこもっていない声に、ドレッド男が天敵を見つけたような目で睨み返した。
「てめーの指図をオレがなんで訊かなきゃなんねーんだよ」
「効率的だからだ。お前のからっぽの脳みその分、私が頭を働かせてやってるのだか らありがたく思って欲しいところなのだがね」
「ウーヴェてめー、やんのかコラ」
「無益だ。それにこの少年の前でわざわざ手の内を明かすことはないだろう」
「けっ、ハーフに負けるのが怖いだけだろー。いーよいーよ行ってやるよ、てめーと 同じ空気吸ってると陰険虫が伝染ってくらー」
ドレッドの男は腰掛けてたベッドから勢いをつけて立ち上がると、赤銅色の髪の男を 睨みつけながら部屋を出て行った。
その途端、部屋の空気が一気にどんより重ーくなった気がする。
「さて、たった今出て行った単細胞君がバラしてしまったので言っておくが、私はウ ーヴェと呼ばれている。さっきは手荒な真似をしてすまなかった」
「はぁ」
オレのマヌケな返事を気にすることなく、男・・・ウーヴェはオレの前に腕を組んで立 ったまま、淡々と話を続ける。
「すでにお分かりとは思うが、この部屋の壁にはジャミングが施されている。外に助 けを呼ぼうとしても無駄だ。さらに監視カメラも取り付けさせてもらった。君の行動は 逐一監視されているので、この部屋を出ようとすれば我々の仲間がすぐに飛んでくるだろう」
「監禁状態ってわけ。どうしてこんなことするの?あんたたち変態か何か?」
「率直に言おう。我々はテレパシストとしての君を欲している」
「我々って?」
「『ヴァヴェル』だ。耳にしたことはあるだろう」
オレは思わず「えっ」と声に出してしまった。
てっきり希少のハーフを売り飛ばしている小さなヤクザまがいの組織だろうと見当を つけていたのだけれど、ウーヴェの口から出た名はそんなちんけな組織ではなくって、 地球管轄下の地に住むものなら幼稚園児でも知ってる、超有名テロリストグループの名 前だったからだ。
「我々が、己と同じ種族以外の全てを軽視・蔑視する傾向のあるテラ人から、全宇宙 のテラ人以外の全ての生物及び環境を守ることを目的として活動していることはご存知かな?」
「知ってる・・・」
テラとは地球のことで、地球人以外の種族が良く使う言葉だ。
オレは肩付近に浮いていたポンコツを捕まえて、腹に抱え込んだ。
視点が下がったため、ウーヴェの身長がより大きく見える。
「でもどうして対象が地球人だけなのかずっと気になってた。カストル人だって自分 達以外の種族のことをすぐに馬鹿にする傾向があるし、61α人は地球人の片棒を担い でるじゃないか」
「君の言っていることは一面としては正しい。しかし多角的視点から捉えれば、それ が些細な一面でしかないことに気付くだろう」
ウーヴェは微動だにしない。
薄い唇だけが動いて、淡々と言葉を紡ぐ。
「私は『己の種族以外』という言い方をしたが、これには他の知的生命体だけでなく 、全ての動植物が含まれているということを心にとめておいて欲しい。カストル人は無 駄に殺すということをしない。己が生き抜くために必要な戦いをするだけで、環境・生 態系破壊を良しとせず、自然との折り合いのつけ方を心得ている。61α人はやや受動 的だが、己の意思で破壊を欲しすることはまず無い。ベテルギウスも、メツクも、その 他の全ての生き物にこれらは当てはまる。ただ、テラ人のみが己の『快』を追求するこ とに貪欲で、共存の道を断つことに疑問を持ちすらしない。老いさらばえながらも延命 処理を施してまで生きることに執着し、食物不足や空間不足などの環境抵抗には、持ち 前の科学力でもって反抗し、屈するどころかついには宇宙にまで飛び出した。個体群と しての成長曲線は永遠に右上がりを続けている。自然から発生した生き物としての本能 を、進化の途中でどこかに忘れてきたとしか思えない。だから我々は警鐘を鳴 らし、自戒を促す」
「警鐘って、連邦政府のお偉いさんをビルごと吹っ飛ばしたり、祭に来たところを 民間人ごと爆殺したりするアレ?」
「そうだ。君の言いたいことはわかるが、民間人は巻き込まれたのではない。テラ 人であるが故に、彼らもテロの対象なのだ」
「・・・・・・あんたたちの無茶な理念はわかった。でもそれをオレが手伝う理由はない」
「我々が君を欲している」
ウーヴェはオレから視線を外さない。
「実は数週間前の仕事の時、テレパシー能力を持った仲間を死なせてしまった。テレ パシストは情報収集を効率化し、仲間同志の伝達をスムーズに行うためには必須の能力 者だ。彼女に代わるテレパシストを捜して、我々はESP研究所として裏の世界で名高 いハガジのコンピューターにハッキングし、テラのシカゴから、ここガニメデへ君が移 住するという情報を得た。対侵入者用のウォールが厚くてそれ以上の詳しい情報を得る ことは出来なかったのだが、シカゴで君は有名人だったから、すぐにテレパシストであ ることを突き止めることができたというわけだ。勿論君が地球人たちにどう遇されてい たかもわかっている。その経験は君が我々の同志になる動機としては充分だろう」
「勝手にオレの動機を推測して決め付けないでくれない?」
「君はテラ人を憎んでいないのか?」
「うまが合わない奴もいるけど、いい奴もいる」
お袋とアスティ、ついでにノスやデュランたちの顔を思い浮かべた。
地球人だからって殺されていいような人たちじゃぁないことは確かだ。
イイ奴の方が圧倒的に少なかったとしても、それは充分ヴァヴェルへの入隊を拒否す る理由になる。
「お袋達をテロの対象と見なしてるような集団に、入りたくなんかないよ」
「・・・わざわざ変態宗教家をぶつけたのに無駄だったようだな」
「・・・まさかオレが地球人を嫌いになるように、アランを選んで仕向けたのか?」
「そうだ。無論それだけではない。本当なら学校外で君を拉致したかったのだが、 君の監視者の存在が邪魔でなかなか実行しにくかったため、監視者の目の届きにくくな る校内で片をつけることにしたのだ」
監視者?
オレは気付かなかったぞ。
「あの少年は、己の主張に対する信奉者を作るためには常識も何も無いというわかり やすい性格だったから、非常に扱いやすかった。ハーフへの偏見もたいしたもので、我 々が接触する前から君への敵愾心は凄まじいものだった。薬とひきかえに君を売り渡す ことを快く承諾してくれたよ。さて、君に明かしておくべき情報はこれくらいでいいかな」
「ちょっと待って・・・オレに監視者がついてたのか?」
「そう、バトロイドがね。君が気を失っている間に一戦交えたが、なかなかのものだった」
バトロイド・・・戦闘用のロボットのことだ。
そんなのがオレにひっついてたなんて初耳だ。
多分ハガジのやつらがオレが逃げたりしないようにつけていたんだろうけど。
首をひねるオレの前で、ウーヴェは腕時計を確認すると、「それでは」と言葉を続けた。
「約1時間後に副リーダーに会わせる。それまでに結論を出しておいてくれたまえ」
「ちょっと待って!結論って・・・」
「勿論、我々の仲間になるか、ならないか、だ。仲間になった場合、明日の朝4時に ここを発つ。仲間にならない場合はご想像にお任せする。こちらとしてもなるべく手荒 な真似はしたくないので、いい返事を待っているよ。・・・・・・もっとも」
オレに背を向けざま、ウーヴェはぼそりと呟くように言った。
「1時間考えに考えたところで無駄だろうがな・・・」
:::
一人になると、オレは思いっきり大きくため息をついた。
だってあまりにも急で一方的な話じゃないか。
ついさっきまで学校で宗教家に追っかけられて、アスティに告白されてたのに、いき なり気絶させられて目が覚めた途端、テロリストの仲間になれだと?
向こうにとっては、ずっと前から練ってた計画なんだろうけど、オレにとっては寝耳 に水の話で、オレの意思ははなっから無視すること決定だったに違いない。
ご想像にお任せするとか言って、はっきりとは言わなかったけど、『従わなかったら 殺す』という雰囲気を奴はわざと滲ませていた。
質問を考えさせる暇を与えない説明の仕方といい、ドレッド頭の男の『陰険説』に諸手 を挙げて賛成するぞオレは。
さてさてさて、オレはヴァヴェルに2つの道を差し出された。
仲間になるか。
仲間にならないか。
どっちを選ぶにしろ、お袋達とはもう会えないだろうし、オレに行動の自由は無くなる。
イヤ〜なニ択だけど、絶対どちらかを選ばなくちゃいけない・・・というわけではなくて 、実際にはヴァヴェルが提示した以外に、もう一つの道がある。
それは奴らが不可能だと考え、閉ざした道・・・・・・オレがここから逃げるという選択だ。
この部屋にはどこかはわからないけど監視カメラがついていて、部屋をこっそり抜け出 すことなんてまず無理だろう。
もし抜け出すことに成功したとしても、追っ手が差し向けられれば体力のないオレなん てすぐに捕まってしまうに違いない。
そう、オレだけの力ならば。
バトロイドをつけられていたとなると、オレが拉致されたことをハガジの連中はとうに 知っているはずだ。
馬鹿高い機械をオレの監視用につけていたくらいだから、私設軍隊を使うか警察を使う かは知らないが、奴らは研究価値の高いオレを必ず取り戻そうとするだろう。
オレはドレッド男が投げてよこしたペットボトルを開けると、口をつけた。
冷たい水が口内に流れ込み、ゲロって気持ち悪いままだった状態を清めてくれる。
脳裏にアスティの顔がちらっと浮かんだ。
オレがゲロった時に見せた彼女の表情が、悲しいことに笑顔よりも鮮明に残っている。
あれは確かにショックだったにちがいない。
好きな男に抱きついて吐かれたら、そりゃもう悲しいどころの話じゃなかっただろう。
・・・・・・・ダメだダメだ、今考えても仕方ないことだ。
頭を振ると、オレはペットボトルを脇において心を静めた。
ウーヴェ達はハガジのコンピューターから、<テレパシストのディケンズという少年が テラのシカゴからガニメデのドールへ行く>という程度の情報しかハッキングできなかっ たとみて間違いない。
それはさっきウーヴェ自身が言っていたことだし、オレへの対策方法から見てもわかる。
つまり、奴らはオレの能力がどれほどのものなのかまでは知らないというわけだ。
垂れ流しのオレの能力はジャミングの壁に触れ続け、その強度をしっかり把握している。
ウーヴェ達は慎重で、規定において最上のAランクのESPでも無効化させるツールを 部屋の4隅に配置し、さらに自分達も装備しているようだった。
これはBランクのテレパシストのハーフでさえ希少であることを思えば、とーっても最 高の安全策。
でも彼らにとって運の悪いことに、オレの能力はAランクの規定に収めるにしては、同 じAランクの他の者よりもはるかに差をつけて上を行っていた。
だから、Sランクを与えられた。
ハガジではこんなジャミングよりももっと分厚い壁を、何度も実験で破らされている。
オレはポンコツを腹に抱いたまま、ベッドの脇に腰掛けた。
床に足を下ろすと、靴下を通してひんやりと固い感触が伝わってくる。
ここには研究所の例の白い心地いい椅子はなく、頭や体に貼り付けられるコードや機械 もなければ、壁の向こうでオレを取り巻いている職員たちもいない。
かび臭いベッドと崩れかけたベッドがあるだけだ。
でもオレは今、実験の時よりも、自然にリラックスすることが出来ている。
ポンコツの電源を切ると、オレは感覚でもって見えない壁に対峙した。
頭の中にあの機械音声っぽい女の声で、『実験開始5秒前』とアナウンスが入った。
『4、3、2』
「1」
女の声をかき消すように自分で口に出して言うと、部屋中に満ちた感覚に方向性を持たせた。
「開始、だ・・・!」
:::
室外にどっと溢れたESP網は、あっという間に地表を滑り広がって、周囲をオレの 意識下においた。
こんなに派手に解放したのは久々で、おでこから脳みそに冷たい風が入り込むような 感覚が、爽快で気持ちいい。
地球人の感情になるべく深入りしないようにしながら、人の意識の密度が高い方向へ ・・・町の中心からちょっと離れたところにあるハガジの研究所の方へと感覚を飛ばしてい ると、途中で誰かがオレを呼んでいるのに気付いた。
ここから4キロくらいのところ・・・ウスイだった。
『呼んだ?』
『うわっびびった!』
返事を返すとウスイはドッキーンとビックリしたようで、動揺が手にとるように伝 わってくる。
きっと無表情にあわあわしているんだろうなぁ。
『い、いきなり返事するな・・・!ていうかどこだ、どこにいる?』
『そこから4キロ離れたところだよ』
『よん・・・ということはテレパスか・・・?しまった・・・』
『どうかした?』
『いや、思いっきり口に出して叫んでたから・・・あ、今のも聞こえるのか?』
『口に出してってやつ?聞こえたよ』
『・・・それじゃこれは?・・・・・・・・・・・・どうだ』
ウスイは心に『壁』を作って、その内側で何かを考えたらしい。
表面を軽く触れるだけにしていたオレは、それを聴き取ることは出来なかった。
61α人などのPKやESPを得意とする種族が、自分の精神構造をきっちり把握 して制御できるというのは本当だったみたいだ。
『んー・・・わからなかった』
『そうか、わかった。俺の今くらいの思考がお前の負担になることは?』
『ないよ』
『よしっ・・・!』
4キロ離れた薄暗い路上で、世にも美しい少年が薄い笑みを浮かべながら親指をビ シッと立てている光景を、なんとなくオレは思い浮かべた。
『で、そんなところで何してるの?』
ウスイはゾフィエルスクールのから24キロも離れた地点で、何故かうろうろしていた。
『何って・・・お前を捜してたんだ』
『へ?』
『へ?じゃない。誘拐されたんだろう?』
『うん・・・で、どうして君がオレのことを捜してるの?』
『お前が攫われるとこ、屋上から目撃してたんだ。放っておけな・・・あ、いや、アス テリエ・ぺシェールから頼まれたんだ。俺に嫌がらせしていた連中の情報を提供して もらったから、その礼としてこうやってお前の捜索をしている。別にお前のためにし ているわけじゃない』
『はぁ』
気の無さそうな返事を返したけど、実際にはオレの顔はにやついていたと思う。
ウスイは一言多い、が、わかりやすい。
『で、お前は今どこでどうしてるんだ?』
『監禁されてる。廃病院らしいところで。相手はヴァヴェルだってさ』
『ここから4キロ先の廃病院というとリュークナイゼル病院跡だな。有名な幽霊ス ポットだったけど、建物の老朽化による崩壊の危険から今は立ち入り禁止になってる と聞いた・・・・・・・・・ってヴァヴェル!?テロ組織のあのヴァヴェルか!?』
『うん。君って天然?』
『なにを落ち着いてる!・・・いや、落ち着くべきか。あー、俺は天然じゃないぞ。・・・ ・・・いや、そうじゃなくて・・・あいつらヴァヴェルだったのか・・・』
ウスイの心の闇が不意にざわつくのを感じたけど、それに気付かないふりをして オレはここで得た知っている限りのことを教えた。
『・・・というわけなんだ。オレが調べたところによると、ここにいるヴァヴェルのメン バーは全部で5人。全員がなんらかの能力者とみた。ウスイ一人が来ても無茶だ。警察 かハガジに連絡して欲しい』
『ハガジとやらはもうすでに動いてるぞ。俺をここまで案内してきてくれたバトロイ ドは多分そいつらのだろう』
ハガジのバトロイドがウスイを・・・?
『そこらへんの説明は後回しだ。あと30分そこらしたら、お前は連中の副リーダー とご対面しなくちゃならないんだろう?そこで生きるか死ぬかの二択を迫られるわけ だ。それまでにお前は逃げ出さなければならない。30分以内にそこに到着できて、な おかつお前を救出できる可能性が高いのは、多分俺だ』
『別に30分って限定しなくてもいいんじゃないの?選択を迫られたとき、嘘でも「 仲間になる」って言えば助かるんだから、その後で脱出しても・・・』
『ヴァヴェルは仲間の裏切りを許さないと聞く。一度でも仲間になると言った奴が抜 け出したら、たとえその時うまく逃げれたとしてもあとで必ず殺しに来るだろうな』
『・・・・・・ウスイの能力はサイコキネシスだよね。連中と渡り合える自信があるくらい のランク持ってるの?』
『さぁ』
『テロリスト相手に危険を冒してまで、オレを助けるメリットはあるの?』
『うるさいな、放っておくぞ』
『ほっとけば』
『うるさい』
ウスイはそれ以上オレを踏みこませなかった。
『とにかく俺はそっちに向かうからな。あと10分もしたら着く。建物の周囲に見張り が立たないかだけ注意していてくれ』
:::
精神構造は種族によって違い、それらをオレは感じ分けることができる。
『ジャミングが身体に悪い』と言ったことが伝わったのか、元から外していたのかは知 らないけど、ヴァヴェルの連中はみんなジャミングを解除していた。
彼らの精神に軽く触れてみたところ、61α人が一人(これはウーヴェだな)、61α ・地球人が一人、61α・カストル人が一人、そしてカストル人が二人いるのがわかった。
61α系の精神は構造がすっきり整頓されていて、ESPによる接触に非常に敏感っぽ いので敬遠するとして、より単純構造だけどESPに対して非常に鈍感なカストル人の心 を探ってみた。
しかし彼らはただ二つのことしか考えていなかった。
オレを監視し、逃げ出さないように見張ること。
外部からの侵入者を発見次第、ウーヴェに連絡をとること、だけだ。
それ以外には何もない。
好きな女のこととか、おなか減ったとか、色々考えることはあるだろうに、精神にはそ れだけしかなかった。
いくら単純なカストル人だからって、これはおかしい。
多分、アランが持っていたクスリと同じものをうたれているんじゃないかな。
能力に関する情報が欲しかったのだけれど、これじゃ何もわからない。
能力的に一番警戒すべきは61α・地球人だ。
どうも眠っているようだし、ウーヴェがさっき言ってた副リーダーと言うのはこいつの ことだろうし、地球人とのハーフであることも考えると、こいつが最も強い能力を有して いるに違いない。
ウーヴェもあの態度からして結構な能力を持っているだろう。
多分サイコキネシスあたりなのだろうけど・・・でも心に探りいれるのを躊躇ってしまう ほど、奴の精神ははみ出すことなくきっちり頭の中で飼われている。
となると、さっきのドレッド男は61αとカストルのハーフだったみたいだ。
『ドレッドの頭の中、覗いてみようなんて思うなよ。万が一お前の能力が外に漏れて ることがバレたら、面倒臭いことになるからな』
ヴァヴェルの内わけを教えると、ウスイはオレに釘を刺した。
エアバイクで移動していたウスイは、もう到着する。
エンジン音を聞かれたら困るので、今は手で押して近づいてきているみたいだ。
『バトロイドとの戦闘では、ウーヴェはサイコキネシスを使ってた』
『なんだ、知ってたのか・・・どれくらいの強さだった?』
『結構なものだったな。あと、ウーヴェとは特定できないが、テレポーテーションを 使える奴もいる』
淡々と返事を返すウスイは、そんな奴らを恐れている雰囲気は無かった。
『奴らはどうしてる?』
『外には誰もいないよ。みんな中にいる。外に注意を払ってるのはカストル人だけど、 君が来る方向にはそれほど注意を払っていない』
『わかった。・・・もう建物は見えている。そろそろさっきの作戦を実行に移せ』
『オッケー。・・・・・・あのさ』
『なに』
『もしバレたら、オレのこと置いてっても構わないからね』
『つまらないこと考えるな。ほら、もう裏に着くぞ』
オレはペテン師だ。
自分の出自を偽り、名前を偽り、性格を偽り、能力を偽ってクラスメイトを騙し、今度はヴァヴェル の連中を・・・・・・そしてウスイを騙すことになった。
ウスイが持つ勝算の根拠を、オレは彼の心を読まないでもなんとなくではあるけど知っていた。
そしてそれ故に、オレはウスイを裏切ることになるだろう。
それでも彼は、オレの友人になってくれるだろうか。
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