第1章 APRIL
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銀河系の隅っこにある小っぽけな青い星、テラこと地球から飛び出した地球人は、西暦2985年に太陽系連邦を発足した。
創設者にして初代連邦主であるマクシミリアン・S・ローゼンタールが謳った「太陽系に住む地球人の地球人による地球人のための政治」という発言は、幼い子供がそらんじることができるほど有名で、発言どおり、太陽系を統治下とする地球人による連邦政府なのだが、自由と正義と力を持った一つの政府機関の下での平和的太陽系統治という創設者の夢は未だ達成されていない。
一つの星の上を這いまわっていた時でさえ不可能だった統一が、ステージを宇宙に広げて叶うわけが無い。
一見一つの名のもとに治められているかのように見える太陽系連邦だが、内には数多の不穏分子を含んでいる。
直接統治している星もあれば、独立政府が存在し、間接統治できているかすらも怪しい星もある。
ちなみに61α星は太陽系にあるのだが、61α星地表から1.2光年以内の空間は61α星のもので、太陽系連邦に属さない。
つまりそれ以外の太陽系の宙域は全て地球人の領域なのだ。
あからさまに地球人に有利な領域協定だが、61α人は種族の性質柄、クレームをつけてくるようなことはなかった。
なにはともあれ太陽系連邦は、「地球人のため」に自由と正義と平和を守ることを前提として存在する機関であり、言い換えれば地球人以外の者には何もしてくれない機関なのである。
勿論多種族と友好を結ぶことはある。
太陽系連邦が音頭をとった、8種族による友好同盟であるエイトコミューンがその最たる顕れで、太陽系における同盟種族たちの身の保証は、連邦憲法にしっかり明記されている。
しかし、友好が深まるにつれ誕生するようになった、例外的な存在がある。
それが異種族間の混血児ことエイリアンハーフであり、彼らはその血ゆえに、太陽系連邦社会から地球人の半分しか恩恵を受けることができないのだ。
例えばここにいい例がいる。
メディフ社のエイリアンバスター専用の宿舎で、自室のある17F目指してエレベーターに乗っている黒髪の青年だが、名を笛吹忍という。
サングラスをかけてなお隠し切れない美貌に、完璧な無表情を貼り付け平静を装っているが、実は彼は今、非常にへこんでいた。
2週間前、笛吹は任務のため辺境惑星のアンバーの大地に足を踏みしめていた。
そこで彼はへちま状の生き物に攻撃を仕掛けられ、一度死んであの世を軽く見学し、友人の努力でなんとか生き返ったものの、怪我が酷かったため左腕を動かすことが出来なくなってしまった。
地球人の最新医療技術を駆使すれば、元通りに動かせるようになれるのだが、如何せん金がかかる。
しかも笛吹は61αとの混血なので、医療費の負担が地球人の倍、つまり6割負担なのである。
さらに恐ろしいことに、労災は地球人の半分しかおりず、一番安い補助神経を買うことはおろか、手術費用も賄えない。
こんな左腕では仕事は無理だと、先日、辞職願いを指導教官のアヴィゲイルに提出したのだが、その時の青白い上司の冷たい表情からして、受理されることはないだろうと笛吹は推測している。
「シノブ!」
エレベーターから降りた笛吹に、褐色の肌に銀髪の青年が待ってましたとばかりに声をかけた。
寄りかかっていたエントランスの壁から長身を起こすと、レモネードの空き缶をゴミ箱に的確に放り投げ、不機嫌そうな顔で近づいてくる。
威圧感漂う体躯は無駄なく引き締まり、見る者に全身バネのような印象を与える彼の名は、ルーク・カースレインという。
地球人と宇宙最強の戦闘種族と名高いカストル人のハーフであり、Sランク能力者の寄せ集めであるスペシャルスカッドの副隊長なのだが、普段の言動のためか、同じ隊の年下の同僚達から、よくからかいのネタにされている。
「模擬戦闘お疲れ様。お前出番無かったな」
「ああ、つまらなかった、そしてそれよりも!辞めるとは本当か!?誠か!?」
ルークは眉間にしわを寄せながら、笛吹の両肩をむんずとつかむと、ぐらぐらと揺らした。
「真実か!?正確無比なのか!?大当たりなのか!?ど真ん中なのか?!答えろ!!」
「え、うん、んー、どれも、ちがう、な」
頭をがくがくと揺らされながら、笛吹は真面目に答えた。
それを聞いて、ルークは素早く瞬きすると、ほうっと一つため息をついた。
「そうか。シェダルの虚言だったのだな」
「ああ、あいつの言ったことは嘘じゃない。辞職願いを出したことは出したから」
ずれたサングラスをかけ直して言う笛吹に、ルークはくわっと目を開く。
「何故!?」
「いや、別に本気で辞めようと思ったわけじゃない。左腕を治してくれるだけの手当てを払ってくれなくちゃ仕事ができないって脅しのつもりだったから」
ルークは一度俯いてから、顔を上げてじっと笛吹を見た。
「もう一人の私に殺されそうになったから辞めたい、というわけではないのだな」
「あいつには助けてもらったって何度も言ってるだろ。別にお前は気にすること無いし、むしろ俺に恩を売ったと思ってくれてもいいんだから」
軽く苦笑する笛吹。
前回の任務から帰還してから、もう何度も繰り返されている会話だったからだ。
銀髪の青年は二重人格で、殺戮大好きで子供じみた人格を頭の中に抱えている。
その危険極まりない人格が、ルークの友人知人を虐殺したというような過去を、笛吹はアンバー星でちらりと聞いていた。
内容が内容なだけに、詳しくは聞けないままでいるが、ルークがもう一つの人格を恐れ嫌い、記憶を無くしている間のことを気にしているのを笛吹は知っている。
何の気まぐれか、アンバー星で目覚めたもう一つの人格は、笛吹を殺そうとしなかった(笛吹の美貌攻撃のせいで未遂に終わったとも言う)ばかりか、瀕死状態で動けないところを船まで運んでくれたというが、ルークにはそれが信じられないらしく、帰りの船の中で「ありえん!」を連発していた。
今も、「・・・・・・了解した」と言いつつ、納得してない表情だ。
「さておき。結局腕の治療代はどうなった?」
ルークは笛吹の左腕に視線を走らせた。
長袖の黒いブラウスを笛吹は着込んでいるから見えないが、だらりと垂らされた左肘には、生々しい傷跡が残っているはず。
ルークの問いに、笛吹は「それがだな・・・」と顎を撫でた。
「電気街に行って神経補助外殻とか見に行こうと思ったんだけど、どうしてだか寮の玄関を武装警備兵が塞いで通してくれないんだ」
今日の訓練のスケジュールは、午前に仮想空間での模擬戦闘があり、午後が自由選択の授業と、午前の比重が高いものとなっていた。
同調溶液という媒介液体に全身を浸らせて行う模擬戦闘は、バーチャルとはいえシンクロ率が99パーセントを超えるという、現実そのままに感じる体感システムを駆使しているため、左腕を負傷している笛吹は、仮想空間でも左腕を動かせずハイリスクは確実だったので、特別に不参加にしてもらっていた。
今回の模擬戦闘は、宇宙ステーションに突如モーラが現われる!という設定で、他の隊の者たちはスライム状の巨体に酸性の体液をもつ不死身の凶悪生命体に四苦八苦していたが、スペシャル・スカッドは、小さなゴーレムメーカーの石化の火の一撃によって、難なくクリアしてしまった。
仲間の勇姿をスクリーンで見届け安心した笛吹は、できた時間を有効に使うべく、相場より安い値段でなんでも手に入ると噂の、Ma21にある電気街へ赴き、左腕に使えそうな補助具を捜しに出かけようとしたのだが、玄関で方向転換を余儀なくされたのである。
「外出禁止か。何かしたのかシノブ?」
「お前と一緒にするな。それに俺だけじゃなくて、この寮内のエイリアンハーフ全員に外出禁止命令が出されたって言っていた」
「私が馬鹿者どもをやっつけている間に、外に出るか?」
「やめとけ、間違いなく反省室送りだぞ。しかし外出禁止の理由がわから無いんだけど、聞いても教えてくれないし・・・・・・今朝はジョギングした?」
「無論。この私が日課を欠かすはずが無い!」
ルークは毎日早朝に、ジョギングをしている。
「そのときは警備兵に呼び止められなかったか?」
「そんなものはいなかった。いたとしても私の前には無意味だ」
低く笑うルークを他所に、笛吹が腕時計を確認すると、12時をまわったところであった。
「何かあったのかな・・・・・・どうも嫌な雰囲気だったな」
「私が訊いて来てやろうか」
「どうせ教えてくれないだろ」
「身体に訊けばいい」
不敵な笑みを浮かべながら指をバキバキ鳴らすルークに、笛吹は「やめておけ」ときっぱり釘を刺す。
ルークは喧嘩沙汰により、すでに2度の謹慎処分を受けていた。
だが、ABに属するカストル系ハーフの謹慎処分回数の平均が7回ということを考えると、ルークのぶちキレ回数は極端に少なく、種の性質を思えば優秀なほうではないだろうか。
「お前が訊くよりも、リーに訊きに行かせたほうが効果があるに違いない」
「小動物が私に勝ると言うのか」
「勝ち負けじゃなくて、向き不向きの問題だ」
「ムキフムキ?」
「北風と太陽の話みたいなもんだ。無理矢理訊きだすのではなくて、ほっこりと愛らしさで懐柔するんだ」
「なるほど。北風と太陽!」
ルークは重々しく頷いた。
「して、何故ここに北風と太陽が出てくる?」
「わかってないじゃないか・・・」
笛吹はため息をつくと、子供に聞かせるような調子で話し始めた。
「昔々、北風と太陽が、どっちが旅人に服を脱がせることができるか競争したんだ。北風は冷たい風で服を無理矢理吹き飛ばそうとしたけど、旅人は寒くてしっかり着込んでしまった。次に太陽が気温をぐーんと上げると、旅人は熱くて服を脱いでしまったとさ、という話だ」
「質問。北風と太陽が何故会話をする?」
「童話だ。ほっとけ」
「旅人の服を脱がせようなど低レベル過ぎる戦いだ。もっと勇ましい方法は無かったのか?デス・マッチ、マラソン・・・色々あるではないか!」
「北風と太陽がんなことしたら大変だろうが。これは童話だと言ってる」
「くそっ、私がその場にいれば一等賞だったのに・・・!」
「殴り倒してひん剥くのか?そんなの童話じゃない」
「そんな野蛮な方法は用いない」
「・・・・・・?どうするんだ?」
「色仕掛け(対女性の旅人限定技)」
「・・・・・・これは童話だと何度も言っているだろ。誇り高いカストルの民はそんな手を使うのか」
「本気にするな。冗談に決まっている」
笛吹の軽蔑しきったような視線を、ルークは仏頂面を貼り付けてさらりと流し、カストル人の誇り高い魂を寸でのところで守った。
と、そのときぴんぽんぱんぽーんと寮内アナウンスが鳴り響いた。
『笛吹隊長、笛吹隊長、至急アヴィゲイル教官の教官室までお越しください』
「・・・・・・シノブ、何かしたのか?」
「いや、何も・・・」とルークに答えつつ、おそらく辞表関連のことだろうと笛吹は見当をつけていた。
「本当に受理されたら、嬉しいけど困るな・・・」
「ジュリー?歌手の名か?」
真面目にバカ丸出しなことを訊くルークに、笛吹は「バカ言うな」とだけ言った。
辞めたい仕事だが、辞められない理由が笛吹にはある。
ルークと別れたあと、笛吹はその足で教官室に向かった。
教官室に入ると、奥の部屋に顔色が悪いどころか水色の人間が椅子に座っていた。
長い頭部に、赤い目、子供ほどの背丈の初老の男の名をアヴィゲイルという。
ベテルギウス人の彼は、エイリアンバスターの指導教官長であり、笛吹の属するスペシャル・スカッドの担当教官である。
御歳200歳近くという噂の鬼教官は、「冷徹・冷酷・冷血」の三冠王で、冷たい言い回しや態度で新米ABたちをいたぶり、Aクラスのサイコキネシスでもって心身を指導している。
親しみを持つためとのSS所属の少年の発案により、「アヴィちゃん」というあだ名がついているのを知っているのは、ごく一部の者だけだ。
残念なことに笛吹は生来のびびりな性格から、未だにアヴィちゃんに対して親しみを感じることが出来ずにいるが、今日に限っては、びびる事も忘れ、教官の前のデスクの上にちょこんと鎮座している物体を注視していた。
「・・・・・・おまる?」
と心の中で呟いた笛吹の目に映っているのは、太ったネコほどの大きさのアヒルの置物だった。
形状から笛吹はなんとなくおまるを連想しただけであって、実際には、用を足すに必要なへこみもなければ、不気味なことに全身に色とりどりの花柄模様が施されているので、そのような用途に(おそらく)使用するのではないことがわかる。
陶器のように滑らかなすべすべ感に加え、餅のようなモチモチ感を見て感じるそれは、思わず触ってみたいという気を人に起こさせる。
しかし何故、よりにもよってアヴィちゃんのすぐ傍にこんなものが・・・と違和感どころか笑いの衝動を感じずにはいられない笛吹だったが、無表情に一礼すると、教官の前の椅子に腰掛け、サングラスを外した。
と、そのとき。
「あらあらあらー!これまたどえらい美形さんじゃないのーー!」
教官室におばちゃんの声が響き渡った。
笛吹はギョッとした。
アヒルの置物が口を開いて喋りだしたように見えたからだ。
「あの、教官・・・」
「彼女はメツク人だ」
冷ややかな声が、笛吹の心に驚愕の波を起こす。
「え、メツク人というと、あの『平和の妖精』・・・」
「それ以外に何がいる?彼女の名前はエイプリル」
感情を全く感じさせない口調で、アヴィゲイルはアヒルを紹介した。
「本日付でメディフ社に協力していただくことになった」
「どうぞどうぞ宜しくお願いしますでございます〜」
頭をぺこぺこっと上下させると、花柄のアヒルはよちよちと机の上を歩いて、笛吹に近づいた。
「いや〜っヨカッタわ〜、どんなムキムキのむさ苦しいマッチョマンが来るかとオバチャン心配してたのよ〜!名前はなんだったかしら〜?」
「・・・・・・笛吹です・・・」
「そうっ、ウスイくん!さっきそこのベテルギウスの方に聞いたばかりなんだけど、最近物忘れが激しくてすぐ忘れちゃって困るのよねー。ほんとほんと往生しますわ〜!」
「は、はぁ・・・」
間の抜けた返答をしながら、笛吹はメツク人に対する認識を改めなければならないことを感じていた。
メツク人はスライム状の生き物で特定の形を持たない。
ただのどろどろした固まりのままでいる者もいれば、このエイプリルのように何かを模倣するものもいる。
同じスライム状の生き物には、有名どころで、午前の模擬戦闘に登場した第1級危険生命体指定のモーラがいるが、あの酸性の体液を持つ恐ろしい生物とは全く正反対で、メツク人は回復能力をもつヒーラー(治癒能力者)として名高い。
そしてその性質を表すかのように、彼らはみな平和主義者であり、争いを殊更憎む。
「永久中立、宇宙平和」を掲げる宇宙の小生物についたあだ名は、ずばり「平和の妖精」だ。
「平和の妖精」という響きに、笛吹は昔から繊細で華やかでメルヘンなイメージを抱いていた。
バックに可憐な花が似合うような、ひらひら飛んでいるような・・・。
だがしかし、目の前にいる生物は、アヒルで花柄でメルヘンな気がしないでもないが、というか確かにメルヘンなのだが、どうにもこうにも内面がオバチャンだった。
「こんな美人さんのお手伝いができるんなら、渋らずにもっと早く受けておくべきだったわ〜!ウスイくん、どう?この仕事は」
「ぇえっ、はい、怪我をするわ死にかけるわで最悪・・・・・・ということは無いです・・・」
アヴィゲイルの冷たい視線を受けて、笛吹のセリフはどんどんボリュームが小さく元気無く変化していった。
同じ隊の毒舌少年なら、教官の視線を受けようがきっぱり言ってのけただろうが、如何せん笛吹には度胸が無く、事を荒げたがらないメツク人寄りの平和主義者だった。
「友人達がいるので、まぁ、そのなんといいますか、ぼちぼちと・・・」
「笛吹隊長、何をぼそぼそと喋っている。私語は慎みたまえ」
アヴィゲイルの冷たいツッコミに、笛吹は背筋を伸ばして「はい」とのみ答えた。
そんな教え子の姿を冷気漂う視線で一撫でしてから、アヴィゲイルは仕切りなおす。
「世間話をしてもらうために、エイプリルと君をここで引き合わせているのではない。その左腕のことだ」
「と言いますと」
「メツク人の治癒能力をもってすれば、君の左腕の傷ついた神経も完全修復できるということだ。そうなれば、任務に支障はきたすまい?」